物事の本質に迫る、新たな対話の手法として生み出された「ブラインド・コミュニケーション」。1つのテーマについて、視覚を使わない環境で語り合い、そこに視覚障害者が“導き手”として入り込むことによって、参加者のより深いテーマ理解を促し、本音での語らいを引き出せる新しいアプローチとして、ブランディングや企業研修の領域で注目を集めています。
この新手法は、自身も視覚障害者であるブラインド・コミュニケーターの石井健介さんと、電通PRコンサルティングの石井裕太さんが中心となって、チームで開発されました。果たして、どのような経緯で開発され、現在はどのような場面で活用されているのか、今後の展望も含めてお二人に詳しく話を伺いました。
ブラインド・コミュニケーター/ラジオパーソナリティー 石井 健介
1979年生まれ。アパレルやインテリア業界を経てフリーランスの営業・PRとして活動。2016年の4月、一夜にして視力を失うも、軽やかにしなやかに社会復帰。「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」での勤務を経て、2021年からブラインド・コミュニケーターとしての活動をスタート。見える世界と見えない世界をポップにつなぐためのワークショップや講演活動、ラジオパーソナリティーなどをしている。https://kensukeishii.com/ |
電通PRコンサルティング ステークホルダーエンゲージメント局 コーポレート・コミュニケーション部 部長/チーフ・コンサルタント 石井 裕太
1979年生まれ。2001年に、電通PRコンサルティングに入社して以来、環境から人権まで、さまざまなイシューを起点にしたコミュニケーション戦略領域全般に携わる。現在は、社会的&経済的インパクトの両立を目指すコーポレート・ブランディングに従事。基本、坊主に白T。https://note.prx-studio-q.com/n/n635a75d0c4da |
新たな対話手法「ブラインド・コミュニケーション」とは?
「見えているようで見えていなかったもの」に気づくきっかけとなる
ブラインド・コミュニケーター/ラジオパーソナリティー 石井 健介さん
ーはじめに、「ブラインド・コミュニケーション」とは、どのようなものなのか教えていただけますか?
石井健介(以下、健介):「ブラインド・コミュニケーション」は、僕たちがつくった造語です。あらゆる要素を削ぎ落して簡潔に言えば、字面そのままで、「視覚を使わず人と対話すること」ですね。普段はあまり意識をしていませんが、言葉を使うとき、人は物事をかなり“あやふや”に表現しているもの。たとえば、「今日はいい天気」とひとくちに言っても、もっと具体的に表現できるはずなのです。空の色はどうなのか、雲はあるのか、あるとしたらどんな形の雲なのか。「いい天気」という言葉を因数分解していくと、いろいろな要素が含まれていることが分かります。そうした、曖昧な言葉の中にある、より細かな要素や人の本音を引き出そうとするのが、「ブラインド・コミュニケーション」です。
石井裕太(以下、裕太):このコミュニケーションを行う上では、対話する人の視覚を物理的にシャットダウンするのと同時に、視覚に障害のあるブラインド・コミュニケーターの方々がファシリテーションすることが重要なポイントです。ブラインド・コミュニケーターは、僕ら晴眼者のように視覚に依存していないからこそ、たとえば「よくない天気ってなんだろう?」のような、核心に迫るような問いかけをしてくれる。すると、まだ言語化できていない暗黙知や当たり前すぎて意識していなかった本質に気が付くようになるんです。
健介:「見えているようで見えていなかったもの」「気づいているようで気づいていなかったもの」を発見できるのが、視覚障害者が対話に入り込む「ブラインド・コミュニケーション」の特長だと思います。
完成しないコミュニケーション?多くの可能性を秘めるワケ
電通PRコンサルティング 石井 裕太さん
ーどのような経緯で生まれた手法なのでしょうか。
健介:大きな出発点は、僕が一夜にして視覚障害者になったことでした。僕は、1979年生まれで、今年45歳になったのですが、36歳の時に、朝起きたら目が見えなくなっていたんです。それまでクリアに見えていた世界が、ほとんど何も見えなくなったとき、視覚を使ったコミュニケーションができなくなってしまいました。「あれ」とか「これ」と言われても、全然分かりません。自分がこれまで行っていたコミュニケーションとは、まったく違うスタイルを探らなければならなくなったことで、表現の仕方や問いかけ方が大きく変わりました。
ある日、そうした自分が目の見える人たちと一緒にいると、いつもとは少し違うコミュニケーションが生まれるなと気がついて。そのとき、“見える世界と見えない世界をつなぐ人”になりたいと感じました。日本科学未来館には、来場者と科学の世界をつなぐ「科学コミュニケーター」という案内役がいます。その職種にヒントを得て、「ブラインド・コミュニケーター」という言葉をつくり、活動し始めたのが、「ブラインド・コミュニケーション」という手法が生まれる大きなきっかけとなりました。
裕太:僕が健介くんと知り合ったのは6年くらい前なんですが、仕事でもプライベートでも、彼と話をしていると、めちゃくちゃ面白い問いをたくさん投げかけられるんですね。その問いかけを通して、自分自身の中にある“分かったつもり”に気が付き、物事の根源的なものを突き詰める方向に向かっていくのがとても面白いなと感じていました。先の見えない時代だからこそ、楽しく原点回帰できるような、こうしたコミュニケーションが世の中にもっと広まれば、色々な問題の解決や、新しい価値の創造に結びつくのではないか。そう感じたことで、コミュニケーション手法や組織開発のプログラムづくりに挑戦することにしました。その結果、ひとまず形になったものを、今年から企業や自治体、大学などの教育機関などに提供し始めました。
ー「ブラインド・コミュニケーション」は、完成して間もないのですね。
健介:僕たちはこれが完成だとは思っていませんし、まだまだ探求している最中で、裕太くんとは、日々、新たな可能性について話し合っています。現在、提供しているワークショップ『ビジョン・クエスト』も、視覚障害者が本来もっている能力を発揮する1つの形でしかなく、手法やプログラムはこれからさらに新しいものが生まれてくると思います。そういう意味では「ブラインド・コミュニケーション」は、いまだ発展し続ける建築物、サグラダ・ファミリアのようなものかもしれません。
裕太:僕は、PR業界に入って24年ほどですが、健介くんらに出会って気が付いたのは、自分自身がコミュニケーションの方法論や可能性を分かったつもりになっていたことですね。たとえば、「人は見た目が9割、じゃなくて実は1割なんじゃないか」とコミュニケーションの常識や習慣を批判的に考えられるようになったんです。ブラインドのプロと、僕らコミュニケーションの専門家が一緒になって、この「ブラインド・コミュニケーション」という新しい風を、世の中に吹き込んでいきたいですし、もっと幅広い領域で活用され得る大きな可能性を秘めていると思います。
企業研修に新風を吹き込んだ『ビジョン・クエスト』
企業と自身のパーパスで、重なる部分を探求・発見する
ー「ブラインド・コミュニケーション」を活用することで誕生したという、ワークショップ『ビジョン・クエスト』についても教えていただけますか?
裕太:これは、主に企業向けに提供しているプログラムで、会社のパーパスと参加者自身のパーパスとの重なりを探求・発見できるワークショップです。健介くんのようなブラインド・コミュニケーターたちと、PRコンサルタントが連携してファシリテーションを行い、参加者はアイマスクをつけて視界を遮断した上で、言葉を尽くして、組織と自分の「これまで」と「これから」をお互いに問い掛け合いながら、自らの想いを言語化していってもらいます。
健介:たとえば、PR GENICの運営指針やコンセプトはなんですか?
ーあらゆる企業に、ビジネスとPRを紐づけて考えてもらうため、関連する事例を紹介しているほか、広報・PRパーソンの良質なインプットとなるような情報を届けています。それらを経て、PR業界やPRパーソンの価値向上に貢献できるよう活動していますね。
健介:なるほど。それを『ビジョン・クエスト』的に深掘りするなら、僕たちは「PRパーソンが具体的にどのような状態になっていると、『PRパーソンの価値が向上した』と言えますか?」と質問して、コンセプトの本質はどこにあるのかを探求してもらいます。そうすることで、参加者一人ひとりのコンセプトに対する捉え方や価値観がまったく異なることが発見できるんです。
また、深掘りをする際には、ブラインド・コミュニケーターが詳細に思い描けるくらい、解像度高く言語化してもらいます。そうすると、キャッチコピーの連呼になってしまいがちな企業理念の浸透や、インターナル・コミュニケーションに関して、働いている人がパーパスをきちんと自分の言葉で言語化し、理解していく。そして、自分が大切にしている軸や価値観も、同時に発見して深く理解していける。これを叶えられるのが、『ビジョン・クエスト』です。
視覚を遮ることが“本質的な会話”の醸成につながる
ワークショップの様子
ー「参加者自身の価値観の発見」も、ワークショップの大切な要素なのですね。
健介:そうですね。自分のありたい姿を掘り下げていくと、企業の理念やパーパスと紐づく部分がどこかひとつでも見つかるはずです。その繋がりを見つけることができれば、働く人はその会社で自己実現ができるということですから、主体性をもって仕事に向き合えるようになります。『ビジョン・クエスト』では、理念の浸透だけでなく、「社員と企業との結びつきやエンゲージメントが、結果として強化される」という副次的な効果も狙っている部分があります。
裕太:ここで重要なのは、「結果として」というところです。理念浸透だけをゴールにしてしまうと、会社が社員に対してパーパスやビジョンをどう解釈するのかという研修になるなど、どうしても言葉やフレーズの無意識な押しつけになってしまいやすいのですが、僕たちは社員一人ひとりを起点にアプローチすべきだと思っています。「自分はこれまで何を大事にしてきて、この先どうありたいのか」という点から入っていくと、会社が目指す未来との接点が見えてくる。「ブラインド・コミュニケーション」を通じて、自分とじっくり向き合い、所属する組織のあり方について深く考えていくと、その接点が見つかりやすくなります。結果として、会社と自身の存在意義が腹落ちし、生き生きと働ける環境づくりにつながっていきます。
健介:このプログラムを実施していると、僕たちが普段いかに視覚にリソースを割いているのかを実感します。アイマスクで物理的に視覚を遮ることで、人の話を集中して聞けるようになりますし、書いてきたメモなども読めませんから、自分の頭で考え、心で感じることをそのまま言葉で表現できるようになる人が多いなと感じますね。
裕太:健介くんの言う通り、目を隠すことで周囲の視線が気にならなくなるからか、皆さんおもしろい具合に、素面では言いにくい本音をたくさん話してくださいます。「見えない」からこそ、組織や自分のビジョンが見えてくる、という謎な現象が起きるんです。
健介:「心理的安全性が保たれる環境」というのも、本音を話しやすいポイントなのかもしれません。先日行ったワークショップでは、「愛」や「叶えたい夢」について、恥ずかしがらずに自らの言葉を尽くして本音で語ってくださいました。そのため、プログラムの終盤はかなり感動的で、「この会社の人たちと働けて幸せ」という言葉が聞こえてくるくらい盛り上がりました。
裕太:少し前に、芸術系の学部に所属する学生に対して、自らのキャリアプランを描くことを目的に『ビジョン・クエスト』を実施したのですが、参加した学生からは「目からうろこ」と好評でした。将来、やりたいことが明確にあると思いきや、わざわざ言語化し合う機会は少ないという人が多く、ワークショップ後のアンケートには進路を変えようかなという学生もいたのが印象的でしたね。
浸透の先に見える「活躍の場」や「手法」としての幅の広がり
ブラインド・コミュニケーターが社員としてどの企業でも活躍している未来
ーここまで、さまざまなお話を伺って、「ブラインド・コミュニケーション」が社会の中にさらに浸透していくと、視覚障害のある方の新たな活躍の場が生まれるように感じました。
裕太:「目が見えない」という特性を「問いかけのプロ」と捉え、あらゆる組織で視覚障害者が活躍できる未来を実現したいですね。「ブラインド・コミュニケーション」とは少し別軸になりますが、僕の知り合いで、健介くんと同じように視覚障害のある方が、企業の人事担当として活躍している事例があります。具体的には、採用の最終面接の場に同席し、採用候補者の声色や話し方、話している内容から感じたことを、役員に伝えるという役割を担っているのですが、それがその企業らしい文化の醸成に大きく貢献しているそうなんです。
健介:障害のある方が活躍できる場所について考える際、当事者として1つだけ注意点を述べさせていただくと、皆さんと同様に障害者一人ひとりに個性があり、得手不得手があるという点は、あらためて強調したいです。視覚障害のある人全員が、人事担当やブラインド・コミュニケーターとして活躍できるわけではなく、たとえば、ブラインド・コミュニケーターであれば、対話の場を円滑に回したり、適切な問いかけができるコミュニケーションスキルが求められますよね。これは、視覚障害の有無に関わらず、「その人が個人として持ち合わせているスキルが、その職にあっているか」という、ごく普通の視点です。これらを踏まえて、各職種の持つ特徴と、障害のある方の特性・個性が合致したとき、その人らしく活躍できることにつながるのかなと。
裕太:「ブラインド・コミュニケーターが、社員としてどの企業でも活躍している未来」が当たり前になったら、もっとごきげんな社会になると思うんですよね。
健介:僕たちが組織に入り込むことで、社内の多様性をさらに加速し、新しい視点を取り入れることにつながるのではと考えていますからね。それこそ、裕太くんは、僕と一緒にいることに慣れているので、いつも普通に接してくれますが、世の中ではまだまだ「障害者=ケアして助けてあげなければならない人」という認識が根強く残っているように感じます。しかし、その認識をすべての障害者に当てはめてしまうのは違います。繰り返しになりますが、僕たちは皆さんと同じように、一人ひとり個性があって、できることがあって、苦手なことや得意なこと、好きなことがある。ブラインド・コミュニケーターが各社に存在すると、そうした多様なバックグラウンドの存在に気づくきっかけにもなるのではないでしょうか。
裕太:日本人は、空気や行間を読む「暗黙の了解」が多すぎるんですよね。言葉にしなくても、共通認識として処理してしまうものが多すぎる。悪いことではないけど、その弊害に無自覚でもある。ブラインド・コミュニケーターや、PRのプロフェッショナルが対話に介入することで、そのような“ハイコンテクスト”な状況を少しずつ緩めていって、「自らの言葉を尽くして、自らがいろいろなことを発見するきっかけ」になるのではないかと思います。
超情報化社会だからこそ提供したい、自分や物事と深く向き合う“豊かな時間”
ーまだ発展途中だというお話もありましたが、お二人の中では、現時点で「ブラインド・コミュニケーション」の未来をどのように見据えていますか。
裕太:本当にいろいろな場面で活用できる手法だなと思っています。最近では、「ブラインド・コミュニケーション」を通じて発見したストーリーを、“耳で聴くコンテンツ”に変換するのも有効だなと、社内で試験的な取り組み※を始めたところです。
健介:本音が引き出せるから、ラジオやポッドキャストのようなコンテンツにすると、結構おもしろい番組ができあがるんですよね。
裕太:そうなんですよ。先日も、当社の代表と健介くんにブラインド対談をしてもらい、それを「聴く社内報」として社内にポッドキャスト配信したのですが、全社会議などでは聞けないような、代表の想いやエピソードをたっぷりと語ってもらうことができました。『ビジョン・クエスト』のようなワークショップは、1回につき数十名の参加が基本ですが、それをオーディブルなコンテンツにすることで、数万規模の社員にも共有できますから、まだまだ可能性の広がりを感じています。
※電通PRコンサルティングで行った社内ワークショップの様子(音声)
ーそうした「ブラインド・コミュニケーション」を活用した取り組みを実施したい場合、どのように始めれば良いでしょうか。
裕太:もしも社内に、視覚に障害があってファシリテーションに関心ある方がいらっしゃる場合、みんなでブラインド対話をすることからはじめてみると良いかもしれません。ただ、「ブラインド・コミュニケーション」を通じて達成したい目的によってもやり方は変わってきますので、もしも迷われた際は、ぜひ私たちにご相談いただければと思います。
健介:裕太くんが話していたとおり、「ブラインド・コミュニケーション」は数ある手段の1つ。企業が抱える課題のどのレイヤーに僕たちが介入するのかによっても、得られる効果やコミュニケーション設計の仕方は大きく変わってくると思います。
裕太:高度に情報化された現代社会だからこそ、自戒の念を込めて「分かったつもりにならないこと」が何よりも大切だなと強く感じます。ブラインド・コミュニケーターとPRコンサルタントがタッグを組んでつくるのは、一人ひとりが自分や他者と深く向き合える豊かな時間と空間です。これが「ブラインド・コミュニケーション」を通じて提供できる、人としての大事な営みなのかなと思います。
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– 1回目:10:00~12:00(受付 9:30~)
– 2回目:15:00~17:00(受付 14:30~)
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