2020年10月14日~10月21日に行われた、トライバルメディアハウス主催のオンラインイベント『#好きだから宣伝したい~インフルエンサーマーケティングを変えよう~』では、ブランドへの愛着を感じているインフルエンサーやファンとのコミュニケーション構築、プロモーション活動に取り組んでいる5社が登壇し、その取り組み事例や裏側について語られました。
本記事では、5つのプログラムのうち、最終日に行われた「愛が溢れるユーザーと成長したい ワークマンの“いま”と“これから”」(登壇者:株式会社ワークマン 林 知幸氏、株式会社トライバルメディアハウス 高橋 遼氏)のレポートをお届けします。
CONTENTS
ワークマン アンバサダーマーケティングの始まり
ワークマンがSNSに注力することになったきっかけ
数年前から、独自のマーケティング手法で注目を集めているワークマン。今年の10月16日にオープンした新業態店舗『#ワークマン女子』も、現在もなお入場制限が行われるほどの反響を呼んでいます。そんなワークマンのマーケティング戦略において、欠かすことのできない存在が「アンバサダー」です。現在ワークマンには30名のアンバサダーが所属しており、このアンバサダーたちは製品の宣伝だけでなく、製品開発にも携わっています。そもそもワークマンがこの「アンバサダーマーケティング」に取り組むことになったきっかけは何だったのでしょうか。
講師として登壇した林氏は、「きっかけはSNSだった」と説明。「職人の店」として作業服を作り続けてきたワークマンですが、2015年頃から、作業服として販売していた商品が違う使われ方をされるようになり、それまで売れ筋ではなかったサイズやカラーのものがよく売れ始めたそうです。
その新たな使い道とは、雪の降る地域で作業する方のために作った製品が“バイク乗り”に使われていたり、厨房シューズが“妊婦の長靴”として使われていたりと、当時のワークマンにとって「そういう使われ方もするんだ…」という衝撃が走るものばかり。これらはすべて、一般のユーザーによるSNS投稿の拡散がきっかけになっており、一時期は店から商品がなくなるほどの人気となりました。このように、SNSきっかけでヒットした商品が多く、必然的に社内でSNSの重要性が上がったのです。
お客さんの声を“丸のみ”する製品開発
SNSが着火点となって、もともと想定していた使われ方とは異なる領域で商品が売れ始めたことをきっかけに、ワークマンはアウトドアウェアの製品開発をスタート。作業服の知見は豊富でも、アウトドアウェアはまったく未知の領域だったワークマンが初めに取った行動は、お客さんへの“ヒアリング”でした。
例えば、ワークマンの人気商品「綿アノラックパーカー」は、“綿素材なのに水をはじく”(※ナイロンの場合、火で穴が空いてしまうため、キャンプなどにはあまり向かない)という独自の性能を持っています。このようなノウハウをプロ職人以外の人々にも使ってもらい、市場を広げるためにはどうしたら良いか。また、なぜ我々の製品がアウトドアシーンでも使われているのか。これらについて探るために、実際にお客さんにヒアリングをして回りました。
また、お客さんへのヒアリング以外にも、日々のエゴサーチを欠かさず実施。今となってはワークマンに関するSNS投稿全体の7割を女性が占めているそうですが、当初のワークマンにとって、女性が自社の商品を投稿していること自体が衝撃だったのだそう。そこには“女性ならでは”の視点があり、「もっとこういう機能がほしい」などといった意見を、積極的に製品開発に取り入れていったと林氏は話しました。
このように、ただヒアリングやエゴサーチを行うだけでなく、お客さんの声を“丸のみ”にしながら製品開発を行うことで、新たな知見を導入し続けたワークマン。「その人たちが使ってくれるなら、もっと便利にしたい」という精神は、職人のための作業服に特化していた時代からずっとワークマンが大切にし続けているものであり、現在の製品開発もそれの延長上でしかないと林氏は話します。また、お客さんの声を取り入れることで、その意見を発したお客さんは、ワークマンの製品開発に携わった“身内”となります。このような“積極的にお客さんを身内として取り込む活動”が、現在のアンバサダーマーケティングに繋がっているのです。
アンバサダーの熱量を高める関係構築法
アンバサダーとのコミュニケーションはデジタル上だけではない
製品に関する数あるSNS投稿の中から、ワークマンはどのようにしてアンバサダーを探していったのでしょうか。この問いに対して、林氏は「どれだけワークマンのことが好きか。そして、新しい製品ができたらどれだけ早く買ってくれているかを基準に、アンバサダーのお声掛けをしている」と説明しました。アンバサダー候補を絞り込む時に重視しているのは、フォロワー数などといった、いわゆる「インフルエンサー」に求められるような数値的な要素ではなく、ブランドに対する熱量や、新商品を出したときのリアクションの早さなど。新情報への反応が早い人=アーリーアダプターの中から、アンバサダーを選定しているのです。
次に林氏は、「デジタル上だけでアンバサダーを捕獲しているわけではない」と説明。アンバサダーマーケティングを始めた当初、新店舗オープンのタイミングを見計らって、前々から頻繁にSNSに製品を投稿していた女性のお客さんに会いに行ったエピソードについて紹介しました。この女性に、お店で直接アンバサダーとしてスカウトした結果、製品開発のスタッフに会えたことに対して非常に喜び、快くアンバサダー就任を引き受けてくれたのだそう。
これについて林氏は、「会いに行くことの最大の価値は、アンバサダー候補の人が、もっとブランドのファンになってくれるということ。全てのお客さんに会いに行くことはできなくても、オピニオンリーダーにそう思ってもらえることで、このような熱量はファンの間で伝播していきます。」と話しました。また、アンバサダー候補に会いに行く際のポイントとして、「アポイントを取っていくのではなく、来店することを予測して行くこと」と説明。あえてアポを取らずに行くことで、相手は驚きの反動で通常以上に喜んでくれると加えました。
この「実際に会いに行く」という活動に関しても、ワークマンは元より、製品改良などを行う際に職人が集まる現場に足を運び、利用者の生の声を聞くことで、改良を重ねていったという経緯がありました。そんな素地がベースにあるからこそ、昔からの経験が今このように活かされているのです。
お金以上の価値をアンバサダーに提供する
続いて、実際にアンバサダーとどのようなコミュニケーションを取っているのかという問いに対して、林氏は「アンバサダーを独自の“ユーザーイノベーション”として捉えている。」と説明。林氏の話の中から、ワークマンのアンバサダーマーケティングには、大きく2つのポイントがあることがわかりました。
①プライスレスの喜びを分かち合える関係構築
1つ目のポイントは、アンバサダーとプライスレスの喜びを分かち合える関係構築を行っている点。アンバサダーに携わってもらった商品がどれだけ売れても、ワークマン側からは1円も報酬を渡していないそう。アンバサダーに選ばれた人々は、もともとワークマンに対して熱い思いを持っているため、自分の意見やアイデアが製品になるだけでも喜んでくれます。そのためワークマン側としても、生地や色決め、ボタンの位置を決める段階からアンバサダーに携わってもらうなど、製品開発に携われる領域を広く持っています。このように、「プライスレスの喜びを分かち合えるお客さんとしか、アンバサダーとしての関係を結んでいない」と林氏は説明しました。
②双方にWin-winのメリットをもたらすビジネス戦略
2つ目のポイントは、アンバサダーとワークマンの双方にWin-winのメリットをもたらすビジネス戦略に則っている点。アンバサダーが製品開発に携わっている商品は、“目的買い”されるためすぐに売り切れるらしく、アンバサダーの認知度が広まることで、必然的にワークマンの製品も売れやすくなります。そのため、「製品の宣伝よりも、アンバサダーの紹介をどんどん発信してあげる」と林氏は説明しました。“アンバサダーにとってメリットとなる取り組みは、結果的にワークマンのビジネスに跳ね返ってくる”という相乗効果を十分に理解しているからこそ、アンバサダーの認知拡大にも徹底的にコミットしているのです。
ワークマンの“販促費ゼロ”に向けた取り組み
アンバサダーマーケティングのKPI設定
このように、アンバサダーと独自の関係性を構築しているワークマン。今年発売された書籍『ワークマンは商品を変えずに売り方を変えただけでなぜ2倍売れたのか』の中でも、専務取締役である土屋氏の「アンバサダーのアクセス数が増えていなかったら、うちの宣伝費を使ってもいいと思っている」という発言が紹介されています。ワークマンは、アンバサダーマーケティングの成果をどう計っているのでしょうか?
これについて林氏は、「アンバサダーが発信したコンテンツのPV数やフォロワー数、エンゲージメント数をKPIにしている」と説明しました。目標の数はあまり多く 設定せず、最終的には“ハッシュタグのUGCがどれだけ増えたか”で計測しているそう。
「もともとアンバサダーを選定する際は、フォロワー数を指標にするのではなく、あくまで“熱量”を指標にしているため、初めから大きな影響力を持っているとは限りません。しかし、そのアンバサダー にファンがついていくことで、インフルエンサー的なパワーも持つようになり、そうすると自ずと製品が売れるようになるという好循環が生まれます。」と加えました。UGCを直接増やそうとするのではなく、まずはアンバサダーの発信したコンテンツのPV数を上げること。これがワークマン流のマーケティング戦略なのです。
全員経営×エクセル経営の強みを最大化する
しかし、ここまで真摯にアンバサダーマーケティングに取り組むためには、社内での意識統一や、経営陣に対する決裁の執り方が重要になってきます。ここにもひとつ、目を見張らなければならないワークマン流の戦略ポイントがあります。それは、「データ経営」を掲げ、全社員が毎日エクセルを駆使して売り上げ動向を見ていることです。
林氏は、「普段からデータを取っているからこそ、売れ方の変化にいち早く気づけます。そこで、なぜこの商品がこんな時期に売れたのか?というのを分析していくと、いつもSNSに辿り着くんです。売り上げとして跳ね返ってきている経験があるからこそ、“SNSのパワー”というものが社員全員の共通認識になっています」と説明しました。
また、このエクセル活用によって、「全社員経営」も実現しています。販売動向分析を行うことで、普段から全社員の目線合わせができているため、トップダウンで会社が動くのではなく、部下からの提案も多いのだそう。“何が成果に直結したのか”が数字として明確に表れているため、“何にお金を使うべきなのか”の判断もしやすくなります。誰かの思い込みではなく、常にデータが真実を表しているからこそ、それが共通の判断基準となり、積極的なアクションが行えるようになるのです。
目標はAmazonには絶対に負けないこと
最後に林氏は、ワークマンが掲げている目標を紹介しました。それは、「真剣に、Amazonに負けないようにしている」ことです。様々な通販サイトに脅威を感じる中で、特にAmazonには絶対に負けないことが目標なのだそう。ここで言う“負けない”の対象は、「値段」です。
ワークマンの製品は、低価格なだけでなく機能性を担保しています。そのため、値段でAmazonに負けないようにするためには、販促費を抑えなければなりません。ここでカギを握ってくるのが“アンバサダーの存在”です。現在は、チラシ広告やテレビCMを最低限しか行っておらず、「アンバサダーの動向を注視しながら、販促費ゼロを目指して減らせるところから減らしていっている」と話しました。
例えば、以前アンバサダーの女性に対して、メディアの取材依頼が来たことがあったのだそう。その取材の翌週に、“彼女が宣伝した商品がどれだけ売れたか”という効果測定を実施。そこで何かしらの結果が数値に表れていれば、そこから良い循環が生まれていることにもすぐに気づくことができます。これらの社内体制とデータに基づく分析の循環が、ワークマンの低価格の維持にも繋がっているのです。
数字で裏付けられたワークマンのアンバサダーマーケティング
インフルエンサーマーケティングが普及して数年、インフルエンサーやアンバサダーの選定において、熱量やフォロワー層との親和性の高さが重要視されるようになりました。ワークマンもその例に漏れず、「どれだけワークマンのことが好きか。そして、新しい製品ができたらどれだけ早く買ってくれているか」という熱量を最重視して選定を行っています。しかし、その後のアンバサダーとの関係構築や、コミュニケーションの方法については、“お客さんの声を積極的に取り入れる”という、「職人のための作業服」の専門店であった時代からずっと続くワークマンのポリシーが大きく影響していたのです。
また、独自の方法でアンバサダーマーケティングに取り組んでいるワークマンですが、その背景には“売り上げ”という数字で裏付けられた強い根拠と戦略がありました。数値的根拠を通して社内で共通認識を持つことにより、新たな手法も積極的に取り入れられるカルチャーが根付き、「製品よりもアンバサダーの宣伝をする」というような、通常では判断の難しい意思決定が可能となります。このように、既存の方法に囚われずに目的達成にコミットできる環境を作ることで、ワークマンのアンバサダーマーケティングに続くような、独自のマーケティング手法を生み出すことができるかもしれません。
1995年生まれ大阪育ち。2018年同志社大学卒業後、株式会社マテリアルに新卒入社。1年目でウェブメディア『PR GENIC』を立ち上げ、記事の執筆と編集全般や、セミナーの企画など、コンテンツ作りを幅広く担当。半年間ハウスメーカーのマーケティング部への出向も経験。現在はオープンイノベーション支援に従事しつつ、外部アドバイザーとして編集のサポートを行っている。