感染拡大に伴う外出自粛要請により、様々な企業のビジネス活動に影響を与えた新型コロナウイルス。外出自粛や在宅ワークの増加で、視聴率が上昇傾向にあったと言われた「テレビ」もまた、新型コロナウイルスによって大きな制約を受けた業界のひとつです。これまで通りの番組制作が出来ない中でも、人々に情報と娯楽を提供し続けたテレビ制作現場の裏側は、どのようになっていたのでしょうか?
今回は、連載企画『ニューノーマル時代のテレビ』第1弾として、新橋にオフィスを構える映像制作会社「ウッドオフィス株式会社」の制作ディレクター羽生千詠美さんに、コロナ禍でのテレビ制作現場のリアルな実情について、話を伺いました。
CONTENTS
新型コロナがテレビ制作現場に与えた影響
番組制作におけるリモートワークの実情
インタビュー:ウッドオフィス株式会社 制作ディレクター 羽生千詠美さん ウッドオフィス株式会社に新卒として入社。入社後は制作部に所属し現在に至るまで、バラエティ特番、料理番組、朝の子供生番組、企業向けVP、スポーツ番組(ドキュメンタリー、中継)などを担当。現在は、ABEMA「声優と夜あそび」というネット配信生番組を中心に、幅広い番組を企画・制作。 |
聞き手:株式会社マテリアル チーフメディアプロモーター 多田駿太 1994年生まれ、2017年マテリアルに新卒入社。昔からテレビが大好きなことから、熱望していたメディアグループへ配属。メディアプロモーターとして主にテレビ番組への企画提案を行っており、メディア露出から逆算した発想を得意とする。これまでに担当した案件で、累計100本以上のオンエアを獲得。企画提案した際に、番組スタッフから頂く相談に答えるのが趣味。 |
多田:今回の新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の感染拡大を受けて、今どこの企業でも業務内容の見直しが行われていますが、テレビの制作現場において変化したものや、見直しが行われた業務などはありますか?
羽生:会議室に集まっての会議が減ったので、他の企業さんと同じように、どの番組もZOOM会議を導入し始めました。これまでは、ADの子たちが会議場所を取ったり、資料を印刷したりしていたんですけど、ネット上で会議するようになってそのような雑務もなくなったので、業務効率は良くなったと思います。
多田:ZOOMでのミーティング実施やペーパーレス化は、どこの企業でも同じなんですね。リアルの会議からオンラインに切り替わったことで、やりにくかった部分などはありますか?たとえば、オンラインではアイデア出しのディスカッションがやりづらかったとか。
羽生:個人的に人に会うことがとても好きなので、オンライン上でのやり取りは寂しかったですけど、企画会議などでやりづらいと思ったことは特になかったです。用意してきた企画を出し合ったり、その場で思いついたアイデアを言い合ったりは、リアルの会議と同じように問題なく出来ました。あとは、ZOOMを用いたオンエアも導入されるようになって、スマホやPCがあればテレビでも何でもできることがわかったので、むしろ楽にはなりましたね。今まで誰もそんなことをやろうとは思わなかったので、この新型コロナの状況下になって初めて得られた気づきもありました。
多田:今バラエティ番組や情報番組などを見ていると、スタジオ内で出演者同士の距離が取られたり、リモート出演になったりしていますよね。あのような収録中の感染対策は、出演者にどのよな影響を与えていると思いますか?
羽生:そうですね、基本的にはテレビカメラが固定で置かれたスタジオに、完全に1人のみで収録していることが多いです。そういう環境だけに、当然、今までは普通に目の前にいたスタッフのリアクションもないので、とてもやりづらいのではないかと思います。別室で観ているスタッフ側は大爆笑しているのに、オンエア上ではシーンとなっていたりすることもよくあります。出演者も、「あれ?今の大丈夫?」と不安になったりして、放送後には毎回必ず「寂しい」って言ってます。今まで同じスタジオで普通にしていた、出演者とスタッフによる空気感の共有というか、いわゆるスタッフ笑いの大事さも痛感したりしています。
多田:その場の反応で言動を変えてみたり、っていうことも出来ないですもんね。収録現場での制約が大きい中で、番組制作に対して意識していたことや貫いたポリシーなどはありますか?
羽生:常に「この状況を楽しもう」っていう想いがありました。出演者がバラバラだからこそできる企画や、ダミーヘッドマイク※を使った画面遊びを、あらかじめ演出として盛り込んでおいたり。リモート収録だからこそ出来ることがあるよね、とポジティブに考えていました。ただ、新型コロナ収束後は、徐々に元の収録スタイルに戻っていくと思います。個人的にも早く戻ってほしいと思いますし、何よりやっぱり人のリアクションを見ながら、みんなで集まって番組を作りたいです。
※ダミーヘッドマイクとは、人間の頭部をかたどり耳(鼓膜)の聞こえ方を再現する音声入力装置(マイクロフォン)のこと。
制約を受ける番組制作のリアル
多田:新型コロナが流行する前と後で、過ごし方や仕事の進め方にはどのような変化がありましたか?
羽生:業務は日によって本当にバラバラなので、一概には言えないのですが、自宅作業は圧倒的に増えました。ただ、もともと番組内で使用する小道具を作ることが多くて、今までは自分たちで材料を買ってきてオフィスで制作していたんですけど、それを自宅で、フリップ作ったりカラースプレーしたりするっていうのは結構大変でしたね。
あと、罰ゲームで使うような食べ物も自分で作るんですけど、自分で作って自分で食べても良し悪しがわからないですし、この前は、大福の中にイカスミを入れて「これを食べたときに本当に歯が黒くなるか」っていうのを試さないといけなくて(笑)。オフィスで周りの意見や反応を確認出来ないのは、小道具づくりの点でも難しかったですね。でも仕事内容そのものに大きな変化はなかったです。
多田:確かにそれは大変ですね(笑)。映像制作だけでなく、番組内で使用する小道具の制作もされていたんですね。新型コロナでスタジオの外での収録にもかなり制約があると思うのですが、現在の取材状況はどのようになっていますか?
羽生:今は取材を受けたくないというところも多いでしょうし、県をまたいだ移動も自粛制限されているので、年内か来年までは今まで通りの積極的な取材は難しいかもしれませんね。もちろん番組制作のためにロケは必要なのですが、テレビ局側の判断もありますし、今リスクのあることをやるというよりも、今後の長期的な関係構築を考慮して、他には迷惑をかけないことを最優先にしています。なので、ロケ場所選定やロケハンにかけていた時間で、今はひたすら企画を考えています。あとは、しばらく会っていなかったテレビ局の人に連絡してみたり。
多田:報道番組などの場合、地方の映像を使うことも多いと思いますが、県をまたいだ移動ができない状況下では、どのように対応されているのですか?
羽生:地方の映像が欲しいときは、Twitter上で映像を募集したり、その土地に住んでる知り合いに代わりに撮影して送ってもらうよう、お願いしたりしています。同じ番組を担当しているディレクターは、以前番組の企画で“コロナ禍でも出かけている気分が味わえる映像”が必要になった際に、石垣島にいる兄弟に映像を撮ってもらっていましたよ。今はみんな、工夫しながら映像素材を集めています。
企画からひとつの番組が生まれるまで
コロナ禍でも変わらないディレクターの日常
多田:羽生さんは1週間どのようなスケジュールで過ごされていますか?
羽生:私が今担当している番組は、オンエアが毎週火曜日の22:00-23:30なんですけど、オンエアの次の日の水曜日には、来週オンエア分の企画が決定します。
■生放送パターン■ 火曜日:オンエア終わりに、放送作家と次の週に何をやるか考える 水曜日:総合演出に企画のプレゼンを行い、そこでネタが確定 金曜日:放送作家に、総合演出にプレゼンした内容を共有して台本打ち。ここで細かく台本の流れを作り込む 土・日:休み 月曜日:放送作家から台本が上がってくるので、それをもとに総合演出とまた打ち合わせ 前日にテロップ作成や小物作りを一気に行う 火曜日:オンエア |
多田:今一緒にお仕事されている放送作家さんとは、どういう関係性でお仕事をされているのですか?
羽生:主に、ネタ出しと台本を書いてもらっています。放送作家さんは常にアンテナを張っている方が多いので、いつも面白い企画を持ってますし、アイデア出しには欠かせない存在です。あとは、「こういう企画やりたいんですけど、なんとか実現できないですかね~」って相談したりもします。火曜日のオンエアに放送作家さんも立ち会うので、いつもその流れでアドレナリンが出ているうちに、次の週のアイデア出しもやってしまっています。
企画のアイデアはどこから生まれるのか
多田:ここ数年でSNSの影響力が大きく増していますが、番組制作の現場では、どれくらいSNSを意識されているのですか?
羽生:いつも番組オンエア後の反響を、SNSでチェックしています。今担当している番組の中で、指定のハッシュタグを付けてツイートしてもらえるよう促しているので、番組終了後にはそのツイートやコメントを検索して、全て確認しています。
多田:Twitterは番組の反響を確認するツールとして使われているんですね。最近テレビでSNSのネタが取り上げられることも多いですが、SNSを情報収集として活用されることはありますか?テレビ制作の方々が、普段どこからアイデアを得てどうやって企画を考えているのか、とても気になります。
羽生:情報収集のためにSNSを見ることももちろんありますが、何かで調べて情報収集しに行くというよりも、日常生活のすべてがネタのきっかけになりうるので、「これ企画にできるな」って思ったものは、なんでもメモしています。例えば、電車の中で耳に入ってきた会話で「これいけそう」って思ったり、入浴中にふとアイデアを思いついたり…夢で見たものを、忘れないうちにメモしたりもします。自分がメモしたアイデアが採用されることもあれば、「馬鹿か!」って言われてしまうこともあります(笑)。
多田:能動的に情報を取りに行くというより、日々の生活の中で思いついたことをその都度メモされているんですね。そうやって思いついたアイデアを企画に落とし込んでいく際に、取材対象になりやすいものや場所の特徴はありますか?
羽生:取材したいって思うのは、他と比べて1個でも変な特徴があるとか、他とは違ったシステムや人がいるところですね。例えばおなじパン屋さんでも、”窯がないパン屋さん”とか。
多田:変わった特徴がひとつあると、取材の対象になりやすいんですね。企業から送られてくるリリースのように、外部からもらった情報を見て取材に行く場合と、自ら見つけ出したところに取材する場合、どちらの割合のほうが高いですか?
羽生:番組側でリサーチして取材に行くことが圧倒的に多いですね。9:1くらいの割合です。こういう時にリサーチ会社が活躍するんですよ。情報をもらって取材に行くのは、本当にたまたま「こういうのやりたかったんだよね」って考えていた企画に当てはまった時だけかもしれないです。
多田:よっぽど面白いネタがあるか、番組で探している企画にジャストでハマらないと、リリースなどを送っても滅多に取り扱ってもらえないんですね。リリースはどうしても企業主語になってしまう部分があるので、自分たちプロモーターがしっかり間に立って、番組に合わせた情報設計をしていくことの大切さを改めて感じました。
出演者との共創によって生まれるバラエティ番組の面白み
多田:羽生さんはバラエティ番組の制作に多く携わっていらっしゃると思いますが、いつもどのような基準で企画選定を行っているのですか?
羽生:バラエティ番組の場合は、もちろん面白いかどうかが大切なので、まずは大前提として、これをやったらスタジオは盛り上がるのか?出演者がそのネタをやった時に、スタジオのみんなは楽しめるのか?スタジオにいる自分は笑えるのか?っていうのを考えます。
多田:たしかに、“盛り上がっているスタジオを見て楽しむ”っていうのも、視聴者にとってバラエティ番組の醍醐味のひとつな気がします。
羽生:視聴者を第一に考えるのはもちろんなんですけど、自分が笑えないことは、見ている人にとっても笑えないだろうなと思っているので。あとは、オチが見えるかどうかも大切ですね。オチを想像しながら、企画を詰めたり出演者を決めたりします。
多田:出演者によっても、ネタや演出を変えたりするのですか?
羽生:もちろんです。出演者のプロフィールやブログは逐一全てチェックした上で、「じゃあこの人ならこういうことができるんじゃない?」って話し合っています。番組を制作する上で、自分にとって番組関係者と雑談することもすごく大切で、その中で出演者やマネージャーから「こういうことやりたいんだけど」って逆に提案してもらったり、「あれがいい」とか「これはやりづらそう」とか、ざっくばらんに会話して企画が生まれていくこともあるので、コミュニケーションはとても重要です。
多田:出演者提案の企画もあるんですね。それを後の企画会議で膨らませるのですか?
羽生:そうです。だから今、番組終わりとかに気軽におしゃべりできないのは辛いですね(笑)
多田:出演者をキャスティングするときの選定基準とかはありますか?中でも特に、いわゆる“ブレイク前”と言えるような芸人を探す時は、どのようにして見つけ出しているのでしょうか?
羽生:基本的には、番組があって企画があって、その上でのキャスティングなので、流れを汲みつつ企画にはまる出演者を探します。
例えば、企画のテーマが「ドローン」だった場合、ドローンを飛ばせる芸人を探す必要があるので、「ドローンの資格を持っている芸人」って検索して見つかった人を、そのままオファーしたりします。なので、たとえ“ブレイク芸人”でなくても、だから、枕詞が付いてるような芸人さんは選ばれやすいかもしれないですね。ただ、会いたい人や会ってみたい人に会うために、出演者を想定した上で企画を作ることもあります。
番組制作のこれからとプロモーターとの共存
緊急事態宣言解除を受けた今、ディレクターが思うこと
多田:新型コロナが収束したらやりたい企画はありますか?
羽生:とにかく早く、出演者と一緒にロケに行きたいですね。これまで当たり前にやっていたことを、一刻も早く取り戻したいです。この新型コロナの流行で、出来る企画の幅が大きく狭まったので、今までの収録のありがたみを感じました。制作側の人は皆、むしろ一回原点に戻るかもしれないですね。
■取材を終えて■
多田:プロモートの仕事で、普段からテレビ現場の方々とお話しする機会はありますが、実際にどうやってアイデアを考えているのかだったり、制作現場で大変なことだったりと、現場のリアルな声を聞くことが出来て非常に参考になりました。「ZOOMを用いたオンエアも導入されるようになった」とおっしゃっていたように、 テレビ業界もこの新型コロナの影響で、これから色々変化していくのだろうと感じています。収録方法が多様化するならば、それに伴って新たに取材を受けるために必要な要素が出てくるはずですし、情報提供する側もそれに合わせて柔軟に対応していくべきだと思いました。
また、番組側でリサーチして取材に行くことと、受け取った情報をもとに取材に行くことの割合が9:1であるというリアルな話を聞いて、“リリース配信がいかに制作の人の手に届いていないか”ということを痛感しました。リリースはどうしても企業主語になってしまいやすいですが、伝えたい情報を、どれだけ制作の人に「面白い」「これは使えそう」と思ってもらえる情報に編集できるかということは、PRや広報に携わる全ての人に求められるスキルです。この点を改めて意識し、これからは画面上で番組構成を分析するだけでなく、例えば今であれば県外の取材ができない番組に対して、こちらでオフィシャル映像を用意できるように調整するなど、現場のリアルな声も踏まえて情報設計していきたいと思います。
1995年生まれ大阪育ち。2018年同志社大学卒業後、株式会社マテリアルに新卒入社。1年目でウェブメディア『PR GENIC』を立ち上げ、記事の執筆と編集全般や、セミナーの企画など、コンテンツ作りを幅広く担当。半年間ハウスメーカーのマーケティング部への出向も経験。現在はオープンイノベーション支援に従事しつつ、外部アドバイザーとして編集のサポートを行っている。