”よなよなエール”や”水曜日のネコ”などのクラフトビールで人気を誇る、株式会社ヤッホーブルーイングは、その独自のファンマーケティング手法で注目を浴び続けています。そんなヤッホーブルーイングが、優れたPR事例を選考・顕彰する2019年PRアワードグランプリで、見事シルバー賞を受賞したのは、『社会人のための飲み会平和化プロジェクト「チーム“ビール”ディング」』の取り組みでした。
当プロジェクトは、“社会人の飲み会の平和化”を目的に2018年8月に発足。先輩風をAIで可視化することでユーモラスに啓発するマシン『先輩風壱号』と、質の高い雑談を生むことで真の無礼講を実現する『無礼講ースター』のプロダクト開発に加え、企業・団体に向けたワークショップなども実施しました。新たなプロダクトの開発や取り組みを通じて、社会人の飲み会の場に潜む課題に切り込んだこのプロジェクトですが、根底にはどのような狙いや目的があったのでしょうか?今回はヤッホーブルーイングの広報担当・渡部翔一さんにお話しをお伺いしました。
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クラフトビールメーカーが“職場に潜む課題”にアプローチし続ける理由
PRアワードグランプリ2度目の受賞を果たした2019年
ーPRアワードグランプリのシルバー受賞おめでとうございます。2017年の『定時退社協会』に続き、今回の『チーム”ビール”ディング』で2度目の受賞だと思いますが、なぜヤッホーブルーイングは職場に潜む課題にアプローチし続けているのでしょうか?
ありがとうございます。2017年から、働き方や職場の飲み会に関する動画を使ったPR施策を続けていますが、すべての活動において、自由なカルチャーを持つクラフトビールならではの文化を伝えていくことを大切にしています。
まず、“早く帰れる夜をふやそう”を合言葉に取り組んだ、2017年の『定時退社協会』は、ちょうど「プレミアムフライデー」が導入されて話題になっていた時に、早く帰るよりも前に、”そもそも定時で上がれるようにならないといけないよね”っていう話が社内で上がったところから始まりました。定時で上がれば、家でゆっくりできる時間が増えるので、おいしくビールを飲んでもらえる機会も増えます。
続いて、“社会人のための飲み会平和化”を目的に発足した、今回の『チーム”ビール”ディング』は、2018年にパワハラやアルハラに関する問題が多かったので、自社の強みを生かしてこの社会課題にアプローチできないか考え、実施に至りました。
ヤッホーブルーイングに言えて、他のビールメーカーには言えない文脈
ー『チーム“ビール”ディング』ではどのようにブランドへの帰着を考えていたのですか?
いまの日本の職場では、パワハラやアルハラと同様に、”飲み会離れ”も増えています。全国800人のビジネスパーソンに飲み会の実態調査を行ったところ、上司が部下を飲み会に誘いづらくなっているという実態がある中で、実は部下には「飲み会の席で上司と対等に話せると、”より楽しくなる”と考えている」というニーズもあることが明らかになりました。
(調査結果はこちら⇒https://yonasato.com/column/teambeerding_project/)
なので、たとえ職場であってもフラットで楽しい飲み会を開くことが出来れば、職場の飲み会離れを阻止することができるはずですし、間接的にはなりますが、そこから店舗『YONA YONA BEERWORKS』への来店促進にも繋がって欲しいと思っています。
そもそもクラフトビールの文化って、とても自由なんです。種類が豊富にあったり、注ぐ文化がないので、お酌する必要がなかったり。”自分に合った好きなスタイルでビールを飲めばいい”という自由な文化が、クラフトビールの世界では根付いています。
職場の飲み会で飲みすぎてしまうのって、お酒を注がれ続けてしまうことも関係するじゃないですか。一方でクラフトビールには、お酌するというカルチャーは根付いていない。だから、”フラットに飲み会を楽しもう”っていうメッセージは、自由なカルチャーを持つクラフトビールを製造する自社だからこそ言える文脈なんです。この自由で楽しい飲み会文化を発信していくことで、その先にクラフトビールを連想してもらえたら嬉しいです。
”引き算経営”の企業が取り組む認知拡大施策
広告とは異なる手法で認知拡大を狙う
ーこれらの取り組みのそもそもの目的は何だったのですか?
これらの根幹にある目的は、認知拡大です。『よなよなエール』という製品を知ってもらいたいけれど、テレビCMなどはすごくお金がかかるので、ヤッホーブルーイングのマーケティングとはマッチしない。それじゃあどうする?ってなった時に、社会課題を解決するような取り組みを行うことで、話題化させることができるのではないかと考えました。
ー認知拡大を目指す中で、何かKPIとして設定していた指標はありますか?
動画や記事などのコンテンツを作り続けることを大切にしていて、再生回数などはKPIに置いていないです。先ほどお伝えしたように、最終的なゴールは「認知向上」であり、どう話題にできるかを重視していたので、細かな数字はあまり追っていませんでした。実際にどれだけ認知度が上がったかは、毎年行っている定点調査で測っています。
あとは、いかにパブリシティによるテレビ露出を獲得するかを常に意識していました。やはり認知を獲得する上では、テレビが有効的な手段だと考えているので、露出数や広告換算値はいつも計測しています。
様々な企業や団体を巻き込みブランドの新規ファンを獲得
ー実際にテレビなどに取り上げられて、どのような反響がありましたか?
「先輩風壱号は体験できますか?」「貸出してますか?」などのお問い合わせが多かったです。中には「イグノーベル賞には出さないんですか?」っていうお問い合わせもありました(笑)
そこで、『チーム”ビール”ディング研修』と言う形で、公募で『先輩風壱号』貸し出しを実施。公的な機関や企業など、計15の企業と団体から応募があって、実際に3つの企業・団体に出向いて研修を行いました。もちろんビールもセットで。これらの研修の様子がまた全国新聞やテレビに取り上げられることで、2回ほど話題の波が生まれましたし、研修を行った企業さんの中には、オウンドメディアやSNSで当日の写真を交えて発信して下さったところもあって、情報の2次派生も起こりました。
『無礼講ースター』に関しては、限定30個で販売した結果、3分で売り切れてしまって。完売後、「無礼講ースター再販しないんですか?」っていうお問い合わせが相次ぎました。一例ですが、北海道在住のとある会社員の方は、本当に社内のコミュニケーションで困っていたり、飲み会での雰囲気に課題を感じたりしてらっしゃいました。そこで、クラウドファンディングを自社サイトで行い、「1000個集まったら作ります」と宣言したところ、1か月以内に目標数を達成して、最終的には1400個の注文が入りました。職場の飲み会課題の解決策として注文して下さる方がたくさんいらっしゃったので、この取り組みには需要があることがわかりました。
2017年の『定時退社協会』についても、静岡市長からお声が掛かって、「定時退”茶”飴」を作って静岡市長自ら配るというのを行いました。
ーメディアを通じて、その向こう側にいる人を動かすことができた好事例ですね。これらの施策の費用対効果などは測っていたのでしょうか?
費用対効果でいうと、この一連の流れでは言及していないです。弊社の代表取締役社長である井手直行は、「引き算経営」を掲げていて、”100人中、たった1人が熱狂的に同社のビールを好きであればいい”というスモールマスを狙ったブランド戦略を打ち出しています。
また、毎年非常に高い売り上げ目標があるので、それを達成するために肩の力を入れるのではなく、”誰もやっていないことをしよう”の精神で、知恵を絞って活動することを大切にしています。だからこのプロジェクトでも、限られた予算の中で、社会課題に対して自分たちにしかできないことを発信することに、重きを置いていました。
ブランドと表裏一体にある企業カルチャーが熱狂的なファンを生み出す
経営理念が根付いた企業カルチャー
ーそもそもこれらの企画は何がきっかけで生まれるのですか?
社内カルチャーの影響が大きく、一般的な企業とは異なる飲み会文化が育まれていることが、最初の出発点ですかね。社内の関係性がフラットなので、飲みの席で上座下座は関係ありませんし、お酌する文化もありません。また、日常的に全員ニックネーム呼びをしていて、毎朝所属のユニットに関わらず、輪になってひとり1~2分ずつ会話をする「朝礼制度」などもあります。昨日の出来事など、他愛もない話を通じて自己開示する時間を作ることで、相手の人となりがわかるようになり、心理的安全性を高めることができます。それによって、社員同士で気軽に話しかけられるような環境が生まれるんです。
ーフラットな社風そのものがすべての企画のコアにあるんですね。
そうですね。ヤッホーブルーイングの社風は、フラットで合意形成を大切にしているので、社長に対しても全部YESではないです。今回のようなプロジェクトを考える際は、『よなよなエールプロダクション』というプロモーションユニットがあって、まずはそこで企画を考えて、随時社長の意見は参考程度にもらいつつ…っていう感じで進めています。社長が前を引っ張っているように見えて、実は後方支援スタイルなんです。
だから、入社する人も”フラットな環境で働きたい”と思っている人ばかりですし、誰かに必ず従うということはなく、必ず合意形成を取ることを大切にしています。このようなフラットな企業理念が社員に根付いているので、「飲み会をフラットに」のようなアイデアなども、自然と湧いてくる環境になっているのだと思います。
社員の協力体制がファンメイキングに直結する
ー合意形成を大切にされているとのことですが、新たなプロジェクトに取り組む際など、社内ではどのような反応になるのですか?
会社の取り組みに対して、協力するカルチャーが根付いていると思います。何か社員に協力を乞うときは、全社にメールを送って賛同してくれそうな人を募っていますよ。
『定時退社協会』の取り組みの一環で実施した『定時退社訓練』でも、つながりのある企業に声を掛けて、ビジネス関係の有無に関わらず、社員のリレーションのある所から巻き込み、人を募りました。なので、お金のやり取りはほとんど発生しておらず、集まったのは主に社員の知り合いや友人ばかりです。その結果、参加者の楽しそうな様子を、緊張感なくリアリティ感たっぷりに撮影できたのではないかと思っています。
ヤッホーブルーイングが目指す社会との関わり方
会社のマインドを通じてクラフトビールや自由な文化を広めたい
ー職場に様々な課題が潜む日本社会の中で、今後何か成し遂げたいことはありますか?
まずは、自社が「Great Place to Work(働きがいのある企業)」のベストカンパニーにランクインするように活動していくことで、フラットなカルチャーの重要性を示していきたいです。そこに、課題意識を持っている方々がアクセスしてきて、これらの活動を通じてヤッホーブルーイングの価値観が広まっていけばいいなと思っています。
具体的なネクストアクションとしてはまだ決まっていないのですが、私たちは世間で「プレミアムフライデー」や「働き方改革」などと言われる前から、どう労働環境を改善するか日々考えていました。だからこれからも、企業カルチャーやクラフトビールのマインドを通じて、日本の社会に自由でフラットな文化が広まっていって欲しいですね。
”飲み会平和化プロジェクト”で広めたかったのはヤッホーブルーイングのカルチャーそのものだった
これまでPRアワードグランプリでは、日本社会に潜む課題に対して、その企業やブランドならではの視点でアプローチしたプロジェクトが、数多く表彰されてきました。今回ヤッホーブルーイングが受賞した『チーム”ビール”ディング』も、その新たな一事例と言うことが出来ますが、企業カルチャーそのものをプロジェクトに落とし込むことで社会課題に切り込んだ事例は、なかなか類を見ません。
ヤッホーブルーイングの社風は、自由なカルチャーを育むクラフトビールの文化そのもの。そんなクラフトビールを提供し、クラフトビールだからこそ持つカルチャーを企業全体で体現し続けているからこそ、熱狂的なファンが後を絶たないのです。社風、ブランド、プロジェクト、これらのすべてを、一気通貫したひとつのカルチャーで繋ぐことは、新たな企業ブランディングの在り方とも言えるでしょう。
自社にしかできないことや、自社にしか言えないメッセージで、どのように社会と関わることが出来るのか。ここからブランドやプロジェクトを思考することで、そこに新たなストーリーが生まれ、社会や人々を動かす原動力となっていきます。「会社のマインドを通じて、クラフトビールや自由な飲み会文化が広まって欲しい」という渡部さんの想いの通り、日本の職場環境がもっと自由でフラットなものになれば、毎日楽しくビールを飲める人が増えるかもしれません。
ヤッホーブルーイングの製品が購入できる公式サイトはこちら! ⇒『よなよなの里』公式サイト https://yonasato.com/ |
1995年生まれ大阪育ち。2018年同志社大学卒業後、株式会社マテリアルに新卒入社。1年目でウェブメディア『PR GENIC』を立ち上げ、記事の執筆と編集全般や、セミナーの企画など、コンテンツ作りを幅広く担当。半年間ハウスメーカーのマーケティング部への出向も経験。現在はオープンイノベーション支援に従事しつつ、外部アドバイザーとして編集のサポートを行っている。