昨年12月に授賞式が行われた、『PRアワードグランプリ2023』。PR GENICでは、アワード受賞作品の実施背景やPRポイントを紐解いていきます。2023年度の受賞事例シリーズ第1弾で焦点を当てるのは、ゴールドを受賞した甲子化学工業株式会社、北海道猿払村、 TBWA HAKUHODOの、「守るのは、頭と地球。HOTAMET」です。この取り組みでは、甲子化学工業の持つ「卵の殻や貝殻からプラスチックを生み出す技術」をもとに、TBWA HAKUHODOが企画とプロジェクト進行を担いながら、廃棄されるホタテ貝殻を原材料としたヘルメット『HOTAMET(ホタメット)』を開発しました。
そこで今回、プロジェクトをリードしてきたTBWA HAKUHODOのクリエイティブディレクター 宇佐美 雅俊さん、シニアアートディレクター 伊藤 裕平さん、PRプラナー 橋本 恭輔さん、プロデューサー 阪元 裕樹さんの4名にインタビューを実施。『HOTAMET』のアイデアが誕生したきっかけやプロジェクトの進め方、製品ビジュアルの作り込みも含めたPR戦略、そして製品発表後の反響などについてお伺いしました。
CONTENTS
廃棄されるホタテ貝殻からできた環境配慮型ヘルメット『HOTAMET』
なぜ「ホタテ貝殻再利用」のアイデアに?ホタテ産業の裏にあった年間約4万トンの貝殻廃棄物
ーまず『HOTAMET』について、甲子化学工業、北海道猿払村、 TBWA HAKUHODOの3社で企画・開発を進めるに至った経緯を教えてください。
伊藤:事の始まりは、私がSNSを通じて甲子化学工業の技術と出会ったことでした。2021年10月頃、仕事帰りの電車の中でSNSをチェックしていたところ、甲子化学工業の南原徹也さんが「卵の殻を混ぜたエコプラスチックをつくってみた」という投稿をされているのを、たまたま目にしたんですね。それを見て「これはすごくおもしろい企画ができそうだ」と直感して。広告制作の現場でよく一緒に仕事をしていた宇佐美に話を持ちかけ、プロジェクトを立ち上げることに決めました。
それから、宇佐美とブレインストーミングをして、素材のブランディング案や卵の殻のエコプラスチックを使った卵メーカーのツールなどを企画。SNSを通して南原さんにアイデアを提案してみたところ、1日も待たずに前向きなお返事をいただき、2社で本格的にプロジェクトを動かすことになりました。
宇佐美:ただ、その後すぐに壁にぶつかってしまって。広告会社として、世の中に“ニュース”をつくりたいという思いで企画に取り組んでいたのですが、卵の殻の再生技術は、かなり昔から存在しているものだと分かったんです。それでは新規性が生まれにくい。そこで、改めてリサーチをした結果分かったのが、「卵の殻の主成分である炭酸カルシウムは貝殻の成分と同じ」ということでした。貝殻の再生利用技術やエコプラスチックは、前例がほとんどありません。「廃棄される貝殻の再生利用」をテーマにすれば新しい製品を生み出せるはずだと、企画を詰めていきました。
橋本:製品企画を進めるにあたって最初に実施したのが、南原さんへのヒアリングです。いろいろとお話を伺ってみると、南原さんはプラスチック加工を生業とする企業として、昨今の脱プラスチックの流れの中に紙ではなく、第三の選択肢を提示することでプラスチックと共生する社会の実現に貢献したいと考えていることが分かりました。
その想いを汲み取り、さまざまなアイデアを出す中でたどり着いたのが、廃棄される「ホタテ」の貝殻の活用です。ホタテの貝殻は漁業系廃棄物に分類され、適切に処理することが求められます。調べた限りでは、9割以上がリサイクルされているようですが、実際にホタテの水揚量が国内随一のエリアでは、もしかするとホタテの貝殻によって困っていることもあるかもしれないと思いました。
そこで、同じくPRプラナーとして活躍している加藤卓のネットワークから北海道猿払村にコンタクトを取り、ヒアリングを実施。すると、コロナをきっかけにホタテ貝殻の海外輸出が一部止まったことで、余ってしまった貝殻の扱いに困っていることが分かりました。そのような経緯から、今回のプロジェクトには現場で課題を抱えている猿払村にも協力を仰ぎながら、製品化を目指すことになったのです。
“地域への還元”と“貝殻の役割”に着目し生まれた「貝殻でヘルメット」のアイデア
ー貝殻の再生利用技術を使った製品として、ヘルメットをつくったのはどうしてですか?
宇佐美:大きく2つの理由があります。1つ目は、今回つくる製品を、僕らのプロジェクトに力を貸してくださった猿払村の皆さまに還元できるものにしたかったからです。いろいろな選択肢の中でも、僕らは猿払村でホタテ漁に携わる漁師が日頃身につけているものに着目しました。ホタテ漁は、足場が悪い中でおこなうため、漁師の皆さんは日常的にヘルメットを着用して作業をしていることから、ヘルメットというアイデアが有力候補として出てきました。
2つ目は、貝殻が自然界の中で果たす役割に立ち返れば、ヘルメットであれば、1つの物語ができあがると感じたからです。というのも、貝殻は貝の柔らかい身を守るために存在しています。人間の脳みそも、貝の中身と同じように柔らかいからこそ、貝殻を人間の頭を守るものとして生まれ変わらせるのは自然な流れだと感じました。このような理由から、ヘルメットをつくることに決めたのです。
伊藤:実を言うと、ヘルメットにたどり着いた思考過程の一部には、遊び心も混じっています。貝とヘルメットを英単語で表してくっつけると、違和感のない造語ができそうですし、ホタテの見た目をヘルメットのデザインとして使うと、すごくおもしろい製品になりそうだと思いました。ディスカッションの場でスケッチを描いて南原さんに見ていただきながら進めるなどして、初めに連絡をしてからおよそ1か月ほどでヘルメットの企画案がまとまったと記憶しています。
ー『HOTAMET』は、性別や年齢を問わず誰もが使用しやすいデザインになっていますよね。「貝殻」をキーワードにこうしたデザインを生み出すのは、かなりハードルが高かったのではないでしょうか。
伊藤:おっしゃる通り、デザインで苦労した部分はあります。「貝殻を被る」というアイデアは斬新でおもしろく、製品として強い物語性を持たせることができますが、ただの“おもしろおかしい製品”になってしまうのではないかという懸念もたしかに存在していました。ただ、やはり製品化した後のPRのことも考えると、貝殻というキーワードは外せないと感じました。また、日本の災害発生率やちょうどその頃に義務化が発表された自転車運転時のヘルメット着用などを加味すると、ユニセックスなデザインにするという点も欠かしたくはありませんでした。最初から、デザインはかなりこだわって詰めていきましたね。
国内外で大反響。高評価を獲得した2つのコミュニケーションポイント
『HOTAMET』が持つストーリーや価値を非言語で伝えるキービジュアルへのこだわり
ー製品が完成した後、その魅力やコンセプトを広く世の中に訴求していくにあたっては、どのようなことを意識されたのでしょうか。
橋本:『HOTAMET』の持つ「外敵から身を守ってきた貝殻が、人を守るものになる」というシンプルで強いメッセージを、いかに伝えていくか。この点を強く意識しました。『HOTAMET』のデザインから伝わってくる物語には、圧倒的なパワーがあります。たとえば、ヘルメットのデザインは単なる“貝殻風”ではなく、本当に貝殻の構造を模倣してつくっています。「バイオミミクリー」という考え方に基づいて、自然本来の役割を活かしたデザインを施したところ、『HOTAMET』は通常のヘルメットよりも強度を30%増加させることができました。こうした特徴は、環境負荷を下げられるという点とともに、やはり1つのストーリーとして世の中に伝えていくべきだと思いました。
阪元:だからこそ、『HOTAMET』のキービジュアルにはすごくこだわっていて。自然好きでエシカルな取り組みにも造詣の深いフォトグラファーをアサインして、プロダクトの魅力が伝わる写真表現の方法を丁寧に棚卸しながら、誰もが一目で貝だと分かるような象徴的なビジュアルを海辺で撮影しました。プロデューサーの立場から当時の状況を少しお話すると、自主プロジェクトでもあった点から、予算的にはかなり厳しい部分もあったんです。しかし、いかに『HOTAMET』の生まれた文脈とビジュアルの良さを伝えられるかという点を考え、徹底的にロケ撮影にこだわりました。
橋本:結果として、できあがったキービジュアルは、海外でのPR活動をおこなう上でも大きな効果があったように感じています。誰もが非言語で、『HOTAMET』の“貝殻の再生・循環”というストーリーと価値が分かるものになりました。だからこそ、海外からも大きな反響をいただけているのだろうと。PR活動をおこなう上ではストーリーも大切ですが、ビジュアルも同じくらい重要なものだと、今回のプロジェクトを通じて改めて実感しましたね。
“誰のため・何のためにやるのか”をブレずに意識し、企画とPRをセットで考える
ー海外からの反響も大きかったのですね。
伊藤:そうですね。言語の壁を越えて、世界中に『HOTAMET』(海外では『SHELLMET』)が届いたなという実感があります。これまでも、世界に向けたプレスリリースの配信などもおこなってきましたが、我々の想定以上に海外での広がりを見せたと思います。
橋本:イギリスの『The Guardian』でもニュースになり、海外からの問い合わせも増えました。また、2024年1月中旬には、フランス・パリでおこなわれた世界最大級のインテリアとデザイン関連の国際見本市『メゾン・エ・オブジェ』にも招待を受けて出展。5日間で90社の担当者とお話をすることができました。
伊藤:現地では、サステナブルな製品としてヘルメットをつくりあげた意外性や新規性、挑戦性の部分を高く評価してくださる声が多かったです。また、デザイン部分を諦めているサステナブル製品も多い中で、デザインと環境配慮が両立したプロダクトであるという点も好評でした。
ー国内での反響は、いかがですか?
橋本:国内でも、僕らの想定以上に反響をいただいています。もともとは、猿払村への還元に主眼を置き、猿払村での記者発表会や、漁師の皆さんにヘルメットをプレゼントする企画などで話題性をつくろうと考えていたのですが、生活者の共感も同時に呼び起こすことができたんです。SNSを見ていると、「有名ゲームのキャラクターが被るヘルメットに似ている」といった声があったり、『HOTAMET』のイラストを描いてくださる方がいたりと、自発的な拡散も多数見られました。また、クラウドファンディングでの予約販売も実施したところ、そちらでも1,100名を超える方に購入していただくことができました。サステナブルな商材はあまり売れないというイメージもありましたから、こうした反響は僕らとしても予想外でしたね。
ーそうした反響を引き出せた秘訣は、どこにあったと思いますか?
橋本:先ほどお話した「キービジュアルで、言語を使わずに製品コンセプトを伝える」という点に加えて、製品の企画段階から「誰のために、何のためにプロダクトをつくるのか」をブレずに意識してきたことも影響していると思います。現在は、サステナブルな商品を作ってローンチすれば話題が生まれるという時代ではありません。その製品が社会のためにどう活用されていくのか、誰のために、何のためにやるのかという点で多くの方の共感を生む可能性があります。そのため、理想とする未来や社会を見据えながら、企画とPRをセットで考えていくことが重要なことなのだと思いますね。
活用の幅は無限大。ホタテ貝殻の再生利用技術から、さらに新しい素材・製品を
ーさいごに、『HOTAMET』の今後の展望についてお聞かせください。
宇佐美:まず、『HOTAMET』はまだ正式リリースを控えた製品なので、何よりも本格的な販売に向けて準備を加速させていきたいと思っています。実は現在、『HOTAMET』を自転車用のヘルメットとして購入したいという声を多数いただいている関係で、耐久性などに問題がないことを証明する認証マークの取得手続きを進めています。手続きも最終段階に入り、もう間もなく、皆さまのもとにお届けできる見込みなので、力を尽くしていきたいと思います。
橋本:ヘルメットの展開としては、一般向けの販売はもちろん、法人からの引き合いも多数いただいています。工事現場等で使用できる専用のヘルメットも同時並行で開発を進めており、デザインなども企業へのヒアリングを重ねながら、作り込みをしているところです。こうした製品も、スピード感を持って完成させることができればと思っています。
宇佐美:『HOTAMET』が無事にリリースできた後は、異なる切り口で新たなプロダクトを打ち出していければと考えています。甲子化学工業の持つホタテの貝殻の再生利用技術は、他のさまざまな製品や素材を作ることが可能です。エコプラスチックを使ったユニークな製品を、今後も企画していけたらと思っています。
伊藤:宇佐美が少し話してくれたとおり、ホタテの貝殻は、さまざまな製品に活用できます。それこそ、現在はANAの機内に置く「安全のしおり」や、カンペールの商品のひとつであるバックパックのボタンにホタテの貝殻を利用するなど、企業のCO₂排出量削減にも貢献しています。『HOTAMET』の販売が無事にスタートすれば、次はそうした素材としての活用と展開にも手を広げていきたいです。
橋本:素材としては、ホタテの貝殻を混ぜたコンクリートの開発も検討が進んでいます。将来的には、廃棄貝殻を利用したエコなコンクリートで建築した建物も実現できるかもしれません。ぜひ、楽しみにしていただけたら嬉しいです。
広報歴7年のフリーライター。中堅大学、PR会社、新規事業創出ベンチャーにて広報・採用広報を経験。2021年より企業パンフレット、オウンドメディア、大手メディア、地方メディアなどでインタビュー記事を執筆中。書籍の編集・ライティングも行う。