2024年7月、経済情報サービスを提供するユーザベースは、自社が提供する国内SaaSプロダクトの名称を『スピーダ』に統一しました。ロゴデザインも、ブラックを基調とした英字のものから、赤をベースとしたカタカナ表記のものへ変更するなど、大規模なリブランディングとなりました。
このプロジェクトの中心人物となったのが、同社で広報責任者を務める菅原弘暁さん。リブランディングをおこなった最大の目的は「ユーザベースが、顧客起点の会社であることを示すため」だと語ります。BtoBプロダクトにおいて、どのようにリブランディングを進めていったのか、軸としていたポイントや社内外へ落とし込む際に意識していたことなどについて伺いました。
株式会社ユーザベース Head of Public Relations 菅原 弘暁 2011年、大手総合PR会社オズマピーアールに入社。外資メーカー、官公庁などの広報戦略立案や実行業務に従事した後、2014年にPR Tableを共同創業。2016年同社取締役に就任、企業のコーポレートブランディングを支援する『talentbook』の立ち上げ、2018年PR業界初の大規模カンファレンス『PR3.0』を主宰する。2021年ユーザベースに入社、現在に至る。 |
CONTENTS
ユーザベースから学ぶ、BtoBリブランディングの勘所
「何をやっている会社か分かりにくい」の解消へ。代表と広報責任者の密なコミュニケーションにより意思決定したリブランディング
ー2024年7月より、ユーザベースは、これまで国内展開してきた『SPEEDA』『FORCAS』『INITIAL』などのSaaSプロダクトの名称を『スピーダ』に統一しました。まずは、『スピーダ』の概要について教えてください。
弊社の主力事業である『スピーダ』は、おもに大企業の経営全般を支援する、経済情報プラットフォームです。ユーザベースではこれまでも、多種多様な経済情報にアクセスできる旧『SPEEDA』のほか、顧客企業分析やターゲティングをおこなう『FORCAS』、スタートアップ情報に強みを持つ『INITIAL』など、企業の経営をサポートするプロダクトを展開してきました。
しかし、事業テーマが難解であること、目的別にさまざまなプロダクトがあることで、「ユーザベースは、何をやっている会社なのか分かりにくい」という課題がありました。弊社事業のもうひとつの軸である、ソーシャル経済メディア『NewsPicks』が、一般生活者向けのサービスということもあり、「『NewsPicks』と、その他にも色々なことをやっている会社」という印象を持たれることが多かったんです。
ーリブランディングの話は、どのように立ち上がったのでしょうか。
2023年5月に、代表の佐久間から「顧客起点でトータルソリューションを提供するという構想がある。協力してくれないか」と相談を受けたことが始まりです。2023年は、TOBに伴い上場廃止し、顧客起点の組織転換をおこなうなど、再上場に向けて準備を進めている段階。一方で、おもな顧客である大企業を中心に、あらゆる経済情報を集めて、自社の経営の意思決定〜実行に活かしたいと考える企業が増えていました。こうした流れからも、ユーザベースとして「プロダクトを横断した価値を強化して、トータルソリューションを提供した方が良いのではないか」と考え、そこから11月まで、2人で密にコミュニケーションをしながら、プロダクトのリブランディングについて検討することになりました。
「認知記号+顧客便益」のサービス名統一で分かりやすさを追求
ー具体的にはどのようにリブランディングを進めていったのでしょうか。
まずは、SaaSプロダクトの名称を統一することにしました。プロダクトが複数あることで、顧客企業には、どの情報が自社に必要かを検討し、使い分ける手間が発生していました。「『SPEEDA』を導入していても『INITIAL』は知らない」「同じ会社が提供しているサービスだと思わなかった」というケースもあったため、プロダクト名称を統一して機会損失を防ぐことが最優先事項だと考えたのです。次に、プロダクトの各サービスの内容を分かりやすくするため、「認知記号+顧客便益」というフォーマットを策定しました。
認知記号は、検索ボリュームで最も多かった『SPEEDA』を選択し、なおかつ一目で分かるカタカナ表記にしました。以前より『SPEEDA』を読み間違えられるという課題があったこともあり、「経営のスピードを上げる」という『スピーダ』の事業ミッションを認知記号で体現し、顧客へカンタン&スピーディに価値を提供し続ける企業姿勢を示すためです。ロゴデザインは、「見つけてもらうスピードをあげる」ことを意識して、黒で英字の旧ロゴから一転、目立つ赤を採用して視認性を高めました。
これらの大幅なリニューアルの参考にしたのは、Adobeです。同社は、「Adobe ○○」という形でBtoBサービスを展開していますが、この頭についている「Adobe」の意味をご存じでしょうか。実は、川の名前なのですが、知らない人がほとんどです。しかし、Adobe社にとっては、多くの人に知られている「認知記号」として機能していることに価値があります。結局のところ、顧客や生活者からすれば、そこに込められた想いよりも、わかりやすさの方が大切なのだという解に辿り着きました。
ポイントは「顧客起点を貫くこと」と「合議制にしないこと」
ー「わかりやすさ」というのは、今回のリブランディングにおいて一つの軸だったのですね。他にも、大切にしていたことなどはありますか。
「顧客起点を貫くこと」「合議制にしないこと」は、代表との間で決めていました。1つ目の「顧客起点を貫く」という点では、顧客起点を認知記号に落とし込むことが難しかったです。実は、認知記号の候補案には、『スピーダ』の他に、ユーザベースの略称である「UB」がありました。「社内に浸透しているUBなら、社員も受け入れやすいのでは」という考えが少しあったんですね。
しかし、自分たちがどう思うかと、顧客がどう思うかはまったく別の話。意識していたつもりが、客観的になりきれず主観が入ってしまっていましたね。経営アドバイザーの方から「顧客起点はどこにいった」と一刀両断されたことで、僕も代表も原点に立ち返ることができました。
また、「合議制にしない」という点は、たとえば、ロゴデザインを決める際などに意識していました。デザインに対する感覚は、人によって異なりますし、意見もさまざま。社内で意見が分かれた際には、サービスに対して最も責任を持つ立場の人が決めるべきだと考えていたので、代表に「最後はあなたが一人で決めてください」とは伝えていましたね。
ほかにも、具体的に内容を詰めていくフェーズでは、現場の意見を反映することを心掛けていました。顧客と直接やり取りしている現場の社員が、自分たちのサービスが提供する価値や、顧客企業から自社がどう見えているのかについて、一番よく理解していますよね。そのため、認知記号である『スピーダ』は、僕と代表で決めましたが、顧客便益の部分は、社員からも意見を募り、実際に反映していきました。
社内外の納得度を高めるため意識したコミュニケーションとは
社内の納得度を高める“社内メディアリレーションズ”
ー今回のような大規模なリブランディングでは、社内から戸惑う声も出たのではないかと推察されます。先述の通り、社内浸透の点も気にされていたと思いますが、社員とはどのようなコミュニケーションをおこなっていたのでしょうか。
ユーザベースは、事業に愛着のある社員が多いため、慣れ親しんだプロダクト名がなくなることで、社員の気持ちが離反するのではとの懸念がありました。社員も重要なステークホルダーなので、「どうすれば社内の納得度が高まるのか」を常に考えていましたね。そのため、トップダウンのメッセージだけではなく、「各事業・領域の責任者などが、その人の観点で言及している状態」を設計すること、つまり“社内メディアリレーションズ”を意識しました。
加えて、12月の社内発表後からの進行は、すべてSlackのオープンチャット上でおこない、誰でもコメントできるような透明性のある環境をつくりました。社内で「なにが起きているのかわからない」という人がいないよう、丁寧なコミュニケーションを心掛けていましたね。
また、今回のリブランディングは、「ユーザベースが顧客起点の組織である」ことを対外的に伝えるのも大切なポイント。私たちからすると、そのことを知ってほしい顧客に情報を届けてくれるのは、社員です。この構図は、生活者に情報を届けるメディアの役割と似ていますよね。そのため、社員をメディアと見立て、どのように伝えれば、今回のリブランディングが反映された形で、会社・サービスについて語れるようになるのかという部分を意識していました。
広報の枠を超える挑戦で社内外をスムーズにつなぐ
ー風通しのいい社風であることが、リブランディングに対する社内の納得にも繋がっている気がします。社外での反響はどうでしたか。
既存顧客には、2024年5月に先行して通知を送りました。おおむね好意的な声が聞かれましたが、イメージが大きく変わったこともあり、中には「ユーザベースらしくないね」という声もありました。しかし、ユーザベースが目指すのは、周りから「洗練された会社」と見られることではなく、「顧客のビジネスに貢献する会社」だと思われることです。限られた一部の人向けのサービスではなく、ビジネスに関わる人なら誰でも利用できる親しみやすいサービスに生まれ変わりたい。その姿勢を示すためのリブランディングでもあったため、むしろ、そのような反応はポジティブに捉えています。
ーリブランディングを発表して2か月が経ちましたが、今後はどのようなチャレンジをされていくのでしょうか。
今回のリブランディングは、より多くの企業に『スピーダ』というサービスを認知していただき、活用してもらうためにおこなったものです。今は、「ユーザベースは『NewsPicks』と『スピーダ』の会社」と認識してもらうための、最初のハードルを乗り越えた状態だと考えています。会社としては、より顧客への提供価値を上げていくことが目標です。成果はこれからですが、従来のプロダクトがバラバラとした組織体制やブランドマネジメントでは、事業のスケールは難しかったと思うので、このタイミングでのリブランディングは必然だったと考えています。
個人としては、会社の構造を整えるプロセスにも携わっていきたいです。広報の仕事は、社内情報を分かりやすく伝えることを求められることが多いですが、そもそも伝わりやすい構造にすれば、自然と社外にも伝わりやすくなります。特にユーザベースは、その複雑性が強みである反面、ちょっと目を離すと外部に何も伝わらないことばかりやっているので。結果的に、それが広報の業務範囲外だとしても、「広報」の枠を超える仕事にやりがいを感じていますし、どんどん挑戦していきたいです。
1984年生まれ、千葉県出身。アパレル会社の営業兼販売員、出版社の月刊誌編集、IT企業の広報・プロモーションを経て、編集・企画・ライターとして独立。現在はビジネスメディアを中心に活動している。経営層から学生まで、人物取材が得意。