PRという言葉は、非常に広義で曖昧なもの。しかし、企業やブランドからの一方的な情報発信ではなく、双方向のコミュニケーションや関係構築を生む「PR」の考え方が重要視されてきているのもまた事実です。世間を動かす企画を生み出しているクリエイターたちは、それぞれPRに対してどのような解釈を持ち、そのPR発想をどのように企画に落とし込んでいるのでしょうか?
本記事は、先日の7月19日にアーク森ビルHills Clubにて行われたイベント、『社会を動かすクリエイティブはPR発想から生まれる!PRとクリエイティブの理想的な関係~PR GENIC MEETING#1~』のレポートとして、電通クリエーティブ局の中川 リョウ氏と、マテリアルExecutiveStorytellerの関 航氏の2名が考える「PR発想」についてご紹介します。
CONTENTS
”PRアーキテクト”という仕事
第1部で登壇したのは、世界最大広告フェスティバル『カンヌライオンズ』のU30向けプログラム、通称ヤングカンヌの2017年PR部門日本代表を務め、2019年は『ヤングクリエーティブアカデミー』に日本人として初めてセレクションされ参加した、電通第5クリエーティブプランニング局コピーライター・PRアーキテクストの中川リョウ氏。
聞き慣れない肩書の”PRアーキテクト”は中川氏オリジナルの肩書で、自身の役割を「PRを中心に企画設計し、制作する人」と解説。つまり”PRアーキテクト”とは、例えるならば建築家や大工の頭領ような仕事であり、キャンペーンの目的を定めたうえで、デザインと構造を設計し、それを実際に”建てる”ところまで責任をもって実現していく仕事だという。
PRと広告の垣根は溶けてなくなる
中川氏は今回のイベントの目的意識として、「PRとクリエーティブは融合するともっと強くなるんじゃないかと思っている」と述べた上で、パブリックリレーションズとアドバタイズメントの関係性について供述。
一般的なPRと広告の違いを調べると、「メディアにお金を払ったか」「自分から言うか人から言わせるか」などと書かれていますが、かの有名なゴディバの『日本は、義理チョコをやめよう。』や、Yahoo!ジャパンの『ちょうどこの高さ。』など世間をざわつかせた広告物を例に挙げて、これらは本当にただの広告であり、PRとは言わないのだろうか?と疑問提示を行いました。
”PR発想”というのは、つまり”世の中発想”。メディアを買ったか買わないかではなく、これをやったときに世の中がどう動くかを考えることこそが、中川氏の考えるこれからの”パブリックリレーションズ”です。それは今年のカンヌライオンズの受賞事例にも表れており、中川氏が他部門の受賞作品を見ている中でも、「これPRじゃないの?」と思うのものがいっぱいあったそう。
例えば、SNSの普及により、誹謗中傷などのネットトラブルが社会問題になっている現状を受けて、ブランドや著名人がこれまでにSNS上で受けてきた批判コメントをデザインに落とし込んだ、DIESELの『HA(U)TE COUTURE(ヘイトクチュール)』がそのひとつです。
少し前のカンヌライオンズで”なんでもデジタル時代”になってサイバー部門が分解されたように、その次には”なんでもPR時代”が到来して、いずれはカンヌライオンズからPR部門無くなるのではないか。またこのように”PR”という考え方が一般化してきているとして、パブリックリレーションズとアドバタイズメントの垣根は溶けてなくなるのではないかと、今後のPRと広告の関係性について見解を加えました。
PRは合気道的な考え方でつくる
今年のカンヌライオンズの受賞作品を5つ紹介した後、これらの作品に共通する考え方として、「PR発想のものは、世の中がこうだからこういうアクションをとる、っていうものが多いと思っている」と供述。そこから、自身のPR企画は全て「こうだからこうする」の構造でつくられており、PRは合気道に近いものだと加えました。
無理やり新たな何かを生み出したりしようとするのではなく、いま世の中で起こっている出来事や世論の力を活かしながら、それをどう増幅させて相手の流れに返していくか。「こうだからこうする」という構造の企画を、合気道的な考え方でつくるのが良いのではないか、と自身のPR発想を企画に落とし込む考え方について解説しました。
3秒でわかるPR企画の構造
中川氏は、難関であるヤングカンヌの出場を目指していた当時、数年分のカンヌライオンズ受賞作品をひたすら研究し、PRについて猛勉強していたそう。数週間かけて受賞作品をディープランニングした結果から、”3秒でわかるPR企画の構造”として導き出した答えを、図を用いて紹介しました。
企画作りの対象となる”ある事象”があったとします。はじめに、世の中の常識や偏見など人々が左から見ているものに対して、どの別の方向からスポットライトを当てるといいかを考えます。次に、スポットライトを当てたところの中からファクトを探す、もしくはその中でファクトを作ります。このスポットライトの当てた範囲の中で探すのがポイントです。最後にそのファクトに基づいて、コンセプトやアイデアを作ります。その結果、人々がこれまで持っていた認識から、新たにスポットを当てたほうにパーセプションチェンジをさせることができると、PR発想を企画に落とし込む極意について解説しました。
このスポットライトを当てる方向は、施策全体の戦略にも関わる重要な部分になるため、方針を決めた上で定めなければなりません。既に認識されている方向の中でファクトを探すと、どうしてもそれが恐怖訴求になってしまったり、何かを否定するような企画になってしまったりしやすいため、まだ人々が認識していない別の方向からライトを当てて、その中で話題作りに欠かせない強いファクトを探す点がポイントと加えました。
PRの企画は全て「こうだからこう」
先述したように、中川氏のPRの基本は「こうだからこうする」。そのため、最近中川氏は「こうだからこうする」で説明できる企画のみ、クライアントに提案しているそう。その事例として、中川氏自身が手掛け、グッドデザイン賞やPRアワードグランプリ、TCC新人賞など複数の賞を獲得した『求人米 あととりむすこ』を紹介しました。
群馬で美味しいお米を作っているある農家の方が、後継者がおらず困っているという話を聞き、「後継者のいないお米だから、お米自体を求人広告にする」という企画を提案。『求人米 あととりむすこ』という新しいお米のブランドを立ち上げました。購入した人は、農家の方に直接農業体験を教えてもらい、稲刈りと田植えを一緒に体験できるだけでなく、そのまま農家に弟子入りできるという仕組みを作った事例です。
別方向から当てたスポットライトの中から強いファクトを見出し、そのファクトに基づいて「こうだから、こうする」の考え方で施策をつくる。これが中川氏の企画づくりにおけるポイントであり、この他にも中川氏が最近手掛けたUCC『TOKYO 1-1-1 CAFE』は「1ST抽出になったから、街中の1番を抽出しました」、SUNTORY『おストゼロさま』は「一日の終わりに飲むものだから、疲れた人が集まる場所に広告を出しました」、FORBES『筋肉時報』は「24時間フィットネスだから、マッチョによる時報をつくりました」など、すべて同様の構造でつくられているものでした。
この考え方で企画を作ると、その取り組みが記事としてメディアに出たときに、「こうだから」の部分が、ブランドや商品がそのコミュニケーションを行っているReason Whyになることで、訴求ポイントが伝わりやすい設計になります。カンヌライオンズの受賞作品をディープラーニングした結果から中川氏が導き出した、”PR発想でつくられる企画構造”の公式に当てはめて考えることで、より社会に大きな影響を与えるクリエイティブを生み出すことができるかもしれません。
PRとは意図してリアクションを得ること
第2部で登壇したのは、マテリアルExecutiveStorytellerの関 航氏。学生時代にレッドブルのインターンでブランド論やマーケティング論を学んだ関氏は、2社目のPR会社であるマテリアルで、新たにプランニングセクションを立ち上げ、ストーリーテリングの概念を確立。カンヌライオンズをはじめ、これまで国内外の100以上のアワードを受賞し、最近では「パンテーン」の『#HairWeGo』キャンペーンの設計や、SNSで話題の入浴剤「BARTH」のマーケティング戦略を手掛けています。
関氏は、ブランドと社会がどのように手を握れることがベストであるかを考え、理想通りに手を握るためのストーリー設計を行い、ローンチ後も社会からのリアクションをコントロールし続けることこそが”PRの本質”であると、自身が目指したいPRのあり方について説明。これはプロモーションや宣伝に限った話ではなく、経営や事業と社会の関係性構築、また資金のないスタートアップ企業がサービスをブレイクさせる方法など、企業マーケティングにも大きく関わる話であり、”マーケティング戦略とPRの関わり方”が、自身のここ数年のテーマであると話しました。
PRのKPI=マーケティングの目標設定
本セミナーはエージェンシーの方のみならず、事業主の方も多く参加されていたことから、「PR発想」の話に入る前に、企画立案の前提となる”マーケティングのKPI”をきちんと設定することの重要性について説きました。
PR活動では、広告換算値やメディア露出数がKPIとして掲げられることが多いですが、それでは本質的な課題解決にはなりません。そもそもなぜPR活動を行うのか、何をビジネス的に解決すべきなのかという、”マーケティングの目標設定”そのものにフォーカスを当て、その目的を土台として「それではその課題を解決するには、ターゲットのパーセプションをどのように変動させなければならないのか」という具体的な施策の部分を考える必要があります。
”ストーリーテラー”という脚本家の仕事
続いて関氏は、自身の肩書である”ExecutiveStoryteller”について、「ブランドと社会が手を握るまでのストーリーを自走させる脚本家」と言葉の意味を解説。このストーリーテラーの仕事は、企画の構造を整理するところから始まります。
はじめに活動の前提として、そのブランドはビジネスとして何を達成すべきなのか、という”マーケティングのKPI”を設定。次に、そのKPIに対して活動していく上で、ブランドとそのターゲットとなる生活者、またそれらを取り巻く社会、メディア、流通など、リアクションを求める全てのステークホルダーをどう結び付けていくかを考えます。
このように構造整理を行った後、プロジェクトをローンチすることになりますが、ここで満足して終わってはなりません。最終的に望ましい結果に行きつくまで、ローンチ後に起こりうる想定外のシナリオも計算に入れながら、ブランドと社会のコミュニケーションをコントロールし続けます。
この手順で、最初に定めたマーケティングのKPIを土台に、KPIを達成するまでの全ての行程をひとつのストーリーとして描くこと。そして実施後も、目指すゴールに行きつくまで導き続けること。この一連の流れを描いたものこそが、関氏の言う”脚本”であり、「企画書ではなく、社会を舞台にした脚本を描けるか」が企画作りのポイントであると説明しました。
PR発想ではなくパブリックリレーションズ発想
続けて関氏は、「僕自身PRという言葉が嫌いなんです」と供述。会場をどよめかせた後に、そのアイデアが”PR発想か否か”ではなく、”パブリックリレーションズ発想か否か”を考えることが重要と加えました。
関氏が「PR」という言葉を嫌う理由は、その広義性にあります。本来PRはPublic Relations(=公共的な関係性)という意味の言葉ですが、日本では記事広告やインフルエンサーの投稿に「PR」という文字が使われたり、KPIが”バズ”や”メディア露出”に限った話になってしまったりで、PRという言葉が持つ本来の意味が損なわれかけています。
この誤認によって、打ち合わせの場や企画提案の場でも間違った捉え方をされ、本来伝えたい企画意図を汲み取ってもらえないなど、言葉に邪魔されてしまうことがあるそう。そのため、極力「PR」よりも「パブリックリレーションズ」という言葉を使いたいと本音をこぼしました。
PRの企画は社会を舞台にした”脚本”を作ること
さいごに関氏は、物語の舞台(=社会)において、主人公(=ブランド)が様々な登場人物(=ステークホルダー)とどう関係性を構築し、最終的に主人公(ブランド)をヒーローにするためには、どんなエンディング(=目的達成)を迎えることができるのか。そこまでを想定した脚本を作成し、クライアントをパートナー(共犯者)として巻き込むことができて初めて、スタートラインに立てると説明。企画を作成・提案しただけで、世の中が動く時代は終わったことを示しました。
2人が考える”PR発想”の共通点
関氏の講演後は、参加者の方々からの質疑応答を実施。この会全体を通じて、”PRアーキテクト”である中川氏と、”ストーリーテラー”である関氏が考える「PR発想」には、それぞれ異なる立場でありながらも、以下の共通点があることが明らかになりました。
2人が考える”PR発想”の共通点 PRの企画は、 ✓世の中の時流を汲み取ってつくる世の中発想。 ✓欲しいリアクションから逆算してつくる逆算発想。 |
ひとつ目の共通点は、PRは世の中の時流を汲み取って企画をつくるべきという考え方。ブランドが伝えたいメッセージや世界観を表現することは、広告クリエイティブを創る上では欠かせない要素ですが、世の中の時流を考慮せず、企業目線やクリエイター目線のみで創られたクリエイティブは、登壇者の2人が考えるPR発想とは言えません。
中川氏が繰り返し伝えた「世の中がこうだからこうする」の公式は、関氏が手掛けたパンテーンの『#HairWeGo』のキャンペーンにも当てはめることができるように、世の中やターゲットの行動変容を促すためには欠かせない考え方です。そのため、PR発想に基づいたクリエイティブを作るためには、アイデア力やデザイン力だけでなく、世の中の動きと生活者のインサイトを正しく汲み取る嗅覚を鍛える必要があります。
ふたつ目の共通点は、これをやったときに世の中がどう動くことが理想で、そのためにはどうしたら良いか、逆算して企画をつくるべきという考え方。お金をかければ、様々な場所に広告を出すことができますし、旬な芸能人を起用して様々なメディア露出を獲得することができるかもしれませんが、これだけではPR発想でつくられた企画とは言えません。
中川氏の言う「スポットライトを当てる方向」を考えることや、関氏の言う「ブランドと社会がどのように手を握れることが理想か」を考えることは、意図して生活者のパーセプションチェンジを起こすための逆算の発想に基づきます。生活者のリアクションは非常にアンコントローラブルである中でも、PRでは狙い通りの結果を出すにはどうしたら良いかを、いかに計算して企画に落とし込めるかが重要です。
PRとクリエイティブの理想の関係性
この会のテーマである”PRとクリエイティブの理想の関係性”には、明確な正解はありません。しかし中川氏と関氏の講演から、「”世の中にリアクションさせること”や”社会を動かすこと”を目的に、世の中の時流を汲み取って、それをクリエイティブに落とし込むこと」こそが、PRとクリエイティブの理想の関係であると、ひとつの解を導き出すことができたのではないでしょうか。
クリエイティブのパワーで社会を動かしたい際には、最前線で活躍する2名の考え方を参考にしつつ、自分なりの公式や考え方を言語化してみると良いかもしれません。
登壇者プロフィール
中川 リョウ
電通第5クリエーティブプランニング局
コピーライター/PRアーキテクト
1988年生まれ。幼少をエジプトとドイツで過ごす。慶應大学卒業後、インドでフォトジャーナリズムを勉強。Red Bull Japan、 Wieden + Kennedy TOKYOでのインターン後、電通入社。プロモーション局、営業局を経てクリエーティブ局へ。PR視点で企画制作を行う。2017年ヤングカンヌPR部門日本代表、2018年ヤングスパイクスPR部門日本代表・本戦金賞、2018年TCC新人賞。
SEKI WATARU
株式会社マテリアル
GM/Executive Storyteller
1991年生まれ。Red Bull Japanでのインターン、同志社大学の卒業を経て、PR会社に入社するものの、更なる成長速度を求め新卒1年目でマテリアルに転職し、直後に新たなプランニングセクションを設立。その後カンヌライオンズをはじめ、現在国内外100以上のアワードを受賞。ブランドと社会が手を握るストーリー設計を得意とし、経営と社会、事業と社会の関係における思考実験が、自身にとってここ数年のテーマ。最近は「PANTENE」の『#HairWeGo』キャンペーンの設計や、SNSで話題の入浴剤「BARTH」のマーケティング戦略を手掛けている。
1995年生まれ大阪育ち。2018年同志社大学卒業後、株式会社マテリアルに新卒入社。1年目でウェブメディア『PR GENIC』を立ち上げ、記事の執筆と編集全般や、セミナーの企画など、コンテンツ作りを幅広く担当。半年間ハウスメーカーのマーケティング部への出向も経験。現在はオープンイノベーション支援に従事しつつ、外部アドバイザーとして編集のサポートを行っている。