ピルの“強要”ではなく“提案”を。mederiから学ぶフェムテック事業のビジネス戦略とPR作法

女性が抱える健康課題をテクノロジーの力で解決する「フェムテック(Female×Technologyの造語)」。ライフステージの変化によって、生理痛や不妊症、更年期障害、PMS(月経前症候群)など、さまざまな健康課題と向き合う女性に対し、フェムテックを推進する企業が悩みを改善するプロダクト・サービスを世に出しています。フェムテック市場の裾野は着実に広がっている一方で、女性にとっての「恥ずかしいもの」「オープンにしづらいもの」という印象は未だ残っており、まだ認知を獲得しきれていない状況ともいえるでしょう。

そんななか、「より女性が生きやすく暮らしやすく、働きやすい社会にむけて。」をビジョンに掲げ、オンラインピル診療のサービスなどを提供しているスタートアップがmederiです。代表取締役を務める坂梨亜里咲さんは、自身も不妊治療を受けていた過去があり、その実体験から2019年8月に起業しました。2021年1月には、前澤ファンドからの資金調達を発表し、“注目の女性起業家”としてもメディアに多く露出している坂梨さんに、起業の背景・事業の概要から、特にフェムテック領域のPRにおいて意識すべきポイントや、大切にしているスタンスについてお話を伺いました。

経験から生まれたサービスが女性のニーズを捉える

不妊治療の実体験を強みにmederiを創業

mederi代表 坂梨亜里咲さん

 

はじめに、事業を立ち上げた背景について簡単に教えてください。

もともと、女性向けウェブメディア『4MEEE』を手がける会社の社長を2年間務めており、ふと「自分が30歳になる前に、どんな人生を送りたいのか」と漠然と考えはじめたことが、起業の経緯です。当時、メディア事業としてはひと通りやりきったと感じており、何か次に挑戦したいことを探していた時期でもありました。「自分はこれからどんなことに挑戦したいのか」と、人生を振り返りながら考えてみると、後にも先にも必ず心に残るのが「不妊治療の経験」をしたことでした。

私は、26歳から不妊治療と向き合ってきたのですが、最初の1年目は自分のことで精一杯になってしまって。子供を授かる周囲の女性が羨ましくも思えたし、「なんで自分だけが不妊で悩まされなくてはならないのか」という感情が込み上げてくることもありました。それでも2年、3年と不妊治療を続けていくうちに、自分なりの向き合い方や考え方を持てる余裕が生まれ、自分の置かれている状況を達観できるようになったんです。そして、不妊治療にお金も時間もかけ、辛い時期を乗り越えられたのは、何にも代えがたい経験であり、自分の強みになるのではという想いから、起業への道が開き始めました。

自身の経験から、女性の不妊治療やヘルスケアをテーマに情報収集しているうちに、海外のフェムテック事情に着目することになります。海外では、自宅で採血するだけでホルモン検査ができるキットや、卵子凍結がサブスクリプションでリーズナブルにできるサービスなど、既にさまざまなフェムテックビジネスがあることを知ったんです。このような先行企業をキャッチアップしつつ、起業の準備を進めていき、2019年8月にmederiを創業しました。

1-2.女性が抱える健康課題に寄り添う3つのフェムテック事業

運営しているサービスはどのようなものがありますか。

現在は、主に3つのサービスを展開しています。まず1つ目が、オンラインピル診療サービス『mederi Pill(メデリピル)』です。2022年1月にサービスを開始し、生理不調を抱える女性と産婦人科医をマッチングするプラットフォームとして運営しています。オンライン診療を通じて、症状に応じた低用量ピルを処方するという仕組みになっていて、オンライン診療予約は、LINEの公式アカウントを窓口にしています。サービスのリリースから1年で、LINE公式アカウントの友だち登録者数は10万人を超えており、柱となる事業として成長を続けています。

2つ目は、メディカルケアブランド『mederi Baby(メデリベイビー)』です。 妊娠・出産を迎える女性に向けたプロダクトを、管理栄養士や産婦人科医、助産師といった専門家監修のもとで開発していて、葉酸サプリメントや膣内フローラ検査が自宅で簡単にできるチェックキットを販売しています。

『mederi Baby』

そして3つ目は、自宅で簡単に性感染症のセルフチェックができる『mederi STD Check kit』で、2022年10月から販売を開始しました。そのほか、産婦人科医へのソリューション提案として、自社で開発したオンライン診療予約システムの導入やカスタマーサポートの組成、ロジスティクスの構築など、新たにオンライン診療を立ち上げる際の支援も行っています。

体験へのこだわりと市場初のテレビCMでユーザー数が急増

同じ悩みを持つ経営者ならではのサービス設計

女性のヘルスケアに照準を合わせたサービス・プロダクトを立ち上げていますが、どのように認知度やユーザーを獲得していったのでしょうか?

まず、オンラインピル診療サービスの需要があるかどうかを調べるため、前澤ファンドに出資いただいていた関係から、前澤さんのTwitterでモニターを募集させてもらい、2021年6月にプレリリースを行いました。当初は、どのくらい反響があるか未知数でしたが、1,000人の募集人数に対して17,000人以上の応募がありました。正直、こんなに多くの応募が来たことに驚きましたが、同時に、オンラインピル診療サービスの需要に確かな手応えを感じましたね。そこから、ユーザーの動向をリサーチしてマーケティング視点でのアプローチを思案し、2022年1月、正式にリリースをしました。

実は、新事業についてはいろんな方向性も含め、8か月くらい前澤さんのチームと構想していたこともあり、市場規模やLTV、月次の継続率など、ある程度の数値感の予測を事前に立てることができていました。そして何より、サービスに共感してくださるユーザーの声が、事業を続けるモチベーションになりましたね。同じ悩みを持つ経営者だからこそ、ユーザーの皆さんのお悩みに寄り添って解決していきたいと改めて感じました。こうした要因が相まって、『mederi Pill』のプロダクトに自信を持つことができたと思います。

確かな手応えを感じてリリースされた『mederi Pill』ですが、LINE公式アカウントをサービスの入り口にしている理由は何ですか。

ひとつは、モバイルアプリにすると、ユーザーがダウンロードする手間が生じてしまい、かつプロダクトがマーケットフィットするかわからないため、リリース初期のタイミングでは、先行投資リスクが高いということ。最近はプライベートのメールを普段からチェックしていない方が多いので、離脱率の上昇も懸念でした。これらの課題を解決するツールがLINEだったことが、導入のきっかけです。LINEなら、メッセージアプリとして浸透していて、かつUIも優れている。そこから、LINEを起点にプロダクトの導線を設計し、ユーザーが気軽にオンライン診療予約ができる体験を追求しました。

CMにABテストはいらない。世界観を表現してくれるキャスティングが肝

サービスの成長に大きく寄与したターニングポイントはありますか?

2022年7月に、YouTuber芸人のフワちゃんを起用したテレビCMを打ち、『mederi Pill』の認知度向上やオンライン診療予約数の増加につながったことですね。それまで、デジタル広告を中心に回していたのですが、正直なところ爆発的な成果が出せるか不安でした。そんな中、前澤さんからタレントを起用したテレビCMの提案をいただいたんです。

提案をいただいた時、私としては、はじめから大々的なテレビCMを打つよりも、まずはターゲットに刺さるクリエイティブを分析するため、地方エリアからテレビCMを打ち、少しずつ放送エリアを広げていくことを想定していました。しかし、「テレビCMにABテストなんていらない。mederiの世界観や魅力をうまく表現すれば成功する」と前澤さんにアドバイスをもらったんです。そのアドバイスに大きく背中を押され、オンラインピル市場では初の“芸能人を使ったテレビCM”を実施するために、仕込みを始めていきました。幸いにも、フワちゃんの元気で明るい存在感とmederiの世界観がマッチし、テレビCMの効果も好評でした。現在も右肩上がりで成長を続けています。

フェムテックPRで特に大切な“ビジネスと社会的意義の両立”

「ピル=正義」のような訴求は行わない、フェムテック事業ならではの心がけ

―mederiのPRやプロモーションで心がけていることはありますか?

PRにあたって意識しているのは「360度の視点から見て本当にそう思えるか」ということです。言いたいこと、訴求したいことはたくさんあれど、それが強要になってはいけない。低用量ピルを推奨しつつも、女性全員が使うものでもないので、「ピル=正義」のような訴求にならないよう、あくまで選択肢のひとつとして伝わるように留意しています。LINEに関しても、薬事面も含めて誤解を生まないようなコミュニケーションを常に心がけていますね。mederiという社名には自分を“愛でる”という意味が込められており、女性が自分の体をいつまでも大切にいたわり、愛でられるように、誠実なプロダクトやサービスを提供できるように心がけています。

加えて、会員向けの情報誌として、女性のライフスタイルにフォーカスした記事を配信しており、妊娠や出産のタイミングでmederiのサービスを想起してもらえるような施策も行っています。単に、オンライン診療を通じた低用量ピルの定期配送サービスではなく、女性に寄り添い、自分と向き合う時間を楽しんでもらえるように、細かいディテールにもこだわっています。たとえば、3回目の定期配送を注文いただいたユーザーには、オリジナルのピルケースを封入しているのですが、「デザインが可愛い」という反響もいただいていて。ピルケースを求めて定期配送を希望される方もいらっしゃいます。また、定期購入されるユーザーの方には、ポストカードを封入し、mederiのサービスにかける想いが伝わるような取り組みも行っています。

定期購入のセット

「オンラインピル診療サービス=mederi」の純粋想起を目指して

ビジネスと社会的意義の両立について意識していることがあれば伺いたいです。

ユーザーにとってどうでもいい情報や数字は、なるべく公開しないようにしています。他のスタートアップだと「売上◯億円」、「昨対比で利益が〇〇%上がっている」といった打ち出し方をしている企業さんもいらっしゃると思いますが、mederiでは、LINE公式アカウントの友だち登録者数は公表しているものの、そういった“ビジネス色”が出ないように注意しています。

そうではなく、なぜ「より女性が生きやすく暮らしやすく、働きやすい社会にむけて。」というビジョンで事業に取り組んでいるのか。プロダクトやサービスを提供することで、どんな社会を実現したいのかという、“ストーリー”の部分をとても大切にしています。

テレビCMやスポーツアンバサダー就任など、サービス開始から1年でさまざまなチャレンジをされています。最後に今後の展望についてお聞かせください。

女性に「オンラインピル診療サービスなら『mederi』」と、最初に純粋想起してもらえるよう、もっと認知度を向上させると同時に、プロダクトやサービスを研ぎ澄ませていきたいですね。女性の中には「ピルは何科の病院に行けば処方してもらえるの?」という方がいるくらい、ピルに関しての知識が浸透しているとはまだ言えません。そういった層にも、mederiを通じて症状に合った診療を受けるきっかけづくりができればと考えています。

また、女性アスリートを対象にした「mederiスポーツアンバサダー」では、女性選手が在籍するスポーツチームが抱えるPMSや生理などの悩みをサポートし、女性の健康課題をより多くの方に知ってもらうきっかけづくりができるように取り組んでいく予定です。これからもmederiのビジョンに共感してくれる女性や企業など、すべてのステークホルダーを巻き込みながら、事業を展開していきたいです。

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