100作品の閲覧より10作品の分析を。元審査員に訊くカンヌ受賞作を生み出すインプット術

カンヌ受賞を目指せる事例をつくるには

100作品を見るよりカンヌ10作品の細かい分析を

菅松:受賞作品を見ていると、アウトプットの形は違えど、大枠の考え方が似ているものも、一定数評価されているように感じます。過去のカンヌ事例から、自らの活動に活かせるインプットをするためには、どういった部分に着目すると良いのでしょうか。

佐藤まず大前提として、「カンヌの受賞作品すべてを見ること=良いこと」ではありません。そこを勘違いして、量ばかりのインプットをされている方も少なくないのではないでしょうか。ご質問いただいた「自らの活動に活かせるインプット」にするためには、事例をただたくさん知っているだけではだめですよね。

たとえば、2017年に4部門のグランプリを受賞した『Fearless Girl(恐れを知らぬ少女)』。多くの人がこの少女の銅像に胸を打たれ、SNSなどを中心に瞬く間に拡散されましたが、どんな企業が何のためにこの銅像を建てたのかを知っている人は、どれくらいいるでしょうか。

この銅像は、State Street Global Advisorsという金融会社が、女性の社会的地位向上を目指して建てたものです。そしてその目的は、女性の活躍が顕著な企業の株式を集めた、「SHE」というファンドを創設した際に行った広告コミュニケーションなんです。一見、「なぜ金融会社が?」と思うような取り組みでも、深く分析することで、企業がなぜその活動を行ったのかが分かる。つまり、“どのような時にどのようなアプローチが効果的なのか”が読めてきます。表層のアウトプットを自分の活動に組み込むだけではただの真似事になってしまうので、戦略や考え方の部分も自分の活動に活かせると良いと思います。だからこそ、100作品を見るよりも、10作品を細かく分析する方が、より良いインプットになると私は考えますね。

菅松:私もそうでしたが、すべての受賞作品を見ようと意識されている方は多いと思います。

佐藤過去作品からヒントを得ている方はたくさんいらっしゃいますし、作品を見て評価ポイントをインプットしようという姿勢はもちろん大切です。その関連で言うと、世の中にはアワードがいくつもありますが、私はカンヌ作品からインプットしてさえいれば十分だと考えています。

たとえば、カンヌには世界中から数えきれないほどの作品が応募されますが、それらの作品を優秀な審査員の方々がさまざまな角度から分析を行い、キュレーションしてくれたものが、グランプリや入賞作品です。その評価ポイントと作品の事例ボード、120秒の事例ビデオを見さえすれば、世界に通じる事例のインプットが完了しますよね。余力がある方は、他のアワードの受賞作を分析したり、『現代広告全書』の「第8章 世界の広告CREATIVE(佐藤達郎 著)」で話題作をしっかり押さえ、近年の作品の源流を見るなどにもチャレンジしてみると良いと思います。

受賞に企業規模は関係ない。話題作のPR要素を見極め案件に落とし込もう

菅松:カンヌ作品を数多く見てこられた佐藤さんだからこそ分かる、ゴールドを受賞する作品と、シルバーやショートリスト止まりの作品の違いはありますか。

佐藤アウトプットの枠組みが似ている作品の受賞は珍しくないと話しましたが、やはり“目新しさ”は大切ですね。たとえば、アウトプットやそのほかの一部分だけではなく、施策の格子や流れが「あの作品と似ているな…」と審査員に感じられると、受賞は難しいと思います。

ただ、個人的にはショートリストでも十分じゃないかとは思いますね。ゴールドを目指すことはもちろん大切ですが、ゴールドかシルバーかショートリストかは、審査員の好みによって左右される部分も大きいです。ただし、ショートリストにも選ばれない作品は、必要な要素が欠けていると思うので、そこがひとつの線引きかなとは思います。

菅松:「カンヌで入賞する作品との線引き」という部分で言うと、日々携わっている案件をカンヌにチャレンジできるような作品にするためには、どういった部分を意識していけばよいか悩む事があります。

佐藤同じようなことで悩まれている方は結構いらっしゃいますよね。ですが、カンヌに入賞している作品が大規模予算のビックプロダクションのものであるとは限らないんです。たとえば、2014年に当時新設されたヘルス部門などでグランプリを受賞した『Mother Book』は、愛知と岐阜に産婦人科を展開する葵鐘会という医療法人が行った取り組みです。

必ずしも、「大手だから」「お金をかけられるから」受賞できるわけではないですし、日本では有名な企業も、世界規模になると知られていないことがほとんどです。そう考えると、日本の中での企業規模はさほど重要ではないので、クライアントの知名度や予算などにとらわれすぎず、カンヌ作品をデコン(deconstruction:脱構築)して担当しているプロジェクトの規模に落とし込んでみてください。

菅松:来年はどのような作品が入賞するかなどの予想はされているのでしょうか。

佐藤基本的に予想はしないようにしていますが、前年度の受賞作品の傾向に近しいものは、あまり選ばれないのではないかと言われています。たとえば、一般の方に協力してもらって広告を作る手法が流行った時期がありました。そういったつくりの作品は年々選ばれる数が減っている傾向が見られます。

ただ、先ほどの話にもあった通り、受賞作を参考とした作品は一定数存在しますし、話題の事例からヒントを得ているものも多いと思います。いまや、話題となっているものの中に、PR要素を含んでいないものは存在しません。なので、カンヌ受賞作品のみならず、さまざまな作品や事例にアンテナを張り続け、日々の話題からヒントを得ることも大切にしてみてください。

取材を終えて

事例リサーチの際に、同じ業種や商材の事例を参考にする方も多いのではないかと思います。しかし、施策の戦略を分析することは、業種問わず応用の幅を広げ、「1のインプットで10の案件に活きる」のではないでしょうか。できるだけ遠くのものを組み合わせる方が新しいアイデアになりますし、「アウトプットは全然違うけど、飲食店界のFearless Girlだよね」みたいな事例が生まれても面白いかもしれません。

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