1884年に創設された私立倉敷翠松高校。歴史と伝統を持ちながらも、その広報戦略に関しては、現代のニーズを柔軟に取り入れています。TikTokをはじめとするSNSを積極的に広報戦略に活用し、ホームページも生成AIによるデザインを取り入れ、リニューアルを実施しました。TikTokのフォロワー数は、すでに13万人を突破し、学校公式アカウントで日本一を記録※1。その結果、2021年は入学者数が284人と定員割れの状態でしたが、2024年には445人に増加し、150%規模を実現しました。
この広報戦略を支えているのが、商業科教員であり、広報部の一員として活躍する児玉聡志先生です。2022年に発足させたeスポーツ部を通じて、TikTokでの情報発信を開始。その活動は、やがて学校全体の広報として発展していきます。今回は、SNSの広報戦略が生まれた背景や、学校法人ならではの難しさ、話題になるSNSコンテンツのポイントなどについて詳しくお話を伺いました。
※1:学校公式アカウントにおける2024年4月時点のフォロワー数
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0→1の挑戦に合意を得るポイントは“小さな前例をつくる”
ーはじめに、翠松高校の特徴と広報体制について教えてください。
翠松高校は、倉敷市に根付いた、140年あまりの歴史を持つ私立高校で、県内でも珍しい多学科制が特徴です。すべての学科で茶道を正式な授業に取り入れている点も、他にはないユニークな特徴だと自負しています。
広報部は、部長以下15名ほどで構成され、教職員と法人職員が協力して運営しています。主な業務は、オープンスクールやイベントの企画運営、学校パンフレット作成、ホームページ管理などです。SNS関係は、私が担当しています。
ー2022年から広報活動に力を入れ始めたそうですが、そのきっかけや当時抱えていた広報に関する課題について教えてください。
2020年、コロナ禍で学校が休校となり、イベントもすべてオンラインでの実施に。世の中でも、あらゆるやり取りがオンラインベースになったほか、当時は定員割れしていたという課題もあり、学校広報としてもSNSの活用が必須になると感じていました。そのような状況を、広報戦略の見直しにつなげる契機と捉え、2021年に学校としてのSNS活用を提案。しかし、前例がないこともあり、学校側の理解を得られませんでした。
そんななか、学校の情報機器の整備が進み、部活動として新たに「eスポーツ部」を立ち上げることに。それに合わせて、部活動日記的なコンテンツをSNSで試しに発信し、学校ではなく部活動という単位で、まずは小さな前例をつくるところから始めました。学校現場ではよくあることですが、0から1を生み出そうとする戦略は、合意を得にくい傾向があります。ただ、一度でも成果がでると、その後はスムーズに進むケースが多いので、その展開を狙っていた部分はありますね。
ーSNS投稿のなかでも、特にTikTokでの投稿が話題です。どのような内容だったのでしょうか。
話題となったきっかけは、2022年秋に投稿した、「文化祭でバレーボール部の生徒と顧問の先生が一緒に踊る動画」でした。そのバレー部の顧問が、学校説明会などで中学校を訪問すると、「この先生見たことがある!」「動画で知ってる!」などといった反響があったほどです。TikTokで話題になった動画=学生の間で認知されていることになるので、トレンドを押さえたコンテンツは、翠松高校のターゲットとなる中学生にも見てもらいやすいのではと考えるようになりました。
動画の再生が多かった日は、ホームページのアクセス数もかなり増えました。SNSの効果を実感するには十分な効果でしたね。当時は、eスポーツ部のアカウントとして投稿していましたが、効果が表れたことをきっかけに、学校アカウントとして運営することになりました。
約2年で総再生3.5億/総いいね1,250万。“バズる仕掛け”とは
―SNSのコンテンツ制作では、どのようなことを心がけていますか。
前提として、SNSに登場する生徒の個人名は出さない、顔が映る場合は本人や保護者の許可を得るなど、基本的なことに関しては当然注意を払っています。複数人が映り込むコンテンツの場合、顔を出したくない生徒がいれば、画角に入り込まないように留意するなど、プライバシーへの配慮も徹底していますね。
コンテンツの内容という面においては、各プラットフォームに適したコンテンツを投稿するように意識しています。主軸となっているTikTokは、アルゴリズム的に再生数を稼ぎやすいSNS。その特性を活かし、まずは認知を獲得すること、次にサイト流入へつなげることを目的として、コンテンツを作成しています。そのため、「再生数が取れるコンテンツなのか」という視点は意識していますね。それに加えて、世の中の流行と学校のカルチャーや出来事をうまく“かけ算”し、翠松流にカスタマイズすることで、本校ならではの魅力を発信することも心掛けている点です。
ーTikTok投稿において、“かけ算”を活用した具体例を教えてください。
2023年の冬頃、「何かを紹介するフォーマット」がTikTok上で流行っていました。そこに、ちょうど本校の制服リニューアルのタイミングが重なり、このフォーマットを使って、生徒に制服紹介をしてもらいました。これが大きな反響を呼び、現在は約31万いいね・コメント1,000件超まで伸びています。ほかにも、TikTokでは、ここ1年ほどショートドラマ形式のコンテンツが流行っているので、それを翠松高校のコンテンツにも取り入れました。生徒が出演するショートドラマなので、よりリアルな高校生活や雰囲気を伝えることにも寄与していますね。
ー流行りのフォーマットをはじめ、さまざまなコンテンツを投稿されていますが、コンテンツ自体は生徒が企画しているのですか?
実は、すべて僕が企画しています(笑)。とはいえ、その時々で何が流行っているのか、TikTokに最近何が表示されるのかなどは、生徒たちからもインプットをもらっています。具体的には、どんなコンテンツをいいねや保存しているのかを聞いていますね。ある意味、“トレンドの最先端をすぐにヒアリングできる特殊な環境”にいることも、コンテンツ作りにおいてかなり重要だと感じます。
ー2024年4月にホームページもリニューアルされました。従来の学校のホームページとは一線を画す、ビジュアル重視のデザインが特徴です。
TikTokで話題になった当初、それをきっかけに、多くの中学生や高校生、さらには企業の方々がホームページを訪れてくれるようになりました。一方で、従来のホームページは、いわゆる学校法人のサイトという印象。TikTokから受けるイメージとの乖離があると感じていました。しかし、ホームページまで訪れてくれるのは、学校に興味を持ってくれた人です。そうした方々に「期待外れ」だと思わせるのではなく、「この学校は面白い」と感じてもらえる仕掛けが必要だと考え、ホームページ制作を担当する会社と協議を重ねました。そうして完成したのが、インパクトのある現在のホームページです。特に、「訪問者がホームページ内のコンテンツをさらに見たくなるような仕掛け」を意識してデザインしました。
SNS活用前比で入学者数は150%に!学校広報としてのさらなる挑戦
選ばれるポイントは“入学後をリアルに想像できる”こと
ー活動を通して、どのような影響がありましたか?
正直、運営している私たちも、どの程度数字に結びつくかわからない部分がありましたが、出願者数や入学者数の増加に明確な効果が表れました。具体的には、2021年に284人だった入学者数が、2024年には445人となり、この増加理由を分析すると、広報戦略以外に大きな理由が見当たらないという結論になりました。SNSは本当に効果があったのだなと感じています。
SNSの中に登場する生徒は、実際に本校の生徒です。受験生にとっては、自分が入学してからの高校生活がイメージしやすいのだろうなと思いますね。学校の雰囲気や先生の印象もわかります。生徒たちがいきいきと楽しそうにしている様子が伝わり、受験生に選ばれていると言えるのではないかと思います。
ー進学という観点では、生徒だけでなく、保護者からも選ばれる学校になることが重要だと思います。そのあたりで、広報戦略が成果を上げた部分はどこになるのでしょうか。
生徒の満足感や充実感が、保護者の満足感や充実感に直結しています。なので、保護者に対して特別なアプローチを考えるというより、今の生徒が充実した学校生活を送れるように環境を整えることが、一番大切だと考えていますね。SNSについても、どういう考えで取り組んでいるのか、コンセプトは何かを常に生徒に伝えています。高校生だと、そのあたりのことも自分で考えて消化できる年代なので、生徒側から保護者にしっかり伝えてくれているのかなと。繰り返しにはなりますが、今の学校やカリキュラムの中で、生徒をしっかり満足させることが重要ですね。
ー等身大の生徒や学校の姿をそのまま見せて、それを受験生や保護者に正しく伝えることが、学校現場として考える広報のテーマになるのでしょうか。
そう思います。世の中にプロモーションと結びついた情報はあふれていますが、本校は、生徒に学校を宣伝させるつもりはありません。SNSを見ている人には、生徒のありのままの姿を見てもらい、リアクションしてもらう。その一点を意識しています。
仕事に直結、地域と連携…SNSの繋がりは広報の枠を超える
ーSNSの活用が進んだ結果、生徒とSNSの関係性に変化は見られましたか?
自分たちが発信者になることで意識が変わったように感じます。卒業生の中には、SNSを通じて企業やクリエイターとつながり、仕事に発展した子もいます。SNSを、単なる情報消費の場としてではなく、新しい可能性を生むツールであることを、僕も生徒も実感していますね。
ー今後の広報戦略や、SNSの活用について教えてください。
TikTokのフォロワーは13万人を超え、すでに学校広報としての役割は十分に果たしています。しかし、入学者数や生徒数には限界があるため、フォロワー数の拡大を目標にするつもりはありません。むしろ、フォロワー数が多いことで、さまざまな企業との連携や対話の可能性が開かれたことに意味があると感じています。ですから、これからは地元企業とのコラボレーションや地域プロモーションといった、新たな取り組みに力を入れていきたいです。SNSによって生まれた広がりは、学校にも生徒にもプラスになるため、さまざまな方との出会いにつながるツールにしていきたいと考えています。
一方で、SNSに頼るばかりではなく、ローカルな広報活動も大切です。中学校訪問などの直接的な交流も疎かにならないよう、SNSと“直接人と関わる広報”の2本柱を、今後も貫いていきたいです。
インタビューライター・スポーツリサーチャー。新聞記者として27年間、取材と執筆に従事。2021年からオウンドメディアや雑誌で「価値を引き出す、ココロを紡ぐ」インタビュー記事を中心に執筆。競技団体の広報も行う。ケーキを相棒に大学院博士課程との両立中。