2019年の「リアタイ順位表」を皮切りに、毎年話題となる屋外広告を展開してきた横浜F・マリノス。例年の風物詩となりつつある最終戦直前に掲出される屋外広告は、ファン・サポーターはもちろんのこと、一般生活者からもリアルやSNS上で注目を集めてきました。
戦局や結果の読めないスポーツというジャンルにおいて、広く注目される広告はどのように作られたのか。今回は、横浜マリノス株式会社 マーケティング本部マーケティング&コミュニケーション部の川又聖也さんと、長年横浜F・マリノスの広告を手掛けてきたTBWA HAKUHODO 赤星貴紀さん・丸橋俊介さんに、これらの広告施策の実施背景から、話題化につながるポイントについて伺いました。
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横浜F・マリノスの「順位」を軸にした最終戦直前広告
ー毎年、ファン・サポーターを中心に話題となる、横浜F・マリノス の最終戦前の屋外広告は、2019年からおこなっているとお聞きしました。これまでにはどのようなものがあったのでしょうか。
赤星:最初に実施した順位表広告は「リアタイ順位表」と呼んでいて、試合結果が出た直後に順位表を貼り替えつつ、手書き看板文字職人のサインズシュウさんがキャッチコピーをその場で書き換えるという、更新作業がイベントとなった広告でした。
丸橋:2019年のリアタイ順位表が話題となり、またチームもJ1を優勝した縁起の良さもあり、優勝争いをしていた2022年には、反転フラップ式J1順位案内表示装置、通称「パタパタ順位表」を掲出しました。ちょうどその時期、横浜エリアでは京急の「パタパタ発車案内装置」引退が話題になっていたことから生まれたアイデアです。実際に駅の案内表示として使用されていた装置パーツを再活用し、試合が終わるごとに順位表を手動で回す仕組みにしました。結果的に、ファン・サポーターだけでなく、鉄道ファンを含めて幅広い方にも楽しんでいただけましたね。2023年も優勝争いをしていたので、「YOKOHAMA F.MARINOS REAL TIMES」と銘打った新聞風の屋外広告をライブペインティングで更新する、通称「リアタイ新聞」を横浜駅の地下通路に掲出しました。
ー2024年の最終戦前にも、屋外広告を掲出されていました。こちらの概要について教えてください。
川又:2024年は、「VOICE OF TRICOLORE #その声に応える最終戦を」というテーマの屋外広告を、横浜駅・新横浜駅内の計3か所に掲出しました。
川又:2024年度は、打ち出す内容が非常に難しい年でした。というのも、広告掲出時点で、すでにリーグ優勝できないことが確定しており、かつJ2降格などという危ない局面でもなかったため、いわゆる消化試合のようなニュアンスが強まっていたのです。そのため、どのようなコミュニケーションをおこなえば、最終戦に足を運んでもらえるのかと、非常に悩みました。
赤星:2024年は、AFCチャンピオンズリーグ2023/24において、クラブ史上初の決勝進出という快挙もありましたが、シーズン全体ではファン・サポーターにとってつらい試合も多かったと思います。そのため、まずはどのような状況でもクラブを応援し続けてくれた方々に向けて、感謝の気持ちを伝える広告をつくろうということが決まりました。とはいえ、集客のための広告でもあるので、「最終戦は勝って一緒に笑いましょう」という思いを込めて来場を呼びかるメッセージを設定しました。デザインにおいては、喜怒哀楽の大きかったシーズンを象徴する7つのシーンカットを選び、あえてつらい記憶も思い出してもらうことで共感が生まれると考えました。また、ファン・サポーターが実際にSNSで投稿したソーシャルボイスを取り入れることで、常にクラブに声が届いていることを伝えています。
話題の広告は「ファン・サポーターの“いま”の把握」から生まれる
ー一連の広告制作において、軸となる考えや大切にしているポイントについて教えてください。
川又:その時々で、どのようなメッセージがファン・サポーターに刺さるのかは意識しています。スポーツはライブエンターテイメントなので、同じ状況は二度とありません。そのため、ソーシャルリスニングを軸に、ファン・サポーターの細かな感情や温度感を確認し、どのようなメッセージを伝えるべきなのかを考えています。
あとは、どんな状況にも対応できる「安パイな施策」ではなく、チャレンジングな施策にすることですね。F・マリノスには「現状維持は退化」という考えがあり、サッカーのプレースタイルも事業活動も非常に挑戦的なクラブです。ファン・サポーターもそのような価値観を大切にしてくれているため、期待にも応えるべく「前年の内容を超える」ことは毎年念頭に置いています。
赤星:チームの戦い方とマーケティングなどの事業活動の足並みが揃っているというのはF・マリノスの大きな強みだと感じます。F・マリノスは、サッカーも攻撃的であり、事業面の取り組みもチャレンジングで方向性が一致しているので、より強いメッセージを発信することができます。そういった軸は持ちつつ、現場の状況やファン・サポーターの意識を常に把握し、広告施策にも反映させています。実際に、広告内のコピーには、チームとサポーターの共通言語などを取り入れることもよくあります。
丸橋:印象的だったのは、2022年の「パタパタ順位表」です。その年は、優勝争いをしていたのですが、広告ではあえて「優勝」という言葉を使用しませんでした。というのも、最終戦に挑む際、キャプテンの喜田選手が“優勝という言葉を用いて気持ちが浮つくことを避けたい”という想いから、「優勝」ではなく「みんなといい景色を見たい」という表現をしていたんです。この想いは、ファン・サポーターにも伝わっており、当時の観客席には「最高の景色を見に行こう」という横断幕が並んでいました。このように、瞬間ごとの状況を汲み取り、広告内でも最適な表現ができるように意識しています。
ファン・サポーターの共感を第一に。総合的な盛り上がりがライト層にも火をつける
ー昨年の取材時に、サッカー好きなどのライト層に向けた効果も意識していると伺いました。熱狂的なファンとそこまで思い入れが強くないライト層では、それぞれ心に響く表現が異なるかと思いますが、特にライト層に向けては、どのようなことを意識しているのでしょうか。
赤星:川又さんからも話があったとおり、スポーツは状況が刻一刻と変わるため、“戦況を伝える”ことが、一般生活者の注目を集めやすいと感じます。「今年のF・マリノスは強いよ/こういう戦いをしているよ」というような情報がまずはシンプルで強いと思います。
加えて、思わず手や足を止めて見てしまうような表現の仕掛けを施すことで、ライト層にも広くアプローチできるように狙っています。駅での屋外広告は、熱心なファン・サポーターが実物を見に行きたくなるような仕掛けを入れることで、現地で写真を撮ってもらい、その人だかりがファン・サポーター以外の駅利用者にも「何だろう?」と気になるきっかけとなって、多くの人の目に触れていただけるように設計しています。
川又:ライト層へのアプローチでいうと、ファン・サポーターのSNSもかなり影響していると感じます。F・マリノスのファン・サポーターは、SNS発信がさかんで、かつ団結力があるため、XでF・マリノスの話題がトレンド入りすることも多々あります。彼らがSNSで盛り上げてくれることで、いちサッカーファンやライト層にもチームの情報が届く。彼らはある意味でチームの仲間であり、なくてはならない存在です。
赤星:私自身も実はマリノスサポーターなのですが、マリノスサポーターのSNSでの盛り上がりは、JリーグでもNo.1だと感じています。加えて、「チームが成長するために、自分たちサポーターは何ができるのか?」という視点を持つ人が多いなとも思います。クラブとファン・サポーターの良い関係性が生まれていることで、それぞれの想いが相乗効果となり、SNSで話題を広げやすくなっているのはとてもありがたいことです。
期待に応えるチャレンジングな施策を打ち続ける
ーさいごに、クラブ全体のマーケティング活動を含め、来シーズン以降の展望についてお聞かせください。
赤星:ちょうど先日、次のシーズンの全体戦略会議をおこなったところです。2024年は、優勝争いではない状況下でも、違った形で盛り上がりを作れたため、私たちにとっても新たな成功例となりました。優勝争いのかかる最終盤以外でも、戦局を見つつ、ファン・サポーターを巻き込んだ広告施策など、色々な仕掛けに挑戦していきたいです。
川又:先述したように、マリノスサポーターはクラブのために積極的に活動してくださる方がとても多くいらっしゃいます。しかし、僕たちがファン・サポーターの存在にあぐらをかいてはいけないので、その期待にこたえ続けるコンテンツを今後も届けていきたいです。クラブが勝ち進むことで、国内、アジア、世界へと戦うフィールドが広がるように、ビジネスサイドでも、新しい取り組みやこれまでになかった演出などにチャレンジしていきたいです。
1984年生まれ、千葉県出身。アパレル会社の営業兼販売員、出版社の月刊誌編集、IT企業の広報・プロモーションを経て、編集・企画・ライターとして独立。現在はビジネスメディアを中心に活動している。経営層から学生まで、人物取材が得意。