競合他社が多いマーケットで、差別化を図るのは難しいもの。ましてや、商材が日常的に利用されず、かつ、目に見えないものであればなおさらですが、そんな商材のひとつに「保険」があります。そこで、損害保険会社として業界での差別化を図るべく、プロジェクトを立ち上げたのが、三井住友海上火災保険株式会社です。業界内で独自の立ち位置を獲得するため、生活者の小さなチャレンジを後押しする参加型企画『やってみるカメ?プロジェクト』を企画し、数千のリポストや10万件超のインプレッションを獲得しました。
今回は、三井住友海上のCXマーケティング戦略部に所属する山田剛史さんと久下永さん、そしてPR設計を担当したマテリアルの近村洋輔さんにインタビューを実施。なぜ、損保会社である三井住友海上が生活者の挑戦を応援する企画を立ち上げたのか、『やってみるカメ?プロジェクト』のコンセプトやこだわった点、生活者から反響を得た情報設計について伺いました。
CONTENTS
損保会社が“挑戦を応援するプロジェクト”を立ち上げたワケ
保険会社の認知を得るという目的から逆算して生まれた「挑戦」軸
ーはじめに、『やってみるカメ?プロジェクト』を始めた経緯について教えてください。
山田:『やってみるカメ?プロジェクト』は、2023年の6月頃から構想しはじめました。三井住友海上は損害保険会社ですが、一般のお客さまからは保険会社というイメージが弱いと感じており、「損害保険会社として認知され、お客さまに選んでいただけるにはどうしたらいいか」「そもそも損害保険とはどういうものなのか」というところから企画が出発しました。
損害保険は、万一の有事が起きた際に補償をおこなうサービスです。不測の事態は、新しい物事にチャレンジするときに往々にして起こりますが、挑戦しなければ成功も生まれません。つまり、私たちはお客さまが新しいチャレンジをおこなえるように応援し、リスクを下支えする存在なのではないかと考えました。そして、近村さんからもヒントをいただきつつ、「挑戦」というキーワードを軸に企画を進めていくことになりました。
近村:リサーチしていく中で、三井住友海上は“マイナスやゼロをプラスにする会社”という印象を受けました。競合他社では、マイナスをゼロにするというイメージの会社が多いので、「補償」を前面に打ち出すよりも「挑戦する人を応援する会社」というアプローチの方が、差別化につながるはずだと提案しました。とはいえ、忙しい現代人は、意識しなければ新しいことを始める時間が作れません。そこで、挑戦する人を増やすために、まずは小さいチャレンジを習慣づけることから始め、日記を付けることでより挑戦できる環境を作ろうと考えました。
久下:2024年3月に、22~34歳の会社員800人におこなった「挑戦に関する意識調査」では、「“挑戦”という言葉のハードルが高い」と感じる人が71.4%、「自分が挑戦するとなった場合、失敗する・上手くいかないと感じる」と答えた人が66.9%いるという結果が出ました。
「挑戦」と聞くと、とてつもなく大変なことや、起業家など能力のある人がおこなうものというイメージがあります。しかし、人生の転機となるものばかりではなく、日常の中でできる気軽なチャレンジもあるはずです。損害保険会社として、挑戦は誰でもできることだと伝え、「私たちは挑戦をサポートしていく会社です」というメッセージを伝えたいと考えました。
高エンゲージメント獲得!反響を生んだSNSキャンペーンの裏側
ー『やってみるカメ?プロジェクト』は、どのように展開していったのでしょうか。
近村:『やってみるカメ?プロジェクト』は、SNSで気軽に投稿する「今日の #ふみだしチャレ 」という企画と、チャレンジを習慣化するためのツール「 #ふみだしチャレ 日記」の2つから成り立ちます。挑戦を習慣化するというコンセプトがあったため、挑戦を身近なものとして捉えてもらえるように、ライトな文脈で訴求することを意識しました。
そこで、まずは習慣化につなげるために、Xでお題に対する回答を引用リポストする「 #ふみだしチャレ 投稿キャンペーン」をおこないました。三井住友海上のX公式アカウントから「今日の #ふみだしチャレ 」というお題を出して、引用リポスト形式で自分の回答を投稿すると、期間中に抽選でカフェギフトが当選するキャンペーンです。日記を書く前段階として、「Xに投稿する」という行為を習慣化する仕組みを作りました。
山田:企画当初からSNSの活用は考えていましたが、私たち側から「挑戦しましょう」と押しつけるようなコミュニケーションは取りたくありませんでした。あくまでも、私たちはなかなか挑戦できない人たちを応援する立場なので、押し付けがましくならないコミュニケーションを意識していました。
ー「 #ふみだしチャレ 」では、Xで4名の著名人がPR投稿をされています。人選に意図や狙いはあるのでしょうか?
山田:PR投稿は、新しい分野に挑んでいる方にお願いしました。たとえば、お笑い芸人の小島よしおさんは、「そんなの関係ねえ」のネタで人気になりました。さらに現在は、それだけではなく子どもにターゲットを絞ったネタなどで活動の幅を広げ、お笑いライブ以外にもYouTubeで算数の授業動画を始めるなど、精力的に活動されています。また、元サッカー選手の丸山桂里奈さんは、スポーツの世界から芸能界へと転身していますし、稲垣啓太選手は、ラグビー日本代表として長年世界と闘い、挑戦し続けてきた選手です。みなみかわさんは、弊社からリクエストしていたのですが、フリーになられたタイミングだったので、「挑戦」という意味でまさにぴったりでした。
ーキャンペーンは2週間だったそうですが、反響はいかがでしたか。
久下:PR投稿には、数千のリポストや10万件超のインプレッションが付きました。また、著名人の投稿内容を見て「これくらい軽いチャレンジでいいんだ」という気持ちが多くの生活者に生まれたようで、キャンペーンには、合計8,809件の引用リポストがありました。通常であれば、こうしたSNSキャンペーンは、最初が盛り上がりのピークで、終了後にフォローを外すというパターンが多いですが、『やってみるカメ?』プロジェクトは、日を追うごとに徐々に盛り上がっていった印象です。
山田:キャンペーン終了後でも、当社のXのアカウントをフォローして引用リポストいただいている方が多く、エンゲージメントは非常に高いです。当初から想定した通り、投稿を習慣化していただいている方が多いと感じます。
挑戦者を増やすために細部まで考え抜かれたプロジェクト設計
“小さい一歩を踏み出す重要性”をキャラクターにも落とし込む
ーHPのあちこちにいるカメのイラストも印象的です。なぜキャラクターにカメを選んだのでしょうか。
近村:最初は、抽象的な人物や色々な動物を集めてダイバーシティを演出する案もご提案したのですが、登場キャラクターに意味を持たせたいという話が出ました。SNSでは、ビジネスネタでウサギとカメの話題が取り上げられ、カメのように「コツコツ続けることが大事」という文脈がよく使われていたので、カメならビジネスパーソンにも受け入れられやすいのではないかと思いました。ただし、「のろまなカメ」というネガティブな意味に捉えられないように注意を払いました。
山田:私たちがこのプロジェクトで伝えたかったのは、「まずは小さい一歩を踏み出す」ことの重要性。そう考えると、カメはこの企画にぴったりだと思いましたし、同時に見せ方は大事にしてほしいとお願いしました。ホームページには、甲羅で滑っていくカメや、寝転がっているカメなど、色々な恰好をしたカメが並んでいます。挑戦する過程では色んなことが起こるけれど、「やってみるかね?」というような、まずは気楽にやってみようという思いを込めました。
久下:とりあえず一歩踏み出すだけでもおのずと未来は変わるので、キャラクターデザインにも「ゆっくりでもいいから一歩踏み出してみよう」というライトさを込めました。そのためにも、一歩を踏み出すための「足」があることは必須でしたね。カメは、三井住友海上のテーマカラーである緑色だったことも決め手でした。
プロ監修!挑戦を後押しするこだわりの日記フォーマット
ー「 #ふみだしチャレ 日記」は、空欄を埋めるフォーマットを採用しています。日記であるにも関わらず、記述箇所が少ないのはなぜですか。
久下:市販の日記帳を買うような人はモチベーションが高く、自己を律することができる人です。しかし、私たちのターゲットは、普段忙しくてなかなか日々の振り返りができない人。そのため、日記を書いたことのない人でも簡単に続けられるコンテンツとなることを意識しました。日記のフォーマットを監修いただいた原田教育研究所の原田隆史さんは、プロ野球の大谷翔平選手も使用した目標達成ツールを生み出した方です。原田さんとは、6往復ほどやり取りして認識をすり合わせ、配置や言葉遣いなど細かいところまでこだわりました。
近村:それこそ、自分で書き込む部分はミリ単位で修正しましたね(笑)。日記は書き続けることに意味があるので、考える時間も含めて「毎日5分、4つの質問に答えるだけ」で終わる構造にしました。
ー原田さんとのやり取りで印象的だったエピソードや、内容を変えた部分はありますか。
山田:原田さんは、「挑戦できる人は2種類の自信を持っている。ひとつは『私はやれる、できる』という自己効力感、もうひとつは『私は幸せになる価値がある』という自己肯定感」と述べています。特に、前者は日本人に足りない要素なので、日記を続けることで自己効力感が生まれることを意識しました。
また、原田さんの「挑戦は本来生まれ持った才能ではなく、後天的に身に付けられる能力」という発言はとても印象的でした。できなかったことに焦点を当てると「私はできない人間だ」と自信を喪失してしまいます。うまくいかなかったら次はどんなやり方をすればいいか別の案を考える、最後には今日うれしかったことや楽しかったことを書き出すなど、日記を書くことでセルフイメージを高められる設計にしました。
ープロジェクト内では、「挑戦」よりも「チャレンジ」という言葉が多用されていますね。
近村:漢字の「挑戦」だと真面目な印象を与えてしまうので、プロジェクトのゆるさやライトさが伝わりやすいように「チャレンジ」という言葉を使用しています。
山田:「踏み出す」も、漢字で書くと硬いイメージが出るので、ひらがなを使っています。当初は、日記の名前も「挑戦日記(仮)」で進行していましたが、四字熟語のようで圧が強いと感じていたので、「ふみだしチャレ」という、ゆるく言い換えられる言葉を見つけられてよかったと思います。
久下:世界観を守るためにも「挑戦」という言葉は、説明文中など限られた場所でだけ使用していますね。
“日本人×挑戦”について深堀った次の企画とは
ー今後も、「 #ふみだしチャレ 日記」に続く新しい企画は構想しているのでしょうか。
山田:今回は、日記というツールを提供しましたが、次は「なぜ私たちは挑戦できないのか」と、チャレンジについて少し深掘って、現状を見つめてもらう企画を検討中です。毎日同じことを繰り返すだけでも生きていけますが、チャレンジしなければ新しい世界は開けません。個人的には「コスパの良い生き方を、本当にみんなが望んでいるのか?」と懐疑的に思っています。日本が「他人に迷惑をかけない」文化であることも、自分らしさを抑制することに拍車をかけているように感じますね。周囲から「どうせ無理だろう」と言われる外的要因や、自分らしい生き方について学校では教わらないことも、挑戦とつながる話なのではないかと考えています。
久下:何かを達成するために頑張る行為は、自分らしく生きること、ひいては自己効力感や自己肯定感につながっていきます。昨今、ウェルビーイング志向の企業が増えていることも、関係があるのではないかと仮説を立てています。損害保険は「経済的に補填する」というイメージが強いですが、三井住友海上は、精神的にもサポートする会社であることを発信していきたいです。そのためにも、今後は「楽しさ」以外の社会意義やメリットも発信していければと考えています。
1984年生まれ、千葉県出身。アパレル会社の営業兼販売員、出版社の月刊誌編集、IT企業の広報・プロモーションを経て、編集・企画・ライターとして独立。現在はビジネスメディアを中心に活動している。経営層から学生まで、人物取材が得意。