急成長中の音声メディア「Voicy」代表が語る。質重視のユーザー獲得戦略と音声市場の未来

テレワークの一般化や巣篭もり需要の増加によって、急拡大を続ける音声市場。インターネットラジオやオーディオブック、オーディオシネマ、ポッドキャストなど音声コンテンツの多様化が進んだことで、“スキマ時間”や“ながら時間”に音声配信サービスを使うことが日常的になりつつあります。さらには音声SNS「Clubhouse」が爆発的な広がりを見せ、まさしく今年は「ボイステック元年」と呼べるほど、音声市場が盛り上がることが予測されるのではないでしょうか。

そんな中、日本発のボイステック企業として業界を牽引しているのが「Voicy」です。2016年にサービスをリリース以来、順調にユーザー数を拡大し、日本最大級の音声メディアとして注目を集めています。今回は同サービスを運営する株式会社Voicy 代表取締役の緒方憲太郎さんに、音声コンテンツの将来性や、活況を帯びる音声市場でのVoicyの成長戦略について話を伺いました。

Voicy誕生から月間利用者数100万人超えまでの軌跡

発達が遅れていた「音声コンテンツ」の価値を高める挑戦

緒方さんは公認会計士としてキャリアをスタートし、20代後半にはニューヨークへ渡米。帰国後はベンチャーやスタートアップ企業を支援するトーマツベンチャーサポートに入り、数多くの企業のコンサルティングやビジネスデザイン、資金調達などに携わってこられました。

様々な業界の現状やビジネスモデルに触れる中で、なぜ緒方さんは“音声”に着目し、起業に至ったのでしょうか。

「もともと父親がアナウンサーだったこともあり、幼い頃から音声に触れる機会が多くありました。ただ、音声というコンテンツに関しては、他の動画やテキストに比べて発達が遅れていると感じたのです。時代の変遷の中でスマホが台頭してくると、動画コンテンツは映画からYouTubeへ、そしてテキストコンテンツは新聞や雑誌からTwitterへと大衆化されていきました。一方で、音声コンテンツに関してはラジオで止まってしまっている。ここに着目して、『ITの力で、社会に新たな音声の価値を届けられないか』と考えるようになったのが起業したきっかけです。」

2014年以降、「Amazon Echo」「Google Home」といったスマートスピーカーの台頭や、Appleのパーソナルアシスタント「Siri」などの登場によって、音声に注目が集まる風土は高まっていました。しかし、緒方さんが2016年9月にVoicyをリリースした頃は、音声メディアに対する将来性や伸びしろが十分に理解されず、「なぜ今さら音声市場に入るのか」と周りからよく言われたそうです。

「インターネットの発達やスマホの普及によって、誰でも無料で何でも情報が手に入る時代。だからこそ『音声』の持つ可能性を当時から信じていました。人の声によって心を動かすことができますし、感情にグッとくるようなフレーズは、いつまでも耳に残りますよね。当時はまだ世間も音声の可能性に気づいていなかったため、だったら僕がやろうと。そう思ってVoicyを始めました。今までベンチャー支援の会社で『5年後、10年後の社会に残る価値をどう創るか』という視点で、“道無き道をつくる仕事”をしていたこともあり、コミュニティ、マーケティング、PR、グロースハックなど、すべて0から立ち上げなくてはならない音声市場を切り開こうと思い立ったのです。」

「パーソナリティファースト」で音声市場のヒーローを生み出す

こうして音声メディアに可能性を感じ、Voicyを立ち上げた緒方さんですが、サービスリリースから数ヶ月はユーザー数が100人にも満たないほど伸び悩んだといいます。苦しい状況を打破し、ユーザー数をグロースさせるためにどのようなことを心がけたのでしょうか。

「スタートアップが苦労するのは当たり前。そう思っていたので、特に慌てるわけでもなく粛々とサービスのブラッシュアップを進めていました。当時は『年間に16万ものアプリが出る中で、個人のスマホに残るのは20個程度』と言われていて、単にリリースしただけでは何も起きずに、いずれは沈んでしまうのが常でした。また、ことプラットフォームサービスを創る上で理解しておかなければならないのは、『鶏と卵の問題(鶏が先か卵が先か)』という視点です。

音声コンテンツの提供側(パーソナリティ)と聴く側(リスナー)のどちらを先に増やすべきか考えたときに、リスナーだけ拡大させても、肝心の音声コンテンツが魅力的なものでなければ、結局は意味がないと思いました。プラットフォームサービスは、強引にでもどちらかを増やさなければ成り立たないことを鑑みて、まずは『パーソナリティがVoicyで発信したくなるようなサービスにしよう』という思いで運営してきました。」

緒方さんの思い描いた世界観は、Voicyから「音声市場を盛り上げるパーソナリティ」が誕生し、「業界に声のヒーローを創る」こと。そんなサービスの理想を掲げて、パーソナリティファーストでサービス設計することを胸に、日々ブラッシュアップしていったそうです。

「声は『聞いて欲しい』と思う人に比べ、『聞きたい』と思う人の方が少ないため、質よりも量を追ってしまうと、ただ単に喋りたい人だけのプラットフォームになってしまい、リスナーがついてこない寂しい場になると思っていました(笑)。そこで、みんなが聞きたいと思うパーソナリティが集まる場にしようと考えたのです。ただ始めの頃は、それこそ声を職業とするアナウンサーの卵の方が多かったんですよ。聴きやすい声でニュースを読み上げるのも良かったのですが、『もっとカジュアルに話してくれる人にもVoicyのパーソナリティになってもらい、サービスの大衆化ができないか』と模索するようになりました。」

熱量の高いユーザーを獲得するコミュニティマーケティング

「声のブログ」という新概念がサービス成長のきっかけに

ターニングポイントが訪れたのは2018年のこと。それまでVoicyは「声のニュースアプリ」と銘打っていましたが、新たに「声のブログ」と打ち出し方を変えた結果、これがパーソナリティの幅を広げるきっかけになりました。

『声のブログ』と方向性を変えたことで、各界で活躍するインフルエンサーにも、今まで一部の界隈で盛り上がっていたVoicyを使ってもらえるようになりました。シリアルアントレプレナーの家入さんや、ブロガーのはあちゅうさん、イケダハヤトさんなどがVoicyで音声コンテンツを発信するようになってから、急速にリスナーが増えていきましたね。」

また、サービスをグロースさせる上では、熱量の高いユーザー数人から自然とパッションが伝搬していく、コミュニティマーケティングの考え方を心がけたそうです。

「例を挙げると、コミケ(コミックマーケット)が時が経っても廃れないのは、コミケが本当に良い催し物だと理解しているユーザーしか集まらないからなんですよね。Voicyも一緒で、パーソナリティの生身の声がリスナーに直接届くことで、動画やテキスト以上に、共感や感動といった想いが深く伝わるようになっています。そのため、パーソナリティに関しては、熱量の高い音声コンテンツを提供し、Voicyの世界観を体現できるかどうかを判断するために、登録を審査制にしているんです。」

誰彼構わずにパーソナリティやリスナーを獲得することに走らず、Voicyのサービスが大好きな、熱量を持ったユーザーの創出を意識してサービス設計してきたからこそ、大きなプロモーションを打たずとも4年で月間利用者数100万人を超えるアプリにまで成長したのでしょう。そして、そのコミュニティはいまもなお広がりづづけており、直近では1ヶ月60%の伸びをみせているといいます。

新規獲得ユーザーの質を重視したノンプロモ戦略

しかし、なぜ広告やマーケティング予算を投下せずに、ノンプロモーションでのサービスグロースにこだわったのでしょうか。そこには緒方さんの考える「本質的なサービスづくりの肝」がありました。

「Voicyは、これまでずっとオーガニックでユーザー数を伸ばしてきましたが、これには理由があります。まず、そもそも従来のマーケティングの考え方は、100人にリーチして、そこから20人が興味を持ち、2人がCVするという、いわば“刈り取り型”のユーザー獲得が主流です。リスティングやリターゲティング、ディスプレイ広告などは、Webマーケティングの鉄板となっており、ユーザーグロースには有効な施策だと思っています。刈り取り型のマーケティングは『パッと取り組んで、パッと結果が出る』ので、ユーザー数やコンバージョン数が一気に増加したりすると、気持ちよくてやめられなくなる(笑)。要はドーピングと一緒なんですよ。それをVoicyがやらないのは、『広告に煽られた人が使う』サービス設計にしていないからです。」

また、Voicyの世界観に共感し、ずっとサービスを愛用し続けてくれる熱量の高いユーザーが集まるプラットフォームにするために、サービスのUXも工夫したとのことです。

「広告につられてダウンロードしたり、単に稼ぎたい目的でパーソナリティに応募したりする人が入らないように、UXを研ぎ澄ませました。普通のサービスであれば、ユーザーの利便性や使いやすさを重視しますが、初期の頃はあえて遷移を複雑にし、見たい画面に行くまでアプリを使い倒してもらうUXにするなど、結構工夫しましたね。そこまで使い込んでくれるユーザーは逆にVoicyを気に入ってくれている証拠ですし、ずっとスマホにアプリを入れて定期的にログインしてくれる。ユーザーの質を重視したことで、結果的にSNSでの口コミでサービスが広まっていきました。」

広がる音声コンテンツの活用シーンとVoicyが秘める可能性

Clubhouseの台頭が音声市場にもたらした好影響

様々なマーケティング手法が溢れる中、企業によっては様々な手をやり尽くしたと感じているところもあるのではないでしょうか。Voicyでは、企業がマーケティング活動の一環として「音声」のチャンネルを立ち上げた事例も増えているそうです。

「既存のマーケティング手法をやり尽くした企業が、新たに音声コンテンツの可能性を見出すために、チャンネルを開設することが多いですね。音声コンテンツによる社内報や企業ブログなど、ボイスコミュニケーションを通じて社員やファンとのエンゲージメントを高めるために使っていただいています。音声コンテンツの良いところって、かけた予算がストックされていくことなんですね。音声がアーカイブされることで資産となり、いつでも聴き直すことができるのは、今の時代に求められているサービス設計の在り方だと思います。」

さらに、音声が一躍注目を集めた出来事といえば、Clubhouse(クラブハウス)の流行です。彗星の如く日本に登場したClubhouseは、音声市場を一気に盛り上げる存在として、Voicyにとっても好影響を与えたそうです。

「最近、Clubhouseはヘビロテで使っていますね(笑)。フォロワーは7万人を超えましたが、使っていて感じるClubhouseの良いところは、『サービス設計のシンプルさ』です。あれもこれもと機能を盛り込まず、写真や文字も使わずに、音声だけで芸能人から一般ユーザーまで幅広くのめり込める“密集感”を醸成できているのは、サービス設計者の自分にとっても感化されました。

ClubhouseとVoicyの違いは、『音声が残るか残らないか』にあります。Clubhouseは音声との偶然的な出会い(セレンディピティ)が強いの対し、 Voicyはパーソナリティの個が立つ設計で、好きな音声を自ら選んで聴きに行く側面が強い。ここに、パーソナリティファーストでサービスを作ってきた独自性があり、Voicyのブランドバリューがあると考えています。

音声市場を牽引し、社会基盤となる音声インフラを創る

急成長スタートアップとしてVoicyが脚光をあびるのは、緻密なグロースハック戦略や、プロダクトに対するひとしおのこだわりにあるのかもしれません。「音声体験をデザインし、社会の基盤となる音声インフラを創りたい」と意気込む緒方さんは、今後の展望について次のように語りました。

「音声コンテンツは、手や目が忙しくても、耳で『ながら消費』ができるため、現代のライフスタイルにマッチしています。また、情報過多の時代だからこそ、ユーザーは“信頼する情報”を求めているんですよね。人のリアルな声は、動画よりもテキストよりも、声を発する人の『想い』や『熱意』、『魅力』が聴き手に伝わりやすいです。Voicyは今後もテクノロジーを駆使して、声の可能性を最大化することに注力し、社会に求められる音声インフラを構築していく予定です。」

私たちの日常に欠かせない動画、文字、そして音声。Clubhouseの大ヒットを皮切りに、音声産業全体がますます活況を帯びてくる中、Voicyはポッドキャストやオーディオブック、ボイスメディアなど、あらゆる音声コンテンツのプラットフォームとして今後も業界を牽引していくことでしょう。Voicyのエキサイティングな動向に今後も注目です。


Voicy 代表取締役 緒方 憲太郎
大阪大学経済学部卒業と同時に公認会計士資格取得。2006年新日本有限責任監査法人入社、企業支援に携わる。29歳で休職、世界を回る。その後、米アーンスト・アンド・ヤング社、トーマツベンチャーサポート株式会社を経て、2016年株式会社Voicy設立。

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