100作品の閲覧より10作品の分析を。元審査員に訊くカンヌ受賞作を生み出すインプット術

毎年6月下旬に開催される、カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル。各部門の受賞作品を見て、日々の活動への学びを得ている方も多いかもしれませんが、そのインプットは本当に自分のものになっているでしょうか?

今回は、2004年に審査員を務められ、その後も分析・研究を続けられている多摩美術大学 佐藤達郎さんにインタビューを実施。近年の受賞作品の傾向や2022年のトピックスに加え、効率的なカンヌ作品の分析方法まで、自身の活動に活かせるインプット術についてお伺いしました。

多摩美術大学教授 佐藤 達郎
1981年に一橋大学卒業後、コピーライターとして株式会社アサツーディ・ケイに新卒入社。クリエイティブディレクター・戦略本部長を経て、2009年より株式会社博報堂DYメディアパートナーズに入社をする。2011年からは多摩美術大学教授として、広告論/マーケティング論/メディア論を指導。同時に、コミュニケーション・ラボ代表としての活動もスタートしている。
インタビュアー
株式会社マテリアル STCチーム 菅松
柚香
2020年マテリアル新卒入社。アプリ、消費財など多様な得意先を担当し、ブランド横断コミュニケーションや交通広告まで幅広く従事。ボードゲーム好きが高じて、プライベートでは夜な夜なボードゲームを作っている。

過去10年のカンヌ受賞作の傾向と2022年の特徴

カンヌ作品には欠かせない「ソーシャルグッドの観点」

▲ 佐藤達郎さん


菅松:佐藤さんは、
2004年にカンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下、カンヌ)の日本代表審査員を務められ、その後も長年カンヌ作品の分析・研究・執筆などを続けられています。そんな佐藤さんから見て、近年のカンヌ受賞作品に、何か特徴や傾向などはありますか。

佐藤ここ10年くらいで変わらない特徴を挙げると、ソーシャルグッドの観点は非常に重視されていると言えます。広告に限らず、様々なシーンにおいて、「世の中にとっていいこと」が求められる時代になっていますよね。そういった世の中の潮流に合わせて、2007年あたりからカンヌの評価基準としても、ソーシャルグッドの観点が主軸のひとつになってきていると感じます。

たとえば、2013年に屋外広告部門でグランプリを受賞した、IBMの『People For Smarter Cities』。これは、IBMが目指す「Smarter Planet(スマートな地球)」を実現するためのプロジェクト施策のひとつで、簡単に言うと街の中に広告看板が設置されたというものですが、実はその看板が、座ることのできるものだったり、雨宿りができるものだったり、階段のスロープ代わりになるものだったり。日常のちょっとした不便に感じる場面を、スマートに過ごせるようになるという部分が、高く評価されました。

このようなソーシャルグッドの観点は、2007年にアウトドア部門のグランプリを受賞した、南アフリカの銀行Ned Bankの『Power to the people』の事例あたりから見受けられます。『Power to the people』は、「What if a bank really did give power to the people?(もし銀行が人々に対して本当に力を与えるとしたら?)」と書かれたビルボード広告の上に、太陽光発電の機材を設置。そこで得たエネルギーを、南アフリカで最も貧しい地区にある学校のキッチンに供給し、毎日1,100人分の給食供与に貢献したというものです。

アイデアとしては非常にシンプルなものですが、「世の中にとっていいこと」と絡めることで、評価のポイントも変わってきます。そういった意味でも、やはりソーシャルグッドは欠かせない評価軸になっています。

2022年の注目は「テクノロジーを用いた課題解決」と「クラシック広告」

菅松2022年の受賞作品も、ソーシャルグッドの観点をおさえたものが多く見受けられましたが、昨年と比較したときの違いや傾向はありましたか?

佐藤応募作品のすべてを見切れているわけではないので、話題作を中心とした分析にはなりますが、“エモーショナルに世の中に良いことをしよう”ではなく、“課題をテクノロジーで解決しよう”という方向にシフトしているように見受けられます。そもそも、広告を受け取る側に「ソーシャルグッド疲れ」「SDGs疲れ」のようなことが起きているのではないかと感じますね。

たとえば、2022年にクリエイティブ・データ部門などでグランプリを受賞した、WE Capitalの『データ・ティエンダ(Date Tienda)』。これは、社会的な信用問題によって、ローンを組んだりクレジット機能を使ったりすることができなかった、メキシコの女性たちに対する施策です。これまで彼女たちが、地元の小売店舗で支払ってきたアナログの決済データを集めて、信用履歴を作成し、ローンなどの審査を行うことができるようにしたシステムとなっています。

このように、漠然と「世の中に良いことを」ではなく、実際に起きている問題を「テクノロジーを使って解決しよう」という傾向が、他の作品でも多数見られました。

菅松:なるほど。「いま何が受け入れられるのか?」を見極め、時流をおさえることが大切なのですね。

佐藤そうですね。たとえば、カンヌにPR部門が設立された2009年に、同部門でグランプリを受賞した『The Best Job in the World』があります。これは、クイーンズランド州観光公社が全世界で展開したキャンペーンで、グレートバリアリーフという、オーストラリア大陸北東岸に広がる世界最大のサンゴ礁地帯のとある島の管理人を、世界中から募集するといった取り組みです。全世界の新聞などに求人広告を出し、応募者を募った本施策は、米国、英国、日本で特に大きな反響があり、さまざまなメディアで取り上げられました。全世界の応募総数は3万4,684本。日本では2紙の出稿で、401本の応募が集まりました。

これは、当時世界中で問題となっていた、リーマン・ショックとうまく絡めた取り組みです。世界各国で失業者が続出するなか、多くの人に求められていた「職を提供する」ことで、さらなる話題を生むことに成功しています。

菅松2022年における時流として、コロナウイルス関連のものはどれくらい影響していたのでしょうか。

佐藤コロナウイルスの話題はかなり少なかったですね。それよりも、今年から新設された「クラシック・トラック」の作品が印象に残りました。「クラシック・トラック」は、フィルム部門・プリント&パブリッシング部門・アウトドア部門・ラジオ&オーディオ部門の4つで構成されています。

これらの部門でゴールドを受賞した、Appleの『Detectives(探偵たち)』や、ハイネケンの『The Night Is Young』、ペプシコーラの『Better With Pepsi』は、“広告表現の力”が顕著に表れています。発話を生む仕掛けだったり、話題化する情報設計だったりは考えずに、純粋な広告として勝負している点が印象的でした。こういった、クラシック広告が評価されるトラックが新設されたことにより、新旧問わず、さまざまなアウトプットやエグゼキューションが評価されるアワードに進化したなと感じます。

パーパスに基づき、賛否両論の話題に分け入る企業姿勢が肝

菅松:ここ10年で起こった変化についてはいかがでしょうか。

佐藤近年のパーパスの台頭によって、大きく変わっている部分があると思います。先述したソーシャルグッドは、純粋に「世の中にとって良いことをしていこうよ」という取り組みなので、批判をされることはほぼありませんよね。一方で、企業が掲げる「パーパス=存在意義」と絡めた企画は、批判が生まれることも多いです。

たとえば、有名なNikeの『Dream Crazy』。これは、Nikeが「Just do it.」のスローガン誕生30周年を記念して展開したキャンペーンですが、広告塔には、当時黒人差別反対運動によってNFLのチームから解雇された、コリン・キャパニック選手を起用しています。かなりセンシティブな話題にも関わらず、Nikeは自分たちのパーパスに基づいて以下の広告を打ち出しました。

▲ 当時掲載された広告(出展:キャンペーン広告動画より)

この広告の日本語訳は、「何かを信じたら、例えそれがすべてを犠牲にすることであっても、ただやるのみ」。まさに、コリン・キャパニック選手の騒動を表現している内容でした。このように、自社のパーパスを信じ、賛否両輪がある話題に対して企業が分け入っていく事例が増えてきていると思います。逆に、アメリカなどでは、今回でいう黒人差別問題に関するパーパスを掲げているにも関わらず、コリン・キャパニック選手が解雇された件について発言していかなければ、パーパスを体現している企業として認めてもらえないんですね。

そういった意味では、パンテーンの『#HairWeGo』プロジェクトは、日本の広告の中でもパーパスを体現し、かつ日本の社会問題にも言及している好事例だと思います。海外の企業と比べて、日本では炎上を恐れて企業としての意思や意見を表明することが少ないため、パンテーンのような企業が増えていくといいなと感じます。

≫後半 『カンヌ受賞を目指せる事例をつくるには』

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