“生活者視点への近づき”から始まるサステナブルコミュニケーション。デジタルとPRの潮流とは

企業が持続可能性について考え、サステナビリティ活動に取り組むことが当たり前になっているなか、自分たちの活動の認知が取れない・まだ活動に着手できていないという悩みを抱える企業は少なくありません。しかし、本来の持続可能性を目指すためには、企業独自の活動だけではなく、それを通じて生活者の行動変容を促し、実際に行動してもらうことがとても重要。このポイントを意識しながらサステナビリティ活動に取り組めている企業は、まだ少ないのが現状です。

本記事では、2023年9月27日に室町三井ホール&カンファレンスにて行われたイベント『BRANDS FOR GOOD SUMMIT 2023(主催:サステナブル・ブランド ジャパン)』のSession6に登壇した、株式会社メンバーズ CSV本部 脱炭素DXカンパニー・倉地栄子氏、株式会社マテリアル ビジネスプロデューサー/PRプランナー・右田清志郎氏の対談の様子をレポート。本Sessionのテーマである「異なる視点から見るブランドの未来:PRとデジタルが語るサステナブル・コミュニケーション」をもとに展開された、“企業がどのような思考・視点を持ってサステナビリティ活動に取り組んでいくべきなのか”についてご紹介します。

■登壇者
株式会社メンバーズ CSV本部 脱炭素DXカンパニー 倉地 栄子
メンバーズは、デジタルビジネス運用支援で企業の脱炭素DXを推進し、持続可能な社会への貢献を目指している企業。2023年4月に、脱炭素社会実現に向けた専門カンパニー「脱炭素DXカンパニー」を設立し、GX人材による企業向けのソリューションを提供している。
株式会社マテリアル ビジネスプロデューサー/PRプランナー 右田 清志郎
「Switch _ to Red. -個性に情熱を灯し、価値観や常識を変え、世界を熱くする。-」をビジョンに掲げるマテリアルは、企業のマーケティングコミュニケーションを総合的に支援するPR会社。ストーリーテリングを軸としたブランディングに強みを持ち、近年ではサステナビリティに関するコミュニケーション施策の担当事例も増加している。
■ファシリテーター
Brands for Good Communication Producer/一般社団法人 NEWHERO 代表理事 高島 太士

デジタルが語るサステナブル・コミュニケーション

地球の健康を優先する「Sustainable Web Design」の考え方とは

株式会社メンバーズ CSV本部 脱炭素DXカンパニー 倉地 栄子氏

まずは、株式会社メンバーズ(以下、メンバーズ)の倉地栄子氏が「デジタルが語るサステナブル・コミュニケーション」について講演。倉地氏は「デジタルはサステナブルなのか?」という問いを掲げ、デジタル領域にはさまざまな課題が存在していることを指摘しました。

たとえば、昨今は生成系AIがめざましい発展を遂げていますが、それに伴いAIが現実世界の偏った情報を学習してしまい、そのバイアスを増幅させてしまう「AIバイアス」といった現象が問題視されています。また、少し前に話題となった、AI生成画像によるフェイクニュースの問題も重みが増してきています。さらには、「家事」と画像を検索すると、女性の写真ばかりが出てくることに象徴されるように、「デジタルフェミニズム」の問題も深刻です。

デジタルが、そのような多大なインパクトを環境や社会に与えていることを踏まえ、メンバーズでは「Sustainable Web Design(サステナブルウェブデザイン)」に注目しているといいます。

「Sustainable Web Design」とは、地球の健康を優先しながらウェブサービスをデザインすること。その核となるのは、二酸化炭素の排出量とエネルギー消費量を削減する取り組みです。2019年に提唱された「サステナブル・ウェブ・マニフェスト」では、持続可能なウェブプロジェクトの基本原則として「Clean(クリーン)」「Efficient(効率的)」「Open(オープン)」「Honest(誠実)」「Regenerative(再生的)」「Resilient(レジリエント)」の6つの項目が定義されました。この6つの項目を意識してウェブサービスをデザインすることで、エネルギーを無駄に消費してしまうサイトの構築などを避けることができます。「メンバーズでは、このようなマニフェストを意識し、仕事の成果基準の中にCO₂排出量もひとつの観点として加えながら、プロジェクトを動かしている」と倉地氏は説明しました。

サステナビリティ施策の“一貫性”を追求することがビジネス成果の向上に

そして、話題は「企業やブランドがデジタル・サステナビリティを追究する意義」へと発展しました。倉地氏はその意義について「環境や社会に対する究極的なUXの向上を実現することで、企業の工数やコスト削減につながる。それが、ひいてはブランドの価値向上と結びつき、売上やビジネス成果の向上につながっていく」と述べ、メンバーズでよくコンサルティングを行う事例について言及しました。

メンバーズでは、企業のウェブサイトについて、現在も残っている古いサイトやページを削除することを勧めているそうです。それはサイト維持にかかる環境コストを減らすだけでなく、古い情報をもとに顧客から問い合わせが入る事態を避け、企業内での対応の手間を削減することにもつながります。結果として、環境とユーザーと社会の三者にとって良い効果をもたらすウェブデザインが完成するのです。

そして、倉地氏は最後に、企業がサステナビリティを追求する際、あらゆる施策に一貫性を持たせることが大切であると言いました。そのためにはまず、プロダクト開発時に環境負荷の低いサービスやビジネスモデルを構築する必要があると明示。次に、マーケティング活動の中でサステナビリティに配慮したキャンペーンやコンテンツを企画・設計。そして、デジタル・サステナビリティに基づいてウェブサイトやアプリ、広告などの施策を実装・運用することで、顧客接点をつくっていきます。

倉地氏は、このような取り組みの具体例を2つ挙げました。まずひとつは、メンバーズの年末年始挨拶のLP(ランディングページ)です。メンバーズではこのページを、毎年期間限定で公開しているといいます。年末年始の挨拶は、一時的に見ることができれば問題ないもの。そのため、一定期間を過ぎるとLPの表示を落とし、電力消費を削減しているのだそうです。

もうひとつは、フォルクスワーゲンの環境にやさしい自動車のLPです。通常の自動車であれば、機能性やデザイン性を伝えるために、自動車の全体像を画像で見せるところを、環境への企業の姿勢を伝えるため、あえて画像の半分をアスキーアートの形で表現しました。これにより、画像表示に使うエネルギーの削減に貢献するだけでなく、生活者にフォルクスワーゲンとしてのサステナビリティへの取り組みや意識をしっかりと伝えることにつながりました。倉地氏は、この事例について「ここまで徹底してやっていくことが、自社の想いを伝える上で重要だ」と述べ、締めくくりました。

PRが語るサステナブル・コミュニケーション

サステナビリティを意識したPRのトレンド

株式会社マテリアル ビジネスプロデューサー/PRプランナー 右田 清志郎氏

続いて、株式会社マテリアル(以下、マテリアル)の右田清志郎氏が「サステナビリティを意識したPRのトレンド」をテーマに講演。右田氏はまず、マテリアルに寄せられる「サステナビリティに関する相談内容」の中で、特に相談が多いベスト3について言及。企業はサステナビリティへの取り組みについて、「サステナビリティに関する発信が生活者に認知されていない」「活動はしているが、社会へのイメージ付けができていない」「メディア・生活者に向けてどのように発信するべきかを検討している」という課題を抱えていることが多いと話しました。このような課題を踏まえた上で、右田氏は「サステナビリティ・コミュニケーションの活路は、“生活者向け”に発信し、生活者の行動を促すこと」であると述べ、マテリアルで作成したコミュニケーションフレームを紹介しました。

マテリアルでは、サステナブル・コミュニケーションの企画立案において、「コミュニケーションの主体は企業としながらも、アクションの主体は生活者である」という構図のコミュニケーション設計を意識しているといいます。サステナブルな取り組みを企業が発信し、その中で生活者にSDGs達成に向けたアクションを理解してもらい、実践してもらうのです。このようなコミュニケーションは、小売業界といった生活者に近い業界だけでなく、男性の育児休業取得などのテーマを通じて、あらゆる企業が実践できます。

PR思考とは、“共感”を生むための考え方

ここで、右田氏は改めてPRの定義を確認しました。PRとは「パブリックリレーションズ」の略語。2023年6月に日本広報学会がPRの定義を発表し、改めて「組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である」と定義づけたことで、PRは経営機能のひとつであるということが明確化されました。

そのような定義を踏まえ、右田氏は「PRを一言で表現すると“共感”と言うことができ、PR思考やPR視点は“共感を生むための考え方”と捉えることができる」と語ります。たとえば、自分を軸として考えたとき、自分の周りには親や子ども、友人、仕事仲間、近隣住民など多様なステークホルダーがいることが分かります。そうした人たちと良好な関係を築くためには、相手の想いや考えをくみ取ってコミュニケーションを行うことが大切です。至極当然のことですが、この考え方は企業によるコミュニケーションにおいても同じことが言えるのです。価値観の違う組織や人々に対して、共通項を見つけることができれば、共感を生むコミュニケーションが実現できます。

生活者の気持ちを動かす方程式に欠かせない、企業の“本気”の取り組み

そして、話題は“生活者の気持ちを動かす方程式”へと広がりました。誰もがSNSを使用する現在、表面的な取り組みは生活者から見透かされてしまいます。そのような社会の中では、本気の取り組みこそが、生活者の気持ちを動かしていきます。そのため、右田氏は“生活者の気持ちを動かす方程式”について、以下のようなフレームをつくることができると語ります。

右田氏は、この方程式を使った施策の事例として、ミツカンの『凹メシプロジェクト』を紹介しました。このプロジェクトでは、ミツカンの商品をただPRするのではなく、生活者の気持ちに焦点を当てたコミュニケーション施策を展開。仕事や生活の中で気持ちが落ち込んだとき、おいしいご飯を食べることで気持ちを整え、明日への活力につなげてほしいという企業の想いを乗せながら、期間限定の飲食店出店などを行ったといいます。同プロジェクトは、来店者数1,700名を超える結果となり、そのうちの98.3%が「元気がでた」と回答。プロジェクト実施後には、凹メシ認知者におけるミツカンへの好意度が91%となり、企業ブランディングに大きくつながった施策となりました。

“生活者目線”に近づくことがサステナブル・コミュニケーションの第一歩

登壇時の様子

Panasonicの創業者・松下幸之助は、「人に対する配慮、思いやり、共感がなければ、人を動かすことはできない」という言葉を残しています。右田氏はその言葉を引用しながら、生活者の気持ちを動かすという考え方は、どの時代、どの国においても不変だと指摘。さいごに「PR思考/視点を持つこと自体が、多様な価値観が存在するダイバーシティの世界で必須のスキルだ」とまとめました。

右田氏の講演を聞いて、倉地氏は「サステナブルなコミュニケーションにおいては、生活者向け(or 目線で)に発信しなければならないことを理解している企業は多いが、実際はできていないことが多い。どうしても、自分たちがいまいる場所から出ていかずに、生活者が来てくれるのを待ってしまうもの。共感をつくるためには、企業が生活者目線に近づくことが大切。いまの場所から出て、自分たちから生活者のもとに歩いていくスタンスでいることが重要だ」と語りました。

右田氏は「子どもと話すとき、多くの人は子どもの目線に立つ。これがまさにPRの肝だ。誰かの目線をしっかりと捉えた上でコミュニケーションを行うと、話に花が咲く。そういったスキルがPRに求められている」と意見を述べ、Session-6は幕を閉じました。

昨今、サステナビリティは、企業経営において欠かせないキーワードとなりつつありますが、経営機能のひとつとして改めて定義づけられたPRにも、その流れは及んでいます。環境配慮を意識したデジタル施策や、多様な他者への“共感”を軸としたコミュニケーションを意識することで、自社ならではのサステナブル・コミュニケーションが実現できるのではないでしょうか。

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