2018年トレンド商品『aibo』と『本麒麟』を生んだ担当者に共通する、商品に込めた狙いとは?|日経クロストレンドEXPO2018レポート①

平成最後のランキング発表となる、2018年ヒット商品でベスト10入りを果たした『aibo』と『本麒麟』の大ヒットの裏側には、ある1つの共通点がありました。

先日11月28日~29日の2日間、東京国際フォーラムにて開催された、『日経クロストレンドEXPO2018』。展示会レポート第1弾となる本記事では、ソニー『aibo』の開発担当者と、キリンビール『本麒麟』の開発担当者の2名による、セミナーの様子をご紹介します。

『AIBO』販売終了から12年、全く新しい『aibo』の誕生

始めに登壇したのは、ソニー株式会社のAIロボティクスビジネスグループ 事業企画管理部統括部長である、矢部 雄平氏。『aibo』の事業企画・経営管理全般を担当した矢部氏に課せられたのは、2006年に販売終了となった『AIBO』を、本物のペットのように人々から愛される、全く新しい『aibo』として復活させることでした。大文字の表記から小文字の表記に転換した『aibo』には、その表記の変化以外にも、ある決定的な違いがありました。

『aibo』がトレンド入りした秘訣は“感性価値”にあり

矢部氏は講義の中で、『AIBO』と『aibo』の大きな違いは、“感性価値”の高さにあると述べました。

従来のものづくりの価値軸(性能、信頼性、価格)に加えて、第4の価値軸として新たに登場した「感性価値」。この感性価値とは、生活者の感性に働きかけて共感や感動を得ることで、商品・サービスの価値を高める重要な要素のことを指します。

初代の『AIBO』を含め、『aibo』のターゲットは大きく「ロボット意識層」と「ペット意識層」の2パターンに分けられますが、再開発にあたってターゲットを「ペット意識層」に大きく振り切り、感性価値を持たせることに重点が置かれました。

このターゲット層の振り切りに基づき、AI機能を搭載した最新ロボットという新奇性だけでなく、時間が経てば経つほど愛着が湧いてくるロボットに仕上げることで、継続的に愛され続ける商品を生み出すことを狙ったのだそう。その結果として、新生『aibo』を初代『AIBO』と比較してみても、愛らしさや生命感などその差は歴然です。

社内意識を1つの方向に向かわせた「1・1・1」

ソニーは『aibo』の商品発表にあたって、初めて「犬型ロボット」という表現を使用しました。実は以前の『AIBO』では、「犬型ロボット」という表現は一切不使用。ここでも『aibo』がより本物のペットに近づき、生命感のあるロボットになったという、開発者の想いを感じることができます。

この記念すべき「犬型ロボット」の誕生日が、生活者と企業にとって記憶に残る日になり、また『aibo』にとって記念日になるように、合言葉として「1・1・1」(ワン・ワン・ワン)を制定。商品開発の目途が正確に立っていない段階から、『aibo』の商品発表日を2017年11月1日、また販売日を2018年1月11日と定め、全員の意識をこの「1・1・1」に向かわせたのだそうです。

商品スペックだけでなく、すべての行為にこだわりを持つこと、そして戦略的に生活者とのコミュニケーションを図ったことが、この『aibo』の成功秘訣の1つと言えるかもしれません。

キリンビールが挑んだ「ビール離れ」問題

続いて登壇したのは、キリンビール株式会社のマーケティング部ビール類カテゴリー戦略担当、木村 正一氏。2017年10月に、新設の『本麒麟』チームでブランドマネージャーを務めた木村氏に課せられたのは、若者のアルコール離れと、ビール類の消費量の低下に歯止めをかけ、ビールに代わる新ジャンルカテゴリーを活性化させることでした。

トライアンドエラーで終わらない『本麒麟』の挑戦

この「新ジャンルカテゴリーの活性化」というゴール設定の背景には、ビール類に関するニュースを創り出すことで、生活者の関心を引き、再び多くの人々にビール類を手に取ってもらうという、ビール類そのものの活性化が意図されていました。

キリンビールの新ジャンルカテゴリーでは、2007年からの10年間で、なんと12もの新商品が開発・発売されてきました。このトライアンドエラーの結晶に対して、木村氏は「トライアンドエラーという言葉は嫌いだ」と述べ、これらの過去の商品をエラーとして終わらせるのではなく、必ずサクセスに繋げたかったと力強く言い放ちました。

プロジェクトを真っすぐ正しい方向へ導いた、社長のある言葉

『本麒麟』の商品開発を行う上で、常に木村氏の頭の中にあったのは、社長の「お客様のことを一番考える会社」という言葉。この言葉に基づいて、カテゴリーニーズで一番大きな「ビール同等のうまさ」を実現するため、“力強いコク”と“飲みごたえ”をひたすら追求しました。そしてこだわりやおいしさをストレートに生活者に伝えるために、缶には「長期低温熟成」という文字を記し、結果として見事生活者の心をつかむことに成功しました。

このストーリーライン(=社長の言葉)が、あらゆる判断のよりどころとなっただけでなく、社内の意識統制にも大きく貢献したと述べた木村氏。お客様のことを一番に考えながら、新ジャンルカテゴリーを活性化させるというゴールに向かって、正しいことをする。これがキリンビールのマーケティング戦略であり、木村氏の『本麒麟』に対する姿勢でした。

全く異なる業界の2社に共通する、成功のキーポイント

ターゲットも扱う商材もまるで異なる2社ですが、パネルディスカッションの中で、2社のある共通点が浮かび上がってきました。ファシリテーターを務めたのは、クー・マーケティング・カンパニー代表取締役の音部 大輔氏。音部氏の「新商品の成功をどう考えるか??」という議題から、パネルディスカッションはスタートしました。

短期的な数値の追求では、本当のゴールに辿り着けない

この議題に対してキリンビールの木村氏は、「短期間の利益を削ってでも中長期の利益を重視した」と回答。短期的な利益を上げられなくとも、お客様に一番おいしいものを提供しようとする『本麒麟』の商品開発のやり方には、やはりお客様のことを一番に考えるキリンビール社のポリシーが感じられます。

これに対してソニーの矢部氏は、「利益の追求よりも、継続的にお客様が『aibo』を使い続ける環境を作ることを優先した」と述べた上で、数を追うだけではお客様の満足度を上げることは出来ないと回答しました。

お客様のことを第一に考え、お客様を満足させられる商品を提供する。そうしてお客様の満足を得られてこそ、売上額や販売数といった数値目標を達成することができる。この考え方こそが、『本麒麟』と『aibo』の両者に通ずる、成功のキーポイントと言えます。

社会の盛り上がりを作るためには、社内の意識統制も非常に重要

この「お客様ファースト」な思考は、社内に対しても良い影響を与えていました。

「人の気持ちの一体化は、その規模が大きくなればなるほど難しくなる」と述べた矢部氏は、生活者にとって記憶に残るように、また『aibo』にとって記念日になるように制定した「1・1・1」という数字が、社内の意識統制においても大きな役目を果たしたと回答。社内の意識が「1・1・1」に集中し、社会だけでなく社内の空気づくりにも大きく貢献したと解説しました。

また『本麒麟』においても、「お客様のことを一番考える会社」というストーリーラインに乗っかって、社員全員で同じ方向に向かって進めたことが、成功要因のひとつでした。これらの共通点から、大きなプロジェクトを行う際に、いかに全員の目線を合わせ、意識を統一させるかが重要であることがわかります。

「生活者ファースト」な思考が企業と生活者のコミュニケーションを生み、トレンドを作る

『aibo』には、購入後も継続してかわいがってもらえるような機能がたくさん盛り込まれているだけでなく、ファンミーティングや医療の場での実験など、購入後の生活者と企業のコミュニケーションも活発的に行われています。この新奇性だけに頼らない様々な工夫こそが、生活者を振り向かせるうえで重要な役割を果たしました。

また『本麒麟』においても、「ビール同等のうまさ」が欲しいという生活者のニーズに忠実に応えたことにより、新ジャンルとして大ヒットを巻き起こすまでに売り上げを伸ばしました。このように企業と生活者がコミュニケーションを取り合い、手を握ることができたときに初めて、爆発的な大ヒットが生まれると言うことができます。

2つの大きなプロジェクトがトレンドを生んだ成功秘訣は、目先の数字にこだわらず、そのプロジェクトの最大の目的となるゴールを常に意識し続け、社内全員が「お客様ファースト」という共通の意志で取り組み続けた点にあるのではないでしょうか。これから何か新たなプロジェクトを始動させる際には、これら大ヒット商品に込められた想いや目的を探ってみると良いかもしれません。

文=森奏子