不動産の新しい形『さかさま不動産』を後押ししたPR活動とは。アワードグランプリ受賞事例を紐解く

昨年12月に授賞式が行われた、『PRアワードグランプリ2023』(以下、PRアワード)。PR GENICでは、アワード受賞作品の実施背景やPRポイントを紐解いていきます。2023年度の受賞事例シリーズ第2弾は、グランプリを受賞した株式会社On-Coの不動産ウェブサービス『さかさま不動産』です。今回は、同社の代表取締役 水谷岳史さんと、取締役/PR担当 福田ミキさんにインタビューを実施。『さかさま不動産』誕生の背景から、グランプリ受賞の裏側にあるPR戦略、そしてあらゆるステークホルダーを通して成長する『さかさま不動産』の勘所に迫ります。

不動産の新たな形。原体験から生まれた『さかさま不動産』

ーはじめに、『さかさま不動産』とはどのようなサービスなのか教えてください。

水谷:『さかさま不動産』は、「貸したい人」の不動産情報を流通させるのではなく、「借りたい人」の情報を流通させるウェブサイトです。「なぜ借りたいのか」「そこで何をやりたいのか」という想いを載せて、それを物件を持っている大家さんが読み、借主を選ぶというサービスになっています。

ー一般的な不動産サイトとは真逆ですよね。なぜ、そのようなサイトをはじめたのでしょうか?

水谷:僕自身が、サービスと同じようなコミュニケーションを実際に体験していたことがきっかけです。というのも、2011年から名古屋の近くで「空き家の活用」という文脈のもと、空き家を改装したシェアハウスや飲食店をやっていたんですね。その時に、空き家を借りるためにやっていた方法が「自分たちが空き家で何をやっているのか、何をやりたいのかを大家さんに伝える」というものでした。

大家さんと言っても、近所でお酒を飲んでいるおじさんのような人たちです。僕のことなんてまったく知らないですし、信頼関係もないため、まずは「自分が何者なのか」を伝えることを大切にしていました。そして、少し仲良くなってから、すでに改装した別の空き家を見に来てもらうと「楽しそうだね。こういう風に使うんだったら貸してもいいよ」と言ってくれて。このような形で8軒ほど貸してもらっていたんです。

代表取締役 水谷 岳史さん


ー『さかさま不動産』は、ご自身の原体験をそのままサービスにしたものなのですね。

水谷:そうですね。そのような活動を続けているうちに、若い子から「空き家を借りたいんですけど、どうしたらいいですか?」という相談が増えてきたんです。同時に、大家さん側からも「君たちみたいな人に貸したいんだけど、どうしたらいい?」と相談されるようになって。

大家さんは、借りてくれれば誰でもいいというわけではないので、物件情報を出したくない人が多い一方で、若い子は日常的にSNSなどを活用しているため、情報発信をすることに慣れている。僕は日々のコミュニケーションを通して双方の事情を理解していたので、「情報を出しやすい人(借りたい人)の情報を流通させて、情報を出しにくい・出したくない人(貸したい人)に選んでもらう仕組み」をつくれば全国的に活用できるのではないかと思い、『さかさま不動産』を始めました。なので、突然このアイデアをひらめいたわけではなく、色濃い原体験があって、双方とのコミュニケーションを通して特性を理解していたからこそ生まれたアイデアだと言えますね。

行動変容を促すことにフォーカスしたPR戦略とは?

“ローカル向けのPR”を意識し、借主・貸主に合わせた最適なアプローチを

取締役/PR 福田 ミキさん


ー借りたい人と貸したい人、双方のインサイトを深く理解していたところが本施策のポイントですね。その後、
PRアワードでグランプリを受賞されましたが、PR戦略も当初から考えていたのでしょうか?

水谷:最初はまったく考えていませんでしたね(笑)。

福田:そうですね(笑)。水谷くんにとっては、シンプルに「不動産流通の新しい形をつくる」という挑戦だったんです。それは、言ってしまえば新しい文化を浸透させるということ。それには、PRの力が必要不可欠だと感じ、はじめは応援という形で、私がPR部分を担う体制でチームに参加しました。

参加した当初、私はフリーランスのPRパーソンとして、都市部からローカルまで幅広くPR代行をしていて。色々な案件に携わる中で、都市とローカルにおけるPRでは、重要なポイントが異なっていると感じていました。たとえば、都市部向けのPRはメディアリレーションが重要な一方で、ローカル向けのPRはもっと泥臭く、地域のキーマンを押さえながら、いかにその地域の人に応援してもらえるのかなどが重要になってきます。そのようなローカル向けのPRを『さかさま不動産』に落とし込んでいくという意識はしていましたね。

ーそれでは、サービスのローンチ当初、ユーザーに対してどのように認知を広めていったのでしょうか?

水谷:運営開始当初は、オーガニックで「借りたい人として登録したい」という人はあまりいなかったため、友人や知り合いづてに「お店をやりたくて探している子がいたらインタビューさせてよ」とお願いして、少しずつ増やしていきました。なので、借りたい人は口コミで広げていったのが事実ですね。大家さんに対しては、基本的に僕たちがアクティブにアプローチをかけることはできないので、何かのイベントに行って大家さんに出会った時に、「ヒアリングさせてください」「『さかさま不動産』の取り組みを見てください」などと伝えて地道に認知を広げていました。

福田:水谷くんが言うように、借りたい人と大家さんへのアプローチは、まったく異なります。運営が軌道に乗り出してからは、『さかさマガジン』を作って、『さかさま不動産』とはなにかを伝える活動にも重きを置いていました。お店をやっている人の周りには「お店をやってみたい」と思っている人がいたりするので、そのようなコミュニティにどう届けていくのかは意識していましたね。

関わるステークホルダーそれぞれの物語に着目

ー情報発信をしていく際に、なにか意識されたことはあるのでしょうか。

福田:当初から、マッチング件数を増やすよりも、一つひとつのマッチングの質を大事にしようという考え方だったので、マッチングが成立する度に、その背景や借主と貸主の双方の想いを丁寧にヒアリングし、プレスリリースとして公開していました。“マッチングした後も続く関係性を大切にしていこう”という部分を軸にしていましたね。

水谷:僕は、そもそも『さかさま不動産』を短絡的なビジネスモデルにしないと決めていました。いまの世の中で社会課題として残っている問題は、ビジネスにならないから解決できていないと思っていて。そのひとつが空き家問題だと考えています。なので、はじめからビジネスで解決するのは無理なんだろうなと感じていましたし、これは“ビジネスにならない社会課題の解決方法がどれだけ続くかという実験”でもあるんです。

その場合、マッチングの数を追いかけても追いかけなくてもお金は増えませんよね。そこで改めて「自分たちのモチベーションが続くもの」を考えた時に、僕らが欲しいと思ったのは「『さかさま不動産』があったおかげでこんな挑戦ができた」「『さかさま不動産』のおかげで、こんな借主・貸主と出会えて幸せになった」といった反響だったんです。マッチング数を追うよりも、そこの質を高めた方が栄養価が高いし、それを求めなければ僕らが疲弊してしまうと考えていました。

ーキャッチーな見せ方や派手な伝え方をしたわけではなく、リリースなどを通して『さかさま不動産』が大切にしていることや、本質的なサービスの価値を丁寧に伝えて、地道に広めていかれたんですね。

福田:そうですね。私たちが大切にしてきたのは、『さかさま不動産』という新たな試みによって、ユーザーにどのような行動変容が生まれたかであり、それを可視化していくことです。その場合、事業者とお客さんの2軸ではなく、関わるステークホルダーそれぞれの物語に着目することが大切だと思っています。そこが、PRアワードで評価された点でもあると思うので、このやり方で合っていたんだなと再確認できた感覚ですね。

PR=関係性づくり。ステークホルダーを通じて成長する『さかさま不動産』の今後

年間メディア掲載122回!3日に1回ペースで露出を獲得する裏側

ー『さかさま不動産』に対するメディアの反応はいかがでしたか?

福田:多くの反響をいただいています。今でも、3日に1回ほどなにかしらのメディアに掲載いただいていますね。一方で、メディアに載ることがゴールではなく、メディアを通じて社会に想いをちゃんと伝えられるのが何よりも重要だと考えているので、取材依頼に対してメディアの方と一緒に企画を考えることもあります。そのようなやり取りを通じて、社会からフィードバックを得られるとともに、メディアの強みである「事業と社会の道筋の立て方」についても学ばせてもらっています

水谷:昨年だけでメディアに122回露出しているので、かなり掲載いただいた感覚はありますね。僕自身、PRを意識して「空き家」という社会課題を選んだわけではありませんが、他の人がやっていることを僕たちがやってもニュースにはなっていきません。そういった意味では、他にはない新規性をどうつくっていくのかは、最初から意識していました。

挑戦の先で見えた、日本全国1,700の自治体へと広まる可能性

ー昨年末には「公式LINE」も始められましたよね。こちらはどのように活用していますか?

水谷:『さかさま不動産』のLINEでは、空き家を持っている人が具体的な住所まで言わずに、市町村名だけで登録できるようにしています。登録後は、近隣エリアで借りたい人が現れたときにLINEが送られる仕組みです。全国の大家さんが詳しい不動産情報を公開せずに借りたい人を探せるようになったのは、おそらく初めてじゃないかと思います。登録すると、借りたい人が勝手にプレゼンしてくれるので、大家さんの数も借りたい人の数も増える気がしています。

これから行政は、空き家対策や移住手順の対策などをますます積極的におこなっていきますよね。それに該当する自治体は、日本全国に約1,700あります。これまでの経験から、株式会社On-Coが自治体の情報も、家づくりやまちづくりのノウハウもどちらも持っているとなると、自治体が何かプロジェクトをやろうとしたときには「『さかさま不動産』と連携したほうが早い」という判断になると感じています。

「ビジネスにならない社会課題の解決方法がどれだけ続くかという実験」を続けてきたら、ビジネスとしても大きく育つ可能性が見えてきたんですね。

水谷:そうなんですよ。実は先日、長野県の生坂村が固定資産税の納付書にさかさま不動産のLINE登録の案内を入れてくれることになったんです。僕たちのサービスに協力してくださったことへの感謝はもちろんですが、“ひとつの自治体が協力してくれた”という事実がとても大切で。これによって、他の自治体も取り入れることができると分かったと同時に、全国1,700の自治体にも広がる可能性も見えてきました。そうなると、僕たちが日本で1番、全国の不動産情報を所有する会社になるかもしれませんよね。

そう考えると夢があります。マーケットはとても大きかったということに、半年前に気づきました(笑)。このような事業をビジネスだけで考える人もいると思いますが、僕たちにはこれまでの積み重ねがあって、大事にしてきたマナーがある。そこが大切だと思っています。

『さかさま不動産』という概念の確立を目指して

ーさいごに、『さかさま不動産』のさらなるビジョンについて教えてください。

水谷:今までは、借りたい人が不動産を選択することしかできませんでした。ですが、大家さんが借主を選択することだってあってもいいんじゃないかと、僕たちは社会に投げている気がしています。僕が10年前にシェアハウスをやっていた時、シェアハウス自体はまだ珍しい時代でしたが、「共同生活」という文化としてはすでに存在していましたよね。そこに「シェアハウス」という新しい名前ができたことで、イメージが変わって一般化されたわけです。僕は、その流れに憧れを持っていて、これから“『さかさま不動産』的な概念”をつくれるんじゃないかなと思っているんです。たとえば「それ『さかさま不動産』っぽいね」みたいな言葉が生まれてきて、さらに他のサービスが生まれることがあったり。この概念が、選択肢を増やす発明的な考えであれば、社会がもっと選択肢を増やせるきっかけになると思っています。

福田:フリーランスのPRパーソンを経て、「PRはアピールやSNS発信のことだと思っていた」と言われたり、単なる発信機能として捉えられたりする場面にたくさん遭遇してきましたが、その度に「PRは、パブリックリレーションズ。関係性づくりなんです」と伝えてきました。発信して得たフィードバックをサービスにどう生かすか、社会が感じている価値はどこか、我々にとって質とは何か。これらを経営者(事業者)と議論し、サービス設計や経営方針に反映させていくことが大切です。そういった意味では、常に事業を問い、変わり続ける循環を作ることがPRの機能だと、私は思っています。そこの調整をまさに今、『さかさま不動産』や弊社のいろいろなプロジェクトを通して挑戦しているところです。ぜひ、ご期待ください。

関連記事

  1. なぜ令和のビジネスにカスタマーサクセスが必要なのか。企業における“顧客の成功体験”の重要性

  2. 市民の半数以上が“尼崎の印象アップ”を実感!注目のシティプロモーション『あまらぶ大作戦』に迫る

  3. 「トライブマーケティング」を企画に落とし込むには?話題の3事例をトライブ視点で紐解いてみる

  4. 生活者視点のコーポレートコミュニケーションはマーケティングにも貢献する!企業力を高めるダイキンの広報活動

  5. 若者トレンドを押さえるキーワードはズバリ「共感」と「共創」。若者のリアルな声を若年層マーケティングに生かす方法とは?

  6. 年間約200件の圧倒的メディア露出!サンコー広報・ekkyに訊く「広報の極意」

  7. インフルエンサーのD2Cブランドが強い理由。“自主発信”で勝ち抜くウェブプロモーション

  8. 『旅する喫茶』はなぜ人気?地方創生にも寄与する“映え”だけではない魅力に迫る