和歌山県の規格外フルーツを使用したおやつ『無添加こどもグミぃ~。』が、子育てママの間で話題になっています。驚くのは、広告出稿なしでテレビや新聞などのメディアに300件以上取り上げられていることです。Instagramを活用して認知度を高め、商品発売直後は一時完売するほどの人気ぶり。フードロスや障害者雇用の創出など、社会課題の解決にもつながっています。
この人気商品を展開するのが、日本アントレプレナー大賞や、経済産業省 JETRO「始動」で優秀賞受賞歴を持つ、株式会社やまやまの代表を務める猪原有紀子さんです。商品の発売前から、どのようにして多数のファンを獲得したのでしょうか?多くのメディアに取り上げられるために、工夫していることとは?猪原さんのファンづくりの戦略とメディアリレーションのコツについて探ります。
株式会社やまやま 代表取締役 猪原 有紀子 1986年生まれ、大阪府出身。ウェブマーケティング会社に入社後、出向先の通販会社にてEC事業部マネージャーを務める。同時期にグロービス経営大学院で経営学を学び、知見を深める。和歌山県への移住を契機に会社を退職し、2022年やまやまを起業。自身の育児経験をもとに、現在は、複数のソーシャルビジネスや社会起業スクールを展開する。経済産業省・JETRO「始動 Next Innovator 2022」シリコンバレー・プログラム選抜メンバーほか、ビジネスコンテストでの受賞経験多数。 |
CONTENTS
3つの社会課題にアプローチ。原体験から生まれた『無添加こどもグミぃ~。』
商品化まで4年!育児で感じた「おやつストレス」解決のため起業
ー『無添加こどもグミぃ~。』は、猪原さん自身の体験から生まれた商品だそうですね。商品の開発経緯について教えてください。
『無添加こどもグミぃ~。(以下、グミぃ)』は、和歌山県の規格外の廃棄フルーツを、ドライフルーツに加工した商品です。グミのような食感ですが、ゼラチンなどの添加物は一切使用していないため、ママが子どもに安心してあげられるお菓子です。
商品を作ろうと思ったきっかけは、私が長男の育児中に感じた「おやつストレス」でした。当時、祖父が長男に市販のグミをあげたことで、お菓子ばかり欲しがるようになってしまったのです。親として、着色料や添加物がたくさん含まれている市販のお菓子は、できればあげたくない。でも、添加物のないお菓子は種類も少なく、地味な色や硬い触感で子どもは好まない。「市販品のように見た目もカラフルで、安心してあげられる無添加のお菓子があればいいのに!」と感じたことが出発点です。
「無添加のお菓子ってどうやって作るんだろう」と考えていた2016年の冬、移住候補地だった和歌山県で、鮮やかなオレンジ色の柿が畑に大量に廃棄されているのを見て、「これだ!」と思ったんです。現在住んでいる和歌山県かつらぎ町は、「フルーツ王国」と呼ばれており、果樹農家が多いのですが、見た目やサイズが規格外のフルーツは市場に出荷できないため、一定量廃棄せざるを得ません。しかし、廃棄されている果物は、市販のお菓子のように色鮮やかで、グミにするにはもってこい。このような背景から、“規格外のフルーツ”をグミにしようと決めました。
しかし、最初は農家に説明して廃棄フルーツを買い取ることにも一苦労。また、皮の形状や質感は果物ごとに異なるため、乾燥温度やカットも果物ごとに変える必要がありました。大学と共同開発をおこなって何万通りもの実験を繰り返し、構想から商品化するまでには4年かかりました。
農家、障害者福祉施設、親子の三方よし構造“ゴールデントライアングル”
ー障害者雇用の創出など、『グミぃ』は地域が抱える社会課題も解決しています。この仕組みについて、詳しく教えてください。
商品が流通することで、農家、障害者福祉施設、親子が三方良しの構造になることを、私は「ゴールデントライアングル」と呼んでいます。それぞれのメリットは以下の通りです。
1.農家
前述した、果樹農家が排出する廃棄フルーツは、生産量の3割にものぼると言われています。果物を廃棄することがなくなればフードロス削減になり、農家の持続的な経営にもつながります。
2.障害者福祉施設
農家から買い取った規格外フルーツは、障害者福祉施設にて手作業で商品へと加工しています。フルーツの加工作業には多くの工程があるため、障害の程度によって参加できる工程に関わってもらっています。継続して仕事を委託することで、私たちは商品を安定して供給することができ、作業所は障害者雇用を維持することができるのです。また、「子どものおやつを作る」工程に携わることは、障害のある人たちが働くモチベーションにもなっていると伺っています。
3.親子
加工された商品は、全国の子育てママに届けられます。育児ストレスが蓄積すると、産後うつや児童虐待といった社会課題を引き起こしますが、『グミぃ』は原材料がフルーツだけなので、食事前や忙しい時にも罪悪感がなくあげることができます。そして、育児ストレスを感じないことで、親は子どもと笑顔で過ごすことができるようになるのです。
このように、商品が広く行きわたることにより、結果的に3つの社会課題が解決される仕組みとなっています。
広告ゼロ!Instagram活用で発売前からファン創出
ターゲットは過去の自分。経験からインサイトを紐解き、効果的なアプローチに
ー『グミぃ』は、発売前から子育てママとのコネクションを築き、多くのファンが付いています。具体的には、どのようにコミュニケーションを取っていたのでしょうか。
『グミぃ』は、「おやつストレス」をはじめとする、子育てに悩んでいた過去の私がターゲットです。そのため、当時の私の気持ちや行動を振り返って、「どうコミュニケーションを取れば当時の自分が興味を持つのか」を想定しながら進めました。
まず、コミュニケーションツールとしては、私含め、子育てママの多くが利用するInstagramを活用。「オーガニック」や「無添加」などの情報を発信するアカウントのフォロワーを確認し、子育てママのアカウントをフォローしていきました。
そして、重要なメッセージの部分は、自分の経験から子育てママに響く言葉を選択。ママにとってつらいのは、子どもを怒ってしまうことなので、「大切な子どもに、育児ストレスで怒りたくないですよね。月2,000円で育児のイライラを解消しませんか」などといったストーリーでアプローチしていきましたね。
ー実際に、多くのママとやり取りをされていたと伺いました。
そうなんです。発売前に、商品を試してくれるアンバサダーを募集したのですが、当時のフォロワーが1,000人程度だったのにも関わらず、約700人の応募がありました。日頃からInstagram上でやり取りをしていたので、フォロワーのエンゲージメントはとても高かったと感じます。
応募者から70人のアンバサダーを選出し、一人ひとりとDMを通してやり取りしました。「このフルーツはどう思う?」と聞いたり、試供品を提供して「子どもたちは食べてくれた?」とヒアリングしたり、かなり密にコミュニケーションを取っていましたね。「販売価格が高くなりそう」と相談した際も、「たしかに高いけれど、製造の過程を知っているから、この価格でも納得できるよ」と、ママに後押ししてもらうことも多かったです。
「お客さん」から「関係者」へと変化させ、当事者意識を生む
ー商品発売前から、高いエンゲージメントを得た要因はどこにあると思いますか?
個人事業ならではの、丁寧なコミュニケーションを意識したことが良かったのだと思います。たとえば企業の場合、「商品を提供し、PR投稿をしてもらう」という流れが大半で、私のように「1対1でやり取りをする」「商品の開発段階から何度も意見を求める」など、手間のかかることはできません。しかし、密なやり取りをおこなうことで、ママたちは「お客さん」という立場から「関係者」になり、自分たちも一緒に商品を作っている気持ちになる。そうした、当事者意識を生むコミュニケーションが、応援してくれる人を増やすカギになったと思います。
ー販売してからの反響はどうでしたか。
私からは依頼していないにも関わらず、アンバサダーの方たちが、自主的に『グミぃ』のアカウントの投稿をシェアし、感想を投稿してくれましたね。そして、その投稿を見た他のママたちも、商品に興味を持ってくれる…といった形で、口コミで商品がどんどん広まり、急いで販売体制を立て直したほどです。
また、商品が売れるにつれて、潜在ニーズも見えてきました。たとえば、食べ物アレルギーがある子、「吸い食べ」といって食べ物を噛むことが苦手な子、ご飯や離乳食は食べないけれどお菓子なら食べる子など、さまざまなお子さんにニーズがあったんです。いまは、そのような方々にも利用してもらえるよう、アプローチの幅を広げています。
常に相手を思ったコミュニケーションが魅力的な事業を創り上げる
ECでもメディアでも大切なのは「いかに価値のある情報だと思わせるか」
ー『グミぃ』は、テレビなどのメディアにも、多数掲載されています。メディア露出の観点で、工夫したことはありますか。
まずは、掲載実績をつくることが重要だと考え、記事として取り上げてもらえる確率が高いウェブメディアや地方紙を中心に、プレスリリースを配信しました。「フルーツを使ったグミ新発売」という内容では目に止めてもらえないので、「地方移住した、3児を子育て中のママが開発」「廃棄フルーツを使用してフードロス解消」など、メディアがニュースに取り上げやすいキーワードを盛り込むようにしました。ウェブメディアだけでも、発売から2か月の間で200件は情報を送りましたが、10件のうち1件以上は掲載につながった感覚があり、次第にテレビや大手メディアにも取り上げられるようになりました。
私の中では、ネット通販でもメディアでも向き合い方は同じで、大切なのは、いかに相手のことを考え、相手にとって価値のある商品や情報だと思ってもらえるか。届ける先がメディアだとするならば、話を聞いてみたいと思うような内容にまとめて発信しなければ、興味を持ってもらえないですよね。相手の欲しいものを届けるという点では、個人も企業もやり方は変わらないと考えています。
ー一方で、開発の苦労や販売にいたるまでに大変だったことなども、包み隠さず公開していますよね。
そもそもすべてがうまくいっている話は、受け手としても面白くないし、共感も得られません。どんな偉人や成功者も、必ず成功前には苦労したエピソードを抱えていますし、私は「悔しいことは、ラッキーなことがくる前触れ」と考えています。そのため、泣くほど苦しい経験をしている時には、「こんなに辛いなんて、この後はどんな良いことが起こるんだろう!」という気持ちで向き合っていますね。そして、苦しい時の気持ちやエピソードは見えないところに書き残しておいて、問題が解決し、自分で振り返りができるようになったタイミングで、「実は、あの時こんなことがありました!」と公開しています。
自然とファンが集う猪原さんが大切にする3つの軸
ー猪原さんのマインドや考え方、立ち振る舞いには、自然と引き寄せられファンになってしまうような魅力がありますよね。ご自身のなかで大切にされている軸などはありますか?
3つあります。1つ目は、なりふり構わずにやっている姿を見せることです。何かに挑戦したり、新しいことを始めたり、といった状況では、恥ずかしさや「失敗したらどうしよう」という感情が付きまといます。ですが、そのような感情はプラスに働かないため、「本気でやるんだ」という覚悟を周囲に示し、自分なりにがむしゃらに頑張ることが、人やご縁を呼ぶことにつながるのではないかと思いますね。また、私は、頭の中で考えていることを必ず人に話すようにしています。『グミぃ』の開発や商品化においても、「こんなことをやりたい」と誰かに話すことで、「それができる人知ってるよ」と新しいご縁につながった場面がありましたね。
2つ目は、リスクも取ることです。実際に私は、事業をおこなうにあたって、縁のない土地に移住し、新卒から務めた会社を退社して、借金などのリスクも背負っています。先述した、「すべてうまくいった話には誰も興味がない」という部分にも少しつながりますが、多少のリスクを負うことは大切だと思います。
3つ目は、「社会に対してなにができるか」という大義をひとつ掲げることです。やまやまの事業の根底にあるのは、「子育てママを笑顔にしたい」という軸。あれもこれもと欲張るとメッセージがブレてしまうので、すべての事業の原点として、必ず最初にこの軸を掲げています。
ーそのようなスタンスが、猪原さんの魅力やご活躍につながっているのですね。さいごに、今後の展望についてお聞かせください。
現在、私が開催している社会起業スクールの受講生は、8割がママなのですが、キャリアと子育てに悩んでいる人がとても多いんです。しかし、本来は自分の進みたいキャリアと子育てを両立させることが理想ですし、そうありたいと考えている人がほとんどです。けれども、いまの社会ではそれが難しく、できないことが当たり前になっている。そんな社会を変えて、ママたちが活躍できる世の中にしていきたいですし、そんなママたちが全国各地に生まれたら、社会がどんどん良くなっていくと思うんです。そこを目指して、これからも子育てママを支えられるようなあらゆる活動をおこなっていきたいです。
1984年生まれ、千葉県出身。アパレル会社の営業兼販売員、出版社の月刊誌編集、IT企業の広報・プロモーションを経て、編集・企画・ライターとして独立。現在はビジネスメディアを中心に活動している。経営層から学生まで、人物取材が得意。