世代を越えて愛され続けるG-SHOCKのセグメント別ファンコミュニケーションを紐解く

腕時計に「タフネス」という新たな概念を築き上げ、世界中のファンを魅了し続けてきたG-SHOCK。40年以上の歴史を重ねる中で、ブランドは常に革新と挑戦を続けています。今、G-SHOCKは新たな時代に向けて、ユニークなファンコミュニケーション戦略を展開しています。100億通り以上の組み合わせが可能な『MY G-SHOCK』、懐かしの名モデルを再び日常使いができる時計へと蘇らせる『レストアサービス』、そして最先端のバーチャル空間での体験提供まで、その取り組みは多岐にわたります。

今回は、カシオ計算機株式会社 営業本部 マーケティング統轄部 時計マーケティング部 D2C/CRM企画室 室長の大林大祐さんにインタビューを実施。40代~50代の既存ファンを大切にしながら、いかにして若い世代や新たなファン層を開拓していくのか。G-SHOCKが描く、デジタル時代のブランド戦略と顧客ファーストのコミュニケーション設計に迫ります。

サブブランドごとのユーザー像からコミュニケーションを練る

大林 大祐さん


ーまず、
G-SHOCKのファン層はどのような方なのか教えていただけますか?

G-SHOCKは、グローバルに展開しているブランドのため、エリア・国によって異なりますが、今回は日本のファン層についてお話したいと思います。国内では、40~50代の男性がコアな購買者層です。1990年代後半に、G-SHOCKの爆発的なブームを10~20代の若い頃に経験され、ブランドのアイデンティティやデザイン、機能に価値を見出してくださった方々が、長きにわたってG-SHOCKを愛し、高い熱量で支えてくださっていると感じます。

ー今回は、G-SHOCKのコミュニケーション戦略について伺っていきたいのですが、コミュニケーションターゲットとしては、やはりメイン購買者層である4050代の男性がメインになってくるのでしょうか。

G-SHOCKは価格レンジが広いブランドです。最も安いもので1万円台、高いもので超限定ですが、770万のG-SHOCK金無垢モデルもありました。そのため、ブランド全体で特定のターゲットにPR施策を展開する機会はほとんどなく、G-SHOCKの中のどのジャンルの商品についてコミュニケーションをおこなうかによって、情報を届けたい層は大きく変わってきます。

1万円台のエントリープライスで展開する場合では、20代など若い方向けに施策を検討しますし、最上級ライン「MR-G」では、金銭的に比較的余裕のある40代~50代の方に向けてコミュニケーションを設計します。女性を意識したPR施策を打つこともあり、サブブランドごとにユーザー像とコミュニケーションのセグメントを切りながらプロモーションを展開しています。

ーコミュニケーション設計において、大切にしていることを教えてください。

最も重要視しているのは、お客さまの声を聞くことです。私たちからの情報発信については、こうして記事にしていただいたり、SNSや店舗でお客さまに直接メッセージをお届けしたりと、非常に良い形で発信ができていると考えていますが、お客さまの生の声を聴く機会は、意識して作らなければそう訪れるものではありません。G-SHOCKファンの声を集め、お客さまが私たちに何を求めているのか、現在どのような環境にいて、どのようなことに関心を持っているのかをしっかりと把握しながら、さまざまな施策へと反映させています。

G-SHOCK流・顧客志向のコミュニケーション施策とは

“ファンの楽しみ方”から生まれた『MY G-SHOCK』で新しいカスタマイズ体験を提供

G-SHOCKでは、いくつかのコミュニケーション施策があると伺いました。まず、そのなかのひとつ『MY G-SHOCK』について教えていただけますか?

『MY G-SHOCK』は、時計のベルトや液晶など、最大8か所のパーツを自分の好きな色や柄にカスタマイズでき、「自分だけのG-SHOCKを手に入れられる」サービスです。着想のきっかけは、G-SHOCKのコアファンの方々が、ご自身でカスタマイズを楽しまれている姿を目撃したことでした。お客さま自身でさまざまな部品を買い集め、オリジナルのG-SHOCKをつくり上げて身につけるということが、一部の熱心なファンの間で流行っていたんです。ただ、そうしたカスタマイズには限界がありました。液晶など、時計の要となる機構については、いくら好きな色やデザインに変えたくとも、一般の方が自力で部品を交換するのは非常に難しい。そこで、私たちは老舗の時計メーカーとして、お客さま個人の楽しみの範囲を超えた、新しいカスタマイズ体験を提供しようと、開発メンバーを中心に社内プロジェクトを発足。数年にわたって準備を重ね、2021年10月より『MY G-SHOCK』がスタートしました。

ーサービスの反響はいかがですか。

コアファンの方を中心に、サービスをリリースした当初から非常に大きな反響をいただいています。多くのメディアにも取り上げていただき、それが若年層の方や「推し活」を楽しまれている方など、これまでブランドに触れてこなかった方に関心を持っていただくきっかけとなりました。コアファンの方に『MY G-SHOCK』で複数本の時計を購入していただいたり、20代、30代の新規のお客さまに購入していただいたりと、G-SHOCKのファン層が広がる大切な施策となっています。

100億通り以上の組み合わせ!“推し活×MY G-SHOCK”で広がるブランドの可能性

ー『MY G-SHOCK』は、推し活の文脈でも需要があるのですね。

そうなんです。『MY G-SHOCK』は最大8か所のパーツをカスタマイズすることで、100億通り以上の色や柄の組み合わせが表現できるという点を、一番の訴求ポイントとしています。推し活においては、大好きな“推し”のカラーをファッションや日用品の中に取り入れ、普段から身につけるというカルチャーがあるため、そこに『MY G-SHOCK』の訴求ポイントが上手くマッチするのではないかと考えたのです。

推し活市場に対するプロモーションは、2022年から力を入れ始めました。「いつもその手に大好きを」というコピーをつけたり、推しをイメージした時計を身につけて日々のさまざまなシーンを過ごしませんかという提案をしたり、推し活を楽しんでいる方々に興味を持ってもらえるようなメッセージを考えながらコミュニケーションしています。

ー今、二次元から三次元まで幅広い推しの形がありますし、多くの企業・ブランドが取り組んでいる市場です。そうしたなか、推し活市場で注目されることは、かなり難易度が高いと思われます。貴社として、情報の届け方などに関して、何か意識されていることはありますか?

2022年秋におこなった施策では、「二次元と三次元の中間的な存在であれば、どちらの層にも訴求しやすいのではないか」と考え、バーチャルライバーグループ『にじさんじ』に所属する、VTuberの叶さんと葛葉さんを起用したプロモーションを実施しました。

具体的には、叶さんと葛葉さんにライブ配信をおこなっていただき、その場で自分自身をイメージしたMY G-SHOCKを作っていただいたんです。VTuberは、見た目こそアニメ風の絵柄であることが多いですが、実際には生身の人間がアバターを動かし、声を出しています。このプロモーションを通じて、にじさんじのお二人が、実際にいろいろと考えながら時計を作っていく場面に立ち会っていただくことで、三次元の推しも、二次元の推しも、どちらのパターンでも『MY G-SHOCK』を活用できるということを伝えられたのではないかと考えています。

推し活を入口として、G-SHOCKの真のファンとなってもらうために、取り組んでいる施策はありますか?

私たちとしてはまず、推しカラーの『MY G-SHOCK』を日常の中で身につけていただくことで、推しをイメージしたアイテムを身につける喜びを感じるとともに、時計としての機能的価値を実感するきっかけになればと考えています。その上で、次の購入に繋がるよう、『MY G-SHOCK』を作っていただいたお客さまに向けてニュースレターなどを定期的に配信。2本目の『MY G-SHOCK』購入のご提案や、別のサブブランドの魅力訴求などをおこない、G-SHOCKのファンを育てていけるよう尽力しています。

レストアサービスとイベント開催でG-SHOCKが紡ぐ、長年のファンとの絆

ーつづいて、「レストアサービス」についても概要を教えてください。

これは、当社として保守対応が終了したモデルの部品交換や修復をおこなうサービスです。1983年発売の初代G-SHOCK「DW-5000C」や、ロングセラーとなった「5600」シリーズの第1弾「DW-5600C」など、すでに部品の生産がストップし、保守対応が終了しまっているモデルの部品を交換するサービスを期間限定で受け付け、実施しました。G-SHOCKは、ベルトなどに樹脂を使っているため、経年劣化は避けられません。時計機能は生きているけれど、ベルトやベゼルがボロボロになってしまっているものを、新しい部品に交換して再び使えるようにならないか。そうした声を、G-SHOCKを長年愛用してくださっているファンの皆さまからいただくようになっていました。

ただ、約40年前の製品については、部品の生産がストップしている上に、設計書もすでに廃棄されていることが少なくありません。レストアサービスでは、たとえそうしたモデルだったとしても、お客さまの「これからも思い入れのある時計を使い続けたい」という熱い想いに応えるべく、現存する製品から設計図を書き起こし、パーツを作り直して交換するということをおこないました。2018年より不定期で開催しているサービスですが、コアファンの方々から非常に良い反響をいただいており、これまでに他モデルも含め計4回実施しています。このようなサービスを実施することで、サービスを受けられたお客さまからもポジティブな声をいただいております。

ーなるほど。レストアサービス以外にも、ファンコミュニケーションを図る方法として、「ファンミーティング」などを開催していると伺いました。こちらに関しても概要を教えてください

ファンミーティングは、ブランドとファンのつながりをさらに強化するために開催しているイベントです。「ファッション」「アート」「ミュージック」「スポーツ」という、G-SHOCKのファンを象徴する4つの分野で企画を考案。スポーツ好きのG-SHOCKファンには、ブランドとコラボレーションしているアスリートたちとの交流会を開き、ファッション好きの方向けにはアパレルブランドのファッションイベントを開催し、音楽ファンの方にはシークレットライブをおこなっています。また、時計そのものが好きだという方には、G-SHOCKの開発担当者と直接話す機会を設けることも。ブランドを手がける私たちとお客さまが対話する機会を設けることで、お客さまにG-SHOCKをより深く知っていただき、愛着を感じていただける機会になればと考えています。

新規ファン開拓を狙うG-SHOCKのバーチャル空間コミュニケーション

挑戦マインド×世の中の潮流から生まれた『MY G-SHOCK in VRChat』

ー最近、バーチャル空間でのブランド展開にも挑戦されていると聞きました。具体的にどのような取り組みをおこなっているのですか?

G-SHOCKのコアなファン層の年齢が上がってきている中で、これまでのように引き続き若い世代にも支持されるブランドであり続けるために、バーチャル空間でのコミュニケーションを推進するプロジェクト「VIRTUAL G-SHOCK」を2023年9月より開始しました。このプロジェクトでは、メタバース、Web3など、バーチャル上でのコミュニティ作りをベースに、さまざまな取り組みを進めています。

たとえば、メタバースの分野での施策としては『MY G-SHOCK in VRChat』を展開。メタバースの中でお客さまに新たな体験をしていただくことを念頭に置きながら、昨年10月にはアバターに装着可能なG-SHOCKを創作物の総合ECサイト「Booth」などで販売しました。これからは、バーチャルな世界の中でアバターを動かし、さまざまな活動をおこなうことが、社会の中で徐々に浸透してくると思います。アバターに時計を身につけさせるという文化を広め、「バーチャル世界での時計といえばG-SHOCK」と想起していただけるよう、ファッションアイコンとしてのG-SHOCKの魅力を発信していくことを目指しています。

ーバーチャル世界でG-SHOCKを身につけられるというのは、とても興味深い取り組みですね。このアイデアはどのようにして生まれたのでしょうか?

G-SHOCKのブランドの核にある「挑戦」の精神と「世の中の潮流」が、このアイデアの源泉です。常に新しいことに挑戦し続けるという姿勢の中から、既存の取り組みと新しい取り組みのシナジーを生み出すことができそうな、メタバースやWeb3で施策をおこなうというアイデアが生まれ、その一環としてバーチャル空間でのアバターファッションを通じたブランド価値向上を目指すという発想に至りました。

若い世代に新しい形で魅力を伝える。大切なのは商品を通じたファンとのつながり

VRChatでは、他にも複数のコンテンツを公開されています。そちらについても、概要を教えていただけますか?

VRChatでは、大きく2つのワールドを用意しています。1つは、「MY G-SHOCK in VRChat」です。ここでは、ユーザーが自分のアバターをイメージした色合いのG-SHOCKを作り、装着できるという体験を提供しています。VRChatの利用者はアバターを自分以上に大切にされている方も多いため、アバターに最も似合うG-SHOCKを装着できるという体験は他にはない特別なものになると考えています。

もう1つは、「G-SHOCK THE RIDE」です。これは、メタバース空間でG-SHOCKの耐久性を体験できる、遊園地のアトラクションのようなワールドです。ユーザーがG-SHOCKを模した乗り物に乗り、海中に入ってG-SHOCKの防水性の高さを体験したり、岩が落ちてくる中を通過して時計の強靭さを体感したりできます。さらに、未来のG-SHOCKをイメージした空間では、ドラゴンの火炎攻撃や宇宙空間でも壊れないということを体験。1つのエンターテインメントとしても楽しめる内容となっています。

また、VRとは少し異なりますが、「VIRTUAL G-SHOCK」の活動の一環として、「Discord」というオンラインチャットツールを活用したオンラインコミュニティの形成にも力を入れています。Discordには、Web3.0やゲームへの関心が高い層が集まっていますから、オンラインコミュニティの活動を通じて、既存のブランドとはまた異なる新たなファン層の形成につながればと考えています。

ーそうしたバーチャル空間での取り組みを通じて、どのような効果を実感されていますか?

VRChatでの取り組みは、まったく新しい体験を提供する場として機能していると思います。特に、若い世代に向けて、G-SHOCKの魅力を新しい形で伝える機会となっています。自分のアバターにG-SHOCKを装着する体験や、エンターテイメント性の高い耐久テストの体験を通じて、ブランドの価値や製品の特徴を直感的に理解してもらえる効果があると考えています。引き続きこれらの取り組みを継続しながら、バーチャル空間を好む若い世代にG-SHOCKの魅力を伝え、新たなファン層の獲得につなげていきたいです。

ーさいごに、G-SHOCKブランドのコミュニケーションにおける、今後の展望をお聞かせください。

今後も「商品を通じたファンとのつながりの形成」を最も大切な軸として掲げながら、ファンが望む商品・サービスを提供していくこと、そして、新しいファンを獲得するための取り組みに力を入れていきたいと思っています。同時に、お客さまに長く製品を愛用していただけるようなサービスも重要だと考えているため、レストアサービスのような企画を今後も継続して提供していきたいと考えています。。既存のファンと新規のファン、双方を大切にしたコミュニケーションをおこなうことができるよう意識しながら、さまざまな取り組みを企画し、挑戦していくことができればと思います。

関連記事

  1. “等身大コミュニティ”で女性の人生に伴走。SHE株式会社が実践する多様なブランドアクション

  2. ブランドマーケティングにおける”生活者接点”の重要性とは?マーケターのホンネから探るコミュニティ作りやリアル施策のポイント

  3. 「アフターコロナマウント」に「ソーシャル映え」。コロナ禍で変化する女子大生トレンドとニーズとは

  4. 新型コロナウイルスに立ち向かう企業の取り組み11選

  5. コロナ時代のPRイベントの新様式。オンラインイベント実施時に押さえたいポイントと事例5選

  6. 1年以内に認知度22%アップ!スタートアップ・ワンキャリア流、短期間で成果を生むウェブCMとは

  7. クチコミの多い飲食店には”ストーリー”がある。離島キッチンから学ぶ、ファンを集めるお店づくり

  8. 「トライブマーケティング」を企画に落とし込むには?話題の3事例をトライブ視点で紐解いてみる