なぜあなたのプレスリリースは読まれないのか?プレジデント編集長に訊く“企画の勘所”

数あるビジネス誌の中で、販売部数ナンバーワンの人気を誇る「プレジデント」。ビジネス誌では最年少となる40歳で編集長に就任し、これまで数々のヒット企画を生み出してきた小倉健一編集長は、特にこのコロナ禍においてどのように日々の情報収集を行い、どのような方への取材を行ってきたのでしょうか。今回は気になるビジネス誌の裏側に迫ります。

プレジデントの企画はどのように作られるのか

プレジデント編集長 小倉健一
1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。大学在学中に小池百合子事務所にてインターンを経験し、現小池都知事が環境大臣に就任した後は、国会議員秘書として活動する。その後、1年半の闘病生活を送ったのち、プレジデント社へ入社。編集者、副編集長を経て、2020年2月号より編集長に就任し、現在に至る。

読者の関心と編集のあり方そのものが大きく変化した1年

-普段プレジデントの企画はどのように決められているのですか?

この1年、コロナによる外部環境の変化によって、編集のあり方そのものが大きく変わりました。わたしが入社した当時から、例えば“ボーナスが入るタイミングに合わせてお金の特集を組む”など、あらかじめ季節に紐づいた企画をだいたい半年前には決定し、それに沿ってゆるゆると編集スケジュールが決まっていました。しかし、昨年の2月から始まった新型コロナウイルス感染拡大という未曽有の事態により、「季節」ごとの生活の変化や関心は薄れ、これまで当たり前に売れていたものが売れなくなる「異常経済」が始まりました。このような状況では、半年先の企画を考えることが難しいため、強制的に編集部の変革を求められましたね。

また、コロナの影響によって、書店での売れ行きやコンビニの使われ方も変化したように感じます。例えば、プレジデントでは毎年「歯医者特集」を組んでいるのですが、昨年の3月あたりは歯医者に行く人が大幅に減少していたため、感染予防としても関心の高まっていた「コロナに負けない『歯みがき』特集」に企画を直前になって変更しました。その結果、緊急事態宣言で多くの書店が休業している中で、これがコンビニですごく売れたんです。このように、販路や売れ方にも変化が起こるほど、この1年で雑誌を取り巻く環境が大きく変わってしまったと思います。

-これまで通りの編集方法が通用しなくなった中で、特に大変だったことはありますか?

コロナって、感染者数が増えている状況での「新規感染者数200人」と、減っている状況での「新規感染者数200人」では、国民の関心度合いが全く異なるんですよね。これはウェブメディアのPVを見ると明らかで、感染者が増え続けている中では、コロナ関連の記事は非常に読まれるのですが、反対に減少傾向にある中だと読まれなくなります。

みなさんもヤフーニュースのランキングを確認してみてください。コロナが増えているときは、ランキングの上位はコロナ記事ばかりになりますが、減っているときはぜんぜん違う。それは感染者数ではなく、感染者の増減と相関関係があります。このように、コロナは国民の最重要関心事項でありながら、そのコロナですら状況によって関心度合いが変化してしまう。そんな読者の関心がコロコロと変わる1年だったため、リアルタイム性が求められるものについて誌面で触れることは、非常に難しかったです。

余談ですが、これって、セブン&アイホールディングスの鈴木敏文・元社長の「天気」の話にも通じていると思いました。「気温24度」と聞くと、みなさんはどう感じますか? コンビニでは、「真冬の24度」と、「真夏の24度」を明確に分けて考えています。真冬に気温が24度だと、消費者は「暑い」と感じるため、アイスクリームやざるそばがよく売れます。しかし、「真夏の24度」では「涼しい」と感じて、おでんや温かいお茶がよく売れるんです。コロナも何か同じものを感じますよね。

ビジネス誌と広報担当者のリレーション構築

-これらの影響によって、情報収集の方法にも変化はありましたか?

編集者は普段から色んな所へ足を運び、様々な方に会う中で情報収集を行っていたため、一般企業の営業の方々と同じく、コロナ禍では新規の開拓が非常に難しくなりました。編集方法と同様に、情報収集の手段も変化してしまったので、普段からのリレーションの大切さに気付かされましたね。

これまでのように、人と話す中での“雑音交じりの情報”が取れなくなった分、わたしは新聞や週刊誌などをよく読み、他の媒体を介して情報収集を行っていました。特に週刊誌の場合、媒体ごとに特色がはっきりと分かれていて、それぞれの読者層に刺さる企画を一生懸命考えて作られているため、ネット記事とはまた違った価値を持っているんです。コロナを直接的にはほぼ扱わなかった週刊現代、コロナ後にどんな世界になるかをずっと追いかけていた月刊文藝春秋が、雑誌の中ではよく売れていました。目先のトレンドを追いかけるネットとは、また違うものを提示できることが重要でした。

-普段からのリレーションについて、企業広報に関してはどのような方と関係値を深めていらっしゃることが多いですか?

「誌面に掲載できたら面白そう」「この社長のインタビューを掲載したい」と思う企業に対しては、意図してこちらから一生懸命アプローチするようにしています。それ以外の企業でも、広報担当の方自身の話が面白いとか、出版業界の「ノリ」をよく理解しているなどのポイントがあれば、広くお付き合いさせていただくことが多いです。人間関係はゆるく持ちつつ、実際に誌面に載せる際にはシビアに考えます。

出版編集者の付き合いは本当に千差万別です。編集部の誰かと仲良くしているからといって、徹底的に批判されることも当然あります。逆に、編集者が突拍子もないことを思いついたり、なにかの気分で簡単に誌面掲載ができたりしてしまうこともあるでしょうね。

この前、「この広報担当の人、すごいな」と思ったことがあって、その方はあまり仕事ができなさそうな編集者を取り込んでいました。仕事ができない編集者・記者は、当然人付き合いも少ないし、アイデアも持っていない場合が多い。しかし、どんなにダメな人でも編集部では平等に仕事が割り振られるものです。そこで編集者に代わってアイデアを出してあげたときの、採用率の高いこと!(笑)。これは、案外、「出版人あるある」なのではないかと思いました。

仕事ができる人は隙がないため、逆に利用されて広報担当者が疲弊してしまうこともあるでしょうから、気をつけたほうがいいと思います。

ビジネス誌に企画を売り込むことは可能なのか

限定情報や調査リリースは価値が高い

-小倉編集長のもとにも、毎日たくさんのプレスリリースが届くと思いますが、これらに対してぶっちゃけどう感じていらっしゃいますか?

個人宛に1日200通近くのリリースが届きますが、その99.9%は見ていないですね。雑誌メディアの場合、既に新聞やウェブメディアに載っている2次情報は、掲載する価値がありません。そのため、不特定多数のところに一斉送信されているような、新商品を宣伝するリリースは、正直送っていただいても取り上げることが難しいです。

そもそも何のためにリリースを送るのか、という部分を考えていただければと思うのですが、例えば新商品を取り上げて欲しい場合は、その背景にあるストーリーや社長インタビューを企画として売り込み、そこから新商品紹介に落とし込む、などの方法が考えられるのではないでしょうか。こちらが求めているのは、新商品情報ではなく、ヒット商品の情報です。その中でも新商品を掲載するには、他の媒体でも得られる商品情報だけでは難しく、特別公開できるストーリーやインタビューが必要になります。

また、まだ世に出ていない最新情報や、独占情報があるもの、プレジデント専用の企画が考えられているようなものは、当たり前かもしれませんが、リリースとしての価値が高いです。加えて、調査系のリリースなども最新情報として面白いため、意識的にチェックするようにしています。

もしアンケート調査を実施して世間に自社のことを知ってほしいと考えるなら、「メディアと一緒に調査をしたい」というアプローチをするのもアリだと思います。例えば「お医者さん1000名」、経営者、弁護士、富裕層などに向けたアンケートなど、私たち編集部ではリーチが少し難しい層に対する調査を一緒にできるのであれば、双方にとってメリットがありますよね。

-「独占情報」「最新調査結果」など特別な情報であることと同時に、いかにそのメディアの特徴を理解できているかというのも問われますね。

そうですね。特にウェブメディアでの掲載を狙いたいのであれば、その媒体の情報を日々ネットでチェックすることが大切だと思います。媒体の人気記事ランキングを見ることで、どのようなネタが取り上げられ、どのような記事が多くの読者に読まれているか、つまり“今そのメディアに当たるネタが何か”がわかるようになるはずです。

紙媒体も同様で、ウェブメディアと同じイメージで雑誌を読んでいただければ、各誌の特徴や傾向がわかってくるのではないでしょうか。そのため広報担当の方は、これらの媒体研究を踏まえた上で、企画を差し込めそうな箇所や掲載イメージを思い描きながら、戦略的に情報を当てていくことが大切だと思います。プレジデントに関して言えば、やはりビジネスリーダーが読む雑誌ですので、そういう方の紹介があると取材に行きやすいですね。

“ビジネス誌映え”する企業と経営者とは

-インタビューしがいのある、また取材したいと思う経営者はどのような方ですか?

私たちは「天才の頭の中を読者にわかりやすく伝えたい」と思います。わたしが考える天才というのは、誰もマネできないようなものすごいことをやっているのだけれど、詳しく話を聞いてみると、実は身の回りのことや、当たり前のことを積み重ねているだけという。そんな方のことを指します。その最たる例が、吉本興業の大崎会長で、私たちの目には、いろいろなところで前例のないすごいビジネスが始まっているように見えるのですが、実は大崎会長の場当たり的と言ってもいいぐらいの「突然のアイデア」が、どんどんビジネスとして膨らんでいるんですよ。

以前インタビューした際に印象的だったのが、10年ほど前にテレビリモコンにNetflixのボタンが付いていることを聞いて、「有料のNetflixは、テレビのリモコンに自分たちのボタンをつけさせるのに、いくらかけたのだろう?市場規模はどうなっているのだろうか?」と興味を抱き、すぐに岡本社長にNetflixへ話を聞きに行かせたというエピソード。実際に話を聞いた後、「これは日本にもビッグウェーブが来そうだ」と大崎会長が考えた結果生まれたのが、現在Amazon Primeで独占配信されている『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』シリーズです。吉本クオリティの面白さに徹底的にこだわり、制作もテレビ局ではなく吉本興業で行ったため、多くの収益が吉本興業に入っています。

私たちと同じ風景を観ているはずなのに、大崎会長だけは全然違うことを考えている。いわゆる天才型の社長のお話は、何度でも聞きたいと思いますね。

-この吉本興業さんへの取材は、何がきっかけで企画から実施に至ったのですか?

吉本興業って、闇営業の件をきっかけに、世間で「悪の組織」になってしまったじゃないですか。しかし、大崎会長のビジネス人生を振り返ると、これまで「興業」を取り巻いていたあらゆる悪を払い、近代化を図り続けてきた方なんです。

芸人の徒弟制度は、NSCという学校になりました。芸能プロダクションはみんなNSCを真似していますね。上場を廃止したことで後進性を指摘する人もいましたが、「総会屋」と呼ばれるようなブラックな人たちとの関係を、非上場という形で断ち切りました。このように、問題の本質を見抜き、前例にとらわれないプロセスで成果を出してこられています。コロナで劇場が開けないとなると、怒涛の勢いでYouTubeへ進出したのは、記憶に新しいところですね。ストーリーを持っている方のお話はやはり面白いですし、めちゃくちゃな発想に思えることも、すんなりやってのけてしまう天才社長には惹かれます。

吉本興業以外では、他のメディアに出ていて気になった方に対して、こちらからアプローチを行うことも多いです。また、身の回りの飲食店や、文房具、お笑いなど、読者と直接接している企業やサービスを前面に出すことも意識しています。例え企業規模が大きく、BtoC企業よりも収益が高かったとしても、BtoBビジネスはどうしても優先されにくい部分はありますね。

-BtoB企業でビジネスメディアへの掲載を狙う場合、どのようなトリガーが必要になりますか?

あるカテゴリーで世界1位のものや、日本1位のものなど、カテゴリートップな要素を持っていることは大切です。そこに注目のビジネスキーワードや、世の中の話題との繋がりがあると、さらに良いと思います。何か自社内に、世界一と誇れるものはないか、もう少し頑張れば1位になれるものはないか、経営者と一緒に知恵を絞ってみてはいかがでしょうか。

プレジデント編集長が注目する企業動向とビジネストレンド

DXにより経済格差や競争力格差はさらに大きくなる?

-いま小倉編集長が注目していらっしゃるキーワードやジャンルはありますか?また、アフターコロナではどのような企業が勝ち抜いていくとお考えでしょうか。

ベタですがやはり「DX」じゃないですかね。KADOKAWAグループのDXを推進するKADOKAWA Connected各務茂雄社長曰く、「DX」には売り上げを伸ばすための“攻めのDX”と、リモートワークの導入を進めるなどの“守りのDX”の2種類があると言います。中でも、特に“守りのDX”のほうが様々な企業に共通していて、ここで企業格差が開いていくことが予測されています。

“守りのDX”の失敗例で言うと、会社側でどれだけリモート体制を整えても、社員がマンションのフリーWiFiを使用することによって、映像が途切れるなどの接続エラーが生じ、コミュニケーションの質が下がってしまうようです。このようなラストワンマイルでの出来事が、“守りのDX”を進めていく上で、今後一番のネックになっていると指摘していました。

昨年、台湾のデジタル担当大臣であるオードリー・タンさんが取材を受けて下さった際に、あれだけコロナの封じ込みに成功した理由について、「ガラケーすらもってないようなデジタル弱者を、いかに取りこぼさないかということばかりを考えていた」とおっしゃっていました。これは非常に難しいことですが、“守りのDX”にも通ずる要素だと思っています。なぜなら、会社としてどんなに立派なことを推進していても、そこに所属するビジネスパーソンの意識が低いと、取り組みに対する結果が付いてこないためです。

今後、企業がDXに投資する額はさらに大きくなっていくと思いますが、そこにすぐに適応出来た企業は勢いを増す一方で、ノウハウ不足や予算不足などから適応できなかった企業は、どんどん遅れをとってしまう。そうなると、これまでのIT革命以上に貧富の差が開き、より深刻な経済格差や競争力格差が、日本企業に襲ってくるのではないかと思います。

-そのような背景を踏まえて、小倉編集長が注目されていらっしゃる企業はありますか?

同じ出版業ということもあり、KADOKAWAグループの取り組みは面白いため、注目しています。KADOKAWAは、専用回線を持っているため、リモート会議でもコミュニケーションの質が落ちないとおっしゃるんですよね。こういったベースが整っているか否かで、会社の競争力にも大きく影響してくると思います。

日々変化する市場ニーズを捉えながら、成功への物語を伝えていく

-最後に、今後積極的に取り上げたいテーマや、ビジネス誌としての展望があれば教えてください。

わたしが編集長に就任してからは、プレジデントのコンセプトとして「成功への物語」を掲げています。雑誌を読むことによって読者の方に成功してほしいという、根本的な価値観は変わっていないため、この理念にコロナは関係ないと考えています。とは言え、世の中の関心は日々目まぐるしく変化しています。このような状況下でも、マーケットを見て市場ニーズをきちんと掴み、読者の関心ごとを探りながら、成功への物語を伝えていきたいです。

初めの話に戻りますが、昔なら半年後までの特集を語ることができましたが、今はそれをすることが出来ません。しかし、ビジネスリーダーの人生そのものの解決策を提示してくれるような、長期視点で役に立つ「教訓」へのニーズは、確実に高まっています。そのため、今は目の前の問題を解決するものよりも、先の見えない未来をより良くするための特集や、カリスマ経営者の名言を紹介するような特集を意識的に増やしていますね。「この月はこれ」という季節性がなくなってしまった分、長期的に価値を提供し続けられる、読者の未来を明るく出来るような企画を、これからも生み続けていきたいと思います。

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