2021年末、兵庫県尼崎市のシティプロモーション『あまらぶ大作戦』が、「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS ブロンズ賞」や「PRアワードグランプリ ブロンズ賞」、「シティプロモーションアワード 金賞」を受賞しました。自治体の広報活動としては先駆的な、数々のチャレンジを行っている尼崎市は、どのような考えを持ちながらシティプロモーションに取り組んでいるのでしょうか。今回、尼崎市広報課でシティプロモーションを担当する藤川明美さんに詳しいお話を伺いました。
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“饅頭理論”を掲げ、市民と尼崎の魅力づくりに取り組む
―尼崎市がシティプロモーションに力を入れるようになった背景について教えてください。
きっかけは、尼崎市の人口が減少し、ファミリー世帯の市外転出が続いていたことです。市民への意識調査をもとにその原因を探ってみると、特に転出を検討しているファミリー世帯は、「尼崎市の治安と環境」に大きな不満を持っていることが分かりました。10年ほど前の尼崎市には「公害の街」「ガラが悪い街」といったネガティブなイメージが固定化していたんですね。その理由として、尼崎市がもともと阪神工業地帯の中核を担う都市で、高度経済成長期には地盤沈下や大気汚染、水質汚濁など、さまざまな公害が発生していたことがあります。加えて、昔から市内の犯罪の認知件数も高い傾向にありました。
このようなネガティブなイメージがついてまわることで、市民も「しょせん尼崎や」と、自分たちの住んでいる地域を自虐的に語ることが多かったんですね。このままでは尼崎市の人口はますます減少し、未来も危うくなってしまう。そこで、尼崎市全体で街の魅力づくりとイメージ向上に本気で取り組む、尼崎版シティプロモーション『あまらぶ大作戦』を開始しました。
―具体的なお取り組み内容について教えていただけますか?
『あまらぶ大作戦』は2013年に開始した広報活動で、市内外で「あまがさきを好きな人(=あまLOVEな人)」を増やすことを目的としています。“饅頭理論”を掲げ、外部への情報発信だけでなく、市民を巻き込んだ街の整備活動や魅力づくりにも力を入れてきました。饅頭はいくら皮が美味しそうに見えても、結局はあんこが美味しくなければリピート購入してもらえませんよね。市の広報活動も同じで、表面的なPRをうまくやっても、市民の生活が満足いくものでなければ、定住はしてもらえないと考えたのです。
―通常の広報PR活動だけでなく、街の中の整備にも力を入れてきたのですね。
そうですね。以前、テレビ番組でも紹介された『あなたを守り隊!』は、そのような街の整備活動の1つです。この活動では、有志で登録した約300名の市民が、毎朝のランニングや散歩、通勤や職務の中で自分たちの暮らす地域を見守り、犯罪の未然防止に努めています。活動には遊び心も忍ばせ、ロゴマークには、尼崎市にゆかりのあるデザイナー・成田亨さんがデザインした「ウルトラ警備隊」のマークを使用しました。
地域全体に市民の目が届くようになったことで、刑法犯の認知件数が8年間で半減、ひったくりの認知件数は8割減と、非常に大きな成果を上げることができました。尼崎市に長年ついてまわっていた「ガラが悪い」「治安が悪い」といったイメージの原因を、根本から変えることに成功したのです。このような形で、治安だけでなく、学校教育の質や市民のマナー向上、環境問題などにも取り組んできました。約10年という歳月をかけて、尼崎市は大きく変わったと思います。
市民にフォーカスを当て、等身大の尼崎を発信する
―対外的なPRについては、どのように取り組まれているのでしょうか?
対外的なPR活動については、尼崎市の“人を見せること”を軸に取り組んでいます。たとえば、移住・定住促進サイト『尼ノ國(あまのくに)』では、「尼ノ民(あまのたみ)」と称して市内で活動するさまざまな市民を取材しました。アーティストから工場経営者、農家、カフェ店主、ハム・ソーセージ技能士といった、独自のおもしろい活動をされている方まで、本当にさまざまな方が掲載されています。どんな人や活動でも「やりたいことを実現できる街」という特徴は、元工業地帯で昔から多様な人を受け入れてきた尼崎ならではの魅力です。市民の活動を紹介することで、その魅力を伝えられるのではないかと考え、『尼ノ國』での取り組みを企画しました。
―なるほど。市民にフォーカスしたPR活動は、全国でもめずらしいと思いますが、なぜ“人を見せる”という軸に定まったのでしょうか?
市民にフォーカスするようになった理由は、2つあります。1つは、ほかの街にはない魅力を表現しようと思ったとき、やはり「尼崎らしさ=あまらしさ」は、市民から感じてもらうしかないと考えたことです。2つ目は、市外の人が定住や移住を考える上では、尼崎市の住民像が最も気になるポイントではないかと考えたことです。これらの理由から、市のさまざまな広報物では、なるべく市民にスポットを当てて取材をするようになりました。
その集大成が、2021年度から発行を開始した、尼崎市のブランドブックです。ありのままの尼崎らしさを表現するために、市民を写真に収めたフォトブックのような冊子を制作しました。ブランドブックに掲載している写真のモデルは、すべて一般の方なんです。広報課から声をかけると、ほとんどの方が快諾してくださって、本当に普段通りの服装と髪型で撮影を行いました。プロのメイクスタッフやモデルは、ひとりも入ってません。「おもしろいことなら一緒にやろう」と多くの市民が一つ返事で協力してくださるのは、尼崎の良さだなと改めて感じました。
―自治体のブランドブックも、これまでにないアプローチの広報活動だと思いますが、制作する上でこだわったポイントなどはありますか?
やはり、美化していない等身大の尼崎を写真に収め、街のエネルギーを表現することですね。実は撮影をお願いしたカメラマンにもこだわっていて、尼崎に対して先入観が一切ない外国人カメラマンを起用しました。老若男女さまざまな市民の表情を収め、ちょっとした街の風景を切り取ることで、今の尼崎をそのまま表現した冊子ができたのではと思っています。
自治体の広報としては前例のない表現方法でしたが、意外と市役所の中でも反対されることはなくて。市役所職員も市長も、全員が「新しいことに挑戦しないとダメだ」と考えていたからこそ、これまでにない切り口とスタイルで制作することができたのだと思います。
今、このブランドブックは反響が大きく、公共施設や阪神電鉄沿線に置くだけでなく、市内のさまざまなお店や東京の専門誌を扱う書店などでも配布をしています。ブランドブック用に撮影した写真をもとに写真展も開催したのですが、多くの方に来場いただいた上に、新聞にも取り上げていただくことができました。他県の自治体からも企画内容や意図に関する問い合わせをいただいており、多くの方に注目していただいていることが、とてもありがたいですね。
活動に遊び心を散りばめ、市民が自分ゴト化できる体制をつくる
―新しい挑戦をすることが苦手な自治体も多いようですが、なぜ尼崎市では次々と新たなチャレンジができるのでしょう?
尼崎市が全国の自治体の中でも課題先進都市で、高度経済成長期が終わってすぐに人口が減少し、市の予算が限られていたことが理由としてあると思います。『あまらぶ大作戦』を始めたころは予算が少なかったからこそ、知恵とアイデアで工夫をするしかないと、さまざまなことを考え「とにかくやってみよう」と何でも行動してきました。また、『あまらぶ大作戦』を始めた当初から、尼崎市全体で取り組むべき最重要課題を「転出の続くファミリー世帯を呼び込む」と設定し、市役所のさまざまな部署を巻き込んだことも大きかったように思います。
課題解決を目指して街の整備や魅力づくりを行うなら、広報課だけの活動では意味がありません。ほかの部署にも「どうすれば自分たちの仕事がPRにつながるか」を、この9年間で考え続けてもらいながら、各施策をPR目線でも評価するようにしました。最初の頃でこそ、各部署の見ている方向がバラバラで目線を統一するのに苦労しましたが、今では街づくりとPRの成果が徐々に表れており、他部署から「プロモーション活動の一環として歩きたばこ対策を行おう」といった、積極的な提案も出るようになっています。成果が見えてきたからこそ、さらに街をよくしようと、PRも意識した取り組みを各部署で行ってもらえる。非常に良いサイクルが出来上がりつつあります。
―なるほど。先ほどから何度も出てきた「市民を巻き込む」という点もお伺いしたいのですが、そのポイントはどこにあるのでしょうか。
活動の中におもしろさや楽しさを盛り込むことと、市民が自分ゴト化できる体制を整えることがポイントだと思います。やはり「おもしろそう」だと感じるからこそ、活動に参加するのだと思いますし、先ほどご紹介した『あなたを守り隊!』のように、活動の中に少しでも遊び心を散りばめるというのは、とても大切なことだと考えています。
また、自治体のトレンドとして、中央集権化を進めるところも多いのですが、尼崎市は逆に地域の拠点にあえて力を入れるようにしています。尼崎市内を6つに区分して、地域課を各地の地域振興センターに置いているんです。こうすることで、各地域の住民と密なコミュニケーションを取ることができますし、何かやりたいことがある人が集まりやすい場づくりを行うことができます。最近は、自治会で地域住民とのつながりを作ることが難しくなっているため、ほかの切り口で市民とコンタクトを取れる機会を増やしたいと考えています。
実際、地域振興センターには「子ども食堂を始めたい」「不登校の子どもたちの居場所を作りたい」といった、さまざまなアイデアを持っている方が来てくださっています。行政と市民が一緒に行動しながら、いずれは市民自身でやりたいことを実現していただくのが理想の姿です。
―あえて、市内を細分化した地域振興に力を入れているというのは、興味深いです。
近隣エリアのことを考える中で、自分たちの住んでいる地域の魅力や良さに気づき、地域への愛着やシビックプライド(地域に対する住民の誇り)も醸成されてくると考えました。市民にとっても、実際に自分の住んでいるエリアのことなら考えやすいですし、活動もしやすいはずです。市民一人ひとりの気づきをどのように活かすか、街の担い手をどのように増やすかを考えた結果、このような行政の形にたどり着きました。
人が見えるPRで“あまらしさ”を広め続ける
―『あまらぶ大作戦』の効果は、いかがでしたか?
先ほどお話した市内の治安が改善したことに加えて、尼崎市のイメージ改善と市内への転入者超過を実現することができました。市民の意識調査の中で、「尼崎のイメージが良くなった」という回答が、2018年度から5割を超えるようになったんです。2021年度の調査でも同様の結果だったため、4年連続でイメージ改善の結果を得ることができました。
また、それに伴って、尼崎市の転入超過も5年連続で達成することができました。特に2018年度からは転入超過の人数が1,000名を超えています。多くの方が尼崎を魅力に感じ、市内に住もうと思ってくださっている現状は、2013年に活動を開始した頃からの目標だったため、とても嬉しい成果が出ていますね。
―そのような成果を出せた、一番のポイントはどこにあるとお考えですか?
街づくりにしっかりと取り組み、長年の課題を解決してきた点と、過去のイメージと実際の姿のギャップを埋めることを意識した点。やはり、この2つにあると思います。イメージは過去の印象の蓄積で、それらが知らないうちに固定化されていきます。街の課題改善に取り組みつつ、実際の姿や魅力について、積極的に新たな情報を出していったことが、今回の成果につながったのだと思います。
―PRアワードをはじめ、3つの賞の受賞を経て、今後の展望についてお聞かせください。
今後も引き続き、『尼ノ國』も含めた“人が見えるPR”には注力していきたいと考えています。直近では、ブランドブックの2冊目をこの春に発行する予定です。今回は、若者や子育て世代に向けて、尼崎で育った若者にフォーカスした内容で制作をしています。『尼ノ國』も2023年3月にリニューアルを控えており、尼崎のさらなるイメージアップと多くの人に愛される街づくりを目指して、これからも市民の活動や様子を伝えながら、“あまらしさ”をPRしていきたいと思います。
取材協力:株式会社オズマピーアール コミュニケーション・ディレクター 藤本正太さん
広報歴7年のフリーライター。中堅大学、PR会社、新規事業創出ベンチャーにて広報・採用広報を経験。2021年より企業パンフレット、オウンドメディア、大手メディア、地方メディアなどでインタビュー記事を執筆中。書籍の編集・ライティングも行う。