『ゴールデンカムイ』編集、宣伝担当者が語る! 話題を呼んだ最終回記念企画の裏側とヒット作の共通点とは

2022年7月19日に最終巻の発売を迎えた『ゴールデンカムイ』(野田サトル・著)。物語完結に向けたさまざまなキャンペーンや広告、イベントが展開されたことは、記憶に新しいのではないでしょうか。

今回は、作品の編集担当・大熊八甲さんと宣伝部・関恭輔さんにインタビューを実施。連載完結記念企画として話題を呼んだ、「THE SNOW COMIC」や「全話無料配信」がどのように実施に至ったのか。その背景に加え、変化する読者インサイトや、編集担当の大熊さんが考える『ゴールデンカムイ』ヒットのポイントについてお伺いしました。

株式会社集英社 週刊ヤングジャンプ編集部 大熊 八甲
入社から15年間、「週刊ヤングジャンプ」編集部で編集者として活躍。『となりのヤングジャンプ』『ウルトラジャンプ』『少年ジャンプ+』などに掲載される作品に幅広く携わっている。主な立ち上げ作品として、『ゴールデンカムイ』『ワンパンマン』『干物妹!うまるちゃん』『もののがたり』『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』などがある。
株式会社集英社 宣伝部雑誌宣伝課 関 恭輔
2016年入社。宣伝部に配属され、5年前から『となりのヤングジャンプ』『ヤンジャン!』アプリを含め、「週刊ヤングジャンプ」を総合的に担当。本誌やそれに関わるコミックスなどの宣伝を担っている。
インタビュアー
株式会社マテリアル 常谷 友梨絵
メディアや広告に関わる仕事がしたいという思いから株式会社マテリアルに入社。クリエイティブエージェンシーへの出向も経験し、現在はプランナーとして日用品や食品メーカーの企画プランニングを担当。『ゴールデンカムイ』の推しキャラは鯉登音之進。

話題を生む『ゴールデンカムイ』の施策に迫る

異例の“全話無料配信”はなぜ行われたのか

©野田サトル/集英社


常谷:『ゴールデンカムイ』連載完結に向けて行った、さまざまな施策が話題となっていた中、そのひとつとして、全話無料配信キャンペーン
を実施されていました。他に類を見ない取り組みだと思うのですが、このキャンペーン実施の背景について教えてください。

大熊最終回に向けた施策は、連載完結の号数が決まっていましたので、前もって検討していました。野田先生に合意いただいていたこともありますが、全話無料配信キャンペーンに踏み切った理由は大きく3つあります。

1つ目は「長期連載のデメリットを解決するため」です。長期連載のデメリットとは、連載開始当初と同じ面白さを提供していたとしても、読者さんの目が作品の面白さに慣れてしまうことです。また、人は、読むことが習慣化されてしまうと、どこかで習慣から離れる理由を探してしまうものだと思います。『ゴールデンカムイ』も長期連載ですから、例外ではなかったと思います。ですが、これは作品が面白くないから読者が離れていったわけではないですよね。逆に、きっかけさえあれば戻ってきてくれるのではないか、戻る理由を探しているのではないかと考えたのが、今回のキャンペーンを実施するベースになっています。

2つ目は「面白い作品であるという作者・作品への信頼があった」からです。『ゴールデンカムイ』には、「読んでくれさえすればもう一度読みたくなる」「読者さんが単行本を購入してくれる」という、信頼感がありました。また、過去に私自身が『となりのヤングジャンプ』で担当していた『ワンパンマン』という作品が、無料公開されているにも関わらず単行本が売れたのです。つまり“読めるのに買う”という読者さんの行動を目の当たりにしていたんですね。そういった経験もあり、『ゴールデンカムイ』も自信を持って無料配信に踏み切ることができました。

3つ目は「連載を追っている作者・キャラ・読者のみんなで一緒にゴールを迎えたい!という願いがあった」からです。私たちとしても野田先生としても、連載の完結を、関わっている人たち全員で“ライブ感”を持って迎えたいという願いがありました。消費速度が速い現代だからこそ、無料配信をすることで、より多くの方と一緒に「作品をリアルタイムで追う」という体験を提供したいと考え、最終的にこのキャンペーンの実施に至りました。

ただ、これらを踏まえてひとつ言いたいのは、このような「販促」で売れたのではなく、「作品が面白いから」売れた、が前提にくるということです。個人的には、“販促=面白さに気付いてもらうための入口”だと考えているので、野田先生が命を削って描いた『ゴールデンカムイ』の“面白さ販売部数”は、もっともっと上だと思いますね。

ストレートな“感謝”の訴求で反響を呼んだ「THE SNOW COMIC」

©野田サトル/集英社


常谷:同時期に実施されていた、交通広告「
THE SNOW COMIC」は、どのような背景で立ち上げられたのでしょうか。

最終話・最終巻というタイミングは、作者や読者の方々への感謝に加えて、これまで作品を読んでこなかった人たちに注目してもらえる機会でもあります。宣伝部としては、この注目度を最大化したいという思いがありました。代理店の方などにも色々とアイデアを出してもらう中で、「雪に絵を描くスノーアートはどうですか」とご提案いただいたんです。スノーアートは、実際に足で雪を踏みながら絵を描いていくという方法で作られているもので、パッと見のインパクトという面で未読者の方にも伝わりやすいなと思いました。

また何より、作品の舞台である北海道の雪原に「地道に一歩一歩踏みしめて形を作っていく」という制作過程と、「アシㇼパと杉元をはじめとした、キャラクターたちが歩んできた道程」とが重なって、読者の方々にストレートに伝わり、反響を生むのではと感じ、採用に至りました。

今までは、少し変わった方向で宣伝することも多かったんです。たとえば、『ゴールデンカムイ』を怪談風に語って紹介していただいてみたり、無料試し読みサイトをシェアしてくれた人に手編みセーターをプレゼントしたり。全く作品を知らない層にも届くように、あえて風変わりな企画を展開することもありました。ただ、今回の最終話・最終巻というタイミングでは、野田先生や舞台である北海道、アシㇼパ・杉元などのキャラクター、さらに読者の方々への感謝が素直に伝わる内容が相応しいと思いましたし、スノーアートはまさにそのすべてをクリアできるものでした。

あとは、なにより最終話の感動の邪魔をしたくなかったという思いが強いです(笑)。このタイミングで私たちがやるべきなのは、鋭く尖ったものを出すことではなく、手を添えることで感動が少しでもプラスになるようなものを出すことだと思い、「THE SNOW COMIC」が完成しました。

常谷:制作するうえで、こだわったポイントはどこになりますか。

この企画が動き出した段階で、映像は必ず撮ろうと決めていました。ビジュアルは主に駅広告で展開していたので、通行中に目にパッと入るだけでは、せっかくスノーアーティストの方が時間をかけて作ってくれたものなのに、最悪の場合CGなどで作成しているものと受け取られてしまう恐れもあるなと感じました。広告という都合上、ひとりひとりに説明することはできないので、地道に一歩一歩作成している過程を映像として見せることで、スノーアートの規模感、北海道の大地の広大さと、アシㇼパと杉元たちの歩みにも掛けているという意味合いが十分に伝わるのではないかと思いました。それを知った上で、改めて広告を見てもらえれば、こちらの意図も伝わりやすくなるという寸法です。

常谷:実際の反響はいかがでしたでしょうか。

野田先生を含め、さまざまな方から好意的なお言葉をいただきました。ストレートな訴求だったからこそ、このような反響をいただけたのではないかと思います。

常谷:今回の一連のキャンペーンや企画のような、「ファンに刺さる仕掛けを作る」ためには、「ファンを知る」ことが大切です。『ゴールデンカムイ』が持つファン層の分析などは、どのように行っていたのでしょうか。

大熊さまざまなメディアが増えたことにより、読者アンケート以外で感想や意見を見ることができるようになりました。特に、SNSや漫画を配信しているアプリ上でのコメントですね。それに振り回されることはありませんが、そういった情報はファン層を知る参考になります。あとは、書店の方や社内の販売部・宣伝部など、さまざまな箇所からひとつずつ集めた声をもとに、読者像を固めたりしています。

読者のインサイトはどう変化した?

生活者にウケるコンテンツの3つの特徴

常谷:『ワンパンマン』や『干物妹!うまるちゃん』など、さまざまなヒット作を手掛けられている大熊さんですが、ヒットする作品に共通点などはあるのでしょうか。

大熊ヒット作に共通している点をあえていうのであれば、作家さん、ご自身が思う「面白い」を信じ続けていること、それをどう伝えていくかを磨き続けられていることだと思います。作家さんの信じる「面白い」作品を受け取り、理解した上で読者さんにその「面白さ」を共感りやすく伝わりやすくするのが、我々編集者の仕事のひとつになってきます。

常谷:逆に、作品を受け取る側の読者のインサイトはどのように変化してきたとお考えでしょうか。

大熊無料のエンタメコンテンツがかなり増えたため、昔と比べて漫画に割いていただける時間やお金もかなり減少したのではないかと思います。あわせて、生活者一人ひとりにおいて、時間とお金の価値が相対的に上がっているようにも感じます。平成で普通だと言われていた事柄ですら、令和においては少し高い理想になっていることもありますよね。作品で例えると、『ONE PIECE』の主人公は「海賊王になる」ことが夢なのに対し、『チェンソーマン』の主人公は「普通の日常生活を送る」ことに憧れているというような変化でしょうか。加えて、デジタルタトゥーを含め、制裁が可視化される現代において、「損をしたくない、失敗したくない」という感情が先行する時代になっているとも思います。

こういった生活者の変化から、「①信頼性の高い作品(ヒット作者の作品・シリーズ続編)」「②付加価値が高い作品」「③話題・共通言語にしやすい作品(SNS等での話題作)」「④等身大の作品(目的が大きすぎない)」が、現代において受け入れられやすい作品の特徴かなと感じています。

一方で、いつの時代も変わらない普遍的な欲求があると思います。みんなが面白いと思うもの、欲求として持っているものは変わっていないと思うんですね。なので、まずはその根底をしっかりと捉え、時代に合わせたエッセンスも加えていく。その考えは今後も崩さずに取り入れていきたいです。

宣伝は“ツッコミシロ”と“クオリティ”で考える

左から、担当編集・大熊さん、宣伝部・関さん


常谷:読者の欲求を見つけ出して、そこを刺していくという考え方は、
PRにも通ずる部分だと感じました。そのような読者のインサイトを探すために、世の中の動きをリサーチしたり、何か工夫されていることなどはあるのでしょうか。

大熊読者のインサイトや時代の流れに関しては、つかめているかは別として常に意識せざるを得ないですね。私自身は、いたって普通の平均的感性だと思っているので、そういった意味では、作家さんに“読者リトマス試験紙”的な信頼はしていただいているのではと思います。あとは、関をはじめとした宣伝部との連携で、読者の傾向やインサイトを聞いたり、考えたり、チームで動いている部分が大きいです。

宣伝部としては、コンテンツに触れるきっかけをどう広げていくかという部分を担っているので、当たり前のことですがSNSでの反応は必ず念頭に置いています。その点でいうと、特にウェブでの宣伝企画をつくる際には、「分かりやすい“ツッコミシロ”」と「クオリティ」の2つをメインに考えることが多いです。SNSでは特に、“ツッコミシロ”がある方が話題にもなり、そのクオリティも拡散にモロに影響していくので。

ただ、何でもかんでもというわけではないと思っていて、たとえば今回の「THE SNOW COMIC」は、“クオリティ”は重視しましたが、“ツッコミシロ”は用意していない企画です。これは先述した通り、このタイミングでの宣伝は「読者の感情に寄り添ったもの」「作品の感動の最大化」であることが重要だと思ったので、あえてその部分は排除しました。若輩者ゆえ、いつも狙った通りとはいかないですが、そういう見極めは大切だと思っています。

≫後半『担当編集が考える「ゴールデンカムイ」ヒットのポイント』

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