「一億総メディア時代」と言える現代において、人々が目にするメディアは年々多様化し、受信する情報も発信する情報も人それぞれになっています。いつどこで、誰がどのような情報に触れるかがわからない状況では、今までのマーケティング活動のように「F1層(女性20歳〜34歳)」や「M2層(男性35歳〜49歳)」など、データに基づく情報だけでターゲットを正しくセグメントすることはできません。
このような環境下において、今注目されている新たなマーケティング手法が、「トライブマーケティング」です。3月に公開した記事『ペルソナ作りからトライブ形成へ。いまトライブマーケティングに取り組むべき2つの理由』では、トライブマーケティングの基礎知識についてご紹介しましたが、今回は丸メガネPRプランナー“のびた”が、さまざまなトライブを捉えて話題になった3つの事例を、トライブマーケティングの視点から紐解いていきます。
CONTENTS
「トライブマーケティング」のおさらい
SNSの台頭により、個人が情報を発信し、簡単に繋がれる時代になりました。人々が目にするメディアも昔より遥かに多様化し、受信する情報や発信する情報は、個々によって異なる内容になってきています。もはや、年齢/性別/地域だけでは市場を正しくセグメントしきれない環境になっているのです。
そんな時代において、現在脚光を浴びているマーケティング思考が、『トライブマーケティング』。このトライブマーケティングとは、“特定の興味関心や趣味嗜好”に対して、共通の価値観を持って集まった人同士をひとつの母集団として捉え、コミュニケーションしていく発想術です。
僕自身がこれまで企画を行なってきた中で、従来のようにターゲット全員を「一括り」として捉えたワンメッセージだけでは響きづらく、トライブごとに適切なメッセージを出し分ける必要があると感じています。
以下は、どの事例にも転用できる基本的なトライブマーケティングの構造図です。
そこで今回は、上記の構造図を用いながら、さまざまなトライブを巻き込んで話題になった3つのキャンペーン事例を、トライブマーケティングの視点で紐解いていきます。
3つの事例をトライブマーケティング視点で紐解く
<CASE1>キリンレモン:キリンレモントリビュート
■企画の背景
おそらく、誰もが子どもの頃に一度は飲んだであろう、キリンのロングセラー商品『キリンレモン』。長らく子ども向けのコミュニケーションを行っていましたが、発売90周年のリニューアルを期に、“子どもの頃にキリンレモンを飲んでいた20代に再び手にとってもらえるブランドになりたい”という思いから、新たなマーケティングを開始しました。
■コアアイデア
誰もが耳にしたことのある「キリンレモンのうた」をDNAとして、20代の様々なトライブのリーダーたちに、新しい「キリンレモンのうた」を歌ってもらうことになりました。
今回トライブとして巻き込んだのは、
- アイドル
- 邦ロック
- 声優
- お笑いタレント
の4ジャンルです。それぞれ熱狂的なファンが付きやすいジャンルがピックアップされています。
それぞれのアーティストには、トップファンが付いており、SNS上で積極的に情報発信をしていたり、「歌ってみた」「踊ってみた」「演奏してみた」などの二次創作を通じて応援するファンもいます。このトライブ構造を活用して、上手く情報を拡散させるために、キリンレモンはあえてメジャーなアーティストではなく、「駆け出しのアーティスト」を、トライブリーダー(=Key opinion leader)として起用しました。
これは、駆け出しアーティストのファンの方が「自分たちが広めることでこのアーティストを有名にしてあげたい!」という応援意識が強く、より拡散されやすいだろうと見込んだためと考えられます。
ここまでの話を冒頭のトライブの構造図に当てはめると、下記のようになります。
■キャンペーンの成果
このキャンペーンは、以下の通り大きな反響を得ました。
- キャンペーンムービーの総再生回数は5,000万回超
- 総メディア掲載数は770件超
- 本企画を実施した2018年前期の売上は前年比195%を達成
またMVにはファンからの高評価が相次ぎ、カラオケの音源化やCDへの公式収録にまで発展したそうです。
※参照元:http://www.acc-awards.com/festival/2018fes_result/me.html
■トライブ構造のポイント
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<CASE2>森永製菓:母校にinゼリー
■企画の背景
当初ウィダーinゼリーは、忙しいときに素早く手軽に小腹を満たす商品として、ややネガティブな意識で摂食されていました。そのイメージを変えるべく、“本気で頑張る人を応援する”という立ち位置を明確化させる必要がありました。
またもうひとつの課題として、ブランドがロングセラー化し、それと共に購入者の年齢層が高まっていく中で、若年層に向けた魅力的なコミュニケーション設計も求められていました。
■コアアイデア
“本気で頑張る若者”としてウィダーが注目したのが、部活動というコミュニティ。部活生を応援することで、「ブランドポジションの明確化」と「購入者層の若年化」を測ることにしました。
日本の部活動は海外の部活動に比べてOB/OGと現役生の繋がりが薄いそうです。そこでウィダーは、OB/OGが母校の部活動にウィダーinゼリーを差し入れできる企画を考案。『母校にinゼリー』と命名されたこのキャンペーンでは、ウェブサイトでの投票を通じて、OB/OGが母校の後輩たちにウィダーinゼリーを差し入れができるようになっています。
OB/OGが応援したい部活に投票を行い、10票以上の投票があった部活から抽選で500組の部活に、OB/OGからの“差し入れ”としてウィダーinゼリーが贈られる仕組みです。
今回、ウィダーが捉えたのは【母校の部活】というトライブです。先輩後輩の上下関係や、母校愛(≒応援心理)に目を付けてキャンペーンを展開し、CMには、学生時代にボート部で活躍したサンシャイン池崎がロールモデルとして起用され、実際に母校を訪れる様子が映像に収められています。
この事例をトライブマーケティングのフレームに当てはめると以下のようになります。
さらには、投票するとジェネレーターで“母校の名前が記載された画像”が作られる仕掛けが組み込まれており、先輩後輩や同級生といったSNSの繋がりを辿って、キャンペーンの情報が拡散し続けました。
誰もが原体験を持っている「部活動」に着目し、母校愛というインサイトを汲んだことにより、現役の高校生だけではなく全てのOB/OGを巻き込んで大きな共感を生み出すムーブメントとなりました。
■キャンペーンの成果
全国の約90%にあたる4,617校を巻き込む一大ムーブメントへと拡大した結果、高校生だけではなくあらゆる世代において、“ウイダーインゼリー=本気で頑張る人のエネルギー”という意識変容(=パーセプションチェンジ)を促すことに成功。商品の売り上げは、前年比の118%まで増加したそうです。
さらには、キャンペーンによる“差し入れ”だけに留まらず、実際にウィダーinゼリーを購入して母校に差し入れしに行く人が現れるなど、商品の需要を喚起することにも成功しています。
このキャンペーンは2017年に始まって、2018年度、2019年度と、今も続く恒例行事として定着しつつあり、まさに“新たなOB/OG文化”を創造した事例と言えます。
※参照元:https://www.codeaward.jp/awards/2017/work10.html
■トライブ構造のポイント
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<CASE3>ワークマン:過酷ファッションショー
■企画の背景
ワークマンの主力商品は作業服であり、中心顧客は建設土木や製造業などの現場で働く人たち。リーマン・ショック後、前年比2~3%の伸びは続いていたものの、そこから抜け出せず、「売り上げを5~6%伸ばすこと」が課題となっていました。
そこで、市場をさらに拡大させるためにターゲット層の拡張が必須となり、模索を開始。商品の在庫を観察していると、特定の商品が特定のタイミングで無くなっていることに気付いたのだそう。その原因を探求してみた結果、ブロガーやインフルエンサーのアカウントで、ツーリングやキャンプなどのアウトドアシーンで、ワークマンの商品を利用する様子が紹介されているのを発見。ここに需要があると目星をつけたワークマンは、アウトドア向けのプライベートブランドに注力することを決めました。
■コアアイデア
これまでの“作業目的の丈夫な服”という需要から、“アウトドア目的の丈夫な服”へと需要が拡張。この機を逃さなかったワークマンは、アウトドア系の女性インフルエンサーを起用し、アウトドアアパレルとしてワークマンを打ち出すことに。その際、Instagramで『#ワークマン女子』を合言葉にコーディネートを広めていくことによって、瞬く間に話題となり、ワークマンの商品が“おしゃれアイテム”として広まっていくこととなりました。
ワークマンは、ここでトライブマーケティングのような考え方を取り入れています。
「ワークマンアンバサダープロジェクト」を立ち上げ、アウトドア系のインフルエンサーと連携。メンバーはいずれも、数千~数万人のフォロワーを持ち、キャンプ、山登り、ツーリング、釣り、ランニングなど、さまざまな分野のアウトドアを楽しむインフルエンサーたちで構成されており、ここを情報発信の起点として捉えています。
ワークマンの事例をトライブマーケティングの構造図に当てはめると、以下のようになります。
■キャンペーンの成果
2018年9月、ららぽーと立川立飛店に一般消費者向けの新業態店舗「ワークマンプラス」の1号店を出店すると、多くのメディアが取り上げ、入場制限がかかるほどの人気店に。1号店は、1年で目標の3億5,000万円を超える売上を出しました。
また、ワークマンの顧客は女性が2~3割ですが、ワークマンプラスは半数以上が女性であり、目標としていた“ターゲット層の拡張”にも成功しています。
■トライブ構造のポイント
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事例から学ぶトライブマーケティングのポイント
『キリンレモン』『ウィダーinゼリー』『ワークマン』という3つのブランドの事例を、トライブマーケティングの視点で紐解いてきました。
最後に、これらの事例から、今後トライブマーケティングを実践するためのキーポイントをまとめてみたいと思います。
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今回使用したトライブ構造図は、どんな業界の商品/サービスであっても応用することができます。ぜひ、皆さまが扱っている商品/サービスに当てはめながら、「トライブ」と「情報拡散心理」を見極めてみてください。
僕自身、プランナーとしてさまざまなトライブを見定めながら企画を行なっているのですが、企画の度に新たなトライブが見つかり、トライブマーケティングに大きな可能性を感じております。メディアの多様化がさらに進んでいくこれからの時代において、必ず主流のマーケティング思考法へと発展していくと思いますので、この機会にぜひご活用ください。
丸メガネPRプランナー“のびた”(本名は飛田瞭)。ブランドと社会が手を握るための発想術「ストーリーテリング」を強みとするPR会社、マテリアルに入社。ブランドや企業がサステナブルな価値を発揮するための概念開発&コミュニケーション戦略立案を強みに企画職として従事。Twitterアカウント⇒@nobitobita
【WORKS】第2の婚姻届/高崎市ローカルグルメサイト『絶メシ』/#スニ活 他