ペルソナ作りからトライブ形成へ。いまトライブマーケティングに取り組むべき2つの理由

市場が成熟化し、生活者のニーズも多様化している現代のマーケティング活動では、ターゲットとなる顧客像を具体的に描いた「ペルソナ」が重要な指標として、商品企画やキャンペーン設計の拠り所とされてきました。しかし、現代の生活者のインサイトやライフスタイルは、もはや”ペルソナ”の枠にはハマらないほどに多様化しており、変化するスピードも速くなっています。

そんな中、新たなマーケティング手法として登場したのが、「トライブマーケティング」です。トライブはもともと“部族”や“種族”を意味する言葉ですが、この「トライブマーケティング」とは、これまでのマーケティング手法と何が異なり、どのようなポイントを押さえて取り組む必要があるのでしょうか?今回は「トライブマーケティング」の基本概念と実践方法について、図解を交えながらご紹介します。

トライブマーケティングとは

そもそもトライブとは何なのか

インターネットやソーシャルメディアが普及したことにより、これまでのように“ひとつの大きなテーマ”に対して全員が集まるのではなく、“特定の興味関心や趣味嗜好”に対して共通の価値観を持った人同士が集まり、一定の属性を有する横社会を形成するようになりました。この共通の価値観を持って繋がる小集団を、「トライブ」と呼びます。

今までのマーケティング活動では、「F1層(女性20歳〜34歳)」や「M2層(男性35歳〜49歳)」などのように、データに基づいて区分されたターゲットに対して、共通のワンメッセージやビッグアイデアを当てることで、消費活動が促進されてきました。しかし、この「トライブ」形成があちらこちらで行われるようになったことにより、消費者の購買意思決定の在り方や、情報の受け取られ方も大きく変化しています。

この変化に適応するため、「トライブ」を活用したマーケティングでは、ターゲット母集団を形成するトライブを言動や思考から分析し、人々の関心が何に向いているのかをひとつひとつ丁寧に発見していくことが求められます。この分析内容に基づいて、①トライブごとに適したコミュニケーションプランを設計・実行し、②最終的には全ターゲットに対して共通のコアコンセプトを届けることが、トライブマーケティングの大目的です。

ペルソナマーケティングとの違い

トライブと似た言葉に「ペルソナ」というものがあります。ペルソナとは、企業や商品のコアターゲットとなる架空の顧客像のことであり、氏名、年齢、居住地、職業、年齢、価値観やライフスタイル、さらには身体的特徴まで、まるで実在する人物かのように詳細に設定されます。この架空の顧客像を用いて、商品やサービスの企画を行う手法が、ペルソナマーケティングです。

実在する情報をもとに、特定のターゲットに向けてウケの良い商品やサービスを企画できる“マーケティング的メリット”や、関係者間でターゲットの認識を統一できる“社内的メリット”に関しては、トライブマーケティングとペルソナマーケティングで共通しています。しかし、この2つの手法の大きく異なるポイントは、ターゲットとするものが“理想の顧客像”であるか、“実在する集団”であるかという点にあります。

ペルソナマーケティングでは、既存顧客の情報やインタビュー、また調査データなど、実在する複数の情報を加味して、1人の理想の顧客像を創り上げます。つまり、一言で”ターゲットを具体化したもの”と言えます。

一方トライブマーケティングでは、実在する情報(=集団)そのものをターゲットとするため、”ターゲットをグルーピングしたもの”と言い換えることが出来ます。そのため、ペルソナのような理想の顧客像に該当する人をターゲットとするのではなく、特定の関心ごとに対して熱量の高い集団を、集団ごとターゲットとして取り込むのが、トライブマーケティングの特徴です。

★この章のポイント
①トライブとは、共通の価値観や趣味嗜好を持って繋がる小集団のこと
②ターゲットが多様化する今、トライブごとに適したコミュニケーション戦略が必要
③ペルソナ=ターゲットを具体化したもの、トライブ=ターゲットをグルーピングしたもの

いまトライブを意識すべき2つの理由

ここまでトライブマーケティングについて説明してきましたが、そもそもなぜいまマーケティング活動においてこの「トライブ」を意識すべきなのでしょうか?その理由について、「1億総メディア時代」「1億総自己主張時代」この2つのキーワードから紐解いていきます。

「1億総メディア時代」という社会背景

1つ目のキーワード「1億総メディア時代」は、令和時代における情報環境を表しています。生活者の多くがSNSを利用し、『note』などの個人ブログも発達している現代では、誰もが情報の発信力を持っています。

これまでは、テレビや新聞などのマスメディアから発信される情報が圧倒的影響力を持ち、1次情報として伝搬していました。しかし、「1億総メディア時代」の情報流通構造は複雑になり、情報の広まり方やスピードも多様化、時には個人の発言が大きな影響力を持つことさえあるように変化しました。

この「個人のメディア化」により、生活者にとってすべてのタッチポイントがメディアとなり、情報に触れる機会も自然と増加しました。しかし、タッチポイントが増えたからといって、人々が処理できる情報の量も増えたというわけではありません。1億総メディア時代の人々は、自分にとって必要な情報を自由に取捨選択できるのです。

そのため、生活者に対して情報を届ける者は、それらのタッチポイントごとの攻略方法を体得する必要があります。以前までは、マスコミュニケーションだけでターゲットに対して一斉に情報を届けることができましたが、現代の生活者は情報に接触するシーンがそれぞれ異なるだけでなく、”自分に関係がある”と思った情報のみを取捨選択しているため、これまでのような単一的なメディア戦略のみでは情報を届けることが難しいと言えます。

そのため、トライブごとの言動や思考の傾向に加えて、関心ごとやメディアとの接触ポイントを分析・把握することにより、それぞれのトライブごとに適したコミュニケーション戦略を立てる必要があるのです。

「1億総自己主張時代」という社会風潮

2つ目のキーワード「1億総自己主張時代」は、令和時代における生活者の生態を表しています。

これまでの日本社会は、多数派に属することを正義とされ、協調性重視による「右にならえ」の風潮が強く、生活者が享受するカルチャーやトレンドも画一的であることが多くなっていました。

しかし、誰もが情報を発信できる機会を持ち、匿名性の高いTwitterが普及したことも起因して、ここ数年で権利、価値観、趣味など、たくさんの個や多様性を人々が自由に主張できる時代へと変化しました。例として、「LGBT」に関する話題や議論が大幅に増加したことや、海外でセクハラ被害を訴えるために始まった「#MeToo」運動、またそこから派生して、日本の職場で女性がハイヒールおよびパンプスの着用を義務づけられていることに抗議した「#KuToo」運動など、ソーシャルムーブメントが多く発生したことが挙げられます。

このように、もともと人々の心の中に眠っていたものを自由に主張でき、多様性が受け入れられる時代では、生活者もより自分の本心に忠実になりました。自分が本当に良いと思ったものや、共感できるものだけにリアクションする生活者を動かすためには、個々の生活者(=トライブ)が抱える願望や本音を深くリサーチした上で、メッセージやコンセプトの設計を行っていかなければならないのです。

★この章のポイント
①1億総メディア時代の生活者は、様々なタッチポイントの中から必要な情報だけを取捨選択している
②1億総自己主張時代の生活者は、個性や本音を自由に主張できる
③以上の理由から、情報発信する際にはトライブごとの特徴を押さえる必要がある

トライブマーケティングの実践方法

トライブを意識することの重要性がわかったところで、トライブマーケティングの実践方法を「①誰に」「②何を」「③どのように」の3段階でご紹介します。

①「誰に」:ターゲットとなるトライブを抽出する

まずは、トライブ抽出の核となる「コアターゲット」を選定します。例えば、”自宅で出来るオンライントレーニング”を提供するフィットネスサービスの場合、コアターゲットを”運動したいけどジム通いができない全ての女性”と設定します。

次に、運動したいけどジム通いができない人々の中には、どのようなタイムスケジュールで生活を送り、どのような理由でジムに通えない人がいるのか、そのライフスタイルやインサイトまでを細かく見ていきます。

”運動したいけどジム通いができない女性”の中には、出不精でインドアな趣味を持っている人や、育児で子供を置いて外出できないものの、母親になっても若々しくいたい人、また丁寧な暮らしを心掛けていて、家の近くにジムがない人など、様々なトライブが存在しているはずです。

前章でご紹介したように、「1億総メディア時代」と「1億総自己主張時代」である現代では、SNS上にたくさんの人の主張や本音が蓄積されています。そのため、ソーシャルリスニングなどを利用して、”言い方は違うけど、言っていることは同じ”ものをグルーピングしていくことで、ターゲットとなりうるトライブを抽出することができます。

②「何を」:トライブごとのコミュニケーション内容を考える

ターゲットとなりうるトライブを整理することができたら、次はそのトライブに属する人々にはどのようなメッセージやキャンペーンが刺さるか、深く分析しながらトライブごとのコミュニケーション内容を考えます。

はじめに、その企画でいちばん伝えたいメッセージ=コアコンセプトを設定し、コミュニケーションのベースとします。続いて、設定したコアコンセプトをもとに、各トライブの分析結果に合わせて複数のメッセージを用意します。ここでは、いかに情報の広がり方を思い描き、”このトライブにはこんなリアクションをして欲しい”という相手の反応から逆算してメッセージを考えられるかがポイントになります。

1億総メディア時代と言われるように、私たちの身の回りは常に情報で溢れています。それらの情報に埋もれることなく、ターゲットにメッセージを届けるためには、「このトライブなら、この議題に対してこう反応するのではないか?」「このトライブなら、このメッセージにこう共感してくれるのではないか?」などと、トライブをダイレクトに動かすことを意識してコミュニケーション設計を行うことが重要です。

そうしてメッセージを受け取ったトライブが自発的に情報を発信することにより、トライブの内から外へ、つまりコアターゲットから潜在ターゲットへと、情報が広がっていくことが期待できます。

③「どのように」:全体のコミュニケーション戦略を組み立てる

最後に、これらのトライブに対してはいつのタイミングで、何を媒体として情報を届けることがベストであるか、全体の実行プランを組み立てていきます。

例えば、厚着で露出が少ない冬よりも、薄着になってより体型がわかりやすくなる春のほうが、”ジムに通いたいけど通えない”女性たちのニーズが高まっている可能性が高いと言えます。さらに、”育児で子供を置いて外出できないものの、母親になっても若々しくいたいトライブ”に「SNS映えする写真を撮りたい」というインサイトがあった場合、海やプールなどの施設がオープンするタイミングでコミュニケーションを行うことで、より多くのリアクションを得ることが出来るかもしれません。

このように、サービスと親和性のあるタイミングと、トライブが反応しやすいタイミングの両軸で考えると、より効果的にメッセージを届けることができるでしょう。

また、「いつ」に加えて、「どのように」も重要な要素のひとつです。情報を受け取る場面はトライブによって様々です。そのトライブが普段どこで情報に接触しているかを細かく分析することで、どの媒体やメディアでコミュニケーションを取るべきかという道筋が見えてくるはずです。

この①~③の流れをまとめると、ターゲット母集団を形成するトライブをひとつひとつ確実に捉えるために、トライブごとに特化したメッセージを用意し、最終的にターゲット母集団全体に共通のコアコンセプトを届けるイメージです。骨の折れる作業のようですが、「1億総メディア時代」かつ「1億総自己主張時代」の生活者の意識変容・行動変容を促すには、トライブごとに特化したコミュニケーション戦略が欠かせないものとなっていくでしょう。

★この章のポイント
①トライブを抽出・分析する際は、ライフスタイルやインサイトまで細かく見ていく
②コミュニケーション内容を考える際は、相手のリアクションや情報の広がり方から逆算する
③全体の戦略を考える際は、最もトライブに影響を与えやすいタイミングと手段を意識する

トライブをダイレクトに動かすマーケティング活動

情報との接触機会が増えたことにより、逆にターゲットに情報をリーチさせることが難しくなった令和時代では、もはや数値的なデータのみでターゲットを括ることはできません。例えば、これまで「F1層に該当する20~34歳の女性」をターゲットとして捉えていたとしても、商材が持つ価値によっては、潜在顧客となりうる人が「F1層の女性」に該当しないところにいるかもしれないのが、今の時代の生活者なのです。

このように潜在顧客の幅を狭めてしまわないためにも、これからは世代や性別で一括りにするのではなく、ターゲットとなりうる人々の興味関心ごとや情報との接触ポイントを徹底的に分析し、トライブとして認識することが大切であると言えます。

また、トライブマーケティングは決して「小さな市場」や「ニッチな商材」などピンポイントのターゲットを狙うマーケティング手法ではありません。狙う市場がどれだけ大きかったとしても、ターゲット母集団を形成するトライブのひとつひとつを詳細に分析し、それぞれに適した方法でコミュニケーションを設計することで、トライブが能動的に動き出し、情報が集団の内から外へと広がっていきます。

その際に、この記事でご紹介した「誰に」「何を」「どうやって」の順序で、ひとつひとつのトライブを確実に捉えるコミュニケーション戦略を立てることができれば、よりエンゲージの高い企画を設計することができるかもしれません。

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