社会課題に向き合い、テック×PRで日本の先端技術「nanoeX」を東南アジアに社会実装する『Anti-Virus Mobility』

PRアワードグランプリ2021でゴールドを受賞した『Anti-Virus Mobility』。パナソニックとGrabが協業し生まれたこの取り組みは、新型コロナウイルスの影響で東南アジアが抱えていた「移動不安」という社会課題に対してアプローチを行ったものです。今回は、発起人のおひとりである博報堂  PR-X部クリエイティブディレクターの北川 佳孝さんにインタビュー。『Anti-Virus Mobility』の活動実施背景や、国を越え多くのステークホルダーを巻き込む取り組みのポイントについてお伺いします。

博報堂  PR-X クリエイティブディレクター 北川 佳孝
2002年博報堂入社。本社の財務局で自社グループの経営統合/上場関連業務に携わった後、営業局へ異動。大型クライアントなどの業務経験を経てPR局へ配属され、PR・クリエイティブスタッフとしてのキャリアをスタートする。また、2021年10月より企業活動全般のクリエイティブを行う専門ファーム TEKOにも参加。CM制作やPR戦略の立案を行う一方で、経営者に向き合ったクリエイティブソリューションの提供を行う。

走るショールーム『Anti-Virus Mobility』誕生の背景

東南アジアの「移動不安」という共通の社会課題に着目

―はじめに、『Anti-Virus Mobility』の取り組みが生まれた背景について教えてください。

この活動は、クライアントのパナソニックが『nanoeX(以下、ナノイーX)』を携えて、グローバル展開を検討されていたことがきっかけで生まれました。『ナノイーX』は、花粉をはじめとするアレル物質や、空気中のさまざまな有害物質の働きを抑制するナノサイズの清潔イオンです。日本国内の皆さんは何となく『ナノイーX』というワードを耳にしたことがあると思いますが、海外への進出はこれからというタイミングでした。当時、私がパナソニックとの仕事で、マレーシアなどの東南アジア関連のクリエイティブを担っていたのですが、『ナノイーX』の進出先として考えられていたのも、市場として伸びている東南アジア地域でした。そうしたご縁があり、グローバル展開に向けてさまざまな提案をしていた最中、コロナのパンデミックが起こりました。

計画がすべて白紙になり、次の手を考えなければならない時に、先日、博報堂とパートナーシップ契約を締結したGrab(グラブ)という企業との連携を思いつきました。Grabは、東南アジアにおけるライドシェア、フードデリバリー、金融サービスの提供を行う“スーパーアプリ”を運営する企業で、「東南アジア地域での日本企業のサポートをさまざまな面で行えます」というご意向をいただいていました。このような交流がもともとあった中で、『ナノイーX』のグローバル展開との親和性も高く、良い取り組みになるのではないかとご提案させてもらい、活動がスタートしました。

『Anti-Virus-Mobility』車内の一例


―そこから、東南アジア地域に対し、どのようなアプローチを計画されたのですか?

東南アジア地域には一括りにできないほどさまざま事情がある中、「移動不安」という共通の社会課題があったんです。日本でも、コロナの影響で電車やバスなどの公共交通機関を使うことが難しくなった時期がありましたよね。それは東南アジア地域も同じで、特に交通手段の中心にあったタクシーは、運転手との密閉空間のため、乗車することに不安を覚える方が多かったのです。しかし、自家用車を持たない高齢者や妊婦さん、持病を持たれている方などがどうしても移動しなければならない時は、タクシーを利用するしかない。

こうした状況に対し、パナソニックの『ナノイーX』とGrabのサービスのひとつであるライドシェアサービスが、課題解決に向けたアクションとなるのではないかと考えました。Grabのライドシェアサービスとは、Grabに登録している一般のドライバーが、自らの車を使って利用者を目的地まで送るというものです。利用者は、スマホがあれば誰でも簡単にサービスを利用することができます。今回の協業は、パナソニックの販売網やGrabの活動エリアを踏まえ、4か国5都市(※1)で展開されました。

※1:シンガポール シンガポール/マレーシア クアラルンプール/インドネシア ジャカルタ/ベトナム ハノイ・ホーチミン

テックとPRの2つの視点からのアプローチが鍵

―そのような背景で取り組まれた、『Anti-Virus Mobility』の具体的な活動について教えてください。

活動自体は非常にシンプルで、「Grabのドライバーが運転する車内に『ナノイーX』発生器であるジェネレーターを搭載し、安心して移動できる空間を提供した」というものになります。スマホで誰でも簡単に呼べて、安心な空間を体験できる“走るショールーム”のような形ですね。ドライバーは、Grabのアプリ上で評価の高い方の中から応募を募り、5,500台の車両で実施しました。

加えて、サービスのローンチと一緒に、4か国同時開催のPR発表会も行いました。各国のパナソニックとGrabのトップに登壇いただき、オンラインをベースに一部オフラインを交えながら、今回の取り組みに対する発表を行ってもらいました。

―活動を実施する上でのポイントなどはありましたか?

『Anti-Virus Mobility』を社会実装させていくために、テックとPRの2つの視点からアプローチしたことですね。テックの視点では、いわゆるOMO施策というところで、生活者に対し、Grabをプラットフォームとしたオンラインとオフライン双方での接点を作りました。Grabは、ライドシェアサービス以外にも、さまざまなサービスを展開されているので、別のサービス上でもウェブ広告などの形でアピールすることができました。

一方、PRの視点では、現地の人々が日常的に利用する、生活に根差すブランドを介して広めることを重要視しました。『ナノイーX』が東南アジア地域でまだ知られていない中で「パナソニックという企業が、安心安全な配車サービスを始めます」と言っても、なかなか受け入れられにくいですよね。その壁を取り除くために、「ユーザーが信頼しているブランド”Grab”が採用した『ナノイーX』」というコミュニケーションを設計しました。この2つの視点からアプローチしたことで、より自然な形で社会実装に向けて活動できたと感じています。

多方のステークホルダーを巻き込んだ施策のポイントとは?

生活者との接点を逆算し、ドライバーへ活動理解の場を設ける

―今回の取り組みは、国を超え、さまざまなステークホルダーとのコミュニケーションが必要とされたと思いますが、この点で意識されたことはありますか。

ひとつ挙げられるのは、取り組みをスタートするにあたり、5,500人のドライバーに向けて『ナノイーX』の効果効能、メカニズムも含め、なぜ車内に置いてあるのかを理解してもらうための研修を行ったことです。ドライバーの方は全員個人事業主なので、強制的に活動に参加いただくことはできませんし、反対に、ある一定のサービスクオリティを保証できる人でなければ、『ナノイーX』を設置することがパナソニックにとってマイナスになる可能性もあります。そうならないためにも、今回の取り組みに対してしっかりと理解してもらうことが必要でした。それとあわせて、この取り組みに参加することによって、「コロナ禍でも利用者が来てくれる」というドライバーの方のメリットもお伝えするようにしていましたね。

また、活動を理解してもらうことで、「『ナノイーX』に対して疑問や興味を持ったお客様にきちんと説明ができるようにする」ということも意識した点です。ここで生まれるドライバーとお客様のコミュニケーションは、たとえば、家電量販店でお客さんが店員に対して商品説明を求めている状況と同じですよね。つまり、商品購入の一歩手前という状況なんです。このタッチポイントはしっかりと活かさなければと思いましたし、そのためにもドライバーの方の協力は欠かせないものでした。

大切なのは「各ステークホルダーにとってネガティブにならない」こと

―活動全体の認知を獲得するため、メディアとのやり取りもあったと思いますが、こだわった点はありますか?

今回、活動を実施した4か国で多くのメディア露出を獲得しましたが、裏ではかなり綿密な設計をしていました。たとえば、『ナノイーX』の効果効能に関する話は、かなり難しく専門的なものでした。そのため発表会の前に、各国のTier1メディアと呼ばれる主力の媒体に対してオンライン上で1対1でご説明する機会を設けました。国の論調を左右するようなメディアの科学部記者に、しっかり理解し、納得してもらったうえで発表したかったので、パナソニックの『ナノイーX』を事前にインプットすることがこだわったポイントです。その成果もあり、露出を見ると活動の表面部分だけではなく、『ナノイーX』の効果効能に関してもメディアごとの視点で語っていただくことができました。また、各国のメディア事情も異なるので、その国やメディアごとに「どう情報を伝えて報道してもらうことが最適なのか」を考えてコミュニケーションを取っていました。

―今回のような、さまざまなステークホルダーを巻き込んだ施策を行う際に、注意すべきポイントを教えてください。

基本的に私たちPRパーソンは、企業にも社会にも貢献できる取り組みを目指して活動することが多いですが、すべてのステークホルダーにとってネガティブにならない企画であるということは非常に大切です。今回の取り組みも、誰かにとってマイナスな側面があれば、ここまで広がらなかったと思いますし、絶対にうまくいっていなかったでしょう。

なので、どういったステークホルダーがいて、どのようにすれば企業――今回でいう、パナソニックとGrabのパーパスに沿った取り組みにできるのかを考えること。加えて、コロナウイルスのような環境を含めた利害関係をしっかりと把握することが、これまでよりも一層意識していかなければならないと思いますね。

『Anti-Virus Mobility』がもたらした成果と次なる挑戦

政府公認サービスとして企業の垣根を超えた取り組みへと広がる

医療従事者用の政府公認カー


―一連の活動を通して、どのような反響がありましたか?

生活者からは「密閉空間でも安心して利用できる」「利用回数が増えた」という声をいただきましたし、ドライバーからも「安心して仕事ができる」「安定的な収入を得られるようになった」という声をいただきました。総じて、『ナノイーX』の効果を実感したというお声は数多くもらいましたね。さらに、Grabのドライバーには星いくつという形で評価が付けられるのですが、この評価も高い水準で維持できるようになったというお話も聞きました。この評価というのは、ドライバーにとっては生活に直撃するものなので、そういった部分にまで関与できたのはすごく嬉しかったです。

もうひとつ、社会的な成果として、ベトナム政府に医療従事者用のサービスとして認めていただき、政府公認サービスとして導入されたことが挙げられます。これは、ワクチンの接種会場から病院への移動などの際に、医療従事者が乗る車両として『ナノイーX』が搭載されたGrabの車が政府公認カーとして使用されるということなんです。

加えて、Gojek(ゴジェック)などの競合企業に対しても、政府から「この取り組みに参加してほしい」との要望をし、企業の垣根を超えた取り組みとして広がっていきました。まだ、徐々に社会にインストールされている段階ですが、単なる企業の活動にとどまらず、社会実装されていく取り組みとしての広がりが見えたことは一定の成果だと思いましたし、個人的にもすごく感動しましたね。

PRの力を通じて「社会実装」を目指したチャレンジを続けていく

―さいごに、この取り組みを通じて、今後どのような挑戦をされていきたいですか?

今回、オンラインとオフラインから、生活者へさまざまな接点を生み出しましたが、活動で得たデータをもとに、プラスαのアプローチも行っていきたいですね。たとえば『ナノイーX』搭載の車両に乗車された方に、『ナノイーX』関連の商品の広告を表示することが可能です。活動を経て、関連製品の売上が向上したというお話も聞いているので、こういったデータマーケティングからもアプローチしていけるといいなと思います。

また、個人的なテーマとして、今回の社会実装のような「世の中に定着するような働きかけを行う」というのを持っているので、これらの取り組みを通じてよりこのテーマを意識していきたいなと思いましたね。今回の活動のように色々な要素が合わさってできているものを、国やエリア、文化ごとに合わせてインストールしていける設計づくりを行う。これは、日本の最先端技術でもいいですし、ローカルにある名産品や面白い文化でもいいんですよね。「その商品やサービスが、この国や地域ではこういった活かし方ができますよ」という発想が、今後ますます大切になっていくと思いますし、その提案ができるのはやはり私たちPRパーソンだと思います。そういった社会実装につながる市場を作っていくためにも、このPRの力は不可欠だなと感じていますし、この思いを軸に、業界や業種を超えてチャレンジしていきたいですね。

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