相互理解を促しパラスポーツ=福祉という無意識な偏見を意識する。『PaRa Transformation』の挑戦

東京2020オリンピック・パラリンピックの開催を機に、かつてないほどの盛り上がりを見せたパラスポーツ業界。しかしその背景には、健常者スポーツに比べて競技の認知は低く、正しい情報の訴求が必要とされていた長い歴史がありました。

そんな中、株式会社電通PRコンサルティングは、10年以上に渡り、パラスポーツアスリートや競技団体と、メディアや企業との相互理解を図るため、『PaRa Transformation』という取り組みを行ってきました。今回は、PRアワードグランプリでゴールドを受賞した『PaRa Transformation』の実施背景から、具体的な活動内容、その取り組みがもたらした成果まで、同社のコーポレートコミュニケーション戦略局 サステナブル・トランスフォーメーションセンター部長 石井 裕太さんにお伺いしました。

株式会社電通PRコンサルティング
コーポレートコミュニケーション戦略局サステナブル・トランスフォーメーションセンター部長 石井
裕太
コミュニケーションビジネスで社会課題を解決したいという想いから、2001年に株式会社電通PRコンサルティング入社。スポーツジャンルを中心にさまざまな案件に携わる。2005年頃より、サステナビリティとダイバーシティの担当を担い、『PaRa Transformation』の活動にも注力。

「パラスポーツは福祉」という“無意識な偏見”の自覚を促す挑戦

パラアスリートの同僚に感銘を受けたひとりの社員から取り組みは生まれた

―はじめに、今回PRアワードグランプリでゴールドを受賞された、『PaRa Transformation』誕生の背景について教えてください。

きっかけは、いまから15年前の2007年に大日方(おびなた)邦子という現役のパラスポーツアスリート(以下、パラアスリート)が弊社に入社したことです。有志の社員で大日方が出場する障害者スポーツ大会に応援へ出向いたのですが、生まれて初めて観るパラアルペンスキーは、100~150キロで滑り下りてくる選手たちが本当にかっこよくて、自分の何百倍も人生エンジョイしているなと衝撃を受けました。正直、観る前に思い描いていた障害者スポーツに対する価値観が、180度変わりました。現在と違って、当時のパラスポーツに対する知識は私たちの中にも世の中にもなかったので、これをPRの力で普及させていきたいと考えました。

その中で、あるひとりの社員が発起人となり、パラスポーツを盛り上げていこうと活動を始めたのが、『PaRa Transformation』です。このプロジェクトは、大日方というスーパーヒューマンがいつつ、彼女に感銘を受けたひとりの同僚社員が、熱量を持って自主的に取り組み始めた活動なんです。

―パラスポーツの普及を目的とした活動とのことですが、実施するにあたり課題などはありましたか。

まず、マーケティングでパラスポーツ市場の拡大や、新しいマーケットをつくっていこうとチャレンジしたのですが、これがなかなかうまくいきませんでした。その理由のひとつとして、パラスポーツが世の中で「福祉」として捉えられている現状がありました。パラスポーツは、ボランティアをはじめとしたさまざまな支援で成り立ってきた長い歴史があったので、メディアも企業もそのイメージがこびり付いてしまっていたのです。

一方で、競技団体側にも情報を受発信する意識や体制が存在していませんでした。情報を提供できていないがために、いつまでもパラスポーツの認知が広まっていかないという状況だったのです。このような現状が、色々な人へのヒアリングやリサーチで明らかになり、これらの根本課題を解決するための仕組み作りに取り掛かりました。

メディアや企業と選手の相互理解を図る『パラスポーツメディアフォーラム』

―そこから、どのようにして『PaRa Transformation』を形にしていったのでしょうか。

メンバー集めの面でいうと、大日方の大会を観戦しに行ったり、一緒に仕事をする過程で、ヒアリングやリサーチの取り組みに共感した現業部門の社員が自主的に集うようになったんです。そして、まず会社の中でパラコミュニティが生まれました。決してインターナルコミュニケーションとしてトップダウンではじまったわけではなく、あくまで自発的に生まれたという点が、いまも熱量高く活動できているポイントなのではないかと思います。

そこから、2013年に東京2020オリンピック・パラリンピックの開催が決まり、周囲も一気に色めきだちました。これを機に、パラスポーツに対する意識が変化するかと思ったのですが、会話をしてみると出てくるのは、「やっぱりパラスポーツは福祉だからビジネスとしてはあんまりだよね」という声でした。期待通りの意見ではありませんでしたが、逆にマーケットの未熟さや競技団体・選手からの情報発信の現状など、自分たちが調査してきた仮説が実証された、いい機会になりましたね。

―仮説が証明されたわけですね。

そうですね。その次は、じゃあどうやってその課題を解決するのかという所なのですが、ここが中長期にわたるかなり地道な活動のはじまりでした。先述した、「パラスポーツは福祉」という、言わば“無意識な偏見”をメディアや企業のみならず、一部の競技団体の関係者自身が持っている中で、それを覆すには本質的かつ継続的な取り組みが必要だったのです。

そこで、私たちの事業を通して、持続可能な形で行うことができるものは何かと考え、生まれたのが『パラスポーツメディアフォーラム』です。このフォーラムは、日本パラスポーツ協会(JPSA)承認の下、パラスポーツやパラアスリートについてメディアや企業の理解を促進し、取材環境・支援環境を整備することを目的としています。つまり、選手とメディアや企業との相互理解を促すような、対話ができる場所を作ることが私たちの役目だと考えたんですね。

『パラスポーツメディアフォーラム』はどのような交流を生んだのか?

外部の意見を取り入れ策定されたテーマやプログラム

パラスポーツメディアフォーラムの様子


―『パラスポーツメディアフォーラム』はこれまで、どのようなテーマやプログラムで開催されてきたのでしょうか。

過去に行った内容だと、パラスポーツの基本的な知識を講演形式でお伝えすることはもちろん、いち競技に焦点を当て、競技の解説をしたり、コロナ前だと実演をしていただいたりしました。一貫して言えるのは、選手とメディア、企業の交流の場をしっかりと設けること、参加者が身体で競技を理解できること、そして質疑応答や対話の時間を作り、徹底的に相互理解を促すようなプログラムにすることです。

―なるほど。そのテーマやプログラムはどのように決められているのですか?

まず、さまざまな方へのヒアリングを通じてわかった年間の競技実施状況などを参考に、共同通信やNHKの記者と話し合いながら、プログラムの骨子を考えます。そして、そのベースをメディアの方などにあててみて、「この選手を呼んでほしい」「この時期だと、こっちのテーマの方がいい」などの意見をもらうんです。このように、プログラムを作るところから記者や企業の方に入ってもらっています。

たとえば、東京パラリンピックの知的障害の競技は、陸上と水泳と卓球の3つあるのですが、それぞれを独立のテーマとして開催する場合もあれば、テーマを「知的障害競技」として合同で開催することもありました。過去には、パラスポーツで新たなビジネスを起こしたテックカンパニーの経営者に登壇してもらったりもしましたし、その際は、経済部の記者や技術部の記者にも声をかけましたね。

また、『パラスポーツメディアフォーラム』の参加者には、毎回アンケートやヒアリングを行い、そちらもかなり参考にしています。次回以降のリクエストをいただくのですが、「この選手に試合前のコメントをいただきたい」だったり、「あの大会で活躍した選手についてもっと知りたい」だったり、実施に至ったものも多いと思います。徹底的に参加者を起点にした柔軟な対応が、肝なのではないかと感じますね。

本音で話し合うことが本当の相互理解につながる

―選手とメディアの相互理解を図る場として設けられた『パラスポーツメディアフォーラム』ですが、どのような交流が行われるのでしょうか。

たとえば、企業の人事担当者から、「うちの会社に進行性の障がいをもつ選手がいるのですが、競技を辞めた後も雇用を続けた方がいいのでしょうか?」というような質問がありました。それに対して、「いまは、進行性の障がいという一面しか見えていないと思いますが、障害に目を向けるのではなく、その選手がどんな能力に長けているのかをみるのはどうでしょうか?」というような意見がメディア側からあったりもしました。パラアスリートのこれまでの経験から、健常者には気づかない不便・不安・不満・不快などたくさんの「社会の不」を発見する力があったり、仕事をしながら大会で世界を飛び回るような行動力や人間力があるのだとしたら、現役を引退したら選手を手放すという発想には至らないですよね。さまざまな考え方があることを、しっかりと共有できればと思っています。

また、メディアの方だと、「これまでずっと健常者スポーツの記事しか書いたことがないため、パラアスリートの方にどうインタビューしていいかわからないです。重度の障がいでしゃべることができない方にはどうお話を聞くのでしょうか?」のような質問が、よく出てきますね。そこですごいなと感じたのは、選手側がすべての質問にフラットに答えてくれることです。私たちも「こんな質問していいんだろうか?」と感じてしまうものでも、全然大丈夫ですよと、気さくな態度で楽しく正しく教えてくれる。そういった選手の対応のおかげで、表面的ではない深い部分での理解に繋がったと思います。本当のより良い関係づくりは、お互いに本音で話し合わないと実現できないものなんだということを、パラアスリートの皆さんから教えてもらいましたね。

選手との交流の様子


―印象的だった交流はありますか?

先ほど例に挙げた、自分で話すことのできない重度の障がいを持つ、とある選手親子と記者との交流がとても印象に残っています。その選手には、生活でも競技でもずっとパートナーのお母さんがいて、「メディアのインタビューなどには母が答えます」という形を取っているんです。お母さんの言葉を、そのまま本人の言葉として使ってくださいというスタンスなんですね。健常者スポーツのインタビューだとあり得ない話だと思いますが、あくまでそれは固定概念であって、その選手、親子にとってはそれが当たり前なんです。その質問をしたメディアの方はベテランのスポーツ記者でしたが、回答を聞いて「なるほど」と納得されていましたね。

フォーラムでの交流を通じて、メディアや企業の方への気づきが多く生まれました。この選手の話もあくまで一例で、同じ質問に対しても選手一人ひとりの答えは変わってきます。ですが、障害の有無関係なく「この選手を知りたい」という気持ちを持って接していくことが、パラスポーツ業界を盛り上げる方法であり、取材や交流を増やすきっかけであり、その先にある雇用の促進に繋がっていくと思います。

フォーラムへの参加が組織の意識を変えていく

―実際にフォーラムに参加した方からはどのような反響がありましたか?

競技会場で、選手やフォーラムに参加いただいている記者やアナウンサーの方とお会いする機会が多いのですが、その際にお声がけいただいたりしますね。そこで情報交換したり、表では話せない「裏フォーラム」のようなぶっちゃけトークをしたりしていて、それが結構面白いです(笑)。そういった意味では、気軽に情報交換できる関係値を築けたのはすごく良かったです。

また別の広がりの一例をNHKアナウンサーから伺ったのですが、「パラアスリートは、障害という逆境を乗り越えたすごい存在なのだ」という固定した認識が、NHKの中でも無自覚に根付いていて、フォーラムを通じてその“無意識な偏見”に気が付いたそうなんです。そこから「NHKの中でどういう風にパラスポーツ・パラアスリートを捉えて報道していくべきなのか」というアナウンサー勉強がはじまり、それが他の民放にも広がるなど、横の繋がりも生まれたとおっしゃっていただきましたね。

社内外問わず行動変容をもたらした『PaRa Transformation』

―『PaRa Transformation』の一連の取り組みを通じて、どのような成果がありましたか。

一番の成果は、ステークホルダーであるメディアや企業、競技団体組織や選手の意識を変えることができたというところですね。福祉から競技へとパーセプションを変えることができた結果、記者が取材をしやすくなってパラスポーツに関する記事が増えたり、その記事をみた生活者の中で認知が高まったり。企業においては、障がい者雇用やアスリート雇用などの短期的な話ではなく、きちんと正社員として活躍してもらえるような制度や環境の整備が推進されたり。調査データを見ても、行動の変化までしっかりとつながっていると感じています。この7年間で計32回のフォーラムを開催し、延べ2,500人の方が参加するオープンなバーチャル記者クラブのようなパラコミュニティーもできました。

また、フォーラムの内容を動画や記事にして発信したことで、社内や電通グループ内の意識変容もありました。それも、「良い活動をしているな」ではなく、パラスポーツがいかに面白いか、課題は何か、そしてパラスポーツを通してクライアントの課題解決に紐づけることはできないかという、次の活動に繋がっていくような意識作りをすることができたんです。

―冒頭におっしゃっていた、ひとりの社員の熱量が活動を通じて社員にも伝わっているんですね。

そうですね。大日方に感銘を受けたひとりの社員が始めた、“ひとり起点”という部分がやはり私は大事だったと思います。ひとりの想いに対して、共感した人がひとりまたひとりと集っていく。そのひとりは経営者でもなければスター社員である必要もないですし、その想いや熱量が企業が目指している姿と合致しているものであれば、それを支援していく会社と社員の関係性が大切なんだなと、いま改めて感じますね。

―さいごに、今後どのようなチャレンジをされていきたいですか。

先述した、持続的で中長期的な取り組みは、まだまだ足りていないと思うので、その仕組み作りを強化していきたいですね。例えば、㈱電通と弊社で立ち上げた『一般社団法人パラスポーツ推進ネットワーク』を通じて競技団体を支援していくなど、普及発展活動の幅をまだまだ広げていきたいと思います。

また、この10年以上にわたる『PaRa Transformation』の活動で得た一番の学びは、「伝える」ことの重要性ではなく、すべてのひとに「伝わる」コミュニケーションを実現していくための思考と技術ではないかと思っています。これらの学びを生かして、あらゆる社会課題をアイデアとクリエイティビティで解決するPRそのものをアップデートしていきたいと思います。

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