日本航空株式会社(以下、JAL)が展開する「#かくれナビリティ」をご存じでしょうか。航空におけるサステナビリティについて、生活者に考えてもらう・行動してもらうことを促す本施策は、今年の5月を皮切りに展開されました。今回は、JALのカスタマー・エクスペリエンス本部 CX戦略部 戦略グループ主任 石川恭子さんと、総務本部 ESG推進部 企画グループ主任 西岡桃子さんにインタビューを実施。「#かくれナビリティ」誕生の背景から、受け手の行動変容を促すための“生活者視点”を組み込んだポイントについてお伺いしました。企業として、サステナビリティとどう向き合っていくべきなのか、どう生活者に浸透させていくべきなのか、お悩みの方はぜひご覧ください。
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JAL「#かくれナビリティ」発端の背景に迫る
「搭乗時間に間に合うこと」がサステナブルなアクションに!?
ーはじめに、「#かくれナビリティ」とは、どのような取り組みなのでしょうか。
石川:「#かくれナビリティ」は、“かくれたサステナビリティ”の略で、お客さまができる、ちょっとした心がけでサステナビリティに繋がるようなアクションを紹介するという取り組みとして、今年のゴールデンウィークからスタートしました。航空におけるサステナビリティへの意識変容の第一歩として位置づけており、将来的にはJALとお客さまが一緒にサステナブルな空の旅をつくっていけるような関係性を目指して、コミュニケーションをおこなっています。
具体的なアクションの例としては「搭乗時間に間に合うこと」「乗る前にお手洗いに行くこと」「降りるときに窓のシェードを下ろすこと」など、気軽に取り入れることができるものを多くピックアップしています。これらを空港内のサイネージやSNSなどに掲出しています。
きっかけは未来の空の旅を考える「サステナブルチャーターフライト」。アウトプットに悩む社員の想いを具現化
ーどのように企画に落とし込んでいったのでしょう。
石川:大前提として、情報の受け手である生活者のなかで、サステナビリティがしっかりと浸透していない現状がありました。そのため、私たちが一方的にサステナビリティについて考えてもらおう、感じてもらおうと意気込んでも、伝わらない・実際の行動に移してもらえない可能性が高かったんです。そこで、まずは航空におけるサステナビリティをわかりやすく体感してもらうために、国内初となるCO₂排出量実質ゼロのフライトを実現した「JAL2030 サステナブルチャーターフライト」を昨年11月に運航しました。
西岡:このチャーターフライトでは、SAF(廃食油や動物油脂、廃棄物などを原料に作られた持続可能な航空燃料)の使用や、サステナブルな趣向を施した機内食に加え、目的地である沖縄県の魅力に触れるプログラムや宿泊をご用意。「みんなで行こう、サステナブルな未来へ。」というキャッチフレーズを掲げ、お客さまと一緒にサステナビリティを実現していきたいという、JALの想いを詰め込みました。
一方、このフライトの企画を進める中で、お客さまにサステナビリティをわかりやすくお伝えし、ご理解いただくことの難しさを痛感。フライト後もサステナブルな未来に向けてお客さまと継続的にコミュニケーションしていく必要性を感じ、色々な部署と連携し、検討を重ねました。お客さまにわかりやすく伝え実行に移していただくとともに、サステナビリティについて考えていただくきっかけを作るべく、ゴールデンウィークのタイミングを狙って、「#かくれナビリティ」の企画がスタートしました。
ー長期にわたって形を変えながら続いている取り組みの一部なのですね。このような大規模な企画だと、実施のハードルも高かったのではないでしょうか。
西岡:企業規模も大きいため、新しい取り組みへのハードルはありますが、「#かくれナビリティ」においては、アイデアの面白さやキャッチーさなどからネガティブな意見はほとんどありませんでした。むしろ社内には、サステナビリティに対して熱量が高いものの、どのようなアクションをしていいかわからずモヤモヤしていた社員も多くいたんです。そういった社員の想いを具現化できた施策としても、良い事例となっています。
また、「#かくれナビリティ」では、お客さまができるアクションの紹介だけではなく、「JAL社員のじつわ」という形で、JALグループ社員が“実は”日々取り組んでいるサステナビリティに関する“実話”を公開しています。このような形で、社員が日々取り組んでいることについてもあわせて知っていただくことで、JAL全体がサステナビリティとどう向き合っているのかを示すことができたと感じています。
“生活者視点”をベースにあらゆる施策から受け手のアクションにつなげる
ハードルの低さを伝えるコミュニケーションで“やってみよう”という気持ちを醸成
ーJALの取り組みには、“生活者視点”を組み込むことを大切にされていると伺いました。「#かくれナビリティ」においては、どういった点を意識されたのでしょうか。
石川:まず、JALとしては大きく2つの課題感を抱えていました。ひとつは、先述した通り生活者の方々のなかで、サステナビリティに対して具体的な行動になかなか落とせていない状況で、こちらから一方的に情報を届けても、それに共感してもらえる関係性にまだないということ。もうひとつは、航空におけるサステナビリティとなると、CO₂削減などの可視化や体感が難しいものが多いということです。そのため、どうすれば行動に移すきっかけとなるのか、「ちょっとやってみようかな」という気持ちにさせることができるのかに重点を置いていました。
西岡:「#かくれナビリティ」では、現在9種類のアクションを掲載していますが、どのテーマを取り上げるのか、そしてどういった言葉遣いで伝えていくのかという部分に関しては、社内でも多くの議論がなされました。そのなかで、基準としていたのは「こんなに簡単なことでいいんだ」「気軽にできることでサステナビリティに貢献できるんだ」と感じてもらえるかどうか。言われてみないと気が付かなかったけれど、むしろ既にやっていたかもと思えるくらいのハードルの低さを意識しました。
たとえば「乗る前にお手洗いに行くこと」は、「機体全体の重量を減らすことで、使用する燃料が減り、CO₂削減につながる」ということを言い換えているのですが、お手洗いというフレームに落とすことで、よりキャッチーに伝わりますし「荷物の重さを減らしましょう」と言われるよりも、やってみようかなという気持ちが醸成されやすいと思うんです。このような意外性や楽しさ、イラストのキャッチーさがお客さまの行動変容に繋がったと感じています。
「#かくれナビリティ」の幅を広げる『自由研究シート』の展開
ー家族連れのお子さんに対して『自由研究シート』の展開もされていました。こちらはどういった経緯で企画されたのでしょうか。
石川:ゴールデンウィークに「#かくれナビリティ」を展開したあと、その次に旅行が活発になる・行かなくても旅行を連想する時期である夏休みに、サステナビリティを想起してもらえるような取り組みを企画できないかと考えました。夏休みといえば、お子さんが自由研究をされるというご家庭も多いと思います。そこで、空港に来ていただくタイミングでサステナビリティについて触れ、それがそのまま自由研究になるというような仕組みを設計。具体的には、「#かくれナビリティ」の各アクションを空港内にちりばめ、それをマップにしたシートを作成しました。マップを見て探索しながら、サステナビリティについて学んでいくと同時に、裏面には自由記述ができる欄を設け、自分で発見したサステナビリティをイラストや文で記述できるようなっています。
ー実際に参加したご家族の方からの反響はいかがでしたでしょうか?
石川:「親子でサステナビリティについて触れる機会がなかなかないため、いいきっかけとなった」というようなお声をいただいています。こういった休暇にあわせた企画は、今後も続けていきたいですね。一方で、お子さん向けの企画であるならば、「サステナビリティ」という言葉や文脈をもう少しわかりやすくかみ砕く必要があったのではないかとも感じています。こうした反省点も取り入れつつ、定期的にアプローチしていきたいです。
メディアの注目を集めるキャッチーなコンテンツと具体的な数値
ー「#かくれナビリティ」全体の反響についても教えてください。
石川:先述したようなお声もいただきつつ、特にFacebookとtrico(JALの旅コミュニティ)での反応が良かったですね。施策に対する共感のコメントをいただいたり、機内で流れている動画を撮影・投稿してくださったりと、お客さまから広く拡散された感覚があります。
西岡:航空系・サステナビリティ系のメディアにも取り上げていただいたのですが、露出を通じて感じたのは、具体的な数値やキャッチーなコンテンツが大切だということ。アクションのなかだと、やはり「乗る前にお手洗いに行くこと」に注目していただくことが多く、それを通じてCO₂がどれくらい削減できるのかを数値化していたことで、そのままタイトルや見出しに使われることも多かったですね。改めて、メディアに向けてどういった情報を届けると良いのかという部分に関しては学びになりました。
石川:メディア露出でいうと、先述した自由研究シートの部分ではテレビ取材もしていただきました。実際に親子が空港内のサステナビリティを探して回るような内容で、総合的に施策として面白いと感じてくださっているメディアも多いのかなと感じています。一方で、生活者に向けたコミュニケーション設計に注目いただき、取材に至ったものもあります。改めて、社会や生活者とどのように結び付けてコミュニケーションを図っていくのかという部分が大切なんだと感じました。
旅行全体を通してサステナビリティを体感できる機会を
ーさいごに、JALのサステナビリティ活動における、今後の展望についてお聞かせください。
西岡:JALグループでは、2021年から「JAL Vision 2030」を掲げ、2030年に向けたあるべき姿として、「安心・安全」と「サステナビリティ」の2つを軸としています。それまでは「安心・安全」であることがJALにとっては揺るぎない最も大切なものでしたが、サステナビリティはそこに並ぶくらい大切なもの。その意思表示としてもこの2つを掲げています。「JAL Vision 2030」のもと、お客さまと一緒にサステナブルな未来をつくっていくために、CO₂排出量削減などの具体的な数値目標の達成に向けて尽力しつつ、お客さまが機内だけではなく、旅行全体を通してサステナビリティに関われる・体感できるような機会をどんどん創出していきたいです。
石川:社会的にもサステナビリティにスポットが当たっているなかで、どうしても「サービスが簡素になってしまうのではないか」「我慢を強いられるのではないか」というネガティブな想いを持たれる方も一定数いらっしゃると思います。JALとして行うのは、これから先も一貫して「最高のサービスを提供する」こと。サステナビリティに関しても、新たな制度や仕組みを導入したり、選択肢を拡充したりして、時代やタイミングに合わせたその時々の“最高のサービス”を実現していきたいです。
1997年生まれの道産子。2020年に横浜国立大学を卒業し、株式会社マテリアルに新卒入社。新設のメディアリレーションチームに配属され、約1年間メディアの知識全般を深める。2021年6月より、『PR GENIC』の2代目編集長としてメディア運営を引き継ぎ、記事の執筆や編集業務に従事。新米編集長として、日々奮闘中。