「ミッション、ビジョンを、言葉遊びに終わらせない」――。株式会社サンマルクホールディングスで広報を担う渡辺千晃さんは、企業理念の再構築に向け、強い決意を示します。2018年から2019年にかけての経営体制の大きな転換を機に、同社は創業以来の理念「私たちはお客様にとって最高のひとときを創造します。」を、いかに次世代へ引き継ぐかという課題と直面しました。その答えとして2024年に始動したのが、全従業員を巻き込んだミッション・ビジョンの再構築プロジェクトです。
サンマルクホールディングスでは、理念の継承と刷新をいかにして両立させ、全社的なコミュニケーション改革を推進しているのでしょうか。同社の新たな挑戦に迫ります。
| 株式会社サンマルクホールディングス 執行役員 コーポレートコミュニケーション室長 渡辺 千晃 総合化学メーカーに入社後、ヘルスケア業界を中心とした新規事業の営業企画・事業開発に従事。社内公募制度を活用し、2006年よりブランディング、株主総会運営、広報・メディア対応、ショールーム運営、宣伝・協賛事業、M&A後のPMIと、全方位的にコミュニケーション業務に関わる。その一方で、英国国立アングリア・ラスキン大学においてMBA(経営管理学修士)を取得しマーケティングコミュニケーションを、Jリーグが立ち上げた公益財団法人スポーツヒューマンキャピタルにおいてエンゲージメント強化手法を学ぶ。2024年より経営企画室 広報IR 担当執行役員として入社。2025年12月より現職。現在、企業理念の再構築およびその浸透策の策定、メディアリレーション・広報体制の構築、各種宣伝手法(広告・デジタルPRなど)整備などコミュニケーション全般を統括。 |
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転換点を経てサンマルクHDが挑む、次世代への“想いの継承”

—あらためて、サンマルクホールディングスの事業内容についてお聞かせください。
当グループは、『ベーカリーレストランサンマルク』や『サンマルクカフェ』、『鎌倉パスタ』など、25以上の飲食店ブランドを手がける企業グループです。1989年に岡山でベーカリーレストランサンマルクを開店して以来、さまざまな飲食ブランドの開発と展開に取り組んできました。
洋食からカフェ、和食、中華料理に至るまで、多岐にわたるブランドの根底に共通して流れているのが、「私たちはお客様にとって最高のひとときを創造します。」という経営理念です。この理念は、祖業であるベーカリーレストランサンマルクのコンセプトをもとに作られたもの。ベーカリーレストランサンマルクでは、多くの方が気軽に訪れやすい価格帯ながらも、ホテルのような空間で最高のおもてなしを提供し、お客さまに食事を楽しんでいただくことを大切にしています。私たちは創業時から、「理念に基づいた体験を売ること」を軸として、事業を構築・展開してきました。この点は、当グループの特徴のひとつです。
—2018年から2019年にかけて、貴社は大きな転機を迎えられたそうですね。
圧倒的な熱量と発信力で、当グループの“羅針盤”として経営を前に進めてきた創業社長の片山直之が、2018年8月に病気でこの世を去りました。その後、2022年に藤川祐樹が代表に就任。新体制のもとで、さらなる成長を目指して事業を展開しています。
新体制へと移行した際、課題となったのが、片山が創業時から大切にしてきた想いやビジョンを、いかに次世代へ継承していくかということでした。そこで2024年、藤川のかけ声をもとに、理念浸透を目指した新たなコミュニケーション体制がスタート。化学メーカーでブランディングなどをおこなってきた私と、現場で店長や複数店舗のマネジメントなどを担ってきた飯田がホールディングスの広報担当として着任し、現在はミッション、ビジョン、バリュー(MVV)のリニューアルプロジェクトを推進しています。
従業員の「自分ゴト化」から始まる変革。MVV策定~社内外浸透の挑戦
MVVは「言葉遊びにしない」。ポイントは現場に根付き社会に広がる行動変革を目指すこと

—MVVのリニューアルプロジェクトでは、具体的にどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。
2025年5月頃まで、経営陣でグループ全体の理念を再度言語化する作業に取り組んできました。これまでは企業理念と経営方針、行動指針に基づいて事業を展開してきましたが、それを社会や事業環境の変化に合わせて昇華する形で、ミッションとビジョンの2つを新たに策定する形へと再定義しました。また、バリューに関しては、当社の場合、経営陣が「価値観は会社や従業員の行動から自然とにじみ出てくるもの」と考えているため、実験的にバリューの策定は、ミッション・ビジョン浸透の過程において、各社員が自分自身のバリューを考えていただき、それをまとめる形で帰納的手法で価値観としてまとめていく予定をしております。
MVの再構築にあたって大切にしているのは、「言葉遊びにしない」ということです。MVの策定は、ともすると、美しく格好いい言葉の選定に終始してしまいやすいもの。しかし、それでは、肝心の「企業としての考え方や姿勢」が社内外に浸透していきません。従業員やお客さまに当グループの想いがしっかりと伝わるよう、平易な言葉で表現し、時代に即したビジョンを描く必要があります。そして、それをもとにミッションを再定義することとしました。
プロジェクトとしてはまだ道半ばですが、片山の想いや考え方は、すでに各ブランドの従業員にかなり浸透しており、MVのリニューアルとその浸透については、比較的早期に達成できるのではないかと期待しています。ただ、創業社長の想いをこれからも永続的に受け継いでいくためには、理念を言語化し、共有する仕組みづくりが必要です。だからこそ現在、当グループではMVの再構築に力を入れているのです。
MV浸透は「トップダウン×ボトムアップ」で。現場の主体性を引き出す施策設計

渡辺 千晃さん
—MVを現場に浸透させていくために、現在計画している施策などはありますか?
前職での経験から、現場への理念浸透は、一筋縄ではいかないことを身に染みて理解しています。そのため、MVのリニューアル後は、トップダウンとボトムアップの両軸で浸透施策をおこなっていく計画です。
トップダウンの施策としては、経営陣が策定したグループ全体のMVをもとに、各ブランドや店舗のマネージャー層に、それぞれの現場に即したMVを策定してもらうことを考えています。その後、現場の正社員・アルバイト・パートスタッフ一人ひとりに、「MVを自分ゴトとして捉え、具体的な行動目標」を立ててもらう計画です。設定した目標に対しては、定量的な評価もおこなうことを予定しています。とはいえ、「評価」と言うと現場のスタッフにとっては強制的なニュアンスが生じ、設定した目標に“やらされている感”が出てしまうため、「自分が宣言した目標に対して責任を持つ」という文脈づくりも意識したいと思っています。
—ボトムアップの取り組みについては、どのようなことを考えているのでしょうか。
ボトムアップの施策に関しては、既存の取り組みがすでに上手く機能しているように感じるため、それを強化するつもりです。具体的には、毎年2月に開催している、社員総会での接客事例の共有や、ロールプレイングを今後も続けていきたいと思っています。特に、事例共有やロールプレイングは、社員総会だけでなく、各店舗で日常的におこなっても効果的な施策だと感じています。人材開発の担当者と連携をとりながら、内容をさらに深めていければと構想しているところです。
—生活者や採用候補者など、社外へのコミュニケーションの部分に関して、理念に基づいた取り組みをおこなう計画はありますか?
社外への理念浸透も見据え、ショートムービーを制作する予定です。“理念を体現し、お客さまに最高のひとときを創造している姿”を映し出したショートムービーの撮影が完了し、まもなく公開できるところまで来ています。
完成した映像は、公式YouTubeチャンネルなどで流すほか、採用広報でも活用していく計画です。昨今は、さまざまな情報を映像から得る人も増えていますから、ショートムービーをきっかけに、当グループの考え方や想いを、広く世の中に伝えていければと考えています。
加えて、来年5月に京都本部を創設し、本社機能の主要部分を移転するため、京都の方々とのエンゲージメント強化も鑑みて、京都芸術大学の学生さんにご協力いただき、イラストマップという手法を用いて、理念を可視化し、感性に訴えかけるイラストを制作するプロジェクトも実施しました。
コミュニケーション体制の強化と理念を核としたグループ価値向上。サンマルクHDの次なるステージとは
広報の使命は「企業らしさ」の発掘と発信。現場のストーリーを通して理念を伝える

—今年12月から新たにグループ横断のコミュニケーション体制がスタートしたということですが、あらためてホールディングスのコミュニケーション部門が担うミッションをお聞かせください。
私たちが担うのは、グループ全体のコミュニケーション活動全般です。理念の浸透などを含むインターナルブランディングからメディアリレーションなどの社外広報、主にリクルーティングなどに向けた企業宣伝活動、IRまで幅広く担当しています。
—広報活動の中で特に注力している取り組みはありますか?
広報の基本ではありますが、やはり「当グループらしさが伝わる取り組みを、積極的に社外に発信する」という部分ですね。当グループの強みは、料理を店内で調理していることにあります。店内の調理設備でスタッフが実際にひと手間かけて調理をしているからこそ実現できる、料理の味や食感があり、そこに強いこだわりをもって各ブランドを運営していることが、「お客様に最高のひとときを創造する。」という理念の体現にもつながっていると考えています。
昨年、こうした強みや理念をよく表したエピソードがあったため、プレスリリースを作成し、発信したことがありました。当グループには「倉式珈琲店」という、コーヒーチェーン業態では珍しい、サイフォン式コーヒーを提供するブランドがあります。そのブランドのイオンタウン周南久米店に勤めるパートスタッフが、一般社団法人日本スペシャルティコーヒー協会が主催する『ジャパン サイフォニスト チャンピオンシップ(JSC)2024』で第3位に入賞したのです。この快挙は、ブランドとして店内で本格的なコーヒーを提供することにこだわってきた証です。そして、当グループとして、雇用形態に関係なくスタッフにさまざまな技術を身につけてもらい、それを発揮できる機会を提供していることの証でもあります。パートスタッフも、「自身が大好きなコーヒーのおいしさをお客さまに堪能してほしい」という想いから、サイフォンでコーヒーを淹れる技術を高めていったと話しており、その姿勢はまさに理念を体現したものです。
また、生麺専門のパスタ業態である「鎌倉パスタ」では、赤ちゃんをお連れのお母さんが、赤ちゃんがぐずってしまったため、一旦席を離れて外でお母さんがあやすという場面がありました。その様子を見ていた従業員が、その間にお母さんのパスタを温め直して、戻られた際に提供したという話も聞きました。このような例は、グループを見回しても、枚挙にいとまないほどあります。それこそ理念に裏打ちされた行動の表れだと思っており、社外に発信していく必要性があると感じています。
当グループの従業員は実直で、良いことをしていても、それをあえて主張することはせず、日々真摯に目の前の業務をこなしています。そのため、今後も引き続き、私たち広報チームが、理念や強みを体現した現場の取り組みや従業員の活躍を発掘し、広く社会にその取り組みを知っていただけるように、より一層力を尽くしたいと思っています。
MV完遂、社内外への情報発信、そして新規事業へ。理念と共に進化するサンマルクHDの未来像

—さいごに、今後の展望をお聞かせください。
まずは、MVの再構築プロジェクトを着実に前に進めていきたいです。先日、M&Aを実施した、牛カツ定食店などを運営する「京都勝牛」や「牛かつもと村」も含め、グループ全体を理念で結束させ、従業員やお客さまをはじめとする、社内外のステークホルダーとのエンゲージメントを高めていければと考えています。そのためにも、SNSなどのデジタルコミュニケーションにも、力を入れる必要があると考えており、効果的な手法を研究し、実践できる体制も整えていきたいです。
また、個人的な想いとしては、過去に新規事業開発やM&Aに携わってきた経験を活かし、当グループの理念を体現した新事業の開発にも、携わりたいと考えています。実は私は、入社する以前から、ベーカリーレストランサンマルクや倉式珈琲店など、当グループの展開するブランドのファンでした。ファン歴は本当に長く、20年以上にわたって、各ブランドの店舗の雰囲気や料理を楽しんでいます。そんな私がこの会社に入社して、あらためて思うのは、やはり店内調理という強みや、「お客様に最高のひとときを創造する。」という理念が各ブランドの魅力を生み出しているということでした。その価値をさらに高め、世の中に伝えられるような新規事業に寄与することで、長く愛してきたブランドに恩返しをしたいのです。
先日、熊本県宇城市に株式会社サンマルクファームという会社を立ち上げ、農事業に参入しています。これも企業理念を実現するため、自分たちの手で原料である小麦やコメを作り、責任を持ってお客様に提供することで理念を実現したいという想いから挑戦するものです。また、先ほども申し上げたとおり、来年5月からは京都本部を創設し、「京都発グローバル」を合言葉に、国内外の店舗拡大を強力に図っていくこととなります。
「サンマルク」の語源は、ベネチアの守護聖人である「聖マルコ」から来ています。これは、我々は単なる外食産業ではなく、「私たちはお客様にとって最高のひとときを創造します。」という理念を体現し、「最高のひととき」を創造し続けていきたいという想いから名づけられています。本社機能の移転という大きな転換期において、我々のコミュニケーション活動によって、理念を社内外、国内外に伝えていくことは、非常に重要なミッションだと感じています。このミッションを完遂すべく、引き続き努力を重ねていきたいと心を新たにしているところです。

広報歴7年のフリーライター。中堅大学、PR会社、新規事業創出ベンチャーにて広報・採用広報を経験。2021年より企業パンフレット、オウンドメディア、大手メディア、地方メディアなどでインタビュー記事を執筆中。書籍の編集・ライティングも行う。









