グランプリ受賞・朝日町×博報堂『ノッカル』徹底解剖!使われ続ける公共サービスになるための挑戦

昨年12月に授賞式が行われた『PRアワードグランプリ2022』。PR GENICでは、アワードを受賞された作品の実施背景やPRポイントを紐解いていきます。受賞事例シリーズの第4弾は、富山県朝日町と博報堂が、地域の移動課題を解決するために2021年10月から開始した、マイカー乗り合い公共交通サービス『ノッカル』です。グランプリを受賞したこの取り組みは、朝日町が抱えていた地域課題をどのように捉え、地域住民や自治体を巻き込みながら、プロジェクトを進めてきたのでしょうか。『ノッカル』のプロジェクトメンバーである、株式会社博報堂 MDコンサルティング局 局長代理の畠山洋平さんと、同社DXソリューションデザイン局長代理の堀内悠さんにお話を伺いました。

PRアワードグランプリ獲得の『ノッカル』を紐解く

共助×共創の新しい公共サービス『ノッカル』は、なぜ朝日町で?

―はじめに、『ノッカル』のサービス概要と、事業を立ち上げた背景について教えてください。

畠山マイカー乗り合い交通『ノッカル』は、地域の移動課題を解決するために、博報堂が開発した「住民同士が支え合うMaaS」です。住民が自家用車で移動する際に、ドライバーとなってご近所の住民を送迎するサービスで、ドライバーは自分の予定をスマホアプリで登録し、利用者は登録情報を見て、電話やインターネットで予約をします。まさに、昔から日本に根付いている、住民同士がお互いに助け合う「共助の気持ち」をデジタルで可視化し、サービスとして昇華させたものになります。

事業を立ち上げる経緯となったのは、「人口減少社会が進展すれば、従前のままの公共サービスが成り立たなくなる」という課題意識を持ったことでした。人口減少が深刻化する日本において、特にその影響が顕著になるのが地方。バスやタクシー、鉄道といった従来の公共交通では、人手不足によってその維持ができなくなっていく状況が大いに考えられます。

こうした中、博報堂としても、従来の「クライアントの製品やサービスをどう世の中に届けるか」ということだけではなく、「自分たちが責任主体となって、クライアントとともに市場を創っていく」という発想に立って取り組んでいこうと考えたんです。そこでまずは、「共助×共創による、これからの公共サービスの実現」を目指し、一人ひとりが住みたい場所に住み続けられる世の中にしていくため、“地域交通を変える”ことを考え始めました。

―地方の中でも、富山県朝日町で『ノッカル』を実施した理由はあるのでしょうか。

畠山私と堀内が全国のさまざまな場所を巡っていく中で、富山県朝日町と出会いました。朝日町は、先述した人口減少に伴う社会課題がまさに凝縮されたようなところで、町としてもその課題へ本気で取り組む姿勢を持っていました。加えて、これが朝日町だけの問題ではないことを理解し、これからの地域社会の見本となることで「日本の未来づくりに貢献したい」という思いが強かったので、朝日町と博報堂が連携して一緒にプロジェクトを推進していくことになったのです。

持続的な公共サービスの実現のためには、“生活者の声を聞き入れすぎない”

―『ノッカル』の企画を進める中で、広聴を意識し、さまざまな意見を聴かれたとのことですが、用いた手法や、実際にどのような声が集まったのか、お聞かせください。

堀内基本的には、クライアントの商品開発を行う時と同じようなステップで、地域に住む生活者にヒアリングを行っていきました。普段の生活スタイルから始まり、病院やスーパーへの行き方、普段の移動手段や公共交通の使い方のこと、具体的に考えているサービスの方向性など、あらゆる質問を通して住民の皆さんの生活実態と意見をお聞きしました。

その一方で、住民の声ばかりに耳を傾けていると、年間のコストが膨れ上がってしまうという懸念もありました。たとえば、「料金が200円で、リアルタイムにいつでも呼べる公共交通を作ってほしい」という要望をそのまま受け入れてしまうと、ドライバーを待機させる人件費や車両の運行費だけで、年間コストは数千万円に跳ね上がります。仮に、そのようなリッチかつ利便性の高いサービスを導入しても、費用対効果を考えると持続性は難しいし、タクシー事業者の皆さんにもご迷惑をかけてしまう。

『ノッカル』では、生活者が便利に暮らせるかという視点はもちろん、公共サービスの維持や継続を最も重要な視点としてきました。なので、住民のマイカーという、朝日町に8000台もある資産を有効活用し、運用コストを極力抑えながら、住民の力を借りて、みんなで運用していく仕組みがサービスの骨子になっています。住民から直線的に出た声をそのまま実現するという話ではなく、課題の本質を捉えて、その中でどう解決策を出していくかということを、生活者発想を持って取り組んだというのが、ポイントです。

―『ノッカル』のベースには、博報堂が得意とする生活者発想があるんですね。

畠山答えのない時代においては、クライアントのオリエンを待つのではなく、自ら生活者発想に立って、クライアントとともに社会のさまざまな課題を解決していかなければなりません。地域に住む生活者が抱えている課題や、本当に必要な公共サービスのあり方は何なのかというのを、生活者と同じ目線で考え、一緒に解決策を見いだすことを重要視していました。

課題解決に至るまでの道筋を立て、それをシステムとして運用できるように仕組化し、社会実装していくことは博報堂の強みであり、いまは、「社会課題解決のキープレーヤー企業」になるという、グループとしての最終目標を掲げています。それを達成するための取り組みのひとつが『ノッカル』なんです。

生活者の「言の葉に乗る」ためにあえてPRはしすぎない

新しい生活インフラモデルを確立するために意識した2つのこと

―プロジェクトを推進していく中で、特に意識したポイントはどこになりますか?

畠山ポイントは2つあります。1つ目は、「公共サービスの維持コストを徹底的に減らす」ことです。人口減少が深刻化すると、それに合った新しい生活インフラモデルを確立する必要があります。その上で、できる限りコストを減らしながら運営できる公共サービスを量産していくことが求められるのですが、よくあるのは、移動手段の充足を考える際に、バスやタクシーといった別の乗り物を導入してしまうこと。これだけで、車両維持や人件費のコストがかさんでしまうので、それを入れる代わりに「在りもの」であるマイカーを使って地域交通を考えれば、コストもかかってこないですよね。

2つ目は、「人同士の共助や感謝の気持ちもアセットとして捉えた」ことです。ただ単に、コスト削減を図った公共サービスを作るのではなく、生活者にも喜んでもらえて、かつ、暮らしも豊かになるようなサービス体験を作ることが肝になると考えていました。サービスの利用者が喜ぶのは当たり前かもしれませんが、『ノッカル』ではドライバーからも「人の役に立つ機会を作ってくれてありがとう」と、お言葉をいただくことも。『ノッカル』が「人の役に立ちたい、地域に貢献したい。」という思いを実現したサービスだからこそ、地域に根付き、そこに住む生活者の新たな公共サービスとして浸透したと考えています。

我々としては、日本が人口減少社会を迎えるという事実をしっかり受け止め、新しい生活インフラを作っていくことをゴールに置いています。その中でも、まずは地域交通から始めていますが、結局のところ、最大のエンジンになっているのは「お互い様」や「ありがとう」といった人々の気持ち、想いに帰結すると思っています。そういった要素をサービスに埋め込むことができれば、日本人にとって一番わかりやすいですし、昔から育まれてきた共助の文化を使って、人口減少社会における新しい公共サービスや生活インフラモデルを構築できると考えています。

「本当にこのままでいいのか?」という“問いかけ自体をPRする”

―『ノッカル』の認知度向上やサービスの利用者を増やすために、具体的にどのような働きかけを行ったのでしょうか。

畠山大それたPR施策をして、サービス認知を高めるような気概はなく、あくまで地元に馴染むことを第一に考えました。一番大切なのは、住民同士の言の葉に乗ることなので、広報誌やケーブルテレビなどのチャネルで告知し、少しずつ「ノッカルというサービスがある」というのが住民の間で広まっていったと思います。これまでも、地方や田舎では「誰かの車に乗っけてもらう」という行為は普通に行われていました。それをサービスとして可視化しただけですので、地域住民にとっても馴染みやすいものとして受け入れてもらいやすかったと思います。

堀内『ノッカル』は、民間サービスではなく公共サービスなので、PRや広告を行って無理やり利益を出す必要がないんです。PRは、広義な意味を包括していますが、公共サービスにおいては「このままだとなくなる市場に対し、本当にそれでいいのか」という“問いかけ自体をPRする”ことに意義を感じています。そのため、一般的なサービスや製品のPRをするという観点とは、根本的に異なっているんです。

また、博報堂は交通事業者ではないので、「バスやタクシーを新たな地域交通として導入する」というスタンスではなく、「持続的な地域交通のあり方や生活者にとって最適な公共サービス」を、地域の交通事業者や生活者とともにプランニングすることが使命だと捉えています。過度なテクノロジーやハードに投資するのではなく、朝日町の住民が持つ8,000台のマイカーを活用させていただくとともに、アセットを活かすためのシステムづくりやインターフェースの設計といったソフトの部分を博報堂が手がけることで、年間運用コストの大幅な削減を実現できました。

朝日町の地域住民が『ノッカル』を自分ゴト化できる理由

―特に、高齢者の方だと、情報をキャッチしにくい・サービスをうまく使いこなせないといった方もいらっしゃるのではと思います。その辺りのサポートなどは、どのようなことをされていたのでしょうか。

堀内その辺りは、地域の自治会の会長を通して住民に説明する機会を設けました。また、バスかタクシーに乗れる方なら誰でも理解できる仕組みなので、集落に住む高齢者の1人に説明すれば、そこから自然と伝わっていきましたね。あとは、広報誌で運行のダイヤやルートを掲載したりと、アナログ主体で地道に浸透させてきたりもしました。

畠山自治体や我々から伝える「縦のライン」も大事ですが、「あの友達に聞いた」とか「あんたもやりなさい」みたいな話が、最終的には鍵になると思うんです。要するに、周りの友人・知人経由で聞いたことがきっかけだったりもするので、「横のライン」でいかに「ノッカルを使う」という機運を高められるかが重要になってきます。

堀内最近では、ドライバーの方から「こういうルートを設定したらどうか?」と逆にアドバイスをもらうこともあるんです。同じ集落のドライバーがユーザーを乗せることが多いからこそ、このような提案も自然と出てくると思っています。バスとかタクシーは自分ゴト化できないけど、『ノッカル』は自分ゴト化できる。こうした、自発的にサービスをより良くしようという雰囲気が醸成されていると感じています。

―さいごに、『ノッカル』を含め、今後考えられているチャレンジの部分について教えてください。

畠山朝日町での取り組みについて、今まで100を超える自治体からの視察があったりと、非常に興味を持ってもらっている事実がありますが、 交通だけで世界が変わるとは思っていません。「朝日町で新しい生活インフラモデルを作りきる」という中での優先順位を置いて、まずは『ノッカル』から始めているわけです。朝日町での成功事例をもとに、今後は他の町でも広げていきたいですね。

堀内朝日町が抱えている社会課題は、日本全土の多くの町が抱えている課題でもあります。『ノッカル』のプロジェクトを推進していく中で、公共サービスにおける枠組みづくりや、税金コストの使い方などに関して、抜本的に変えていく必要性も感じたので、「人口減少社会では何が必要なのか?」を議論するのも大事になってくるのではないでしょうか。今後も、我々の取り組みを通して、本当に求められる公共サービスの実現を目指していきたいです。

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