「オフィスでナンパを増やします」「誠実な変態をたくさん生み出します」――このような、奇想天外なフレーズが次々と飛び出すテレビCMを打っているのは、コクヨ株式会社。同社は、文具やオフィス家具のメーカーという従来のイメージから、人に関わるすべての事業領域の課題を解決する「WORK&LIFE STYLE Company」への変革を図っています。「ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする。」と定めたパーパスを社内外に理解・浸透させるため、2023年より『コクヨのヨコク』プロジェクトを展開しています。
今回は、本プロジェクトに携わる、コーポレートコミュニケーション室の萩原航大さんと安達沙樹さんにインタビューを実施。『コクヨのヨコク』が生まれた経緯や社内浸透のポイントに加え、ユニークなCM、アワードを受賞したブランドサイト、特性を活かしたSNS発信などからみえる、コクヨ流・企業の“魅せ方”に迫ります。
『コクヨのヨコク』誕生背景と社内浸透への道
2030年の長期ビジョンから逆算して掲げられた「ヨコク」のリブランディングが発端
ーまずは、『コクヨのヨコク』を企画することになったきっかけについて教えてください。
萩原:コクヨでは2021年に、顧客体験価値を拡張するため「長期ビジョンCCC2030(※Change, Challenge, Createの略)」を掲げました。そして、2030年に売上5,000億円企業へと成長するため、企業理念を「be Unique.」に刷新し、自社のありたい姿として「WORK&LIFE STYLE Company」と再定義したのです。
それまでのコクヨは、「わざわざ口に出さなくても誠実に仕事を続けていれば、それがいつか価値になり、社会から評価される」という、どちらかというと不言実行的な企業文化を持っていました。しかし、多様性が進む社会で5,000億円企業を目指すのであれば、「文具やオフィス家具の会社」というイメージから脱却して、多様な事業領域で顧客課題を解決する企業として、より積極的にステークホルダーとコミュニケーションを取らなければいけません。
そのような考えから、2022年に「ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする。」というパーパスが生まれました。「コクヨのヨコク」という言葉自体は、20年ほど前の企業CMのフレーズとして存在していたのですが、パーパスに掲げることで、あらためて新しい意味付けがなされ、社内で強く意識されるようになりました。
ー「ヨコク」という言葉がリブランディングプロジェクトのキーワードとなっているのですね。
萩原:そうですね。人が関わるすべてのものへと事業領域を拡張するにあたって、「コクヨは未来を良くするためにこんなことに挑戦していきます」と対外的に発信して、従来のコクヨのイメージを変えていく必要があるという議論になり、CMやウェブサイト、SNS発信などの構想が広がっていきました。
「ヨコク」を考えやすい場や環境を用意し、自分ゴト化を促す
ー『コクヨのヨコク』は、どのようにブランディングに落とし込んでいったのでしょうか。
萩原:「未来をヨコクして、挑戦する会社」としての認知を高めるため、2023年4月に、コクヨの社員14人が自らのヨコクを宣言するテレビCMを放映しました。また、CMの他にも、交通広告などの露出を強化したことで、社内外においてコクヨの新しいイメージを浸透させるうえで一定の効果がありました。一方、社内における課題として、「コクヨのヨコクは、CMに出演しているような、社内でよく知られている一部の社員が発信するもの」と、どこか他人事のような雰囲気がありました。
ヨコクは、より良い未来を作るための意思であり、挑戦であり、実験です。「ワクワクする未来」を実現するには、多様な顧客ニーズに応えていく必要があり、コクヨで働く一人ひとりの社員がヨコクを持っている状態が理想です。ただ、いきなり「あなたのヨコクを考えて」と言われても、普段の仕事をする中でどうやってヨコクを見つければいいのか、イメージが湧きにくい社員が多いのも現状です。そこで、まずは2023年10月に、役員12人が話し合って考えた「コクヨ事業のヨコク」をYouTubeで発信。各事業のヨコクを知ることで、社員の「ヨコクと自分の仕事がどうつながっているのか」という理解を促しました。
ー他にも、社員に『コクヨのヨコク』を認知・浸透させるうえで、取り組んだことはありますか?
萩原:全国のオフィスのあらゆる場所に、CMや『コクヨのヨコク』のシンボルである「!?」の世界観を踏襲したポスターを設置したほか、さまざまな取り組みをおこなっています。たとえば、「タウンホールミーティング」という、代表の黒田と社員が対話する機会を設けるものです。代表から『コクヨのヨコク』について説明してもらい、対話を重ねることで、自分ゴト化を促す効果を期待しています。他には、2023年9月に実施した、ヨコクを考える社内イベント「ヨコクしナイト」があります。社員が気軽に楽しく参加できるよう、オフィスに数名のタレントさんをお呼びして、クロストークをおこなったり、ヨコクのブラッシュアップをおこなったりしました。
大切にしたのは、ヨコクについて考えるきっかけや考えやすい環境を用意すること。2024年は、『コクヨのヨコク』の解像度を上げて、さらにさまざまな人とヨコクについて話し合える機会を提供し、少しずつ自分のヨコクを持つ社員を増やせたらと考えています。
オフィスでナンパを増やす!?話題のCMの狙いとは
ステークホルダーに近い「社員自身」の言葉がコクヨらしさを引き立てる
ー『コクヨのヨコク』のテレビCMには、タレントのバカリズムさんと一緒に、実際にコクヨで働く社員が出演しています。なぜ、タレントだけではなく、社員も出演することになったのでしょうか。
萩原:初期の候補案では、タレント やキャラクターが全面に出た案もありましたが、リブランディングにおけるコミュニケーションを考えた時に、タレントやキャラクターを目立たせるよりも、ステークホルダーに近い存在である「社員自身」が語りかける方が、コクヨらしさが一層伝わるのではないかという議論になりました。このような理由から、実際に働く社員に出演してもらうことになりました。
また、2024年6月に公開した第2弾のCM案を考えた際には、新たな案も挙がっていましたが、「コクヨは未来をヨコクする会社」というイメージを浸透させるには、まだ継続的な発信が必要なフェーズだと感じ、第1弾と同様の構成を継続しています。
ー出演する社員の方は、どのように選出されましたか。
萩原:第1弾では、CMに出演してもらう社員を会社が指名する形でしたが、第2弾のCMは公募制にして、テレビCMでヨコクを宣言したい社員を募り、9人の社員を選出しました。一部の社員だけでなく誰にでも可能性があり、意欲のある社員に出演してもらった方が、より想いが伝わるだろうという判断です。
CMでは対話を意識。第三者視点のツッコミで理解しやすい構造に
ー印象的なキャッチコピーやバカリズムさんの視聴者目線のツッコミも特徴的です。制作するうえで、どんなことを意識したのでしょうか。
萩原:CMは、ヨコクを宣言する社員と、視聴者の意見を代表するバカリズムさんが対話しながら、ヨコクの内容を紐解いていく形にしています。対話形式を選んだ理由は、コクヨの社員のヨコクをそのまま伝えるのではなく、第三者目線の客観的なツッコミが入る方が、世間とのギャップを埋められるからです。たとえば、「世の中から多様性という言葉をなくします」と宣言する社員に対して、バカリズムさんが「…大丈夫ですか?」と視聴者目線の疑問をぶつける。それに対して、「みんな違うのが当たり前の世界にしたい」という言葉の説明と社員の想いを語るように、バカリズムさんが視聴者と同じ目線でコクヨ社員と対話する点がポイントになっています。
テレビCMで放映されているヨコクの内容は、すべて出演する社員個人が宣言したヨコクです。ヨコクはコクヨが実現したい未来像なので、CM放映用に表現をブラッシュアップした部分はあるものの、骨子や意図はそのまま採用しています。
ーCMの反響はいかがでしたか。
萩原:大きいと思います。今回のテレビCMでは、最初から社内でのインナーコミュニケーション効果も狙っていました。コクヨで働く社員が出演していれば、社員の家族や友達にもCMを見てもらえる機会が増えます。経営層や社内からヨコクの重要性について声高に呼びかけるよりも、プライベートで周囲から「CM見たよ!」と反響をもらう方が、社内のエンゲージメント面においても効果があったと思います。実際に、社員がヨコクについて興味を持ち、自分のヨコクについて考えるきっかけにつながっている部分もあります。
企業の魅力を多角的に伝える、コクヨの“魅せ方”
Webグランプリ受賞のサイトは、眺めるだけで「ヨコク」にワクワクする設計に
ーCM以外の発信についても教えてください。「第11回Webグランプリ」では、『コクヨのヨコク』ブランドサイトが、コーポレートサイト賞のグランプリを受賞しています。制作でこだわった点はどこでしょうか。
安達:『コクヨのヨコク』のブランドサイトは、第1弾のCMや販促物と連動して2023年に立ち上げました。コクヨのウェブサイトは、事業ごとにドメインが分かれていて、コンセプトや商品・サービス紹介が独自に運営されており、ユーザーから見てコクヨとしての価値やワクワク感が体感しにくい設計であることが課題でした。CMを見て、コクヨの取り組みに興味を持ってくれた人に、コクヨには事業横断でワクワクするヨコクが溢れていること、また、文具・家具を越えてさまざまな取り組みをしていることを伝える場として、ブランドサイトの制作を始めました。
そのため、ブランドサイトでは、テレビCMで意識したワクワク感や、さまざまなヨコクが自由闊達に取り組まれている様子を表現しました。オープニングムービーでは、「道具・空間・社会・地球」とあらゆるスコープでヨコクが溢れている様子を表現し、ワクワクする世界観を演出しています。また、事業をシームレスに捉えてもらうために、「道具・空間・社会・地球」の4カテゴリ―を地続きに表現し、各カテゴリ―の垣根を感じないデザインにしています。ヨコクの一つひとつは、動く模型(アニメーション)で表現し、眺めるだけでも「コクヨのヨコクってワクワクする」と感じられるサイトを意識しました。
各SNSのメディア特性にあわせ、企業自体が魅力的にみえる発信を
ーSNSでもヨコクを多角的な角度から見せています。メディアごとに発信内容は分けているのでしょうか。
安達:SNSでは、メディア特性に合わせて『コクヨのヨコク』やさまざまな企業としての取り組みを発信しています。たとえば、XとInstagramでは、CMや「ヨコク」に出演している社員のヨコクだけではなく、さまざまな社員や社内ヨコクをピックアップして発信しています。
安達:ヨコクの内容以外にも、社内イベントやWell-beingのための活動を積極的に取り上げ、「コクヨってなんだかおもしろそうな会社だな」とワクワクしてもらえる内容を投稿しています。
YouTubeでは、テレビCMやBOOKでは伝えきれない、社員がヨコクに込めた想いを語ってもらい、ヨコクをより身近に感じてもらえるようコンテンツを作っています。「ヨコク」という言葉は、遠い未来予知のような印象を受けますが、私たちが宣言するヨコクは、日常の悩みの延長線上にあるものだと捉えています。世の中や未来を、今よりもよくするための宣言なので、SNSでの発信を通じて「コクヨが少し先の未来をおもしろくしてくれるかもしれないという」ワクワク感を醸成できるコンテンツ発信をしていきたいと考えています。
ヨコクを通じてステークホルダーからの期待を高める
ーさいごに、『コクヨのヨコク』の今後の目標について教えてください。
萩原:まずは、すべてのコクヨ社員に、自分なりのヨコクを持ってもらいたいです。また、社員のヨコクを目にすることで、お取引先さまやお客さま、将来コクヨの仲間になる学生さんなど、ステークホルダー全体に「コクヨと仕事をしてみたい」「コクヨと仕事をするといいことがありそう」と感じていただきたいと考えています。
今後、コクヨが「長期ビジョンCCC2030」を達成するためには、自社だけでなく協業や新規事業の立ち上げも今まで以上に必要になってくるはずです。『コクヨのヨコク』は、そうした取り組みのきっかけにもなり得るものだと考えています。社員が宣言したヨコクを「面白い」と感じてもらい、参画していただく企業やお取引先さまが増えることも期待したいです。
1984年生まれ、千葉県出身。アパレル会社の営業兼販売員、出版社の月刊誌編集、IT企業の広報・プロモーションを経て、編集・企画・ライターとして独立。現在はビジネスメディアを中心に活動している。経営層から学生まで、人物取材が得意。