企業にとって今や必要不可欠なブランディング。ブランディングに対する注目度や重要性が高まる一方で、実際に着手をすると、どのような手順で進めていけばよいのか、何に重きを置いて決めていけばよいのかわからない、という経験をした方も多いのではないでしょうか。
今回は、日系初のブランディングファームであるグラムコ株式会社で、取締役副社長を務める矢野陽一朗さんにインタビュー。グラムコが長年培ってきたブランディングの手法や、正しいパーパスブランディングの在り方について、国内外の好事例とともにお話しいただきました。
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ゼロから始めるブランディングの手引き
グラムコ株式会社 取締役副社長/シニアコンサルティングディレクター 矢野 陽一朗 アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)でITコンサルティングに従事したのち、スカイライトコンサルティングの創業メンバーとして、広報・マーケティングを担当しブランディングを推進。2012年、グラムコの顧問に就任。アビームコンサルティングを経て、2018年にグラムコに参画。ブランド戦略とコンセプトの立案を中心に、国内外の幅広い業種でクライアントをサポートする。 |
グラムコのブランディング手法
―はじめに、グラムコさんの事業について教えてください。
グラムコは、日本で最初にブランディングファームを名乗った会社です。創業以来、ブランディングに特化したサービスを展開し、おかげさまで今年35年目を迎えることができました。良いブランドを確立するためには、独自のアイデンティティを確立することが大切ですが、日本企業の多くが苦手としているように感じます。私たちは、その企業の持っている良いところを引き出し、他社と差異化することを意識しながら、未来のありたい姿を定め、魅力的に伝えていくお手伝いをしています。
具体的なサービスとしては、調査・戦略立案からコンセプト構築、ロゴ開発やインターナルブランディング、そしてスペースブランディングなども手掛けています。また、中国に現地法人を持ち、欧米のファームと提携するなど、グローバルな視点でブランディングをサポートしています。
―今や、企業に必要不可欠なブランディングですが、どのような手順で考えていけばよいのでしょうか。
グラムコでは、『Brand One™』という独自の方法論を使い、6つの工程でブランディングを行っています。
まず、①プレリサーチでは、トップやキーパーソンへのヒアリングを始め、アンケートや調査、分析を行い、現状の問題点や課題を洗い出します。次に、②ブランドコンセプトで、グラムコが持つブランドモデルに沿って、コアバリューの決定やブランド体系の整理をし、③ブランドの記述でスローガンやネーミングとして文字に落とし込んでいきます。そして、④ブランドの可視化でロゴやシンボルなどの可視化を行い、⑤ブランド体験設計・監理で企業の携わる様々な体験に紐づけていきます。導入後、⑥ブランドアセスメントで、ステークホルダーの理解度や好感度などを測定し、評価を行います。このように、ブランディング活動を通して一貫したサポートができる形になっています。
この方法論に則り、クライアント企業が個別に抱える課題感やご要望などを伺ったうえで、プロジェクトごとにカスタマイズしてご提案しています。
ブランディングの核は「シンプル」かつ「他社との差異化」を意識する
―ブランディングを行う上で、ブランドコンセプトが肝になることはとてもよくわかりました。それでは、このブランドコンセプトはどのように考えていけば良いのでしょうか。
グラムコでは、独自に使用しているブランドモデルに沿って、コンセプト開発を進めています。まず、コンセプトの核となる、「Brand Purpose(存在意義)」「Brand Vision(目指す姿)」「Brand Value Proposition(提供価値)」を決めていきます。この3つをしっかりと定義することで、ブランドとしてのアイデンティティを明確にすることができます。
周りの要素のうち、下半分はブランド戦略を考える上で欠かせない要素です。特に市場におけるポジショニングやそのブランドにとって大切な戦略顧客、ブランド体系などは重要な論点となります。さらに、ブランドパーソナリティはブランドの個性や「らしさ」を決める上で大切な要素です。ブランドを人に例えるとどんな人か、と考えると分かりやすいです。
上半分はコミュニケーションを行っていく上で必要な要素です。メッセージやデザイン、体験などについて定義しておくことで、一貫した発信ができるようになります。これらを管理していく上でのルールやマニュアルの整備も欠かすことができません。つまり、このモデルにはブランディング活動を進めていく上で考えるべきことが網羅的に整理されているわけです。
―核となる部分がとても重要になりますね。どう決めてよいか迷われる方も多そうです。
そうですね、まず「なぜ(Why)」その会社やブランドが社会にとって必要なのか、ブランドパーパス(存在意義)を考えます。なかなか難しいとは思いますが、その答えをしっかりと出すことができれば、社内外のステークホルダーから共感を得ることができるブランドになります。
次に、「どこへ(Where)」行きたいか、つまりブランドビジョン(目指す姿)を考えます。企業やブランドが達成したい世界観や、具体的な数値目標などです。全社で一丸となって目指すことのできる、野心的な目標であることが望ましいです。
そして、目標に向かって事業を行う過程で、「どんな(What)」価値を顧客に提供していくのか、つまり提供価値を考えます。提供価値には便利さや品質などを示す機能的価値と、そのブランドを選択することによって得られる心地よさや爽快感などを示す情緒的価値があります。
最後に、このブランドが「どのように(How)」振舞うのか、個性や「らしさ」を示すパーソナリティを決めます。人の性格がそれぞれ異なるように、ブランドにも力強く頼もしいものもあれば、優雅で上品なものもあります。大切なのは、狙い通りの印象を与えられるように、一貫性を持たせることです。
これらを決めることで、ブランドのアイデンティティが明確になります。このときに、なるべくわかりやすくシンプルに、そして、他社との違いを明確にするよう意識することが大切です。
パーパスを起点にしたブランディング
グラムコが考えるパーパスブランディングとは
―ビジネスのあらゆる場面でパーパスを紐づけることが増えてきていますが、グラムコさんが考える「パーパスブランディング」とはどういったものでしょうか。
パーパスブランディングを体現しているわかりやすい例を挙げると、2018年にNikeが『Just do it.』のスローガン誕生30周年を記念して展開した「Dream Crazy」というキャンペーンがあります。これは、黒人差別反対運動によってNFLのチームから解雇されたコリン・キャパニック選手を広告塔に起用したもので、発表直後はネガティブなコメントやNikeのシューズを燃やすなどの攻撃的な批判も見受けられました。しかし、次第にポジティブな反応がネガティブな意見を上回り、若い世代を中心に、Nikeをサポートするために商品を購入する動きが出ました。その結果、売上は前年比を上回り、一時かなり下落した株価も史上最高値を更新するなど、大成功を収めました。
ここで大切なのは、Nikeがなぜこの施策を打ったのかということです。Nikeには以下のようなパーパスがあります。
つまり、Nikeのお客様は世界中のすべての人であり、自分たちが信じているこのパーパスを実現するためならば、たとえ世間的に批判を受ける可能性のあるものでも、実践していくんだという思いが詰まっているんです。
パーパスブランディングというと、炎上商法のような、世間的に注目を集めるようなやり方も少なくないですが、本質は違います。企業と社会の繋がりを表現し、自分たちが信じているものを打ち出すことで世の中をより良くしようとする、その取り組みこそがパーパスブランディングだと考えています。
―日本では、どのくらいパーパスブランディングは浸透しているのでしょうか?
日本では、ミッションステートメントと呼ばれる「ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)」のフォーマットに乗っ取った理念体系が主流となっています。今でも多くの企業がこのフォーマットを使い、理念を掲げていますが、“良いことを言いすぎて”他社との差別化が図れていないことが多々見受けられます。加えて、先ほど説明したパーパスと違い、「社員が信じ、日々の業務に活かしていこう」と思えるようなものを提示している企業は少ないのが現状です。
ミッションは“使命”であるのに対し、パーパスは“社会における存在意義”です。ここの違いを正しく理解し、なぜ自分たちが存在しているのかを明示できる企業が増えてほしいと思っています。
“良いパーパス”には3つの条件がある
―それでは、何を基準に「良いパーパス」と言えるのでしょうか。
先ほどの説明にも少しありましたが、やはり自社のパーパスを社員がしっかりと意識し、日々のやりがいへとつなげられることが非常に重要です。また、自分たちの企業が「本当に社会に必要とされているか」を明示できるパーパスであることは大切ですね。今は、企業が行う全ての活動に意味を求められる時代なので、そういった意味でも、ひとつパーパスという核を持つことは、ある意味必須なのではないかと思います。
これらを踏まえて、良いパーパスの条件とは、①唯一無二であること②シンプルであること③大きな視点で語ることの3つだと言えます。この条件をうまく組み込んでいる好事例として、ユニリーバのデオドラント製品『Degree』があります。
『Degree』のパーパスは、「もっと活動的でありたいと思う、全ての人に自信を与える」というものです。デオドラント製品のブランドでありながら、“臭いを消すこと”が彼らのパーパスではないんですね。デオドラントがもたらす心理的な効果に着目して、より高次の意味を見出している。他のどのブランドも言っていないことですし、シンプルで大胆なパーパスだと思います。
このパーパスを体現した施策として、『Degree Inclusive』という商品が挙げられます。この商品は、身体欠損のある人でも使いやすいように工夫された形状のパッケージになっており、発売発表後、SNSやメディアで広く拡散され、賞賛されました。
米国には、こうした障がいを持つ方が2000万人もいるそうです。彼らがパーパスに掲げている「全ての人」には、健常者だけではなく、障がい者も含まれている。そう考えることで、大きな市場が開けたわけです。パーパスを起点に、社会課題にしっかりとアプローチしつつ、ビジネスとしても成功した、非常に良い事例だと思います。
国内のパーパスブランディング好事例とグラムコの挑戦
事例1:パナソニックi- PROセンシングソリューションズ株式会社
―パーパスブランディングの様々な海外事例をご紹介いただきましたが、国内での好事例はあるのでしょうか。
パナソニックi-PROセンシングソリューションズ株式会社さんの事例が挙げられます。この企業は、パナソニックのセキュリティシステム事業部という、監視カメラや画像解析ツールを作る部署が独立してできた組織なのですが、独立3年後にパナソニックブランドが使えなくなるということで、新しいブランドが必要となっていました。
プロジェクトではトップから幹部・中堅層まで幅広い層を巻き込んでインタビューやワークショップによる意見交換を行いました。皆さんの意識は非常に高く、「世の中の安心安全を守りたい」「人々の助けになりたい」といった社会的使命感を感じる言葉は沢山出てきたのですが、抽象的で他社と差異化しにくいという課題がありました。そこで、トップの方々と集中討議を行い、「この企業のパーパスは何か」と本質に迫った結果、「一瞬の真実を捉える」という表現が見つかりました。
何のために高性能な監視カメラを作り、高度な画像解析へと繋げているのか。このパーパスは、この会社にしか言えない唯一無二のものになりました。その結果、社員の皆さんが「自分たちはこのために仕事をしているんだ」と強く共感し、情熱を傾けられるものになったと思います。
事例2:三井ホーム株式会社
―他にも、好事例があれば教えてください。
三井ホーム株式会社さんをご紹介します。三井ホームさんは、業界内でも高級住宅が得意なハウスメーカーなのですが、創立以来、同じロゴを使用していたことや、広告で訴求するメッセージに一貫性がなかったことから、目指すべきブランドイメージを確立できていないという課題がありました。
プロジェクトを進めた結果、「高品質な木造建築の提供を通して、時を経るほどに美しい、持続可能なすまいとくらしを世界に広げていく。」というパーパスを設定しました。肝心なのは、「時を経るほどに美しい」という部分です。住宅は古くなると、“経年劣化”というワードがよく使われますが、三井ホームさんでは“経年優化”という考え方をされているんですね。これは、時が経てばたつほど味わいが増していくという意味合いで、まさにこの企業志向を取り入れたパーパスになりました。
さらに、この事例のポイントとしては、新ブランドのローンチ後に、社内浸透活動に注力したことが挙げられます。パーパスをはじめとするブランドコンセプトが伝わるように社内用の特設サイトを作成したり、ブランドの伝道師(エバンジェリスト)を育成するための研修活動を「ブランドアカデミー」と名付けて実施したりしました。このように、社員の皆さんにきちんと伝えていくことで、パーパスを自分ゴト化して、日々の業務で実践しようとする意識が生まれます。
良いパーパスが企業の“強さ”へとつながる
―グラムコとしての、これからの展望をお聞かせください。
ブランディングを通じて、日本やアジアの会社を強くするということに一層力を入れていきたいです。同時に、パーパスブランディングの考え方を世の中にもっと広めていきたいですね。最近、様々なところでパーパスという言葉を目にする機会は増え、大変喜ばしい限りなのですが、実際に制定されたものを見ると、先ほどご説明した「良いパーパスの条件」を満たしていない「まずいパーパス」もあるように感じます。
パーパスの策定に限らず、ブランディングは全社的な取り組みで、多くの方が関わってきます。せっかく取り組むのであれば、「良いパーパス」をつくってほしいですし、それによって社員の皆さんが自社のブランドに誇りを持ち、やりがいを感じながら働くようになっていただけたらと思います。その個々の力が企業を強くし、ますます強いブランドになる。そんな好循環を生んでゆけたら素晴らしいですよね。グラムコとしては、これからも、そのお手伝いをさせていただきたいと思っています。
1997年生まれの道産子。2020年に横浜国立大学を卒業し、株式会社マテリアルに新卒入社。新設のメディアリレーションチームに配属され、約1年間メディアの知識全般を深める。2021年6月より、『PR GENIC』の2代目編集長としてメディア運営を引き継ぎ、記事の執筆や編集業務に従事。新米編集長として、日々奮闘中。