”脱自画自賛”から始める採用広報。企業ブランドを正しくデザインする「PR」の考え方とは?

約半数の企業が新卒採用に苦戦しているいま、企業の人事担当や広報担当には、就活生に刺さる採用広報戦略が求められています。近年叫ばれ続けている”情報過多”は就活市場においても起こっており、それと同時に、就活生も事前の情報収集や対策には非常に慎重になっているのが現状です。そのため、これまで通りの広報活動のみでは、求職者を増やすことが難しくなっている企業も多いのではないでしょうか。

先週9月12日に行われた、株式会社ドットライフ主催セミナー『ストーリーを通した“刺さる”採用広報戦略』では、採用マーケットの透明化を推進する、株式会社ワンキャリアのPR Director 寺口浩大氏が登壇。本記事ではイベントの様子をご紹介し、採用広報における「PR」と「ブランド」の重要性から、”刺さる採用広報戦略”について考察していきます。

採用広報マーケットの現状

本セミナーで登壇したのは、就活クチコミサイト『ワンキャリア』を運営する、株式会社ワンキャリアのPR Director 寺口浩大氏。『ワンキャリア』の最大の特徴は、企業だけでなく、学生もその企業についてフラットに情報を発信できる「CGM(=Consumer Generated Media)モデル」を採用している点にあります。(※CGMとは、ユーザーが投稿したコンテンツによって形成されるメディアのこと。)

就職活動において、実体験者のクチコミは個人の意思決定に大きく寄与することが明らかになっています。(参考元:https://dentsu-ho.com/articles/6554)なぜなら、現代の就活生は「自分のキャリアの意思決定を大切にしたい」「知らないことによって失敗したくない」という思いを強く持っているため。消費者が何かを購入する際にクチコミやレビューを参考にするのと同じように、就活生からも、実際にその企業での選考を体験した人の情報発信が求められているのです。

採用広報×PRの考え方

PR=マーケットにおいて“合意形成”を行うこと

企業の採用担当者は、通常「人事」「採用広報」などと呼ばれることが多いですが、寺口氏は採用担当者が意識すべきキーワードのひとつ目として、「パブリック・リレーションズ(=PR)」を挙げました。そもそも「パブリック・リレーションズ」とは、”広く報じる”広報とは全く別物。PRを意識した採用活動では、一方的な情報発信ではなく、どうステークホルダーとのリレーションを築いていくかを意識する必要があります。

PRの考え方として、寺口氏は“ムードメイキング”“ルールメイキング”というふたつの言葉を用いて、「PRの構築の大きな目的のひとつは、”ムードメイキング”をすることによって、民主的な合意形成プロセスを経て新しいルールを作っていくことだと解釈している」と説明。PRが成功したと言える状況とは、つまり周囲との合意形成の上でルールや法律が変わった時のことです。中央集権的に合意形成がされないままルールが変わったとしても、それは無意味であり、ムードをつくった上で合意形成が行われてはじめて、PRが目指す”ルールメイキング”が出来ると解説しました。

しかし、多くの企業で行われている広報やPR活動は、一方的な情報発信になっていることが多く、合意形成をつくるための活動というよりも、あくまで”ルールメイキング”の一手段にしかなっていません。それでは、寺口氏が言うこの”ムード”をつくるためには、企業は何を行えばよいのでしょうか?

まずは過剰な“自画自賛”をやめることから始める

参照元:https://blog.btrax.com/jp/marketingvsbranding/

寺口氏は「マーケティング」「広告」「PR」「ブランディング」を表す4つの図を用いて、HRのマーケットはほぼ右上の「広告」、つまり過剰な”自画自賛”状態になっていると説明。しかし採用に活きる“ムード”をつくるために大切なのは、左下の「彼はとても頭がいい」と言わせる状況を作ることです。一方的に自社のことを発信し続けるのではなく、誰かが自社のことをポジティブに発信してくれる状態をデザインすることこそが、採用におけるPRの考え方です。

寺口氏の言う通り、採用マーケットでは「自社は良いです」という発信で溢れているのが現状です。全方位から「自社は良いです」という発信を浴びている就活生は、リファレンスチェックのために「リアル」や「ファクト」を求めるようになり、企業に対するネガティブなクチコミには特に敏感になっているのだそう。だからこそ、採用担当者や広報担当者は、自社から発信する情報だけでなく、企業に関わる全てのステークホルダーとどのように関係構築を行っていくべきなのか、また誰に何を言ってもらえることがベストであるか、広い視野を持って考えなければなりません。

また右下の「ブランディング」の図が示しているのは、“〇〇と言えば〇〇だよね”と、みんなが同じものを想像する状態をつくること。つまり、これこそが”合意形成”が出来ている状態であり、ブランディングが目指すゴールと言えます。この”ブランドが建っている状態”をつくるためには、その前段階となるPRの構築方法を考える必要があるのです。

採用広報×ブランドの考え方

企業ブランドが目指すべきゴールと信頼関係構築

次に寺口氏は、採用担当者が意識すべきキーワードのふたつ目として、「ブランド」を挙げました。先ほどの図では、“〇〇と言えば〇〇だよね”と、みんなが同じものを想像する状態=ブランドが建っている状態でしたが、さらに目指すべきなのは、“A is 〇〇=〇〇 is A”の状態を作ること。この両方向の矢印を作れることが、ブランド形成においてさらに高いレベルであると言えます。

コーポレートブランドを形成するには、まずはステークホルダーとの信頼関係の構築が欠かせません。その信頼関係の築き方にについて、寺口氏は信頼度を高める“say→do→say”サイクルを回すことが大切であると説明しました。はじめに「私たちの企業は〇〇します」と宣言し、次に実際にそれを成し遂げ、事後報告的に「言ったことやったでしょ?」と再度発信する。これを行うことで、次のsay(宣言)で期待値をつくることが可能になり、ビジネス上でも大きな信頼の獲得に繋がります。

実際に多いのが、言ったことをやらなかったり、宣言をせずやったことの事後報告のみ発信する企業。これでは非常にもったいなく、信頼獲得の機会を損失してしまっています。マーケットに宣言することで期待値と余白を作り、それをプロセスを明示しながら成し遂げ、リザルトを世の中に出す。このPR的な流れこそが、寺口氏が考えるコーポレートブランド形成における信頼獲得の方法であり、どれも抜けてはなりません。

コーポレートブランドに対する“期待値”のつくり方

コーポレートブランドを形成していくうえでは、ステークホルダーからの期待値を調整し続ける必要があります。ここで重要なのが、“認知”“体験”のネガティブギャップを作らないこと。つまり、認知で期待値をつくり、期待値と同等以上の体験を設計することで信頼を得ることです。

これはプロダクトでも同様で、たとえば「汚れがグングン落ちる」と宣言している洗剤が、いざ使ってみるとぜんぜん汚れが落ちなかったなど、自分が得た情報と、実際に使用してみたときの体験にギャップがあると、そのブランドから次の商品が出たときの期待値は下がってしまいます。

就活においても、体験前に得た情報と、実際の体験にネガティブギャップがあった場合は信頼喪失や不満発生などの原因になります。入社前に感じたギャップも、入社後に感じたギャップも、良くも悪くもクチコミとして残り続けます。期待値を高め続けるためには、掲げた”認知”の期待を確実に超えられる”体験”を考えつつ、外に情報発信していくことが大切です。この”認知”と”体験”の一致を積み重ね、さらには“体験”が“認知”を上回ってくることによって、ステークホルダーはその企業に対して大きな期待を抱くようになるのです。

採用ブランドを決める4つの主語

意識すべき「I」「We」「It」「He/She」

続いて寺口氏は、採用ブランドを決める4つの主語について説明しました。まず左に位置するのは、オウンドメディアや採用ナビサイトなどのペイドメディア、またTwitterなどのSNSといった、「We」「I」の主語。それに対して右に位置するのは、ペイドではないメディアと、学生や従業員、転職した人のクチコミといった「It」「He/She」の主語。この2種類の主語による発信内容が一致していることが、採用ブランドを決める大きな要素となります。

採用広報活動では、左の「We」「I」の部分ばかりが重視されがちですが、どれだけ良い情報を発信していたとしても、その内容が自然に発生する「It」「He/She」と一致していなければ、就活生の信頼を得ることはできません。つまり採用広報では、社外に向けたコミュニケーションだけでなく、インナーコミュニケーションも重要と言えます。

“インナーコミュニケーション”と採用ブランドの関係性

ドットライフ代表新條隼人氏との対談

インナーコミュニケーションに力を入れていることにより、採用ブランドの確立にも成功している企業には、いくつかの成功パターンがあると説明した寺口氏。中でも最近多いものが、社内向けに作っているものを、社外「にも」出す広報戦略です。リクルート系のオウンドメディアでは、メルカリの『メルカン』が成功事例としてよく紹介されていますが、最近では、例えばサイバーエージェントの『サイブラリー』など、社内向けのコンテンツを外向けにも公開しているようなスタイルが挙げられます。またベルフェイスに関しては、評価制度を外に出しているんだとか。

基本的に、社内向けに出しているものと、外向けに出しているものが同じ企業は、外向けに出しているものを社内の人が見ても、「なにこれお化粧だらけじゃん」とは思いません。反対に、社内向けと外向けの情報でギャップが生じてしまうと、社内にいる者にとっては、企業への不信感や不満を抱かせる原因になりかねません。そのような状態で誰かが企業を辞めると、ネガティブなクチコミが発生してしまうのです。

退職者からのクチコミは、企業にとってもかなり気になるところ。講演後の質疑応答では、卒業生のエンゲージを上げる方法について質問が上がりました。これに対して寺口氏は、「別れ方が重要。働き方改革が思うように進まない原因のひとつは、出会い方と別れ方が改革されていないから。」と回答。ポジティブなクチコミの多い企業は、たとえその社員がハイパフォーマーでもローパフォーマーであったとしても、社員が企業から出るときの”期待値調整”もうまくやっているのだそう。

またエンゲージメントに関して、高め方にはいろいろありますが、まずは社内の声や状態を可視化することが大切と説明。実際に寺口氏が務めるワンキャリアでも、Wevoxなどのツールを用いて、エンゲージメント測っているとのことでした。この時にポイントになるのが、声を“会社”単位で見ないこと。点数が下がる項目は、チームや仕事内容によって大きく異なるため、“会社”単位ではなく“チーム”単位や“仕事内容”単位で考えたほうが良いと加えました。

まだまだ採用マーケットは発展途上

採用活動でもマーケティングリサーチは必要

講演の最後に寺口氏は、採用活動でもバリュープロポジションの把握と「3C分析」によるマーケティングリサーチを行う必要があると説明。プロダクトの販売戦略を行うのと同じように、まずは自分たちを知り、ターゲットを知り、競合を知った上で、欲しいターゲットが求めているかつ自社にしか提供できない価値は何かを考えることが重要です。

また、そこで上がってきた自社の強みが、“主観的”な強みなのか“客観的”な強みなのかもきちんと理解しておくことで、ブランド形成がうまくいくと加えました。「3C分析」によるマーケティングリサーチを行ったうえで、採用競合に対してどう勝っていくのか、ターゲット別に戦略を立てていきましょう。

採用広報では常に“主語”を意識すること

これまで、企業から就活生に向けたコミュニケーションでは、「I」「We」の発信に重きを置かれてきました。しかし、求職者を増やすことだけを採用広報活動の目標にしてしまうと、就活生にとって魅力的な情報ばかりを発信することになり、結果として入社前の期待値が高くなりすぎて、入社後にそれらがすべてネガティブギャップになってしまう危険性があります。これとは反対に、外部からの評価が社内に跳ね返ってきて、社員のモチベーション形成に大いに寄与することもあるため、採用広報担当者は、社内と社外の関係性は非常に密であり、企業ブランドを左右する重要な要素であることを常に心得ておく必要があるのです。

大切なのは、求職者を増やすことではなく、自社が求めている人材に合う自社を主体的に選んでもらうことです。そのためにも、常に4つの主語を意識し、パブリック・リレーションズの構築と、企業ブランドを確立させることが、採用広報戦略のカギになってくるのではないでしょうか。


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