ユニークかつ革新的な広報・PR活動を通して、挑戦的な取り組みが難しいとされる教育現場の“当たり前”を破り続けてきた近畿大学。「マグロ大学って言うてるヤツ、誰や?」「近大をぶっ壊す。」「早慶近」などの大胆なキャッチコピーを掲載した広告は、打ち出す度に大きな話題を呼ぶとともに、2023年度一般入試志願者数でも10年連続1位(大学通信調べ)を獲得し、その勢いはとどまることを知りません。
序列が固定化された日本の大学界において、どのようにしてブランドイメージを確立し、受験生の価値観を刷新してきたのでしょうか。今回、広報室長の稲葉美香さんにインタビューを実施。ユニークな広報・PR活動がどのようにして生まれるのか、その組織体制や情報が集まる仕組み、アイデアの生み出し方に加え、志願者数や就職率に好影響を与えるPRのポイントなど、話題の広報室の裏側を詳しく語っていただきました。
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近畿大学広報の“固定概念をぶっ壊す。”挑戦
「全教職員が近大の広報員となる」近畿大学の広報体制
―はじめに、近畿大学の広報体制について教えてください。
近畿大学の組織は、2022年度から5本部制として構成されており、広報室はそのなかの経営戦略本部に属しています。経営戦略本部のフロアではフリーアドレスを採用しているため、広報室の職員の隣に企画室やデジタル戦略室の職員がいるのが、日常のスタイルです。こういった、働く環境自体が情報収集の場にもなり、部署の垣根を超えたコミュニケーションの中から、広報・PRのネタが生まれることもあります。
広報室の職員は14人と、他大学より多いかもしれませんが、オープンキャンパスなどの大学に関する情報をはじめ、東大阪以外の5つのキャンパスや、附属学校(幼稚園から高校、短期大学まで)の広報・PR活動など、幅広く担当していることが特徴です。
―“教育現場の広報”と聞くと、なかなか挑戦的な活動が難しいイメージがあるのですが、上層部の方とはどのように連携されているのでしょうか。
「全教職員が情報収集力と発信力を高め、近大の広報員となる」という全学の方針があるため、広報の重要性については理解が得られています。また、エスカレーションの早さも、広報の挑戦的な活動を支えてくれていますね。5本部制によって、部署間の連携が円滑になったため、広報活動を行う際にも、提案から実行までスピード感をもって動けています。特に、経営戦略本部長の世耕石弘は、かつて民間企業で広報を担当していたことがあり、業務への理解が深いことも大きな強みです。
「近大らしさ」を追い求め、ブランドイメージの確立へ
―広報・PR活動には、いつ頃から力を入れ始めましたか?
近畿大学の広報が大きく変わったのは、世耕が近大に入職した2007年からです。大学のブランド力を上げると同時に、固定化された大学の序列を変えるため、広報・PR活動に注力し始めました。近畿大学は、西日本最大級の規模を誇る総合大学であるにも関わらず、当時は大学の固定化された枠組みの中で、いわゆる“中堅”のイメージにまとめられていたんです。
そこで、受験生に大学の純粋な価値を知ってもらおうと、チャレンジングな広報・PR活動を続けてきました。たとえば、全国初のペーパーレス出願である『近大エコ出願』をPRするために、「近大へは願書請求しないでください。」という禁断のコピーを掲載。受験生が思わず関心を寄せてしまうような広告を打ち出しました。こういった広報・PR活動に対しては、当時から「大学らしからぬ広報だ」などと、厳しいお声をいただくこともありました。しかし、これまでと同じやり方をしていても現状は変わらない。「近大といえば◯◯」といったブランドイメージを持ってもらうためには、新しい挑戦が必須だと考えました。
―なるほど。そのような、ユニークで先進的な広告を生み出すためのアイデアは、どのように考えられているのでしょうか。
もちろん、トレンドには常にアンテナを張っていますが、さまざまな視点を持ったメンバーが集まっていることも、独創的なアイデアの誕生につながっています。広報室の職員は年齢層が幅広く、有償インターンの学生もいるんですよ。雑談形式のディスカッションから面白いアイデアが生まれることも多々あります。たとえば、2023年年始の「上品な大学、ランク外。」というキャッチコピーと、情報学部の学生が生成を担当した“AI近大生”を合わせた新聞広告。
この広告は、さまざまな“大学のランキング”を切り口に、長期にわたって何度もディスカッションを重ね、「あえてランキングに入らなかった項目に注目してもらうことで、より近大らしさが伝わるのではないか」という考えのもとで誕生しました。こうしたチャレンジングな広報活動を続けることで、「近大なら何か新しいことができるのではないか」という雰囲気が醸成されていくんですよ。今の近大には、自然発生的にユニークで新しいアイデアが生まれてくる好循環が実現できていると感じます。
全キャンパス150名の教職員と連携する、情報を取りこぼさない集約の仕組み
年間リリース配信数500本超え!プレスリリースは配信数と掲載率を意識
―近畿大学さんは、年間でかなり多くのプレスリリースも配信されています。内容も多岐にわたっていますが、普段はどのように情報を収集されていますか?
大前提として、これだけ多くの情報を発信できているのは、産学連携をはじめ、学生の取り組みや先生方の研究など、大学内にさまざまなニュースが数多く存在しているから。そのうえで、多岐にわたる情報を広報室としてしっかり発信していくために、配信数と掲載率を意識しています。具体的なプレス数としては、2021年度は408本、2022年度は500本を超えています。思わぬものが世の中の関心を集めることも多いので、情報はすべて出すようにしていますね。
ただ、近畿大学のキャンパスや研究所などは全国に広がっているため、そのすべての情報を広報室だけでキャッチアップするのは難しい。そこで、全国の各キャンパス・部署に広報担当者を配置して、自分のところで起きているニュースを世の中に発信するためのきっかけを作る組織を構築しています。
具体的には、各地にいる広報担当からの情報をもとに、東大阪キャンパスにいる広報室の職員が協力してリリースを作り上げ、発信する。現在は150名ほどの広報担当者が、それぞれの本務業務と並行しながら広報活動に取り組んでくれている状況です。
“ファンベースのPR”で自主的な広報・PR活動を目指す
―広報担当が約150名!それだけの人数と意思疎通を図りながら広報活動を行うのは難しそうですね…。
そうですね。全員と密な関係を築くことは、決して容易ではありません。しかし、成功体験が積み重なっていくと、一人ひとりに「また発信してみよう」と前向きな気持ちが生まれてくるもの。私たちは強制ではなく、自主的な広報・PR活動になるように“ファンベースのPR”を大事にしています。
たとえば、幼稚園で芋掘り、小学校では清掃活動が行われたとしましょう。これは、全国向けの発信ではないかもしれませんが、私たちはこのような「地元の人々にとっては、とても大切なローカルニュース」も継続して発信しています。この積み重ねを怠らないことで、地元の人々を中心に、話題は学内から学外、さらには全国へ。情報発信を担った広報担当者も「自分が発信したものが反響を呼んでいる!」と喜びを感じてくれます。こうした好循環ができると、次の広報活動にも積極的に参加してくれるようになるんです。
ファンベースのPRを確立するには時間が必要ですが、各所で日々の情報やできごとを“自分ゴト化”して、自分たちで発信する。この動きこそが、何より説得力があり、信頼が生まれる唯一無二のPR活動になると考えています。また、広報担当者同士の交流を深めるために、年に1回“対面式の研修会”も開催しています。
近畿大学は、研究所を合わせると北海道から鹿児島まで広がっているので、普段はなかなかお互いのことを知る機会がないんです。なので、研修会では「あなたの知らない近大の世界」と題した講演や「近大ウルトラクイズ」を開催してみたり、電動キックボードの有償シェアリングサービスを使用する学内ツアーを開催してみたり(笑)。自分たちが働く近畿大学についての理解を深め、広報担当者間のつながりも広げられるような時間を作っています。やはり、広報は、教職員の協力があってこそ成り立つもの。“双方の信頼関係を築くためのインナーコミュニケーション”は欠かせないと考えています。
志願者数・就職率など多数の好影響をもたらす近大広報の挑戦
―2023年度入試で、私立大学志願者数10年連続日本一を獲得されました。さまざまなPR活動があっての結果だと思いますが、学生に何か変化はありましたか?
自分の大学に誇りを持ってくれる学生が増えたと思います。実は、広報室長になる前、10年ほど学生の就職支援を行うキャリアセンターにいたんです。そこで、学生たちの変化をずっと見てきたわけですが、以前は「周りは国立大学の学生ばかりで、面接で引け目を感じた」「近畿大学のことはあまり認知されてなかった」などと、ネガティブな声が聞こえてくることも…。
しかし、広報・PR活動の成果が少しずつ世間に浸透していったことで、「どこで大学名を出しても自分たちのことを理解してくれる」といった嬉しい声が届くと同時に、著名企業への就職者数も非常に増えました。近畿大学がさまざまな方面に認知され、卒業生たちが大学のことを話題にする機会も増えたのではないでしょうか。
―2025年には創立100周年を迎えるということで、ますます広報活動に力を入れられると思います。今後の展望についてお聞かせください。
近畿大学では、建学の精神である「実学教育」を実践してきました。世界初のクロマグロ完全養殖を達成した『近大マグロ』を筆頭に、前例のない価値を生み出し続けてきた姿にこそ、近大らしさが現れている。広報室としても、とにかくチャレンジする姿勢を大切に、大学の枠に囚われない広報・PR活動を続けていきたいです。「次はどんな広告を打ち出してくるのだろう」というみなさんの注目が、挑戦的な広報・PR活動を続けるためのいいプレッシャーにもなっています(笑)。
また、広報室として、チャレンジする学生の背中を押せるような活動を促進していきたいですね。学生たちが自分の大学に誇りを持ち始めてくれたことは、広報・PR活動が浸透している結果でもあり、大学にとっても非常に大きな変化。まずは、創立100周年に向けて、良い兆しを増進させられるような広報・PR活動を行っていきたいです。
フリーライター。採用広報のコンテンツ制作や取材・インタビュー、トラベルクリエイターとして旅行コラムの執筆などを行う。「アジアを旅しながら暮らす」をテーマにブログも運営している。