顧客体験をデザインしファン増!川崎ブレイブサンダースがSNS×リアルで実践するマーケティング戦略

ブランドやサービスを成長させる上で、応援してくれるファンの存在は欠かせません。多くの企業がさまざまな施策に取り組む中、ひと際多くのファンの獲得に成功しているのが、プロバスケットボールクラブ『川崎ブレイブサンダース』です。同クラブは、2018年にDeNAが承継して以来、SNSを始めとしたデジタル施策や試合会場でのリアル体験に力を入れてきました。その結果、YouTubeチャンネル登録者数ならびにTikTokのフォロワー数は10万人を突破。それが試合への動員にも結びつき、コロナ禍でもBリーグトップクラスの観客動員数を誇りました。

今回は、立役者となった、マーケティング部の藤掛直人さんにインタビューを実施。同クラブが実施した、オンライン・オフラインや試合前後のタイミングを含めた全体の体験設計から、具体的なSNS戦略・リアル体験へのこだわりなどについて伺いました。

株式会社DeNA川崎ブレイブサンダース マーケティング部 部⻑ 藤掛 直人
DeNAに新卒⼊社後、スマホゲームのプロデューサーを務め、タイトル責任者としてファンコミュニケーションに従事。その後、小中高と親しんだバスケットボールを事業化すべく、スポーツ領域の新規事業開発を担当。バスケ事業の承継交渉をまとめ、社長室 室長として承継先の子会社立ち上げ・PMI・経営戦略立案を主導。体制構築後は川崎ブレイブサンダースのマーケティング部 部⻑として、マーケティング領域を統括し、クラブのファン層拡大に取り組む。著書に『ファンをつくる力 -デジタルで仕組み化できる、2年で25倍増の顧客分析マーケティング』(日経BP)。

顧客体験のデザインでファン獲得へ

SNSとリアル体験のサイクルを意識して設計

マーケティング部 部長 藤掛 直人さん


ーはじめに、マーケティング部の役割と体制について教えてください。

川崎ブレイブサンダースのマーケティング部は、BtoC領域全般をカバーしている部署です。「広報グループ」「アリーナコミュニケーショングループ」「ファンリレーションシップマネジメントグループ」の3グループで、それぞれ役割を分担しています。「広報グループ」は、取材対応やSNS運用、交通広告など、ファンの獲得に向けたPRを担当。「アリーナコミュニケーショングループ」は、アリーナの演出や運営、飲食など、お客様体験の総合的な設計を担っています。「ファンリレーションシップマネジメントグループ」は、チケットの価格設定やグッズ販売、ファンクラブなど、ファンの方とのコミュニケーション全般を設計しています。

BtoC領域全般のマーケティングおよびPR活動に取り組む中で、どのようなことを意識されているのでしょうか?

SNSなどのデジタル上で川崎ブレイブサンダースのことを知り、コンテンツを通して興味を持っていただく。そして、アリーナ観戦へとつなげ、そこで体験した熱狂によりファンになっていただき、その後はSNSやオンラインサロンなどを通して日常の中でも楽しんでいただく。そのためにデジタルによる情報発信と、アリーナ観戦によるリアルな体験の双方に力を入れています。また、オンライン・オフラインを通した一連の体験の設計に向けて、各施策の目的や位置付けを明確にすることを常に意識しています。

6つの顧客導線に沿ったSNS活用

ー力を入れているSNS運営では、各SNSを細かく使い分けされていると伺いました。

お客さまの導線を「認知」「興味」「来場促進」「観戦」「愛着」「コミュニティ形成」の6つに分け、それに沿って各SNSを活用しています。「認知」はTikTok、「興味」はYouTube、「来場促進」はLINE、「観戦」はリアルで体験してもらい、「愛着」はXとInstagram、「コミュニティ形成」はオンラインサロンを用意しています。

どのような経緯で、SNSをはじめとしたデジタルでの情報発信に着目されたのでしょうか?

現在のホームアリーナは、キャパシティが5,000人の川崎市とどろきアリーナですが、DeNAが川崎ブレイブサンダースを承継した2018-19シーズンの終盤時点で、翌シーズンには平均来場者数がアリーナのキャパシティに達することが予測できていました。2024年現在、DeNAと京急電鉄によるアリーナを含む複合エンターテインメント施設の開発プロジェクト『川崎新!アリーナシティ・プロジェクト』が決まり、新アリーナは川崎ブレイブサンダースのホームアリーナとして、試合興行時では最大12,000人規模の収容見込みとなっていますが、2018年のDeNA承継タイミングから新アリーナの構想は存在しました。新アリーナ構想も踏まえると、キャパシティに大きなギャップのある現アリーナ内でのみ、漫然と運営していくのは危険です。アリーナ外でも新たな接点を作り、応援してくれるファンを増やすことが重要だと考え、デジタル戦略に取り組みました。

SNS≠広告。SNSとユーザーの特徴を理解したコンテンツ作成が肝

闇雲にタッチポイントを増やさない。目的から逆算してSNSの選択を

ー川崎ブレイブサンダースのSNSアカウントの中では、特にYouTubeTikTokの動画コンテンツが話題となりました。

クラブ承継当時は、XとInstagramをメインに運営していたのですが、動画というコンテンツ形態とスポーツの相性が良いことと、YouTubeに芸能人の方が流入している、いわば変化のタイミングだったことをきっかけに、まずはYouTubeに注力し始めました。その反響をみて、TikTokにも着手していった形です。

ただ、「すべてのSNSを活用したい」という考えで手を広げていったというよりも、目的や方針にあわせてSNSを活用しているというイメージですね。たとえば、TikTokは認知拡大の手段として選定しました。フォローしたアカウントの動画を見るよりも、アルゴリズムにより「おすすめ」として流れてきた動画を見ることがメインの設計になっているため、視聴者と動画の新たな出合いが創出されやすく、認知拡大につながりやすいプラットフォームだと言えるからです。このように、ただ闇雲にタッチポイントを増やすのではなく、こちらの目的と各SNSの特徴をすり合わせて、効果が出そうなプラットフォームを選択することが重要だと思いますね。

川崎ブレイブサンダースの公式TikTok

https://www.tiktok.com/@brave_thunders

どのような内容を発信しているのでしょうか。

プラットフォームによって目的やターゲットが異なるため、それぞれ異なるコンテンツの発信もしくは、同じコンテンツでも魅せ方を変えるよう意識しています。たとえばTikTokは、まだ川崎ブレイブサンダースを知らない方とのタッチポイントが多い場所。そのため、単に選手がプレーする姿を映すのではなく、「“日本代表キャプテン”が、スーパープレーをしました」「“連続MVPの選手”がこんなことをしちゃいました」と、前提情報がなくても、短尺で選手の強みや個性がぱっと伝わるような表現を心がけています。

一方で、Instagramはある程度チームや選手のことを知っている方が見てくださっている場所だと考えています。そのため、選手を愛称で表現するなど親しみが持てるような表現をしています。

イメージや情報の一方的な押し付けはNG。見たいと思うコンテンツを汲み取る

ーこれらのSNS運営を通じて感じた、ファンや生活者に興味を持ってもらえるコンテンツづくりのポイントはありますか。

SNSの投稿は、いかに見てもらえるかが重要です。YouTubeを例に挙げると、実は注力前からチャンネル自体は持っていたのですが、当時はブランディングを重視しており、試合風景やティザームービーなどを投稿していました。私たちがお客さまに感じてほしいイメージや情報を、一方的に押し付けてしまっていたんですね。しかし、SNSは広告ではありません。こちらが伝えたい情報を発信するのではなく、YouTubeの視聴者の皆さんが何を見たいのかを汲み取って、コンテンツを作らなければいけません。

また、アルゴリズムによって「これはいいコンテンツだ」とプラットフォームが認識すると、自動的にコンテンツがおすすめされたり、拡散されていったりします。私たちのコンテンツを最後まで楽しんでいただけるか、1回見た方にその他のコンテンツにも目を通してもらえるかを意識しながら設計することが重要だと思います。

満足度90%超え!試合日の1日を通して得られる体験設計を大切に

試合会場の様子


ーSNS
の他に注力されている、アリーナでのリアル体験についても伺いたいです。とどろきアリーナでは、試合日に「“EXCITING BASKET PARK”計画(以下、EBP計画)」を実施されているそうですが、こちらはどのような取り組みなのでしょうか。

EBP計画は、DeNAがクラブを承継した2018-19シーズンに掲げたものです。クラブがどのような方針で事業を進めていくのかを、社内に意識づけることと、社外へ宣言することを目的に構築しました。

現在、アリーナには「センターハングビジョン」と言われる、体育館の中央にぶら下がる大きなモニターがあったり、DJブースを設置して音楽も楽しめるような設計にしたりしているのですが、承継した当時はそういったハード面が整っていなかったんです。これから事業を進めていくうえで、一般的な総合体育館であるとどろきアリーナを「お客さまに楽しんでいただくエンタメ空間」としてどう見せるのか。加えて、バスケの試合を楽しんでもらうことはもちろん、試合のある1日全体を通してどのような体験を提供していくべきなのか。そういったクラブとしての考えを落とし込んでできたのがEBP計画です。

試合前パフォーマンスの様子


具体的にどのような取り組みを実施されたのでしょうか。

基本的にプロスポーツは、試合と演出だけでは完結しないと考えています。お客さまの応援や熱気があって初めて魅力的な試合が形づくられていきます。そのため、アリーナを満員にするためにどうするか、どんな風に応援をしてもらうべきか、どんなグッズを身に着けてもらうのか、お客さまを含めた全体の会場づくりがとても重要です。

それらを煮詰めていき、ハード面では先述したセンターハングビジョンや、DJブースの新設などをおこないました。ソフト面では、試合前に選手情報をはじめ、リーグ順位や最近の戦況、対戦相手との因縁などの解説を入れたり、応援練習をしてお客さま全員で応援できるようにしたり、場面に応じて試合が盛り上がるようなBGMを流したりと、全体の体験設計を意識しながらさまざまな取り組みをおこなっています。

ー来場者やファンの方々からはどのような反響がありますか?

各試合後にアンケートを実施しているのですが、そのなかの「試合の満足度」のパーセンテージがとても高まりましたね。DeNAが関わり始めた当初の満足度は50~60%だったのですが、現在は90%超えがベースになっています

ーオンラインとオフラインのコンテンツの回遊が功を奏していますね。さいごに、今後のチャレンジについて教えてください。

日本代表の活躍を一時的なブームで終わらせず、国内Bリーグの人気につなげていくことが重要だと考えています。そのためには、非日常のリアルな観戦体験と、日常的にデジタルで触れていただける機会を循環させていくことが鍵になります。オンラインで興味を持っていただいた方にリアルな観戦を体験してもらう。あるいはその逆で、リアル観戦で興味を持ってくださった方に、その感動や余韻を日常でも感じていただけるコンテンツをオンラインで配信するなど、オンラインとオフラインでの体験の連環をより強められるように、さまざまな施策にチャレンジしていきたいです。

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