未だ収束の目途が立たず、社会に大きな混乱を招いている新型コロナウイルス。この新型コロナウイルスとの戦いが長期化するにつれて、最近では実にさまざまな企業団体から、緊急事態に対応する新たな取り組みが生まれ、インターネットやSNSを中心に情報発信されています。
しかし、これらの中でも“大きな話題になるもの”と、“そうでないもの”に二分されているのが現実です。この差はどこから生まれ、またこの状況下でより多くの人々に情報を届けるには、企業団体はどのようなことを意識してコミュニケーション活動を行う必要があるのでしょうか?
今回は【基礎編・実践編】の2部構成で、株式会社ワンキャリアでPR Directorを務める寺口浩大さんが実践する、社会との良好な関係を築く「コーポレートコミュニケーション」についてご紹介します。
「非常時の今こそ見直したい、企業と社会を繋ぐコーポレートコミュニケーション【基礎編】」はこちら
CONTENTS
話題の企業が実践するコミュニケーション戦略
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最初の「SAY」は早ければ早いほど良い
ー今の非常時の中で、寺口さんが「この企業のコミュニケーション上手いなぁ」って思った事例はありますか?
最近色々なニュースを見ている中で、リーダーシップの本質って“決めること”だなぁとつくづく思っています。4月15日に、IT相の記者会見の中で、はんこのデジタル化について「しょせんは民間の話」って言われたことが、Twitterを中心に話題になりましたよね。これに対して、GMO代表の熊谷正寿さんが、その日のうちに【決めました。GMOは印鑑を廃止します。】ってツイートしたんですよ。これこそまさに、宣言として個人格で発せられる「SAY」です。
【決めました。GMOは印鑑を廃止します。】
>民間で話し合ってもらうしかない
街のハンコ屋さんは、欧米と同じく公証人事業と電子署名代理店へ転換を。
IT相「しょせんは民間の話」 はんこのデジタル化:朝日新聞デジタル https://t.co/zIKY9DNnJI
— 熊谷正寿【GMO】 (@m_kumagai) April 15, 2020
このツイートに対して、「さすがです!早い!」「やはりGMOさんは判断が早いですね」「これは応援したくなる」などといったコメントも数多く付いていて、社会からの期待値がしっかり醸成されていることが見て取れます。GMOさんは、このコロナ騒動になってから、リモートワークでリーダーシップを発揮されているので、確実に社会からの期待値が大きく高まっていると思います。
このコロナウイルスによって、今さまざまな業界が大きな打撃を受けたり、対応に追われたりしているんですけど、「今こうだからこうする」ってすぐに決められない企業が多いようにも見えます。だからこの非常時では、素早くそれを決めて宣言するだけでも話題にはなります。あとはもちろん、やれるかどうかが問題なんですけどね。同じ「SAY」でも、宣言と報告では価値が大きく異なってきます。
SHARPのマスク生産から見る“ギャップ萌え”の強さ
あとは、3月にSHARPさんがマスクの生産を開始したことが大きなニュースになったじゃないですか。あの事例から、「A but B」の最強さというものを体感しました。
基本的に、PRのコミュニケーションやアクションって“こうだからこう”っていう構造になっていると思うんですけど、こういう非常時では、いろんな企業が「社会がこうだからこうします」っていう活動をしているので、ひとつひとつが埋もれやすくなっています。そんな中でも、SHARPさんのニュースが圧倒的に話題になったのは、“こうだからこう”の「A so B」だけじゃなくて、「A but B」があったからだと考えています。
ようやっと本日、三重県のシャープ多気工場にて不織布マスクの生産を開始しました。1日に15万枚の生産ペースではじめ、いずれ50万枚/日を目指します。 https://t.co/WOmojCab0U pic.twitter.com/dKU4kKZGLf
— SHARP シャープ株式会社 (@SHARP_JP) March 24, 2020
あのSHARPさんの取り組みは、「マスク不足だからマスクを生産します」っていう“こうだからこう”の文脈でありながら、「本業じゃないけどマスクを作ります」っていう“こうだけどこう”の逆説の文脈でもあります。この合わせ技ができたのは、既に社会でSHARPさんのキャラクターが合意形成されていたからなんですよ。きちんと社会からの期待があって、マーケットでキャラが立っている状態、つまり「A is B」が成り立っている上で「A but B」を行ったから、これほどのギャップ萌えが生じたんだと思います。
ワンキャリアが実践する社会との関係構築
ワンキャリアがアクションを通じて企業に伝えたかったこと
ーワンキャリアさんは、これまでさまざまな取り組みの中で、就活生に向けてメッセージを発信してきたと思うのですが、これらを通じて企業や社会に伝えたかったことはありますか?
僕たちは「就活に、透明性を。」「答えは、学生の本音の中に。」というメッセージのもと、いろんなアクションを続けています。
例えば、就活における評価指標の多様化を示すこと。これまで指標とされてきた「人気企業ランキング」などは、社名の認知度とか、エントリー者数の多さとか、そういう“量”的な情報でしか判断されていませんでした。でもキャリアが多様化している時代において、マーケットに1次元的な指標のランキングしかないことは、個人のキャリアを決める上で良くない。だから、“量”ではなく体験の“質”で企業を評価する『クチコミアワード』を作りました。
企業がこぞって「自分の会社はいい会社です」と言う就職活動シーンにおいては、学生の体験、つまりクチコミがリアルを表していると思います。実際に調査でも、クチコミが学生の意思決定に大きく寄与していることは出ていますね。なので企業側には、体験してもらった学生にどう思ってもらって、どんなことを言ってほしいのかっていう、学生の体験を設計する必要があります。良かったかどうかを決めるのは体験した本人なので、クチコミをコントロールすることは出来ませんが、学生のことを考えて体験を設計・デザインすることはできますよね。この思考の転換と、知名度だけに囚われない採用のコミュニケーションこそが、今、求められています。
これに加えて、企業から学生に向けて発信されるメッセージと、学生がインターンや選考などの体験を通じて発信するクチコミの内容に、ズレがあるとブランドが毀損します。なので、就活市場においても「SAY DO SAY」サイクルを回すことはとても重要なのです。この体験重視の“質”的な情報を評価することで、言ってることとやっていることが一致している企業に、ライトを当てられるようになりました。
マーケットの期待に応える「DO」を生み出す
ー就活市場では、企業主語の「SAY」と、就活生主語の「DO SAY」が一致している状態でサイクルを回すことで、信頼と期待値を獲得することができるんですね。
そうです。主語が異なるだけで、意識しないといけないことは同じですね。
また、一貫して伝えたいのは、“就活市場がまだまだ課題だらけであること”です。学生にとって、就活は「未来を考える時間」なのに、こんなに楽しくなさそうなのもおかしな話ですよね。マーケットの中にいる僕たちには、この就活市場が抱えている課題を、人事や学生だけじゃなく、社会全体に知ってもらう責務があります。だから、誰でも目にすることができるOOHという形式で、かつ1年間で最も社会が就活シーンに目を向けてくれる3月1日というタイミングで、『就活生新聞』を展開しました。
あとは、学生が企業に直接言えない本音を吸い上げて、きちんと企業に返すこと。これが、僕らが市場から常に求められていることであり、企業としてのミッションのひとつです。多くの人事の方が、「学生の正直な感想を知ることができない」っていう悩みを抱えているのですが、学生に対して「本音を偽るな」って言っても、法人と個人の関係である以上何も変わらないんですよね。
だから僕らが、学生が安心して話せる場所を用意することで、実体験と本音を拾い上げて、“集団の声”として企業にお返ししないといけない。そして、今まで公開されてこなかったこれらの情報を、初めて企業に向けて公開したのが、今月リリースした『ワンキャリアクラウド』なんです。今までの活動はすべて、マーケットの期待に応えるための「DO」になっています。
ワンキャリアのスピード感はどこから生まれるのか
ーこの非常事態になってから、『ワンキャリアライブ』で毎日企業の説明会を生配信したり、『インフォメーションセンター』を設置したり、さらに大学の関係者に向けた『ワンキャリアライブ for CAMPUS』まで行ったりと、新たな取り組みが次から次へと生まれていますよね。なぜワンキャリアさんは、これほどのスピード感で新たな取り組みを実現できているのでしょうか。
各個人が、自分たちのブランドキャラクターや、マーケットから求められていることを理解して、常に何のために存在しているかを考えているからだと思います。ワンキャリアは、コーポレートミッションとして「Visuarize Everything」を掲げ、マーケットの透明化のためのアクションを取り続けているのですが、今自分たちにできることが何か?っていうのを、各個人が常に分散して考えている結果、ひとつひとつのアクションが早くなったんだと思います。
ー非常時に限らず、普段からマーケットにおける自分たちの存在意義を強く意識されているんですね。
そうですね。だからこそ、コロナウイルスの影響を受けている今は、ながらく変わらなかったこのマーケットのコミュニケーションのあり方自体を一新できるタイミングだと思いました。
例えば、今までの企業説明会や合同説明会は、企業から学生へのワンウェイコミュニケーションになっていて、参加者も学生に限定されていました。でもYouTubeLiveなら、誰でも参加することができるし、今まで学生が聞きたくても聞けなかったことをファシリテーターが代わりに聞いたりもできます。これまで閉ざされていた説明会の場を、インターネットを使うことによって、やっと開放することができたんです。限られた人だけでなく、全ての人がオープンな情報をもとに意思決定できるように就活マーケットを透明化する。そのために、今できることの最適解を実現したのが、『ワンキャリアライブ』でした。
他にも、学生の不安の声の中には、「いつどの企業が何をしているのかわからない」「知らない間に説明会や選考が終わっているのが怖い」っていうものがあったので、オンラインで採用が進んでいる企業の情報を集めた『インフォメーションセンター』を設置しました。『ワンキャリアライブ for CAMPUS』も同様に、大学の関係者から、学生間で情報の格差が生まれることを不安に思う声が上がっていて、実際に「ワンキャリアさんが持っている情報を学生に伝えていきたい」っていう要望もあったので、「ワンキャリアライブ」の延長線上として情報公開を行いました。
このように、常にマーケットのリアルな声に触れ続けることが、僕らの全アクションのベースになっています。コロナウイルスの影響でさまざまな就活手段が断たれてしまった今、SNSを中心に毎日学生の不安の声を聞いているので、「じゃあ4月以降にやればいいよね」って実行を先延ばしにすることはできませんでした。今のマーケットの声を聞いて、今の自分たちにできることを考えて、この声に対する最適解をマーケットに提示すること。全てはこれの繰り返しです。
そして、きっかけはコロナウイルスではあるんですけど、我々が果たすべきミッションが明確になっていたからこそ、いろいろ新たな取り組みが実現できたのだと思います。意思決定の判断基準が揃っていたことと、決定に責任を持つ人(=経営陣)と実行に責任を持つ人(=現場社員)がそれぞれリーダーシップを持っていたこと。このふたつが、物事の実現をスピーディーにできた要因かもしれないですね。
まとめ:非常時の今こそ見直したいコーポレートコミュニケーション
新型コロナウイルスの感染拡大により、働き方や社内制度など、企業活動のさまざまなシーンでスピーディーな変革が求められている今、「コーポレートコミュニケーション」の観点においても、この”スピード感”は非常に重要になっています。
普段から、ブランド構築やコミュニケーション活動を意識的に行っている企業であれば、社会の声をいち早くピックアップできるため、非常時になってもスピーディーに事業や活動に落としむことが出来ます。しかし、今までコミュニケーションを行ってこなかった企業が、突然何かを発信しても、他の情報に埋もれてしまったり、望まない形で情報が拡散してしまったりと、結果としてミスコミュニケーションを生むことに繋がりかねません。
そのため、たとえ今が非常事態であったとしても、焦って何かを発言しようとするのではなく、まずは自社と社会の関係性を見つめなおし、企業として成し遂げるべき「普遍的なミッション」と、今社会から求められている「変動的なニーズ」を、冷静に照らし合わせる必要があります。そして、その情報はいつどんなタイミングで、また法人主語で言うべきなのか、それとも個人主語で言うべきなのか、さまざまな手段があることを念頭に置きながら、具体的なコミュニケーション方法に落とし込んでいくことが大切です。
日本の現状では、企業のPR活動は直接経営や業績に関わるものではないとして、取り組む優先順位が低くなってしまっている企業が非常に多いと思います。しかし、世界中の生活者が日々の生活に不安を抱えている今こそ、どの企業にも、コミュニケーションひとつでヒーローになれる可能性が潜んでいるのです。この非常事態を機に、社会との良好な関係を築く「コーポレートコミュニケーション」について、考え直してみてはいかがでしょうか。
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寺口浩大 株式会社ワンキャリア 経営企画室 PR Director
ワンキャリア経営企画室PR Director。1988年兵庫県伊丹市出身。京都大学工学部卒。リーマンショック直後に三井住友銀行で企業再生、M&A関連業務に従事し、デロイトトーマツグループなどを経て現職。現在は経営企画とパブリックリレーションズ全般に関わる。コラム連載、カンファレンス登壇のほか、採用マーケットの透明化を推進するムーブメントを仕掛ける。現在は日本最大級のYouTube企業説明会「ONE CAREER SUPER LIVE」の企画に携わる。共著に『トップ企業の人材育成力』。
※「ONE CAREER SUPER LIVE」の詳細はこちら
1995年生まれ大阪育ち。2018年同志社大学卒業後、株式会社マテリアルに新卒入社。1年目でウェブメディア『PR GENIC』を立ち上げ、記事の執筆と編集全般や、セミナーの企画など、コンテンツ作りを幅広く担当。半年間ハウスメーカーのマーケティング部への出向も経験。現在はオープンイノベーション支援に従事しつつ、外部アドバイザーとして編集のサポートを行っている。