いま、SNSなどで話題となっている、宝島社の「人気チェーン公式ファンブック」シリーズをご存知でしょうか。このシリーズは、飲食業界を中心に、多くのファンに愛されているチェーン店を特集した、宝島社ならではのムック本のひとつです。これまで、はま寿司やカレーハウスCoCo壱番屋、吉野家、PRONTOなど、私たちが日頃からよく目にする数々のチェーン店を取り上げてきた同シリーズ。付録パスポートがお得なのはもちろんのこと、普段は見ることのできない店舗・工場の裏側を探った記事など、冊子の内容もファンが気になるテーマで作り込まれており、非常に読み応えがあります。
重版やSNSで話題となる「人気チェーン公式ファンブック」シリーズは、どのように生まれ、制作されているのでしょうか。今回、宝島社ムック局局長の山崎准さんにインタビューを実施。宝島社の企画の根本に迫ります。
CONTENTS
お得すぎると話題!宝島社「人気チェーン公式ファンブック」シリーズ誕生の背景とは
熱狂的なファンの存在を軸に制作する宝島社のムック
―はじめに、宝島社が数多く手がけられている「ムック」とはどういう冊子なのか、改めて定義を教えていただけますか?
ムックは「magazine」と「book」をかけ合わせた造語で、編集内容や体裁が雑誌と書籍の中間に位置しているような出版物のことを指します。掲載記事は、どちらかというと雑誌に近いテイストですが、定期刊行誌とは異なり、その都度最適なテーマを選んで特集し、提供していくのが特徴です。たとえば、「WBCが行われる年に、WBCや出場選手に焦点をあてたムックをつくる」というイメージです。雑誌は「雑」という言葉がついているとおり、多様なテーマや切り口の記事を掲載していますが、ムックの場合は、1つのテーマに絞って制作していく点も特徴と言えるかもしれません。
―そのようなムックというジャンルの中で、2020年から「人気チェーン公式ファンブック」シリーズをつくり始めた背景について教えてください。
「人気チェーン公式ファンブック」シリーズをつくりはじめた当初は、飲食チェーン店を取り上げていたのですが、そのきっかけとなったのは、飲食業界に“エンタメ性を感じた”ことでした。弊社は、もともと「別冊宝島」というムックを長らく展開してきました。その基本コンセプトは、世の中の人が面白がっていたり、疑問に思っていたりする物事を、徹底的に取材して掘り下げるというもの。カルチャーから過去に起きた事件まで、幅広いテーマを扱っています。
エンターテインメントに関しても、「そこに熱狂的なファンがいるか」という軸を大切にしながら、スポーツ選手やアニメキャラクターなどを特集して、かなり力を入れて取り組んできた歴史があります。弊社として、今後の新たなエンタメについて考えていた時、「昨今の飲食業界はエンタメ化しているのではないか」という意見が出てきたんですね。飲食店がひとつのエンターテインメントとして楽しまれ、ファンがついているのであれば、ムックとして特集する意義があるのではないか。そう考えたことが、この「人気チェーン公式ファンブック」シリーズの立ち上げにつながったのです。
“飲食業界のエンタメ化”が「人気チェーン公式ファンブック」シリーズのアイデアに
―“飲食業界がエンタメ化している”という見解について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?
飲食店に行くこと自体が、1つの“楽しみな体験”になっているということです。最近の飲食店は、人気アニメとのコラボレーションや配膳ロボット、多様なメニュー展開、専門知識を持ったスペシャリティな店員の存在などによって、お客さんを楽しませる仕掛けに富んでいます。「お腹を満たす」とか「少し良い食事をする」という目的だけではない、新たな楽しみ方が飲食業界に生まれているように思います。そこにはきっと、熱狂的なファンがついていますよね。テレビ番組などを通じて、飲食店の裏側を知れるのが面白いように、制作するコンテンツもさまざまな可能性があると感じ、飲食チェーン店に焦点を当てたムックをつくることに決めました。
―なるほど。飲食チェーン店のファンブックという、これまでありそうでなかったアプローチの誕生には、そのような背景があったのですね。
そうなんです。おっしゃる通り、今までこのようなムックを制作した前例がなかったからこそ、このシリーズを始めた当初は、企業に取材依頼をしても断られてしまうことがよくあったんですよ。企業としては、どのようなムックになるのかイメージしづらかったため、取材許可を出しにくかったのだと思います。
ムックにすることで、全国の書店で多くの方の目に触れるため、それも出版流通の強みなのですが、「人気チェーン公式ファンブック」シリーズをスタートさせた頃は、そうしたメリットを感じてもらいにくかったのでしょうね。このシリーズが売れてきて、書店の中でも目立つ棚に置いてもらえるようになってからは、企業の認知度も高まり、取材依頼がスムーズに進むことも増えてきたように感じます。
チェーンを愛用する編集者の企画でファン視点のムックに
コンセプトは「一般の人が読んでも面白い社内報」
―「人気チェーン公式ファンブック」シリーズを制作するうえでの、コンセプトについて教えてください。
本の内容については、「一般の人が読んでも面白い社内報」をイメージしながら制作しています。その企業の内部のことを徹底的に掘り下げていくスタイルで、従業員が読んでも新しい発見があるような内容に仕上げることを目指していますね。これまでに取材した企業でも、実際に広報の方から、「これは自分も知りませんでした」という声をいただいたこともあります。「人気チェーン公式ファンブック」シリーズが社内の結束や意識の高揚につながることもあるようです。
―企画や編集のポイントはありますか?
意識するポイントは、雑誌や書籍をつくる際と全く変わりません。私たち編集者が楽しみながら、読者やファンが喜ぶ本をつくるということに尽きます。このシリーズは、そのチェーン店を愛用している編集者が企画を立てることがほとんど。自分が大好きなお店を取り上げるからこそ、ファン目線で知りたいことを的確に押さえた企画・編集ができるので、特に何かの基準を設けることなく、ムック局の編集部員に自由につくってもらっています。
たとえば、最近発売したPRONTOのファンブックでは、編集担当者が前職時代に愛用していたお店ということで企画が進みました。編集担当は「サーモンのたらこバター」というメニューが大好きで、今回のパスポートにも絶対に入れたいと考えていたそうです。ファンボイスのページにも多数の声をいただいて、おかげさまで発売直後に重版のかかるムックとなりました。
―なるほど。掲載内容については、その企画を立てた編集者が“ファン目線で知りたいこと”を中心に構成されているのですね。
そうですね。ただ、編集者が取り上げたい内容だけで構成するのではなく、取材する企業の広報の方ともしっかりコミュニケーションを取りながら、内容を固めていきます。企業側で周年事業やSDGsの取り組み、新商品の発売など、掲載したい内容がある場合は、それらの意見も取り入れながら記事を構成しています。
また、内容としてはひとつだけ、そのチェーン店が好きな著名人のインタビュー記事を載せるということは定型化して行っています。たとえば、『俺の FAN BOOK』であれば、歌舞伎役者の片岡愛之助さん、『CURRY HOUSE CoCo壱番屋 FAN BOOK』であれば、ももいろクローバーZの高城れにさんに登場していただきました。このような方に出ていただくと、そのお店のファンとしても「この人がこのお店を好きだったんだ」と意外な発見がありますし、逆にその方がきっかけでそのチェーン店の魅力を再発見することにもつながるんです。相乗効果を生み出す施策のひとつとして、著名人のインタビュー記事は、どの「人気チェーン公式ファンブック」シリーズにも載せていますね。
SNSやネットニュースが「熱狂的なファン」を探すカギに
―ちなみに、編集者から上がってくる企画の採用基準はあるのでしょうか?
原則として、全国の書店に配本するムックをつくっているため、取り上げたいお店が全国展開のチェーン店であることが基準ですね。ただ、東海地区を中心に多くの方から愛されているラーメン店『スガキヤ』のように、一部地域で圧倒的に支持されているお店を取り上げることもあります。あとは、そのお店に熱狂的なファンがついているかどうかという点でしょうか。
―「熱狂的なファンがいる」という点は、どのように判断されているのですか?
ネットニュースやSNSの反響を重視して見ています。SNSで積極的に情報発信を行っている企業であれば、その投稿につく反応やコメントなどをチェックしていますし、ネットニュースに掲載された企業の場合は、波及効果がどうかという点を確認しています。そのチェーン店に多くのファンがついている場合、一度ニュースに掲載されると、相次いで他の媒体にも掲載されることが多いんです。多くの媒体に次々と掲載されるようなお店は、やはりその裏に熱狂的なファンがいることが多い。次の企画を考える際に、参考にしています。
―1冊あたりの制作期間と主な購買層についても、教えてください。
制作期間はその本によってまちまちです。企画が走ってから、まずは企業の担当者と「どのような付録をつけるか」というところから打ち合わせで検討していきます。それから、構成を詰めて取材していきますので、長ければおよそ半年、最速で2か月ほどで完成する形です。企業側で「メニューリニューアルや周年のタイミングで出版したい」と要望をいただくこともあるので、なるべくその希望に沿った形で書店に並ぶよう、スケジュールを組みながら制作しています。購買層も、特集したチェーン店によってさまざまですが、主婦層と想定される中高年の女性を中心に購入いただいている印象です。
常に面白いものを探し、新しい仕掛けを考える。
チェーン店と書店で相乗効果を生むことも
―「人気チェーン公式ファンブック」シリーズがスタートしてから、2023年で3年が経ちますが、反響はいかがですか?
これまで累計80万部を発行してきましたが、おかげさまで私たち編集者としてもありがたいお声をたくさんいただいています。付録のパスポートへの反響はもちろん、やはり特に嬉しいのが本の内容への感想です。お店のファンの方から「歴史や美味しさの秘訣を知れてよかった」という声や、その企業の事業部長の方から「知らない話が載っていて驚いた」という感想をいただけたときは、担当者とともに喜んでいますね。
―SNSなどでも話題となっていますよね。付録のパスポートのお得さと内容のおもしろさが両立しているからこそ、多くの方が手に取るムックとなっているのだと思いますが、宝島社として売り方に工夫している点などはあるのでしょうか。
「ムックの認知を獲得する」という一例だと、ポスターのデザインデータをつくって企業にお渡しし、各店舗でプリントアウトして掲示していただいたことがあります。路面店以外に、ショッピングモールなどの商業施設の中にも店舗を構えているような企業だったため、普段書店に行かれない方がポスターを見て「下の階に書店があったから買ってから食べよう」と、ファンブックの購入に至るなんて話もお聞きしました。また、書店のほうでも「近くの店舗で使用できるのでぜひ先に書店へお立ち寄りください」というような宣伝を、公式Twitterなどでしてくださるシーンも増えています。ECサイトで購入する際も、おすすめの欄にほかのファンブックが出てきたことで、合わせて購入してくださる方も多いようです。本誌の内容とともに、さまざまな仕掛けの相乗効果でシリーズが拡大してきたのだと思います。
ニッチな領域を追い続ける、宝島社の根幹にある想い
―ここまでお話を伺っていて、「人気チェーン公式ファンブック」シリーズのアイデア自体も含めて、宝島社は「面白い本をつくり、それが売れる仕組みをつくること」が得意な出版社であるように感じました。
たしかに、弊社は昔から「まだ目をつけている人が少ない領域で、これから大きく伸びていきそうなもの」を見つけるのが得意な会社かもしれません。これまでも、日本にバンドブームがきたばかりの頃にバンド雑誌をつくったり、女性向けファッション誌で「大人女子」などさまざまな新しい言葉を生み出して、新たな女性のあり方、価値観を提唱したりしてきました。会社全体で、常に面白いものを探し、新しい仕掛けを考えようという空気はあるように思います。
弊社は、ニッチな領域が好きな出版社なんだと思います。また、僕たち編集者も「自分たちの大好きなものを、もっと世の中に広めたい」と考えている人が多い。だからこそ、「人気チェーン公式ファンブック」シリーズのように、編集者の熱量と世の中の熱狂的なファンがかけ合わさった本が生まれるのではないでしょうか。
―さいごに、読者へのメッセージをお願いいたします。
「人気チェーン公式ファンブック」シリーズは、飲食チェーン店を中心に取り上げていますが、最近はカラオケチェーンやリユースショップなど、幅を広げて企画をつくっています。今後は飲食店に限らず、面白いことをやっているチェーン店もどんどん取り上げていけたらと思っているので、広報の皆さまからの情報をお待ちしています。そして、もし私たちが皆さまに企画のご相談をした際は、ぜひ笑顔で迎え入れてくださると嬉しいです(笑)。
広報歴7年のフリーライター。中堅大学、PR会社、新規事業創出ベンチャーにて広報・採用広報を経験。2021年より企業パンフレット、オウンドメディア、大手メディア、地方メディアなどでインタビュー記事を執筆中。書籍の編集・ライティングも行う。