年々目にする機会が急速に増えている「ネット炎上」。シンエプレ デジタル・クライシス総合研究所の『デジタル・クライシス白書2022』によれば、2021年におけるネット炎上の発生件数は1,766件と前年比で24.8%も増え、法人の炎上も増加していることが明らかとなりました。
「ネット炎上」は、ひとたび広がってしまうと沈静化に大きな労力を要するうえに、自社の売上減少など、経営にも大きな影響を及ぼします。「何とか炎上を回避したい」と考える広報担当者も多いのではないでしょうか。
今回、そんな「ネット炎上」について、情報リテラシーの専門家である小木曽健さんにインタビューを実施。2022年6月末に出版した、ネット炎上の基本的な知識と対策手法をまとめた著書『炎上しても大丈夫! 今日から使える企業のSNS危機管理マニュアル』(晶文社) の内容も踏まえながら、企業広報はどのように炎上と向き合うべきなのか、さまざまなお話を伺いました。
国際大学GLOCOM 客員研究員 小木曽 健 1973年生まれ、埼玉県出身。複数のITベンチャーを経て現職。書籍や講演、メディア出演などを通じて「ネットで絶対に失敗しない方法」やネットリテラシーに関する情報発信を幅広くおこなっている。これまでに企業、学校、官公庁などで2000回以上、のべ40万人に講演。著書に『11歳からの正しく怖がるインターネット』(晶文社)、『ネットで勝つ情報リテラシー』『大人を黙らせるインターネットの歩き方』(筑摩書房)、監修に『13歳からの「ネットのルール」』(メイツ出版)ほか多数。 |
インタビュアー 株式会社マテリアル 崎間 美和 沖縄県宜野湾市出身。2020年に株式会社マテリアルへ新卒で入社し、食品メーカーを中心にメディアリレーション領域を担当。今年から社内に新設した危機管理広報チームに所属し、日々勉強中。 |
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100%の回避は不可能、「ネット炎上」の定義とは?
崎間:まずは、小木曽さんの考える「ネット炎上」の定義について教えてください。
小木曽:私は「反社会的な行為・言動」や「違法・犯罪行為」に対するインターネット上のバッシングが集約されたものを、「ネット炎上」と定義しています。それ以外は単なる議論や反響だと考えており、個人の炎上ならこの定義で十分だと思います。炎上の定義については、さまざまな人や企業からよく質問をいただきますが、多くの方が炎上の定義を曖昧にとらえているので、改めて言語化しようとすると線引きが難しいのかもしれませんね。
実際、昨今の「ネット炎上」と呼ばれるケースのうち、特に企業の炎上では、必ずしもこの定義にあてはまらない事例も「炎上」認定されています。当事者に非があるわけではなく、単なる意見・見解の相違や、ひどい場合は濡れ衣なのに、炎上として扱われているケースも珍しくありません。
これら“何でも炎上扱い”には理由があって、企業の場合、イメージや売上に響くネット上の騒動はすべて「ネット炎上」と言わざるを得えないのです。事業の安定や危機管理という点で考えれば、定義をあえて広く曖昧にしておかないと臨機応変に対応できません。企業側の失態で発生した炎上だけでなく、単なる好き嫌い、好みの問題でしかないバッシング、果ては社員の個人的なSNSトラブルなども含め、企業は炎上を幅広く定義しなければならないのです。だって「これはネット炎上ではない。でも騒動で会社がつぶれた」となったら、定義など重要ではなくなりますからね。
崎間:企業の場合は守備範囲が広くなるのですね。そもそも、企業の炎上を100%防ぐ方法はないのでしょうか。
小木曽:残念ながら、そのような方法はありません。企業においてネット炎上は必ず起きるという覚悟が必要です。そもそもインターネットは社会の一部です。トラブルが全く発生しない社会などあり得ないし、そもそも当事者に非のない炎上も起きている訳ですから、社会において企業活動をおこなう企業が、ネット炎上というトラブルを100%避けることは不可能でしょう。
だからこそ、炎上の対処法はとても重要です。立ち振る舞いを誤れば、さらなる炎上を呼んでしまいますし、逆に良い対処ができれば、自社のファンを増やすことにもつながります。企業としては、「絶対に炎上させないこと」に注力するのではなく、いつ炎上しても「対応できるよう備えておく」必要があるのです。
「急いで謝罪」はダメ、謝罪するか“検討”を
企業の「ネット炎上」8つの型
崎間:それでは、「ネット炎上」が起きたとき、企業はどのように対処すべきでしょうか。
小木曽:まず行うべきは、炎上の種類の見極めです。書籍でもお伝えしていますが、私は企業のネット炎上を8種類に分類しています。炎上が発生したら、この分類のどのケースに当てはまるのかを確認し、まず「謝る必要があるのか」という部分から検討しましょう。
謝る必要があるのなら、誰に、どの順番で、どのような謝り方をしたら状況が好転するのかを考えます。もし謝る必要がなければ無論謝罪は不要で、その代わりに自社の考えやスタンスを発信すべきなのですが……。ここで重要なのが、謝る必要がないケースでも、必ず「謝らないことで自社に何か不利益が生じるか」を検証すること。これは濡れ衣でも謝るべし、という意味ではなく、非はないけど「対応がイケてない」とか、非はないけど「感覚が古い」などの謝る相手がいないケース、批判ではなく「嘲笑」に近い炎上もあるからです。その場合は何か理由をつけてでも、改善姿勢を見せた方が企業イメージは良くなるでしょう。
これらの判断はスピード感を持って行い、アクションにつなげていくことが大切です。ネット炎上は一晩寝かせたらアウト、“俺たちに明日はない”と思ってください。
崎間:炎上対応を行う上では、まず「現状を分析すること」が大切なのですね。
小木曽:そうです。ネット炎上はたしかにリスクですが、一方で上手く対応できれば、自社の知名度やイメージ向上、危機管理能力の高い企業、という評価にもつながります。ピンチをチャンスに変えるためにも、「どういうロジックで発生した炎上なのか」「誰に対して説明や謝罪をすべきか」といった要素を整理する必要があるのです。
そのような対応を行うためには、企業の管理職や経営層が「炎上」をきちんと理解し、「炎上を起こしてはいけない」という考えを捨てることが重要です。「急いで謝れ」が必ずしも正解ではないと認識されないと、社内のルール作りやSNSの活用も難しいでしょう。
良い炎上対応には、見極めとトップ層の正しい理解が不可欠
崎間:企業のトップ層に「炎上」について正しく理解してもらうには、どのようなコミュニケーションを取るべきなのでしょうか?
小木曽:まずはトップ層に「ネット炎上=悪いもの」という概念を捨てていただくことが重要です。先ほどもお伝えした通り、ネット炎上は必ず起きる、向こうから当たり屋みたいに飛び込んでくることもある、とにかく必至の事柄だと理解する。そうでなければ適切な社内体制も構築できません。今は何でもかんでも「炎上」と称する風潮がありますが、炎上にもさまざまな背景、意図があります。それらを冷静に分析し的確に対処することで、炎上にも備えた一段上のSNS運用ができるようになると思います。
崎間:「炎上」は発生ゼロを目指すべきものではなく、きちんと知識を持って準備すべきもの。そうすれば、適切な対応も取れるようになる。そのことをトップ層に理解していただくべきなのですね。
小木曽:そうですね。本を書いた理由にもつながるのですが、炎上の当事者が必ずしも悪いわけではない事案が増えているからこそ、企業の皆さまには、改めて「炎上」について正しい知識と対処法を身につけていただきたいと考えています。「私が傷ついたから」といった言いがかりのような炎上や、斜め上からの意見で「当たり屋」的に炎上騒動が引き起こされることもある。「好き嫌い」と「善悪」の判別ができないような一部の人たちの我儘で、世の中が妙な方向に進み、言論や表現の自由が脅かされるような事態は避けなければなりません。
企業もきちんと炎上を見極めて、反論が必要な場面では毅然と対応すべきですし、それを見守る私たちも、個々のリテラシーを高め、何が本当の炎上なのかをフラットに判断できるようになる必要があると思います。
見習いたい炎上対応事例
崎間:小木曽さんから見て、ここ数年で見習うべき炎上対応の事例はありますか?
小木曽:個人の方の事例になりますが、あおり運転事件で話題となった “ガラケー女” だ!という濡れ衣を着せられた、さはらえりさんのケースは、炎上対応の好事例として、企業も学べる部分が多いと思います。さはらさんは、弁護士名を添えた迅速な否定とメディア展開、中傷投稿を拡散させた人物への効率的な訴訟展開など、結果的に炎上対応の教科書になるような見事な対応をされました。
また、先日発生したauの通信障害の会見も、会見自体は良い内容だったと思います。「どれだけ多くのメディアから評価されるか」も危機管理における重要要素のひとつです。今回の会見では、記者の想定を超える専門的な解説を社長自ら分かりやすく説明することで、記者に好印象を与え、それが「会見そのものを評価する」という好意的な報道につながりました。「メディアが好意的に報じたくなるような会見」だったと思います。
崎間:つい先日には、トヨタ社長のデマ記事がTwitterトレンドを基軸に拡散された事例もありました。
小木曽:今回の記事は「トヨタ社長豊田章男氏が『ワクチンは人口削減のための毒』と発言した」というあまりにも荒唐無稽なもので、しかも掲載された場所が『Yahoo!』を模した『Yqhoo』というアカウントだったため、これを信じ、拡散する人が殆どいなかったのが幸いでした。ただし過去には、本物のニュースサイトそっくりなページに「A社がB社のビジネスを買収」というフェイク記事が掲載されたこともありました。すぐに消されたのですが、瞬間的な株価の変動を狙ったのではと言われています。「風説の流布」にも該当するような相当悪質なものでした。
崎間:こういった場合には、どのような対応がベストなのでしょうか。
小木曽:判断基準は「世間がそのフェイクを信じてしまうか」です。そのフェイクで自社の評価や株価に影響が出るのであれば、どれだけ馬鹿げたフェイクでも明確に否定し、必要なら法的な対抗策もとりましょう。世の中の大部分の人たちは、情報の「傍観者」であり、自分にとって「どっちでも良い」情報なら、面倒なエビデンスチェックなどしません。誰かに伝えたいと感じたら拡散してしまうのです。殆どのフェイクニュースには“人に教えたくなる要素”が含まれており、フェイクの作り手もその辺をよくわかっているのです。「お知らせ」欄に、あれはデマですよ、とひとこと載せておくだけでも効果は大きいでしょう。
“爆速連絡網”を整え、不条理な攻撃には筋の通った反撃を
崎間:先ほど、炎上に対して日頃から備えることも必要だというお話がありましたが、企業としてどのような準備をしておくと良いのでしょうか?
小木曽:炎上が起きた際、迅速に対応できる体制、ルールづくりですね。炎上はできる限り早く対応すべきですから、例えば社員から上がった報告が滞留しないような連絡体制をつくることは重要です。私はこれを“爆速連絡網”と呼んでいます。
崎間:“爆速連絡網”とは、どのようなものですか?
小木曽:迅速に意思決定ができるよう、報告すべき上司がつかまらなかったら、その人を飛ばして次の上司に報告してしまう仕組みです。“爆速連絡網”をつくるなら、直属の上司を超えて報告しなければならない社員のストレスを減らせるよう、ルールは細かく設定すべきでしょう。たとえば、上司の緊急携帯を20コール鳴らし、5分の間に3回発信、指定のチャットとメールに連絡して5分待っても返信がなければ、必ずその上の上司に報告する、というような報告体制です。こうすることで、経営層まで迅速に情報が行き届き、会社としての対応をいち早く決められます。
崎間:なるほど、そういったルールづくりも必要ですよね。
小木曽:たとえば、就業規則に「勤め先の評判を落とすようなふるまいをしたら懲戒」と明示している企業は珍しくないでしょう。そこに、プライベートのSNSで炎上させてしまうケースを想定して「トラブルを起こした際、迅速に報告した場合は懲戒内容を考慮する」と書き加えるのです。私はこれを“報告無罪”と呼んでいます。もちろん業務において発生した炎上も同様です。所属部署で打ったキャンペーンにクレームが着信し、ネットでバッシングが投稿され始め「もしや炎上しているかも」と心配になった時、下手に様子を見るようなことはさせない、躊躇せず報告することを奨励する。最終的に炎上しなかったとしても、それを責めるようなことは絶対にしない。このような社員が報告を躊躇しない仕組みづくり、報告するメリットを用意することは必要でしょう。
崎間:そういった体制を整えていたとしても、いざ炎上が起こった際にその通りに動けるか正直不安に感じます。実際にルールや体制を機能させるために、何かアドバイスはありますか?
小木曽:緊急時に滞りなく動けるよう、全社で抜き打ちテストを実施するのも良いと思いますよ。広報と一部幹部だけがテストの実施を知っている状態で、炎上事案が突然発生したかのように、全社で対応してもらうのです。炎上している風のSNSのスクリーンショットやネット画面、上司がつかまらないといったイレギュラーな状況を用意しておけば、臨場感も出ます。途中で社員に訓練だとバレてしまっても構いません。実際の動き方を点検しておくと、本当の炎上発生時に焦らなくて済みますからね。
崎間:確かに、抜き打ちで訓練をすれば、改善すべき点も明確になりますね。本日はとても勉強になるお話をありがとうございました。さいごに、これからSNS炎上に立ち向かう企業へメッセージをお願いします。
小木曽:やはり炎上対応におけるキーマンは企業の経営層、管理職層だと思います。炎上については、ぜひ上層部も巻き込んで、企業として知識を身につけ、ポリシーを定め、対応のフローや体制づくりを進めていただきたいです。
「多様性」が声高に叫ばれる昨今、まるでその逆を行く、言葉狩りのようなバッシングが増えているように感じます。その背景を見ると、必ずしも非難された側の企業・個人に原因があるとも限らず、単なる個人の好み、考え方の違いを、あたかも善悪で断罪しようとするケースが多いようです。企業として、言うべき時は主張をする、言いがかり的なものには、筋を通してしっかりと反撃することも大切です。企業の皆さまには、ぜひ炎上を正しく理解し、これからもおもしろく素敵な商品・サービスや広告などを展開していただきたいです。
\小木曽 健さん書籍発売中!/
『炎上しても大丈夫! 今日から使える 企業のSNS危機管理マニュアル』(晶文社)
https://www.shobunsha.co.jp/?p=7156
このインタビューでお伝えした内容をはじめ、数々の炎上事例とそのケーススタディに加え、実際に社員へ研修すべき内容まで。この1冊で「炎上に負けない担当者」になれる、どなたにもお勧めできる内容です。
広報歴7年のフリーライター。中堅大学、PR会社、新規事業創出ベンチャーにて広報・採用広報を経験。2021年より企業パンフレット、オウンドメディア、大手メディア、地方メディアなどでインタビュー記事を執筆中。書籍の編集・ライティングも行う。