昨年12月に授賞式が行われた、『PRアワードグランプリ2023』(以下、PRアワード)。PR GENICでは、アワード受賞作品の実施背景やPRポイントを紐解いていきます。2023年度の受賞事例シリーズ第3弾は、シルバーを受賞した『サンゴショーウィンドウ』です。
海水を抜いた水槽に並ぶ、8体のマネキンたち。海遊館の水槽を、サステナブルファッションを通じた海洋保全提唱の場として魅せた『サンゴショーウィンドウ』は、“水族館×ファッション”という異色のコラボレーションで話題となりました。本企画は、開館以来の大規模リニューアルがおこなわれている水槽にて、工事スケジュールに合わせた3日間限定で実施されたもの。奇跡のタイミングと水族館の想いが重なり合って誕生に至りました。第2弾、3弾と取り組みが続いている『サンゴショーウィンドウ』は、一体どのようなPR発想と設計がなされていたのか。海遊館の萱島潤さん、光田稀一さん、博報堂の中澤誠さんにお話を伺いました。
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企画のきっかけは「水槽リニューアル」と「水族館としての在り方の再考」
ーはじめに、『サンゴショーウィンドウ』の概要について教えてください。
光田:『サンゴショーウィンドウ』は、サステナブルなファッションアイテムを水槽内に展示した特別企画展示で、2023年5月12日~14日の3日間で実施しました。海遊館は現在、世界最大のサンゴ礁の海を再現した「グレート・バリア・リーフ」水槽のリニューアル工事をおこなっています。これは、1990年の開館以来、初めてとなる大規模リニューアルです。期間は、2023年5月~2024年秋までの約1年間で、生き物をすべて移動させて海水を抜き、水槽を空にする必要があります。そのため、本来であれば見られるはずの水槽が工事で閉鎖され、来館者の機会損失や体験価値の減少につながってしまうことが課題となっていました。
萱島:加えて、もともと工事とは別軸で、海遊館として「単に生き物を展示するだけでなく、海洋保全などの私たちと密接に関わっている環境問題に対して、海遊館だからこそ発信できる情報や取り組みがないか」と日々話し合っていたんです。そこに、ちょうどリニューアル工事が実施されることが決まり、この機会を「サンゴ礁のかけがえのなさや、海洋保全の大切さを実感できるきっかけ」として活用できないかと、博報堂さんへ相談したのが『サンゴショーウィンドウ』のはじまりです。
ー「水族館×ファッション」は、これまでにないコラボレーションだと思います。どのようにしてアイデアが生まれたのでしょうか?
中澤:企画について話し合う過程で、リニューアル工事の内容や海遊館としての想いをお聞きし、今回は「面白い」だけではなく、海遊館の“海洋保全や生き物に対する想い”が何よりも大切なPRバリューになると感じました。そこで提案させていただいたのが、サンゴ礁を背景にした『サンゴショーウィンドウ』(サンゴ礁×ショーウィンドウ)です。展示するファッションブランドは、「サステナビリティ」や「海洋保全」というキーワードを大切にしている、『エコアルフ』『ポルトランクス』『リデコ』の3社にお声がけしました。
光田:具体的には、水を抜いた水槽内に、海洋プラスチックなどを再利用してつくられた3ブランドのファッションアイテムを、ショーウィンドウ風に展示しました。また、水槽のガラスには、各ブランドの説明とともにQRコードを設置し、実際にECサイトで商品を購入できる仕掛けも取り入れています。
中澤:ブランドにとっても、新たな売り場と情報発信空間となり、海遊館・ブランド・生活者の皆さまにとってwin-win-winとなる企画になったと感じますね。
単に「面白い」だけでは終わらない“教育の場”としてのPR設計
ー最近は、企業がサステナビリティに取り組むことが当たり前になってきています。そのなかで、認知を獲得したり差別化を図ったりするために、企画の段階で大切にしていたことはありますか?
中澤:“教育の場”として企画を組み立てることです。先ほどもお伝えした通り、今回の企画の軸は「海洋保全や生き物の大切さを伝えること」にありました。そのうえで、海遊館という施設を考えたときに一番に思い浮かぶのは、やはり「家族」だったんです。老若男女問わず多くの人が足を運ぶ施設だからこそ、企画の段階から「学び」や「気づき」といった、“教育”の面を表現できるものを考えました。これは『サンゴショーウィンドウ』に続いて実施した、『グレートバリアリーフ まちがいさがし』や『BLUE SEAT』においても同じです。
中澤:『グレートバリアリーフ まちがいさがし』では、単に左右の写真が違うということではなく、ウミガメがビニールをくわえていたり、地球温暖化の影響で今までは生息していなかった生物を記載したりと、実際にグレートバリアリーフや海で起きている変化の事実を伝える内容にしています。
中澤:また、『BLUE SEAT』では、「AR×エコな再生ビニールシート」を用いて、リニューアル後の「グレート・バリア・リーフ」水槽で鑑賞できる生物をバーチャル空間に泳がせました。このように、「サステナブル」と「生命のつながり・再生」の両軸から、来館者の皆さまに学びを提供することを前提に企画を組み立てたことが、今回の大きなポイントになっています。
光田:加えて『サンゴショーウィンドウ』は、やはり“水族館×ファッション”のコラボレーション自体が異色で、その意外性も大きなインパクトにつながったと感じます。このフックをきっかけに、中澤さんが話してくださったような、“教育”を軸とした各施策へ込めたメッセージが伝わったのではと思いますね。
今後も“他業種との共創で生まれる施策の広がり”を活かした、海洋保全の啓発を
ー本企画の一番のバリューである「海洋保全や生き物に対する想い」を、「教育」という観点と“水族館×ファッション”という意外性のあるコンテンツから届けられたことが、アワード受賞や話題化にもつながったのですね。
光田:そうですね。来館者アンケートやSNSの反響から、“水族館×ファッション”の意外性を感じていただけたんだなと実感しています。今回の企画は、本来生き物を展示している水槽をそのまま使っているため、必ず来館していただいた皆さまの目に入る導線になっており、実際に写真を撮っている方やQRコードを読み取っている方の姿も多く見られましたね。
萱島:リニューアルの間、水槽を閉鎖していた場合を想像すると、この企画を通して多くの方に足を止めていただき、海洋保全や生き物の大切さに触れられる機会を創出できたと感じます。
中澤:SNS上でも「水槽の中にマネキンが立っている!?」といった投稿があり、反響を感じましたよね。来場者の機会損失や体験価値の減少といった課題をきっかけにはじまった『サンゴショーウィンドウ』ですが、「二度とできない」「見たことのない展示」といった稀有さを逆手にとって、来場促進につながるような仕組みを作れたと思います。また、展示ブランドのECサイトアクセス数も、期間中に120%アップとなり、ショーウィンドウのQRコード経由での購買活動につなげることもできました。
萱島:加えて、メディアからの反響や広がりもこれまでにはないものでした。水族館としてのリリースだけでは届かなかった、アパレル業界や繊維業界にもアプローチを広げられたことは、大きな経験になりましたね。また、海遊館にとって、水槽をショーウィンドウ風にする使い方自体が初めての試みで、すべてが未知の挑戦でした。「水族館としてやったことがないことに挑戦した」という事実にも意外性があり、話題化につながったのではないかと考えています。
ーさいごに、海遊館としての今後の展望についてお聞かせください。
光田:本来であれば完全に閉鎖するはずの空間を活用して、海遊館の海洋保全への想いや取り組みを発信できたことは、私たちにとって非常に大きな経験値になり、知見を広げられる機会にもなりました。
萱島:水族館は、レクリエーションの場として、来館者の皆さまに楽しんでもらうことも目的の一つではありますが、水族館は発信の場でもあり、私たちは本施策を通して、社会的意義のある活動をしっかりと表現できることを体得しました。今後もただ生き物を展示するだけではなく、他業種の方々と共創しながら、海洋保全に対する啓発活動も継続していきたいと思います。
5年後、10年後、20年後の海遊館がどのような存在であるべきなのか。私たち自身で問いながら、来館者の皆さまの声も聞きながら、企業の方々とも話し合いながら、これから未来を一緒に描いていくのが楽しみです。
フリーライター。採用広報のコンテンツ制作や取材・インタビュー、トラベルクリエイターとして旅行コラムの執筆などを行う。「アジアを旅しながら暮らす」をテーマにブログも運営している。